軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

軌道エレベーター豆知識 課題・問題その7 墓場軌道

2021-04-09 18:37:07 | 軌道エレベーター豆知識
 久々の軌道エレベーター豆知識、今回は「墓場軌道」について。軌道エレベーターの運用というより、建造上の障害になるという話です。

1. 墓場軌道とは
 墓場軌道とは、静止軌道エレベーターの要でもある静止軌道のちょい上、200~300km上に存在する軌道で、いわば静止衛星の最終処分場です。
 現在、高度3万5786kmを周回する静止衛星は、運用終了が近づくと、残りの推進剤を使って軌道高度を上げ、この墓場軌道に投棄されるのが通常の流れになっています。



 昨今、低軌道にある比較的大型の廃棄衛星については、色んな方法で処分する方法が検討されていますが、高高度の軌道や長楕円軌道などを周回する衛星についてはデオービット(軌道から外すこと)されることなく、ほとんどが捨てっぱなしになっています。
 中でも静止軌道は、地上に対し定点観測ができるため永続的に大きな需要があり、軌道上のポジション確保競争も激しく、常に渋滞しています(ポジションの割り当てを確保するために、打ち上げる予定もない衛星をカラ申請するという「ペーパー衛星問題」も存在する)。

 静止衛星は、大気圏に再突入させるほどの推力を残しておくのは間尺に合わないので、回収する方法が事実上存在しません。これまで打ち上げられた静止衛星はすべて宇宙で廃棄されており、1機も回収されたことがない。
 20世紀の時代から、引退する静止衛星は墓場軌道へ最終遷移するという、暗黙の了解というか慣習があり、2003年には国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)が明文化してガイドラインを策定しています。
 しかしIADCのガイドラインに従わない運用主体も少なくない上、最終誘導に失敗したり、故障などで機能喪失してそのままになったりした静止衛星は遷移も不可能です。IEEE SPECTORUMによると、ガイドラインに従って墓場軌道に落ち着いた衛星は283基しかないそうです。さらに、存在を公にしない軍事衛星も多数あるという見方が有力です。

 こうした歴史的経緯の結果として、墓場軌道に廃棄された静止衛星が直径約8万4000kmの広大なデブリベルトを形成しています。昨年打ち上げられた米の衛星MEV-1が、墓場軌道の衛星を延命させたケースがありますが、現在の宇宙開発環境において、どのみち最終処分は投棄のほかにありません。

 実際は死んだ静止衛星が、墓場軌道できれいな輪を描いて整然と周回しているわけではなく、上記の理由からゴチャゴチャな状態にあるわけですが、ここではひとまとめに墓場軌道と呼びます。

2. 軌道エレベーターと墓場軌道の衝突
 さて前置きが長くなりましたが、この墓場軌道、相対的な速度の差は秒速十数m程度ながらも、静止軌道よりわずかに遅い速度で回転しています。正確に言えばデブリと化した廃棄衛星が墓場軌道上を周回しているのですが。
 過去の豆知識で書いたように、どのみち軌道エレベーターは、その全長より高い軌道と同期軌道を除き、あらゆる衛星と衝突する運命にあります。墓場軌道は静止軌道、つまり軌道エレベーターと同じ赤道上にあるので、静止軌道エレベーターを造ろうとした場合、墓場軌道のゴミ衛星がことごとくぶつかってくるわけです。

 軌道エレベーターの建造可能性について、墓場軌道の問題に触れた議論はついぞ見た覚えがないのですが、私は深刻な問題だと考えています。軌道エレベーターを建てようとしたら、回転寿司みたいに次から次へと廃棄衛星が流れてきてぶつかるわけです。墓場軌道をきちんと片づけないと実現はおぼつかないでしょう。

3. 対策
 これに対しどのような手を打つべきか? 軌道エレベーターは墓場軌道のゴミ問題を解決する手段でもあるので、軌道派として考えうる対策の一例です。

(1) まずは、廃棄衛星の運搬用の宇宙機を打ち上げ、ある程度の数の廃棄衛星を静止軌道に戻す。言い換えれば静止軌道を墓場軌道にしてしまう(そうすれば軌道エレベーターと衝突しない)。
(2) 墓場軌道での衝突確率が一定の値未満になったら、軌道エレベーターを建造し、たまに衝突しそうになった時はよける。
(3) 軌道エレベーターが運用可能となったら、衝突可能性を逆に生かし、墓場軌道の廃棄衛星を軌道エレベーターにより回収する(回収したら補修して再利用してもいいし、地上に降ろすか軌道カタパルトで地球重力圏外に投棄してもいい)。
(4) さらに静止軌道に戻した衛星なども回収・補修するもよし、オービタルリング(後日解説予定)で機能を代替するもよし。

