(『機動戦士ガンダム00』10周年勝手に応援企画)
ちょうど10年前の今月、『機動戦士ガンダム00』のTV放送がスタートしました。あれから10年経た今も、ファンの間で根強い人気を保っています。我が軌道エレベーター派としても、優れた設定の軌道エレベーターが登場し、いわば "軌道エレベーター史" に足跡を残した作品として、関連記事がなお高い閲覧率を示しています。
今回は『00』10周年勝手に応援企画の第3・4弾として、作中に登場した軌道エレベーターの検証記事を、2回にわたって掲載します。もともとは、宇宙エレベーター協会(JESA)の2009年度会報(年鑑)に特集記事として掲載したものを、若干リライトしてアップします。なお説明図のイラストは会員の新海さんに作成していただきました。また、文中の表現やデータは2009年当時のものということをお含みおき下さい。
関連記事
『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証(付記あり)
『機動戦士ガンダム00』の「ブレイク・ピラー」は起きるのか?
「『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証」に画像を加えました
はじめに
2007年10月から09年3月にかけて、1st、2ndシーズンが放映された『機動戦士ガンダム00』。皆さんご存じの通り、この作品には軌道エレベーターが登場します。軌道ね、軌道!。軌道エレベーターが登場したSFの最新作として、今回特集で扱い、ちょっとした考察をしてみたいと思います。
なお今回の記事作成にあたり、事前に制作元のサンライズに連絡をしたのですが、悲しいことにまったく返事がありませんでした。仕方ないので、参考となる現実の研究を紹介しながら、勝手に、遠慮なく、検証してみたいと思います。
1. 背景
西暦2307年から物語が始まる『00』には、3基の軌道エレベーターと、それらに連なる二重のオービタルリングで構成される巨大構造物が登場し、リングで発電した電力を世界各地に供給する太陽光発電システムが、人類社会の生命線をなしています。
3基の軌道エレベーターは、米国を盟主とする国家連合「ユニオン」、ヨーロッパが主体の「AEU」、中国やロシアを中心とする「人類革新連合」がそれぞれ有しています。人類は無尽蔵でクリーンな太陽エネルギーの活用のため軌道エレベーターの建造に乗り出し、その過程において、外交関係や電力供給の地理的条件などから国際社会が三極化していきました。
反面、この軌道エレベーター建造と国家集約の過程において、石油に依存する中東諸国などが太陽光発電に反対し、推進派との間で数次にわたる「太陽光紛争」が展開されました。物語は、紛争は一応落ち着きながらも、各地に格差と政情不安を残した時代から始まります。
軌道エレベーターを建造するうえで、やはりエネルギー問題というのは大きな動機となりうるでしょう。JSEAメンバーの中にも、私を含め、宇宙への憧れや開発の利便化だけでは、万人に理解を求められるものではないと考えている人もいます。将来、軌道エレベーターが実現するとしたら、太陽光発電はひとつのPR要素になるに違いありません。
2. 基本構造
背景はこのくらいにして、軌道エレベーターの構造の説明に移ります。三国家群の軌道エレベーターは、おおむね似たような構造になっているようです。単にデザイナーの便宜かも知れませんが、地上基部がいずれもよく似た形をしているのは、画一化された設計思想に基づいて作ったのかも知れません。
「ピラー」と呼ばれる軌道エレベーター本体の全長は約5万km。赤道付近から、ほぼ均等に間隔を空けてピラーが天に伸び、上空で低軌道部と高軌道部のオービタルリングにそれぞれ接続しています。
末端には、全体の重量バランスを維持するためのバラスト衛星(アンカー重量)が接続されており、必要に応じてパージできるようになっています。ピラー内部にはリニアトレインが走行しており、地上から静止軌道にはおよそ2日かかるそうです。
横道にそれましたが、本作の軌道エレベーターの基本構造や、導入されているアイデアは、これまで多くの研究者の構想やSFなどに登場した構想であり、これらを巧みに取り入れています。
ピラーの基本構造は、静止軌道(高度約3万6000km)を境に、重力で地上に引っ張られる部分と、遠心力で外側に飛び出そうとする部分が釣り合うことで保たれており、軌道エレベーターの基本原理ともいえます。
提唱者は多数いるのですが、古く、かつ有名なのは、何といっても「ロケット工学の父」として知られるK.ツィオルコフスキーと、Y.アルツターノフの2人でしょう。特に後者は、宇宙から吊り下げて構造を支えるという概念を提示したことで知られています。
