久々の軌道エレベーター豆知識、今回は「墓場軌道」について。軌道エレベーターの運用というより、建造上の障害になるという話です。
1. 墓場軌道とは
墓場軌道とは、静止軌道エレベーターの要でもある静止軌道のちょい上、200~300km上に存在する軌道で、いわば静止衛星の最終処分場です。
現在、高度3万5786kmを周回する静止衛星は、運用終了が近づくと、残りの推進剤を使って軌道高度を上げ、この墓場軌道に投棄されるのが通常の流れになっています。
昨今、低軌道にある比較的大型の廃棄衛星については、色んな方法で処分する方法が検討されていますが、高高度の軌道や長楕円軌道などを周回する衛星についてはデオービット(軌道から外すこと)されることなく、ほとんどが捨てっぱなしになっています。
中でも静止軌道は、地上に対し定点観測ができるため永続的に大きな需要があり、軌道上のポジション確保競争も激しく、常に渋滞しています(ポジションの割り当てを確保するために、打ち上げる予定もない衛星をカラ申請するという「ペーパー衛星問題」も存在する)。
静止衛星は、大気圏に再突入させるほどの推力を残しておくのは間尺に合わないので、回収する方法が事実上存在しません。これまで打ち上げられた静止衛星はすべて宇宙で廃棄されており、1機も回収されたことがない。
20世紀の時代から、引退する静止衛星は墓場軌道へ最終遷移するという、暗黙の了解というか慣習があり、2003年には国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)が明文化してガイドラインを策定しています。
しかしIADCのガイドラインに従わない運用主体も少なくない上、最終誘導に失敗したり、故障などで機能喪失してそのままになったりした静止衛星は遷移も不可能です。IEEE SPECTORUMによると、ガイドラインに従って墓場軌道に落ち着いた衛星は283基しかないそうです。さらに、存在を公にしない軍事衛星も多数あるという見方が有力です。
こうした歴史的経緯の結果として、墓場軌道に廃棄された静止衛星が直径約8万4000kmの広大なデブリベルトを形成しています。昨年打ち上げられた米の衛星MEV-1が、墓場軌道の衛星を延命させたケースがありますが、現在の宇宙開発環境において、どのみち最終処分は投棄のほかにありません。
実際は死んだ静止衛星が、墓場軌道できれいな輪を描いて整然と周回しているわけではなく、上記の理由からゴチャゴチャな状態にあるわけですが、ここではひとまとめに墓場軌道と呼びます。
2. 軌道エレベーターと墓場軌道の衝突
さて前置きが長くなりましたが、この墓場軌道、相対的な速度の差は秒速十数m程度ながらも、静止軌道よりわずかに遅い速度で回転しています。正確に言えばデブリと化した廃棄衛星が墓場軌道上を周回しているのですが。
過去の豆知識で書いたように、どのみち軌道エレベーターは、その全長より高い軌道と同期軌道を除き、あらゆる衛星と衝突する運命にあります。墓場軌道は静止軌道、つまり軌道エレベーターと同じ赤道上にあるので、静止軌道エレベーターを造ろうとした場合、墓場軌道のゴミ衛星がことごとくぶつかってくるわけです。
軌道エレベーターの建造可能性について、墓場軌道の問題に触れた議論はついぞ見た覚えがないのですが、私は深刻な問題だと考えています。軌道エレベーターを建てようとしたら、回転寿司みたいに次から次へと廃棄衛星が流れてきてぶつかるわけです。墓場軌道をきちんと片づけないと実現はおぼつかないでしょう。
3. 対策
これに対しどのような手を打つべきか? 軌道エレベーターは墓場軌道のゴミ問題を解決する手段でもあるので、軌道派として考えうる対策の一例です。
(1) まずは、廃棄衛星の運搬用の宇宙機を打ち上げ、ある程度の数の廃棄衛星を静止軌道に戻す。言い換えれば静止軌道を墓場軌道にしてしまう(そうすれば軌道エレベーターと衝突しない)。
(2) 墓場軌道での衝突確率が一定の値未満になったら、軌道エレベーターを建造し、たまに衝突しそうになった時はよける。
(3) 軌道エレベーターが運用可能となったら、衝突可能性を逆に生かし、墓場軌道の廃棄衛星を軌道エレベーターにより回収する(回収したら補修して再利用してもいいし、地上に降ろすか軌道カタパルトで地球重力圏外に投棄してもいい)。
(4) さらに静止軌道に戻した衛星なども回収・補修するもよし、オービタルリング(後日解説予定)で機能を代替するもよし。
──といったところでしょうか。楽観論に寄ってはいますが、過去にも述べたように軌道エレベーターはデブリ問題解決の決め手にもなる可能性を秘めています。建造の障害になる以上、ある程度は事前の片づけが必要でしょうが、墓場軌道もまた軌道エレベーターによって完全解決することを期待したいと思います。ここまで目を通してくださり、ありがとうございました。
今回のまとめ
(1) 静止軌道のちょい上に、静止衛星のゴミ捨て場である「墓場軌道」がある。
(2) 墓場軌道は、軌道エレベーター実現の障害になりうる。