──といったところでしょうか。楽観論に寄ってはいますが、過去にも述べたように軌道エレベーターはデブリ問題解決の決め手にもなる可能性を秘めています。建造の障害になる以上、ある程度は事前の片づけが必要でしょうが、墓場軌道もまた軌道エレベーターによって完全解決することを期待したいと思います。ここまで目を通してくださり、ありがとうございました。
 今回のまとめ

 (1) 静止軌道のちょい上に、静止衛星のゴミ捨て場である「墓場軌道」がある。
 (2) 墓場軌道は、軌道エレベーター実現の障害になりうる。
 (3) しかし軌道エレベーターでもって、墓場軌道を掃除することもできる。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

OEV豆知識(30) 軌道エレベーターが無意味になるケースとは

2014-04-26 17:19:24 | 軌道エレベーター豆知識
 このところ、更新が滞っていてすみませんでした。ようやく一仕事終えました。
 さて、軌道エレベーターは、大飯喰らい(燃料のことね)のロケットに依存せず、ゼロコストで宇宙との間を往復できるのが売りであり、その価値や意義を信じてこの軌道エレベーター派をやっているわけですが、ひょっとしたら、「これがありゃ軌道エレベーターなんか (゜⊿゜)イラネ」という代物が登場しないとも限りません。実際、ロケット以外の手段はほかにもあるので、今回は軌道エレベーターの比較優位が崩れる、あるいは完全に不要になるかも知れないケースを考察したいと思います。早速ですが、以下の2種類に大別されます。

 (1) 新しい技術の誕生
 (2) 既存の技術の発達

(1)新技術について
 普通は過去の技術から触れるでしょうが、今回は現実味の薄い新技術を先に片付けます。人類がまだ手にしていない、宇宙へ行く新技術となれば、もうSFの話です。連想されるのは重力制御、慣性制御、空間跳躍などでしょうか。理論的にありえないものではないにせよ、天文学的なエネルギーと、それを制御するハイパーテクノロジーが必要です。
 たとえば重力制御で宇宙に行くということは、重力をシャットアウトするか、1G以上の重力源を生み出して利用するか、ということになりますが、前者は重力子や重力波の制御を意味するとしても原理が説明不能だし、後者は物質を超高密度で圧縮すれば地球の軌道を変えてしまう上、ブラックホールになっちゃうかも知れません。こういう設定を使うSFはご都合主義だから参考にならない。ましてや時空の跳躍や慣性制御など、何をかいわんやです。
 これらに比べ軌道エレベーターは、総論としては古典的なニュートン力学で説明可能であり、こうしたハイパーテクノロジーが実現したら立つ瀬がなくなりますが、先を越される心配はなさそうです。

(2)-1 ロケットの効率化
 既存の技術の延長は何が考えられるか? 手っ取り早いのは、現行のロケットの性能アップです。しかし技術者の皆さん、言われなくても軽量化はギリギリまでやっているし、燃料の濃縮もこれ以上飛躍的に高められそうにありません。あとは新しい素材や推進剤の誕生ですが、近年の材料工学やナノテクの発達を考えると、熱に強い炭素系素材や、革命的に燃焼効率の良い推進剤が誕生するかも知れませんね。
 ただし今のところは、ロケット開発を塗り替えるほどのものは出てきていないようです。ほかには核パルスエンジンなどに使う核燃料ペレットが非常に安く生産できるようになるとか、反物質が扱えるとかすれば変わってくるでしょうが、これも遠い未来の話でしょう。