以下、パートごとにみて、若干の推測や疑問を加えてみたいと思います。
3. 地上基部
ユニオンの「タワー」はアマゾン川流域、AEUの「ラ・トゥール」はアフリカ大陸、人革連の「天柱」はソロモン諸島の海上に設置されています。ここから宇宙へ上がって行きましょう。
アーサー・C.クラークの「楽園の泉」(早川書房)で、赤道上の架空の島の山頂が選ばれるように、かつては軌道エレベーターの地上基部といえば、なるべく重力的に安定した、地上の高い場所を、という考えが支配的でした。しかし最近では、能動的に位置を変えることもできる海上基地が幅を利かせており、B.C.エドワーズなどは、海上基地を提案しています。
なお本編でも述べられているように、軌道エレベーターは脆弱な構造をしていますから、爆弾でも持ち込まれたら一巻の終わりです。現代の空港と同様、ここでの保安チェックに命運がかかっているはずなのですが、コロニー資材に紛れたガンダムを見過ごしたりして、えらく杜撰な感じもします。とはいえ、リニアトレイン公社総裁のラグナ・ハーヴェイがソレスタルビーイングの一味なので、ここは私設武装組織「ソレスタルビーイング」の組織力のお陰ということにしておきましょう。
4. ピラー
多数の外装パネルで覆われた外壁の内側を、リニアトレインが上下しています。
リニアトレインの電力の一部は上下運動自体で賄えます。つまり上昇には電力を消費しますが、降りてくる時には重力で落下しつつブレーキをかけて速度調整することで発電でき、これを上昇用の電力に回す(この電力の需給関係は、静止軌道の外側では逆になります)。余談ですが、このエネルギー回生こそが軌道エレベーターの真価なのであります。
これにより輸送コストはかなり安上がりになっていると思われ、減価償却も早かったんじゃないでしょうか? 『00』の時代には相当一般化しているようですから、運賃もけっこう安いのかも知れません。ああ乗りたい! 「トレイン」の名の通り、車内の描写は列車の旅そのものといった感じ。本編では沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィがイチャつきながら満喫してやがります。
5. 低軌道リング
高度約1万kmに位置する低軌道部オービタルリング。ステーションでピラーとリングが接続しています。(下はリングの模式図)
この高度では地球の重力の方が強く、そのままでは構造を維持できないため、『00』の世界では、リング内部に磁性流体を循環させて張力を生み出し、高度を維持しています。この発想で有名なのは、P.バーチが提唱した「Orbital Ring System」(1974)で、『00』に登場する軌道エレベーターの基本構造は、これに準じていると言えます。
なお、設定には見受けられませんが、磁性流体の循環が一方方向ならリングやピラーに反動を与えてしまうため、これを解消するには磁性流体を双方向に巡らせれば良いのではなかろうかと推察します。
このほか、リング内にもリニアトレインが運行されている上、リング自体が粒子加速器も兼ねており、さらにこの加速器が、2ndシーズンに登場した兵器「メメントモリ」のレーザーの発振機構に利用されたとのこと。物騒ですがじつによく設定が練られています。ちなみに2基登場したメメントモリのうち、1基は刹那・F・セイエイがダブルオーライザーのライザーソードでぶった切り、もう1基はロックオン・ストラトス(2代目)のケルディムガンダムが狙撃して破壊しますが、実に都合よくリングには傷つけずに除去されます。これで低軌道リングが破断していたら、第2次ブレイク・ピラーが発生していたかも知れません。その意味では、軌道エレベーターの構造を理解した壊し方ですね。
6. 高軌道リング
高軌道リングは資料によって高度がまちまちですが、小説版で静止軌道の高度「約3万6000km」と述べられており、その高度以外にありえません。高軌道リングの周囲に、直径約1kmの太陽光発電衛星が取り囲むように周回しています。もしリングと衛星群が静止軌道より高くても低くても、およそ24時間で一回転する高軌道リングと同期できないからです。
G.ポリヤコフの理論では、リングを静止軌道よりあえてちょっと上に設けることで、遠心力による張力を生み出すことを想定しています。おのずとその方が安定するでしょうが、『00』の世界では低軌道リング同様、磁性流体でバランスをとっているのかも知れません。
7. 太陽光発電衛星群