(3) しかし軌道エレベーターでもって、墓場軌道を掃除することもできる。
1. 墓場軌道とは
墓場軌道とは、静止軌道エレベーターの要でもある静止軌道のちょい上、200~300km上に存在する軌道で、いわば静止衛星の最終処分場です。
現在、高度3万5786kmを周回する静止衛星は、運用終了が近づくと、残りの推進剤を使って軌道高度を上げ、この墓場軌道に投棄されるのが通常の流れになっています。
昨今、低軌道にある比較的大型の廃棄衛星については、色んな方法で処分する方法が検討されていますが、高高度の軌道や長楕円軌道などを周回する衛星についてはデオービット(軌道から外すこと)されることなく、ほとんどが捨てっぱなしになっています。
中でも静止軌道は、地上に対し定点観測ができるため永続的に大きな需要があり、軌道上のポジション確保競争も激しく、常に渋滞しています(ポジションの割り当てを確保するために、打ち上げる予定もない衛星をカラ申請するという「ペーパー衛星問題」も存在する)。
静止衛星は、大気圏に再突入させるほどの推力を残しておくのは間尺に合わないので、回収する方法が事実上存在しません。これまで打ち上げられた静止衛星はすべて宇宙で廃棄されており、1機も回収されたことがない。
20世紀の時代から、引退する静止衛星は墓場軌道へ最終遷移するという、暗黙の了解というか慣習があり、2003年には国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)が明文化してガイドラインを策定しています。
しかしIADCのガイドラインに従わない運用主体も少なくない上、最終誘導に失敗したり、故障などで機能喪失してそのままになったりした静止衛星は遷移も不可能です。IEEE SPECTORUMによると、ガイドラインに従って墓場軌道に落ち着いた衛星は283基しかないそうです。さらに、存在を公にしない軍事衛星も多数あるという見方が有力です。
こうした歴史的経緯の結果として、墓場軌道に廃棄された静止衛星が直径約8万4000kmの広大なデブリベルトを形成しています。昨年打ち上げられた米の衛星MEV-1が、墓場軌道の衛星を延命させたケースがありますが、現在の宇宙開発環境において、どのみち最終処分は投棄のほかにありません。
実際は死んだ静止衛星が、墓場軌道できれいな輪を描いて整然と周回しているわけではなく、上記の理由からゴチャゴチャな状態にあるわけですが、ここではひとまとめに墓場軌道と呼びます。
2. 軌道エレベーターと墓場軌道の衝突
さて前置きが長くなりましたが、この墓場軌道、相対的な速度の差は秒速十数m程度ながらも、静止軌道よりわずかに遅い速度で回転しています。正確に言えばデブリと化した廃棄衛星が墓場軌道上を周回しているのですが。
過去の豆知識で書いたように、どのみち軌道エレベーターは、その全長より高い軌道と同期軌道を除き、あらゆる衛星と衝突する運命にあります。墓場軌道は静止軌道、つまり軌道エレベーターと同じ赤道上にあるので、静止軌道エレベーターを造ろうとした場合、墓場軌道のゴミ衛星がことごとくぶつかってくるわけです。
軌道エレベーターの建造可能性について、墓場軌道の問題に触れた議論はついぞ見た覚えがないのですが、私は深刻な問題だと考えています。軌道エレベーターを建てようとしたら、回転寿司みたいに次から次へと廃棄衛星が流れてきてぶつかるわけです。墓場軌道をきちんと片づけないと実現はおぼつかないでしょう。
3. 対策
これに対しどのような手を打つべきか? 軌道エレベーターは墓場軌道のゴミ問題を解決する手段でもあるので、軌道派として考えうる対策の一例です。
(1) まずは、廃棄衛星の運搬用の宇宙機を打ち上げ、ある程度の数の廃棄衛星を静止軌道に戻す。言い換えれば静止軌道を墓場軌道にしてしまう(そうすれば軌道エレベーターと衝突しない)。
(2) 墓場軌道での衝突確率が一定の値未満になったら、軌道エレベーターを建造し、たまに衝突しそうになった時はよける。
(3) 軌道エレベーターが運用可能となったら、衝突可能性を逆に生かし、墓場軌道の廃棄衛星を軌道エレベーターにより回収する(回収したら補修して再利用してもいいし、地上に降ろすか軌道カタパルトで地球重力圏外に投棄してもいい)。
(4) さらに静止軌道に戻した衛星なども回収・補修するもよし、オービタルリング(後日解説予定)で機能を代替するもよし。
──といったところでしょうか。楽観論に寄ってはいますが、過去にも述べたように軌道エレベーターはデブリ問題解決の決め手にもなる可能性を秘めています。建造の障害になる以上、ある程度は事前の片づけが必要でしょうが、墓場軌道もまた軌道エレベーターによって完全解決することを期待したいと思います。ここまで目を通してくださり、ありがとうございました。
今回のまとめ
(1) 静止軌道のちょい上に、静止衛星のゴミ捨て場である「墓場軌道」がある。
(2) 墓場軌道は、軌道エレベーター実現の障害になりうる。
(3) しかし軌道エレベーターでもって、墓場軌道を掃除することもできる。