(2)-2 マスドライバー
 ロケットを除く既存技術で有力候補は、マスドライバーだと考えます。マスドライバーとは、外部の力で質量を加速して放り投げる、投石機の大型版のようなものです。軌道エレベーターと一緒に語られることも多く、親戚のような存在だと言えます。我が軌道エレベーター派では、マスドライバーを軌道エレベーターの一種として、定義に含めています。
 近年、リニアモーターカーの実用化やレールガンの開発が進んでいます。両者の直接の原理は異なりますが、いずれも電磁気的に物体を加速するものです。米海軍のレールガン実験では、すでに3kg超の弾体を2500m/s(!?)で発射するのに成功しているとか。衛星軌道に質量を投入できるオービタル・マスドライバーは、これらがそのまま大きくなったと考えればよろしい。
 うろ覚えですが、30年ほど前に何かの記事で、第1宇宙速度で物体を打ち出すには、北米大陸を横断する規模のリニアレールが必要だと読んだことがあります。しかし、こういう数字は技術発展とともに短くなりますし、マスドライバーと化学ロケットのハイブリッドという手がある。可能な分だけマスドライバーで加速し、射出後はロケットの自力推進に任せるわけで、もし一般的な3段ロケットの1段目を省略できれば重さが半減しますから、大幅なコストダウンを図れるでしょう。
 豆知識番外編などで強調したように、軌道エレベーターは事実上ゼロコストで宇宙との往復を可能にします。しかし建造・維持費や、運用中の人工衛星やデブリを含む他天体との衝突という課題、地政学的条件、領土・領有権の解釈の問題などなど、実現までに様々な障害を抱える軌道エレベーターよりも、人類社会がマスドライバーを選択する可能性は少なくないでしょう。

 そしてマスドライバーはそのまま弾道兵器の大砲としても使えるため、軍事目的という強力なモチベーションによって、アメリカあたりが造っちゃうかも知れません。兵器開発はえてして採算度外視の青天井になり、アポロ計画を可能にしたのは、旧ソ連との兵器開発競争の以外の何物でもありません。また、軌道エレベーターは防衛が困難なため兵器としてはあまり有用ではありませんが、マスドライバーは、自国内に造れば通常の本土防衛網の中に入る。もちろん、すでに大陸間弾道弾や巡航ミサイルなどがあるので、兵器としての優先度はそう高くもないでしょう。しかし単純な質量弾(ハイテク兵器と違っていったん発射したら電磁的攪乱ができない)を戦略的距離で発射できる大砲があるという事実は心理的な威圧効果抜群であり、実力・威嚇の両面で結構役立つかも知れません。大艦巨砲主義そのまんまな代物ですが、単純な手段ほど土壇場で役立つものです。こうした理由から、建前は宇宙開発、本音は軍事目的でマスドライバーを実現させてしまうかも知れません。

 なんだか、軌道エレベーターに自信がなくなってきたよ。。。(´・ω・`) 構造原理のシンプルさ、美しさと、それが生み出す利益において、マスドライバーは軌道エレベーターにはかなわない。そう考えるので私は軌道エレベーター派なのですが、おそらくそれより先に人類は、ハイブリッド型のオービタル・マスドライバーに手が届くでしょう。なかなか厳しいものがありますが、「なぜ軌道エレベーターなのか」を折に触れて再確認し、問い続けて思索を深めていくのにはよい鏡かも知れません。両面で関心を注いでいきたいと思います。ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。

今回のまとめ
(1) 軌道エレベーターが不要になるケースには、新技術の誕生と、既存の技術の発展に分けられる。
(2) 新技術はSFに出てくるようなものばかりで、今のところ現実味はない。
(3) 既存の技術はロケットの効率化とマスドライバーがあり、この二つの組み合わせがもっともありえるのではないか。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

OEV豆知識 番外編その2 軌道エレベーターの本当の価値と問題

2014-03-09 15:07:43 | 軌道エレベーター豆知識
 昨今、軌道エレベーター(以下OEV)という構想も一般的になってきました。ただし大抵「宇宙」だけどね。それは結構なことですが、巷に流布するニュースや紹介記事などは、我が軌道エレベーター派の考える「OEVの意義」と、かけ離れていることがあまりにも多い。
 そこで今回は、豆知識の番外編として、軌道派による「本当に重要なのはココだろ!」というポイントを紹介します。過去に述べたことのまとめでもありますので、重複する部分も多いのでご了承下さい。

1. エネルギーの回収こそOEVの神髄である
 OEVで地上から宇宙へ昇るには電気を消費しますが、宇宙から地上へ戻る時は、ブレーキをかけながら落下すればいいので、基本的に電力は要りません。この時に発電し、昇りに供給する。つまり上り電車の運賃の大半を、下り電車が支払ってくれるわけです(この上下関係は静止軌道を境に逆転します)。過去の豆知識でも述べました。
 これは、往路で獲得した位置エネルギーを、復路で戻しているのですが、仮に、往路で消費するエネルギーと、復路で取り戻せるエネルギーの差(もしくは、静止軌道を通過する前と後のエネルギーの差)を、太陽光発電などで埋め合わせることができれば、完全なゼロコストでの宇宙到達が可能になる。