さて、地球を取り巻く太陽光発電システムは、全体として24時間電力を供給します。発電衛星から送電衛星へマイクロウエーブでいったん送電、ここからピラーの超電導素材を経て、あるいはマイクロウエーブで、地上へ送電を行っているようです。
1stシーズン5話で、リニアトレイン内の説明アナウンスで天柱1基の発電量が「1日に1.2エクサジュール(1Wの10の18乗倍)」(私には「えさじゅーる」って聞こえるんですが、エクサでしょう)と言っていますが、伴う発電衛星が全体の3分の1とすれば、総量はさらに大きいことになります。
総務省によると、2005年の世界の発電量が18兆kW/hくらいだそうで、太陽光発電システムを通じて、人類は豊富なエネルギーを得ていることが想像できます。
1999年に米航空宇宙局(NASA)で行われた軌道エレベーターの関連研究には、太陽光発電衛星の構想があり、イメージイラストがちょっとだけ『00』と似ています。発電効率はともかく、将来実現した時にきっと導入されることでしょう。大気の邪魔のない宇宙空間での太陽光発電は、今や軌道エレベーターの設定における必須アイテムかも知れません。
8. バラスト衛星
高軌道ステーションより上には、傘の骨組のような物が連なっているのが見えます。これが軌道エレベーターの重量バランスを支えているバラスト衛星。
この部分の設定は不明な点が多く、静止軌道部のすぐ上から設置されているように見えますが、末端まで続いているとすると、約1万4000kmもの長さに達しているということになります。しかし設定画にはこのバラスト衛星が1個しかついておらず、作中のシーンはバラスト衛星がまったく見えない描写も数多くあります。
このバラスト衛星が1個なのか複数なのか、謎が多かったのですが、複数連なっているというのが当サイトで検証した結論です。詳しくは、『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証をご覧ください。
さて、バラスト衛星は、ようするにオモリなわけですが、昔の研究では小惑星をつかまえて軌道エレベーターの末端にくっつけ、材料供給源も兼ねて利用しようというアイデアがありました。しかし最近はあまり見かけません。
何はともあれ、静止軌道から下が破損や落下したりして、全体の重量バランスが崩れた時、このバラスト衛星がパージされて均衡を保つよう働きます。2ndシーズンで実際にこのシーンが登場しますが、それは特集の後半で述べます。
9. 結び
以上、地上から末端まで簡単に解説しましたが、『00』に登場する軌道エレベーターを含むオービタルリングシステムは、(特有の問題は別として)原理的な矛盾も見受けられず、過去に提唱されたアイデアや理論を上手に生かしており、関連研究の集大成というか理想形のような印象を受けます。はるか遠い未来でしょうが、このようなモデルが実現したらと切に思います。
そして何より美しい! これに尽きます。
黄金色の太陽光発電衛星が並ぶ高軌道リングや小さな地球から迫るピラーには、無機質で存在感のある美を感じます。一方、地球を眼下に、暗い宇宙を画面の端から端までリングが伸びる様子は、なんだか幻想的でシュールです。
遠目には、地球から3方向に伸びるピラーとリングから成る造形美(肉眼で見えるわけないけど)は、『00』の世界の象徴です。完成度の高いものは美しい。そう実感するデザインでした。
SF作品における軌道エレベーターは、『00』において、ひとつの完成形を見たと感じます。JSEA発足の年に本作が登場したことはとても幸運でした。
この軌道エレベーターは本編で破壊されるのですが、それについては後編の記事にて。
ちょうど10年前の今月、『機動戦士ガンダム00』のTV放送がスタートしました。あれから10年経た今も、ファンの間で根強い人気を保っています。我が軌道エレベーター派としても、優れた設定の軌道エレベーターが登場し、いわば "軌道エレベーター史" に足跡を残した作品として、関連記事がなお高い閲覧率を示しています。
今回は『00』10周年勝手に応援企画の第3・4弾として、作中に登場した軌道エレベーターの検証記事を、2回にわたって掲載します。もともとは、宇宙エレベーター協会(JESA)の2009年度会報(年鑑)に特集記事として掲載したものを、若干リライトしてアップします。なお説明図のイラストは会員の新海さんに作成していただきました。また、文中の表現やデータは2009年当時のものということをお含みおき下さい。
関連記事
『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証(付記あり)
『機動戦士ガンダム00』の「ブレイク・ピラー」は起きるのか?
