軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

STARS-ECがテザー伸展と回収に成功

2021-08-05 09:29:06 | ニュース
 静岡大学とSTARS Space Service(浜松市)が開発、軌道投入した軌道エレベーターの実証実験衛星「STARS-EC」が、宇宙空間でのテザー(ケーブル)の伸展と回収の実験に成功した。。軌道エレベーター建造の初期条件を見出すことにつながる試みであり、伸展・回収の成功は世界初だという。
 STARS-ECは、一辺10cmの立方体のキューブサット(小型衛星)3個から成り、軌道投入後に上下のキューブサットが分離して、間にテザーを展開する設計になっている。
 
 3月14日、STARS-ECは国際宇宙ステーション(ISS)のイジェクタから軌道投入され、4月に実験を開始。5月3~10日の間にテザーの進展と巻き取りが行われたデータを受信したという。
 なお、中央部分のキューブサットは昇降実験を行うクライマーに相当し、テザー上を移動し、昇降性能やテザーの挙動、衛星の姿勢などへの影響を検証することもミッションに含まれているが、今回はテザー展開についてのデータが確認できたとしている。
 開発に携わった同大能見公博教授の研究室は、今回の成果がデブリ回収にも貢献する可能性を見出している。(軌道エレベーター派 2021/8/5)
 
(以下は軌道エレベーター派の雑記です)
 昨年のニュースの続報です。少々前の話題ですが、後述の考察記事も一緒に書いていたので時間がかかってしまいました。
 軌道エレベーターの実験行為というと、何かとクライマーの昇降ばかりが世間ではもてはやされますが、今回の成果は、軌道エレベーター建造に欠かせない基礎的な要素として、より重要性を担っていると言えるでしょう。
 今回は「研究レビュー」に解説も添えましたので、ご興味のある方はご覧ください。

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STARS-EC 今後のミッションの考察

2021-08-05 09:23:25 | 研究レビュー
 時事情報として「ニュース」でも紹介していますが、STARS-ECは三つのキューブサットが分離し、両端部の間にテザーが展開され、そのテザー上を中央部が走行するという設計になっています。今回の報告は、テザーを伸ばし、その後巻き取りが確認されたというものです。
 これを軌道エレベーター実現につながる快挙のように書いている記事も見受けられますが、あまり軌道エレベーターについて理解していない人が書いたのではないかと思います。
 開発者側もあくまでデブリ回収の方に役立つ成果とみなしているようで、軌道エレベーターにかかわる点においては、テザーの回収自体は今後の参考値以上の意味はないでしょう。


 さて、STARS-ECのというか軌道エレベーター実験衛星の本来のミッションは、テザーを伸ばしきるまでの挙動や衛星システム全体の姿勢、その後のクライマー稼働による影響の方であって軌道エレベーター史において価値のあるのはむしろこれからが本領だといえます。ですので今回は、STARS-ECの今後の課題などを簡単に考察したいと思います。ただし多くが過去に触れたSTAR-Cとかぶるため、詳説はそちらに任せて今回は概説にとどめます。

 まずテザーを伸ばすプロセスの課題である、姿勢の安定とコリオリについて。すなわちテザーを伸ばすと、位置エネルギーと運動エネルギーの交換により、テザーの先端が軌道上の進行方向と反対方向へ運動しようとします。

、この解消もさることながら、衛星システム全体が軌道上で自転している可能性があるため、それを安定させて、上下=すなわち地上と宇宙の方向へきちんとテザーを伸ばせるかも一つのハードルとなりえます。
 この点は、同様の機構を持つSTARS-Cの解説でほとんど説明済みなので、そちらをご参照ください。STARS-ECにおいても、テザー展開の段階ではまったく同様の課題を抱えることになります。
 
 現実に軌道エレベーター建造する、という段階であれば、衛星軌道上からテザーを上下方向に伸ばし続けると、やがて上下の先端には、遠心力と重力加速度がそれぞれかかるようになるため、コリオリの力に抗しする力となりえます。しかし実際にはキロメートル単位で伸ばして、やっと数mm/s^2というスケールのため、今回の実験には当てはまりません。
 このため上下にテザー展開ができるかどうかは、STARS-ECにとっては大きなハードルとなります。

 その後、首尾よく完全なテザー展開を終え、かつ安定した姿勢を保てたと仮定して、その間をクライマーに相当する中央部が上下運動を行うと、それによりコリオリが生じます。
 具体的にはクライマーが上昇すれば、クライマーが軌道上の進行方向とは逆の方向にテザーを引っ張り、下降すればその逆の現象が起きると予想されます。



 ただし今回の実験のスケールではコリオリ力もきわめて小さく、現実問題としては影響も小さいと予想され、何らかのパラメータが獲得できたとしても微小な値にあると思われます。しかし、軌道エレベーターという巨大な構造物には、これをそのままマクロ化した状況が生じうることから、軌道エレベーター特有の課題の、貴重な実証データになるかも知れません。

 また、今回は小型衛星の小規模な実験であり、静止軌道エレベーターのようにテザーの下端が地上に固定されているわけではありません。STARS-ECのシステム全体に比してクライマーの質量が大きいため、クライマーが上昇すれば、その反作用で衛星システム全体を押し下げ、下降すれば押し上げることになるでしょう。



 各キューブサットの質量を同じと仮定すると、実際には昇る、または下る力の1/3くらいが相殺されるのではないかと考えます。たとえていうと、あたなが梯子を3段昇るたびに、梯子全体が1段下に下がってきて、もたついてしまうわけです。あるいは下りエスカレーターを昇ろうとする感じをイメージしてもらうとわかりやすいかも知れません。
 今回の実験で観測されるであろう挙動のうち、最も顕著なものになり、したがって衛星システム全体の姿勢に影響を与える値のうちで、最大のものになると考えられます。
 これは静止軌道エレベーターの場合であれば、現実の運用にはあまり関係ないのですが、軌道エレベーターのモデルの中には地上に接しないものもあり、その場合は軌道や姿勢の維持に大きな影響を与える要素となります。

 今回は、こうした挙動のデータ取得が、軌道エレベーター史上における意義と言えるでしょう。得られるパラメータはいわば初期値で、将来の実現に活用されるかは疑問であはありますが、軌道派としては、最大の貢献は実験の継続性であろうととらえています。
 ちょっと実験してはそこで終わり、というケースが繰り返される中、STARSプロジェクトは、軌道上での実証実験を果敢に行い続けている、世界的にも貴重な取り組みです。将来の実現につながる、有効なデータ回収を祈るばかりです。

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