 「宇宙エレベーター」なるものが取り上げられたニュースも、可能な限り目を通してはいますが、「コストがロケットの何分の一にもなる」とは言っていても、なぜかを説明できているものは皆無と言っていい(そもそも原理や基礎を理解しているのか疑わしいものも多い)。
 大林組の構想も、全体構想のように紹介されることが多いけれども、あくまで建設技術を検証した各論の一つであり、昇降技術とそのコストは専門外として考察を除外しているので、世間で報じられる際には触れられることがない(なお同社はその点を文中できちんと明言している)。

 初めてOEVの知識に触れた時、力学的構造のシンプルさと並び、もっとも感動したのが、このエネルギーの回収という発想でした。「軌道」が主流だった時代は、常識とさえ言ってよかったのですが、まるで「失われた知識」のようになってしまった。
 この点に関しては、私も活動をしている宇宙エレベーター協会(JSEA)の罪は大きいでしょう。「宇宙エレベーターチャレンジ」(SPEC)などクライマーレースに注力し、メディアも絵になるから、こればかり取り上げる。一応、「まず地上からのクライマー上昇技術に力を入れる」という理由はあるのですが、実際はゲームであり、わかる人は本当はわかっている。
 もちろん意義は認めていて、皆が楽しめて続けられるイベントは大賛成です。このイベントがなければ、JSEAも「宇宙エレベーター」もここまで有名にならなかったでしょう。しかしそれはそれとして、対流圏でのクライマー自体に意味がない以上、少なくとも現状、クライマー技術の開発はOEVの研究とは本質的に別物だと言っていいでしょう。

 位置エネルギーを利用しないで何のOEVか? この点に触れずして「コストが下がる」と語るなど、ちゃんちゃら可笑しい。発電した電気をどこに蓄え、どう伝えるかとか、熱を逃がす方が先決だとか、多くの課題はあるのですが、解決は可能です。各論はともかく全体像として、
 これを目指さない中途半端なシステムの名前なぞ、
「宇宙エレベーター」とやらにくれてやるわ! (((゜Д゜)))クワッ!

 限りなくゼロコストに近い宇宙への移動手段。この技術に達することが、人類の本格的な宇宙進出のブレイクスルーになることは疑いありません。誰が何と言おうと、エネルギーの回生こそOEV実現の最大の意義なのです。


2. 最大の問題はデブリではない
 これまで何度も述べてきたように、OEVは、ほんの一部の例外を除く、衛星軌道上のあらゆる物体と衝突する運命にあります。ゆえに、OEVの障害として、誰もがデブリに注目するのはやむを得ないことかも知れません。
 しかし、OEVの本当の敵はデブリじゃない、運用中の衛星なのだ! 単なるデブリであれば、OEV側が避けるか耐えるかすれば、デブリがどうなろうと知ったことではありませんし、これまでに解決策も提示してきました。しかし生きた衛星はぶつかったら機能が喪失してしまいます。その補償を誰がするのか?
 上述の例外とは、回帰周期が地球の自転(すなわちOEVの公転)周期と同期、もしくは準同期している衛星か、OEVより高い位置を周回する衛星だけです。事実上、静止衛星と準同期の観測衛星以外はぶつかると考えていいでしょう。もっとも数の多い低軌道の衛星は、ISSをはじめほぼ全滅です。
 人工衛星なしで私たちの生活はもはや成り立たない以上、それをことごとくハタキ落としてしまうOEVに賛成するお人好しの国や企業がどこあるのか? この利害問題は、OEVの実現可能性が高まるほど、それを阻む圧力となって、いつか立ちはだかることになるでしょう。これこそが、OEV実現の上での最大の問題です。


3. 軌道カタパルト
 OEVが発揮するもう一つの真価は軌道カタパルトです。当サイトではこれまで「投射機」とか単に「カタパルト」などと呼んできましたが、東海大の佐藤実先生が著書で「軌道カタパルト」と呼んでいて、すごくカッコいいので、こちらでも今後常用させていただきたいと思います。用語として定着を目指しましょう。