「『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証」に画像を加えました
はじめに
2007年10月から09年3月にかけて、1st、2ndシーズンが放映された『機動戦士ガンダム00』。皆さんご存じの通り、この作品には軌道エレベーターが登場します。軌道ね、軌道!。軌道エレベーターが登場したSFの最新作として、今回特集で扱い、ちょっとした考察をしてみたいと思います。
なお今回の記事作成にあたり、事前に制作元のサンライズに連絡をしたのですが、悲しいことにまったく返事がありませんでした。仕方ないので、参考となる現実の研究を紹介しながら、勝手に、遠慮なく、検証してみたいと思います。
1. 背景
西暦2307年から物語が始まる『00』には、3基の軌道エレベーターと、それらに連なる二重のオービタルリングで構成される巨大構造物が登場し、リングで発電した電力を世界各地に供給する太陽光発電システムが、人類社会の生命線をなしています。
3基の軌道エレベーターは、米国を盟主とする国家連合「ユニオン」、ヨーロッパが主体の「AEU」、中国やロシアを中心とする「人類革新連合」がそれぞれ有しています。人類は無尽蔵でクリーンな太陽エネルギーの活用のため軌道エレベーターの建造に乗り出し、その過程において、外交関係や電力供給の地理的条件などから国際社会が三極化していきました。
反面、この軌道エレベーター建造と国家集約の過程において、石油に依存する中東諸国などが太陽光発電に反対し、推進派との間で数次にわたる「太陽光紛争」が展開されました。物語は、紛争は一応落ち着きながらも、各地に格差と政情不安を残した時代から始まります。
軌道エレベーターを建造するうえで、やはりエネルギー問題というのは大きな動機となりうるでしょう。JSEAメンバーの中にも、私を含め、宇宙への憧れや開発の利便化だけでは、万人に理解を求められるものではないと考えている人もいます。将来、軌道エレベーターが実現するとしたら、太陽光発電はひとつのPR要素になるに違いありません。
2. 基本構造
背景はこのくらいにして、軌道エレベーターの構造の説明に移ります。三国家群の軌道エレベーターは、おおむね似たような構造になっているようです。単にデザイナーの便宜かも知れませんが、地上基部がいずれもよく似た形をしているのは、画一化された設計思想に基づいて作ったのかも知れません。
「ピラー」と呼ばれる軌道エレベーター本体の全長は約5万km。赤道付近から、ほぼ均等に間隔を空けてピラーが天に伸び、上空で低軌道部と高軌道部のオービタルリングにそれぞれ接続しています。
末端には、全体の重量バランスを維持するためのバラスト衛星(アンカー重量)が接続されており、必要に応じてパージできるようになっています。ピラー内部にはリニアトレインが走行しており、地上から静止軌道にはおよそ2日かかるそうです。
横道にそれましたが、本作の軌道エレベーターの基本構造や、導入されているアイデアは、これまで多くの研究者の構想やSFなどに登場した構想であり、これらを巧みに取り入れています。
ピラーの基本構造は、静止軌道(高度約3万6000km)を境に、重力で地上に引っ張られる部分と、遠心力で外側に飛び出そうとする部分が釣り合うことで保たれており、軌道エレベーターの基本原理ともいえます。
提唱者は多数いるのですが、古く、かつ有名なのは、何といっても「ロケット工学の父」として知られるK.ツィオルコフスキーと、Y.アルツターノフの2人でしょう。特に後者は、宇宙から吊り下げて構造を支えるという概念を提示したことで知られています。
以下、パートごとにみて、若干の推測や疑問を加えてみたいと思います。
3. 地上基部
ユニオンの「タワー」はアマゾン川流域、AEUの「ラ・トゥール」はアフリカ大陸、人革連の「天柱」はソロモン諸島の海上に設置されています。ここから宇宙へ上がって行きましょう。