 さて、OEVの、高度約4万7000km以上の位置から質量を放出すると、地球引力圏を脱出するスピードが与えられ、もう地球に帰ってこない。これを利用して、月への有人宇宙機、「はやぶさ」のような小惑星探査機はおろか、ボイジャーなどの太陽系外へ行く探査機も楽勝で打ち出せます。それも単機じゃなく、サポート物資や機器類なども続々送れるわけです。
 細かい軌道修正や、目的地によっては加速も必要ですけれども、地球の角運動量をおすそ分けしてもらうので(その分地球の自転が遅くなるんだけど、別に不都合はない)、これもまた、基本ゼロコストで可能です。軌道カタパルトは、OEVが実現したら必ず取り付けられるであろう設備であり、大林組構想にも取り入れられています。
 またこの機能は、放射性廃棄物の投棄などにも利用できることは、言うまでもありません。

 世間はOEVを、単に「宇宙へちょっと行ってこれる」という程度で見ている。そして、多くの人が意味する「宇宙」というのは、ISSの高度か、せいぜい月しか想像しない。あまりにも想像力貧困ではないか。そして、OEVの能力を見くびってはいないか。
 OEVは、『軌道エレベーター -宇宙へ架ける橋-』のタイトル通り人類の「架け橋」であり、通過点、道具でいいのです。それがOEVのあるべき立ち位置です。

 

 ――以上の点を上げました。昨今、「宇宙エレベーター」を紹介するニュースと、あまりにもかけ離れていると思われる方も多いかも知れません。しかし、OEVを語る時、もっとも重要なのはこの3点である。いくらズレていようと、これが「軌道エレベーター」であり、こうしたことを訴えていくのが、この軌道エレベーター派が自らに課した役割でもあります。多くの情報と比較検証しながら、基礎知識として吸収していただければ幸いです。長くなりましたが、ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

 本日のまとめ
(1) 軌道(宇宙)エレベーターは有名になってきたが、大事な点について理解されていない。
(2) それは「エネルギーの回収」「軌道カタパルト」「生きた衛星との衝突」である。
(3) エネルギーの回収と軌道カタパルトは軌道エレベーターの最も重要な価値であり、衝突は最大の問題である。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

OEV豆知識(29) 軌道エレベーターの殿堂

2013-09-22 21:06:14 | 軌道エレベーター豆知識
 軌道エレベーターという情報が、日常で人口に膾炙というか、人々の一般知識の隅っこに席を得るようになったのはごく最近のことですが、その研究の系譜は、足かけ三つの世紀にわたる歴史を持っています。今回の豆知識は、この分野で顕著な実績を残した人々のうち、わが軌道エレベーター派の独断と偏見。。。では決してなく、まごうかたなく「殿堂入り」に値する7人(法人含む)をピックアップしました。軌道エレベーター史を語る時には決して外せない、偉大な先人たちを紹介します(敬称略。2013年9月22日現在の情報で、故人のみ生没年を記載。呼称は「軌道」に統一)。

コンスタンティン・E・ツィオルコフスキー(1857~1935)
 「ロケットの父」として知られるロシア(旧ソ連)の科学者。宇宙速度や多段式ロケットの理論など、ロケット工学を確立して宇宙開発の礎を築いたとして名高いこの人物が、早くも19世紀に軌道エレベーターの基となる構想を公にしていた。1895年、赤道上から垂直にどこまでも高く塔を建てた場合、昇るにつれて重力が軽減し、静止軌道では無重量状態になるという思考実験を、エッセイ『空と大地の間、そしてヴェスタの上における夢想』で紹介した。後述のアルツターノフと並ぶ「軌道エレベーターの始祖」と呼んでも差し支えない人物(書題の邦訳は『軌道エレベーター -宇宙へ架ける橋-』による)。

ユーリ・N・アルツターノフ
 同じくロシア(同)の技術者。ツィオルコフスキーは地上から建ててゆくモデルを想定していたとされるが、アルツターノフは現在の軌道エレベーターの基礎理論となる、静止軌道から吊り下げた構造のモデルを発案した。1960年、『電車で宇宙へ』と題し、7月31日付『コムソモルスカヤ・プラウダ』に発表した。位置エネルギーを利用した電力の回収や月面上の軌道エレベーターなどのアイデアも盛り込み、軌道エレベーターの標準モデルを確立し、利用可能性の多様さを示した。なんとまだご存命とのこと。なおこれを記念し、当サイトでは7月31日を「軌道エレベーターの日」と定めている(書題の邦訳は『SFマガジン』1961年2月号による)。

アーサー・C・クラーク(1917~2008)
 ご存じ『2001年 宇宙の旅』の原作者として有名な英国のSF作家。アイザック・アシモフ、ロバート・A・ハインラインと並ぶ「SF御三家」として、日本でも不動の人気を誇る。1979年に軌道エレベーターの建造をテーマにした小説『楽園の泉』(邦訳は早川書房刊)を発表。軌道エレベーターの発想を一般の人々に知らしめることに多大な貢献をし、このテーマを語る時に欠かせないバイブルとなった。同作のほかにも、『2001年─』の続編『3001年 終局への旅』(1997年)や、『太陽の盾』(2005年)、『最終定理』(2008年。いずれも邦訳は早川書房)などにも軌道エレベーターを登場させている。

金子隆一(1956~2013)
 日本の作家、サイエンスライター。1997年、石原藤夫(後述)とともに、世界初の軌道エレベーター専門書『軌道エレベータ -宇宙へ架ける橋-』を発刊(初刊は裳華房刊。2009年に『軌道エレベーター -宇宙へ架ける橋-』に改題し早川書房から復刊)。このほかにも、極めて早くから軌道エレベーターの意義に着目し、クラークの『楽園の泉』の発表と同じ1979年には、設定に携わったTVアニメ作品『宇宙空母ブルーノア』で、映像作品としては初めて軌道エレベーターを登場させているほか、数多くの著述で軌道エレベーターを紹介、解説した。今年8月30日、惜しまれつつもこの世を去った(『軌道エレベーター』の筆頭著者は石原氏ですが、金子氏に敬意を表し先に紹介させていただきました。ご冥福をお祈りいたします)。

石原藤夫
 日本の作家。上記『軌道エレベータ(ー)』の著者。同書は軌道エレベーターの意義を見出し、先行研究やアイデアの応用例など、広い視野で研究を包含、紹介する歴史的な一冊となった。それまでSFのネタでしかなかった軌道エレベーターに、一つの研究分野として学術的に正しい評価を与えた。『惑星』シリーズ、『宇宙線オロモルフ号の冒険』(いずれも早川書房)などのSF小説や、解説書なども著している。

ブラッドリー・C・エドワーズ
 米国の物理学者。米ロスアラモス国立研究所で軌道エレベーター研究に携わり、成果をまとめて出版。このうち『宇宙旅行はエレベーターで』は2008年にランダムハウス講談社から翻訳書が発刊、今年6月にオーム社から復刊されている。建造プロセスや必要な年数、輸送コストなどをシミュレーションし、初めて詳細かつ本格的に打ち出したもので、後述の大林組のモデルと並ぶ、軌道エレベーターの規範となる具体像を描いた。

大林組(法人。石川洋二氏をはじめとする『宇宙エレベーター建設構想』プロジェクトチーム)
 完成したひとつの軌道エレベーター構想を、最新の知見にもとづき建設プランとしてまとめた『宇宙エレベーター建設構想』を2012年に発表。ピラーの長周期振動や荷重による伸長などを具体的なパラメータで計算し、2050年には建造可能という見解を示した。2013年現在、軌道エレベーターの最新研究といえば、必ずこのプロジェクトが紹介される。この分野の研究において貴重なベンチマークを提供し、日本がリードする牽引力となっている。

 ──今回は「軌道エレベーターが一般に普及することへの貢献」に重きを置いて、この業界でよく知られた方々を殿堂入りとしましたが、このほかにも、同じくらいふさわしい方々を申し添えておきます。
 西側世界で早くに軌道エレベーターを研究したジョン・アイザックスらのチームやジェローム・ピアソン、ポール・バーチとG.ポリヤコフ(いずれもORSの提唱者)、ロバート・ズブリン(極超音速スカイフックの研究)、D.V.スミサーマン(NASAの研究レポートの編者)ら、フィリップ・レーガン(エドワーズの共同研究者)、チャールズ・シェフィールド(『星ぼしに架ける橋』著者)。日本では、おそらく世界で初めて軌道エレベーターが登場する小説を書いた小松左京、石川憲二(『宇宙エレベーター -宇宙旅行を可能にする新技術-』著者)、佐藤実(『宇宙エレベーターの物理学』著者)などなど。。。
 そして宇宙エレベーター協会も殿堂入りに値すると思ってはいるのですが、当事者である私自身が選出したら内輪褒めになってイタいだけなので、とりあえず外します。我々の評価は後世の歴史家次第といったところでしょうか。