アーサー・C.クラークの「楽園の泉」(早川書房)で、赤道上の架空の島の山頂が選ばれるように、かつては軌道エレベーターの地上基部といえば、なるべく重力的に安定した、地上の高い場所を、という考えが支配的でした。しかし最近では、能動的に位置を変えることもできる海上基地が幅を利かせており、B.C.エドワーズなどは、海上基地を提案しています。
なお本編でも述べられているように、軌道エレベーターは脆弱な構造をしていますから、爆弾でも持ち込まれたら一巻の終わりです。現代の空港と同様、ここでの保安チェックに命運がかかっているはずなのですが、コロニー資材に紛れたガンダムを見過ごしたりして、えらく杜撰な感じもします。とはいえ、リニアトレイン公社総裁のラグナ・ハーヴェイがソレスタルビーイングの一味なので、ここは私設武装組織「ソレスタルビーイング」の組織力のお陰ということにしておきましょう。
4. ピラー
多数の外装パネルで覆われた外壁の内側を、リニアトレインが上下しています。
リニアトレインの電力の一部は上下運動自体で賄えます。つまり上昇には電力を消費しますが、降りてくる時には重力で落下しつつブレーキをかけて速度調整することで発電でき、これを上昇用の電力に回す(この電力の需給関係は、静止軌道の外側では逆になります)。余談ですが、このエネルギー回生こそが軌道エレベーターの真価なのであります。
これにより輸送コストはかなり安上がりになっていると思われ、減価償却も早かったんじゃないでしょうか? 『00』の時代には相当一般化しているようですから、運賃もけっこう安いのかも知れません。ああ乗りたい! 「トレイン」の名の通り、車内の描写は列車の旅そのものといった感じ。本編では沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィがイチャつきながら満喫してやがります。
5. 低軌道リング
高度約1万kmに位置する低軌道部オービタルリング。ステーションでピラーとリングが接続しています。(下はリングの模式図)
この高度では地球の重力の方が強く、そのままでは構造を維持できないため、『00』の世界では、リング内部に磁性流体を循環させて張力を生み出し、高度を維持しています。この発想で有名なのは、P.バーチが提唱した「Orbital Ring System」(1974)で、『00』に登場する軌道エレベーターの基本構造は、これに準じていると言えます。
なお、設定には見受けられませんが、磁性流体の循環が一方方向ならリングやピラーに反動を与えてしまうため、これを解消するには磁性流体を双方向に巡らせれば良いのではなかろうかと推察します。
このほか、リング内にもリニアトレインが運行されている上、リング自体が粒子加速器も兼ねており、さらにこの加速器が、2ndシーズンに登場した兵器「メメントモリ」のレーザーの発振機構に利用されたとのこと。物騒ですがじつによく設定が練られています。ちなみに2基登場したメメントモリのうち、1基は刹那・F・セイエイがダブルオーライザーのライザーソードでぶった切り、もう1基はロックオン・ストラトス(2代目)のケルディムガンダムが狙撃して破壊しますが、実に都合よくリングには傷つけずに除去されます。これで低軌道リングが破断していたら、第2次ブレイク・ピラーが発生していたかも知れません。その意味では、軌道エレベーターの構造を理解した壊し方ですね。
6. 高軌道リング
高軌道リングは資料によって高度がまちまちですが、小説版で静止軌道の高度「約3万6000km」と述べられており、その高度以外にありえません。高軌道リングの周囲に、直径約1kmの太陽光発電衛星が取り囲むように周回しています。もしリングと衛星群が静止軌道より高くても低くても、およそ24時間で一回転する高軌道リングと同期できないからです。