 「軌道エレベーター学」あるいは「軌道エレベーターネタ」も、ずいぶんと広がりを見せてきました。それもこれも、上述した方々をはじめとする、偉大なパイオニアたちのお陰です。みんな人に先んじてオービタってきたのだ。この原稿をまとめている最中に、金子隆一先生が亡くなり、惜しまれてなりませんが、こうした方々に感謝と敬意を表しつつ、足跡を受け継いでいかねばと実感します。

 この7人が後に「軌道派の七賢人」と呼ばれることになるのである。。。かどうか。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

OEV豆知識(28) 課題・問題その5 兵器転用

2013-07-07 22:20:09 | 軌道エレベーター豆知識
 久々の「豆知識」更新です。今回は、軌道エレベーター(OEV)を兵器として使用する問題について。
 過去の宇宙エレベーター学会(JpSEC)などにおいて、「(軌道エレベーターを兵器として使用すれば)世界の支配者になれてしまう」などという見解が出されたことがあります。考え方は色々あるとは思いますが、私はそのようなことはないと考えます。確かに、軌道エレベーターの軍事利用は可能です。しかし、兵器としては決して割に合う代物ではなく、(経済支配など別の分野は別として)純軍事的に見た時、むしろ弱点になりうるものなのです。この点はこれまでにも指摘してきましたが、総括したいと思います。

1. 軌道エレベーターの兵器転用
 兵器としての使い方でよく言われるのは、単純に質量を持ち上げ、地上に落とすというものです。ようは人工隕石ですね。ほかにも使い方はありますが、ここではシンプルなこの方法に集中して話を進めます。
 具体例としては、高度2万4000km弱のあたりで物体を軌道エレベーターから投下して、低軌道に重なる放物線軌道に乗せ、軌道面シフトする。そして任意の位置で再突入させて地上に落とすというものです。大気圏で2~3割程度減速すると仮定して、秒速約5kmで岩石が地上に衝突した場合、1平方mあたり50万tを超える圧力がかかるとみられます。
 これは一般的な小惑星の衝突スピードの数分の一に過ぎませんが、それでも大変な被害をもたらします。落とす質量が増えればそれだけ被害も大きくなる。このように軌道エレベーターが、本来備わった機能のみで最終兵器級の威力を発揮しうることは紛れもない事実です。

2. 軌道エレベーターは兵器としてあまり役に立たない
 しかし、兵器として使えることと役立つことは別問題であり、威力があるから強い、というものでもない。軌道エレベーターを無敵の兵器とみなす認識には、二つの見落としがあります。

 (1) 軌道エレベーターでなくても、現有兵器で同じことができる
 (2) 反撃に対して弱い

 まず(1)についてですが、軌道上から地上に兵器を投下する──これはスプートニクが打ち上げられた時代から指摘され、事実上可能になっていたことです。たとえば日本のH-2A202標準型は低軌道に約10tの打ち上げ能力を持ちます。半分を軌道修正や再突入の能力に割くとしても、5tのモノを落とせるし、軌道上でくっつける手もあります。3年前からはHTV(こうのとり)を打ち上げてますから、総重量16t近くあるこうのとりに耐熱処理を施した爆弾を満載して、そのまま地上にぶち当ててもいい。我が国でさえ、その気になれば「衛星軌道上からの攻撃」ができる道具をすでに所有しているんですよ。過去には旧ソ連のプロトンKが約21t、米国のスペースシャトルは30t弱もの低軌道投入能力がありました。最近ではこのような兵器の構想まで出てきています。さらに、人類はすでに、文明を何度も滅ぼせるだけの核兵器を、弾道ミサイルや巡航ミサイルの形で1000発以上も保有しています。この現状に軌道エレベーターが加わっても、戦略的な条件が優位になることはない。
 軌道エレベーターはコストが安く済む、というのが売りですが、地上から持ち上げて軌道投入するまでに要する時間を考えれば(軌道エレベーターは何日もかかり、ロケットなら30分未満)、決してコストパフォーマンスは優れてはいない。つまりは、すでにほかの手段があるのに、わざわざ軌道エレベーターを武力に使う理由がない。