G.ポリヤコフの理論では、リングを静止軌道よりあえてちょっと上に設けることで、遠心力による張力を生み出すことを想定しています。おのずとその方が安定するでしょうが、『00』の世界では低軌道リング同様、磁性流体でバランスをとっているのかも知れません。
7. 太陽光発電衛星群
さて、地球を取り巻く太陽光発電システムは、全体として24時間電力を供給します。発電衛星から送電衛星へマイクロウエーブでいったん送電、ここからピラーの超電導素材を経て、あるいはマイクロウエーブで、地上へ送電を行っているようです。
1stシーズン5話で、リニアトレイン内の説明アナウンスで天柱1基の発電量が「1日に1.2エクサジュール(1Wの10の18乗倍)」(私には「えさじゅーる」って聞こえるんですが、エクサでしょう)と言っていますが、伴う発電衛星が全体の3分の1とすれば、総量はさらに大きいことになります。
総務省によると、2005年の世界の発電量が18兆kW/hくらいだそうで、太陽光発電システムを通じて、人類は豊富なエネルギーを得ていることが想像できます。
1999年に米航空宇宙局(NASA)で行われた軌道エレベーターの関連研究には、太陽光発電衛星の構想があり、イメージイラストがちょっとだけ『00』と似ています。発電効率はともかく、将来実現した時にきっと導入されることでしょう。大気の邪魔のない宇宙空間での太陽光発電は、今や軌道エレベーターの設定における必須アイテムかも知れません。
8. バラスト衛星
高軌道ステーションより上には、傘の骨組のような物が連なっているのが見えます。これが軌道エレベーターの重量バランスを支えているバラスト衛星。
この部分の設定は不明な点が多く、静止軌道部のすぐ上から設置されているように見えますが、末端まで続いているとすると、約1万4000kmもの長さに達しているということになります。しかし設定画にはこのバラスト衛星が1個しかついておらず、作中のシーンはバラスト衛星がまったく見えない描写も数多くあります。
このバラスト衛星が1個なのか複数なのか、謎が多かったのですが、複数連なっているというのが当サイトで検証した結論です。詳しくは、『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証をご覧ください。
さて、バラスト衛星は、ようするにオモリなわけですが、昔の研究では小惑星をつかまえて軌道エレベーターの末端にくっつけ、材料供給源も兼ねて利用しようというアイデアがありました。しかし最近はあまり見かけません。
何はともあれ、静止軌道から下が破損や落下したりして、全体の重量バランスが崩れた時、このバラスト衛星がパージされて均衡を保つよう働きます。2ndシーズンで実際にこのシーンが登場しますが、それは特集の後半で述べます。
9. 結び
以上、地上から末端まで簡単に解説しましたが、『00』に登場する軌道エレベーターを含むオービタルリングシステムは、(特有の問題は別として)原理的な矛盾も見受けられず、過去に提唱されたアイデアや理論を上手に生かしており、関連研究の集大成というか理想形のような印象を受けます。はるか遠い未来でしょうが、このようなモデルが実現したらと切に思います。
そして何より美しい! これに尽きます。
黄金色の太陽光発電衛星が並ぶ高軌道リングや小さな地球から迫るピラーには、無機質で存在感のある美を感じます。一方、地球を眼下に、暗い宇宙を画面の端から端までリングが伸びる様子は、なんだか幻想的でシュールです。
遠目には、地球から3方向に伸びるピラーとリングから成る造形美(肉眼で見えるわけないけど)は、『00』の世界の象徴です。完成度の高いものは美しい。そう実感するデザインでした。
SF作品における軌道エレベーターは、『00』において、ひとつの完成形を見たと感じます。JSEA発足の年に本作が登場したことはとても幸運でした。
この軌道エレベーターは本編で破壊されるのですが、それについては後編の記事にて。