 そして(2)ですが、何より肝心なのは、軌道エレベーターは、武力攻撃に対して極めて脆弱であるということです。ピラーがぶっち切れれば一巻の終わりであり、高度3万6000kmを超えて伸びる構造物を、地上から隙間なく防衛するなどということは事実上不可能です。
 ミサイルや航空機、キラー衛星や高高度ロケットなどで同時攻撃などされようものなら、既知の技術では防ぎ切れるものではなく、戦略型潜水艦のように隠密行動をする兵器から攻撃を受けたら仕返しもできません。さらに期間を区切らなければ、高度・軌道傾斜角ともにランダムな軌道上に、回避や迎撃不能なほどたくさんの機雷をバラまいておけば、過去の豆知識で述べたようにいずれは軌道エレベーターにぶつかります。デブリが激増してしまいますが、敵がエレベーターから隕石落とす以上、なりふり構っていられません。いずれにせよ、捨て身になって戦力を集中し、こうした手段を多面的に駆使すれば、軌道エレベーターを制圧や倒壊させることは難しくありません。

 だから、仮に軌道エレベーターの所有者が、1度でも隕石投下によって大量虐殺などしようものなら、世界じゅうの国々の反発と恐怖心を買い、それを脅威とみなす国家群が多国籍軍のように徒党を組み、大攻勢を招くことになるでしょう。下手をすれば核の報復を誘いかねない。
 もちろん、軌道エレベーターを壊したら壊したで、倒壊によって彼我ともに多大な被害を被るでしょうが、見過ごしていたらどのみち同じような目に遭うんですから、捨て身になって反撃することでしょう(ちなみに倒壊についての考察はこちら)。軌道エレベーターは、捨て身の攻撃にはまず勝ち目はありません。
 結局、最終兵器というものは、実際に撃ち合えば双方壊滅する、だから結局使えない。果たしてそれは戦力均衡・にらみ合いによるバランスへと移行する。冷戦時代の軍事情勢を支配した、いわゆるMAD(相互確証破壊)の状態です。軌道エレベーターも、結局はこの仕組みの中に組み込まれることになるでしょう。
 以上のことから、兵器というものは次の三つの条件のいずれかを満たさなければいけないという命題が導き出せます

 (1) 反撃を回避できる機動性や隠密性を持つ
 (2) 自己を守れるだけの十分な防衛力を持つ
 (3) ミサイルのような使い捨てにする

 軌道エレベーターはこのいずれにも当てはまりません。すなわち、決して兵器として割にあう代物ではないのです。


3. 軌道エレベーターを有することは、弱点にほかならない
 このように、純軍事的に見た時、軌道エレベーターを有することは優位に立つことはなく、むしろ弱点を抱えることにほかなりません。軌道エレベーターを建造する主体が誰にせよ、戦争やって勝てるどころか、逆に軌道エレベーターがある故に、戦争回避に努めなければならなくなります。建造時に「決して兵器利用はしません」と誓約し、数々の協約を結び補償を与えるなどして、外交上の保険をかけなければなりません。
 あとは、狂信的な権力者やテロリストなどが軌道エレベーターを掌握し、武力行使する可能性はあるかも知れませんが、湾岸戦争時のイラクよろしく袋叩きにあって、軌道エレベーターも命も失うことになるでしょう。テロに関しては安全保障というより保安上の問題でもあるだけに、軌道エレベーターの存在は「そこを突かれたらマズい」というアキレス腱に等しいのです。
 軌道エレベーターに絡んで、当座懸念される兵器転用のされ方というのは、関連するスピンアウト技術の軍事利用でしょう。ピラーの素材となるであろう炭素系素材は実に多様な用途を持っていますし、リニア技術やレーザー発振機などは、レールガンとか衛星搭載兵器につながる可能性がありますから。

 最後に、軌道エレベーターが登場するSF作品が増えてきても、兵器として利用するストーリーが非常に少ないことに考えを及ぼして欲しいと思います。作家たちは、兵器利用したらどのような展開になるかシミュレートし、あまり使いでのあるガジェットではないことを理解しているのだと思います。兵器としての用途自体はほかにもあるのですが、それはアイデアノートなどで別途紹介していきたいと思います。ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。

 今回のまとめ
 1. 軌道エレベーターは兵器として使用できる
 2. しかし兵器としてはコスパが悪く、反撃されたら勝ち目はない
 3. そのため、軌道エレベーターを所有することは、軍事的にはむしろ弱点となる

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする