軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

STARS-EC 今後のミッションの考察

2021-08-05 09:23:25 | 研究レビュー
 時事情報として「ニュース」でも紹介していますが、STARS-ECは三つのキューブサットが分離し、両端部の間にテザーが展開され、そのテザー上を中央部が走行するという設計になっています。今回の報告は、テザーを伸ばし、その後巻き取りが確認されたというものです。
 これを軌道エレベーター実現につながる快挙のように書いている記事も見受けられますが、あまり軌道エレベーターについて理解していない人が書いたのではないかと思います。
 開発者側もあくまでデブリ回収の方に役立つ成果とみなしているようで、軌道エレベーターにかかわる点においては、テザーの回収自体は今後の参考値以上の意味はないでしょう。


 さて、STARS-ECのというか軌道エレベーター実験衛星の本来のミッションは、テザーを伸ばしきるまでの挙動や衛星システム全体の姿勢、その後のクライマー稼働による影響の方であって軌道エレベーター史において価値のあるのはむしろこれからが本領だといえます。ですので今回は、STARS-ECの今後の課題などを簡単に考察したいと思います。ただし多くが過去に触れたSTAR-Cとかぶるため、詳説はそちらに任せて今回は概説にとどめます。

 まずテザーを伸ばすプロセスの課題である、姿勢の安定とコリオリについて。すなわちテザーを伸ばすと、位置エネルギーと運動エネルギーの交換により、テザーの先端が軌道上の進行方向と反対方向へ運動しようとします。

、この解消もさることながら、衛星システム全体が軌道上で自転している可能性があるため、それを安定させて、上下=すなわち地上と宇宙の方向へきちんとテザーを伸ばせるかも一つのハードルとなりえます。
 この点は、同様の機構を持つSTARS-Cの解説でほとんど説明済みなので、そちらをご参照ください。STARS-ECにおいても、テザー展開の段階ではまったく同様の課題を抱えることになります。
 
 現実に軌道エレベーター建造する、という段階であれば、衛星軌道上からテザーを上下方向に伸ばし続けると、やがて上下の先端には、遠心力と重力加速度がそれぞれかかるようになるため、コリオリの力に抗しする力となりえます。しかし実際にはキロメートル単位で伸ばして、やっと数mm/s^2というスケールのため、今回の実験には当てはまりません。
 このため上下にテザー展開ができるかどうかは、STARS-ECにとっては大きなハードルとなります。

 その後、首尾よく完全なテザー展開を終え、かつ安定した姿勢を保てたと仮定して、その間をクライマーに相当する中央部が上下運動を行うと、それによりコリオリが生じます。
 具体的にはクライマーが上昇すれば、クライマーが軌道上の進行方向とは逆の方向にテザーを引っ張り、下降すればその逆の現象が起きると予想されます。



 ただし今回の実験のスケールではコリオリ力もきわめて小さく、現実問題としては影響も小さいと予想され、何らかのパラメータが獲得できたとしても微小な値にあると思われます。しかし、軌道エレベーターという巨大な構造物には、これをそのままマクロ化した状況が生じうることから、軌道エレベーター特有の課題の、貴重な実証データになるかも知れません。

 また、今回は小型衛星の小規模な実験であり、静止軌道エレベーターのようにテザーの下端が地上に固定されているわけではありません。STARS-ECのシステム全体に比してクライマーの質量が大きいため、クライマーが上昇すれば、その反作用で衛星システム全体を押し下げ、下降すれば押し上げることになるでしょう。



 各キューブサットの質量を同じと仮定すると、実際には昇る、または下る力の1/3くらいが相殺されるのではないかと考えます。たとえていうと、あたなが梯子を3段昇るたびに、梯子全体が1段下に下がってきて、もたついてしまうわけです。あるいは下りエスカレーターを昇ろうとする感じをイメージしてもらうとわかりやすいかも知れません。
 今回の実験で観測されるであろう挙動のうち、最も顕著なものになり、したがって衛星システム全体の姿勢に影響を与える値のうちで、最大のものになると考えられます。
 これは静止軌道エレベーターの場合であれば、現実の運用にはあまり関係ないのですが、軌道エレベーターのモデルの中には地上に接しないものもあり、その場合は軌道や姿勢の維持に大きな影響を与える要素となります。

 今回は、こうした挙動のデータ取得が、軌道エレベーター史上における意義と言えるでしょう。得られるパラメータはいわば初期値で、将来の実現に活用されるかは疑問であはありますが、軌道派としては、最大の貢献は実験の継続性であろうととらえています。
 ちょっと実験してはそこで終わり、というケースが繰り返される中、STARSプロジェクトは、軌道上での実証実験を果敢に行い続けている、世界的にも貴重な取り組みです。将来の実現につながる、有効なデータ回収を祈るばかりです。

研究レビュー 第64回宇宙科学技術連合講演会

2020-11-21 09:50:01 | 研究レビュー
 宇宙・科学に関係する様々な分野で研究成果が発表される第64回宇宙科学技術連合講演会(宇科連)。10月27~30日に開催された今年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、オンラインでの実施となった。

1. 講義内容内訳
 「宇宙エレベーターおよび宇宙テザー研究最前線2020」と題したセッションでの発表は、29、30日の2日間で計19本。このうち軌道エレベーターに直接関係、または言及しているものは12本、このほかはテザーの挙動や特性などに関する発表が多くを占めた。

 軌道エレベーター関連では、クライマー技術が中心のものが4本あったほか、2017年に日本学術会議の「第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン」に採択された「宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発」について、スペースプレーンの活用と合わせた「ハイブリッド宇宙エレベーター」に特化した発表や、静岡大学の「STARSプロジェクト」、小惑星上での軌道エレベーター運用構想など、前年の講義内容を発展させた継続案件の発表もあった。


2. 発表紹介
 ユニークなものをいくつか紹介すると、九州大学の「宇宙エレベーターは建設費が回収できるまで残存できるか?」は、軌道エレベーターが、ロケット打ち上げに勝るコストダウンを発揮できるかを検討。デブリによるテザー損傷に主眼を置き、軌道エレベーターの長期使用で、デブリの衝突を経てテザーが維持できる可能性=残存率を計算した。
 発表によると、エレベーター全体の1年後の残存率は0%。デブリの多い低軌道域において、テザーを2本にした場合の残存率を評価しても、有意な差は生じなかった。このため「デブリ環境を改善しなければ実現不可能」と結論づけている。

 音羽電気工業、静岡県立大などによる「海塩粒子がテザーの電気的特性・全地球電気回路に及ぼす影響」では、近年の軌道エレベーターのモデルは、地上基部を海上に想定しているものが多いことから、塩分がテザーに与える影響について論じた。
 これまでにも同研究チームは、地上から宇宙へつながる軌道エレベーターの構造体が、大気上層と地上の電位差による地球規模の電気回路の一部になり、ピラーに電流が流れるなどして相互に影響し合うという視点から発表を行ってきており、今回は塩害がテザーの導電率に与える影響を検証した。
 結論では、海塩の粒子がテザーの導電率にほとんど影響を与えないが、テザーをアース化させないために地上から絶縁する場合、海塩の粒子の付着が絶縁部材を劣化させ、放電が生じる可能性を指摘。「宇宙エレベーターの設計時には、部材の電気的特性と全地球電気回路についても考慮する必要がある」とした。

 静岡大学、大林組の「カウンターウェイト方式宇宙エレベーターの3次元解析」は、クライマーが自力で昇降する軌道エレベーターではなく、現存する多くの建物にあるエレベーターのような、いわゆる「つるべ式」のエレベーター(ゴンドラとおもりが1本のケーブルでつながっていて、上端にあるローラーで動かすエレベーター)を導入した場合の挙動や影響を解析している。
 静止軌道までのつるべ式エレベーターを想定し、コリオリや太陽、月の潮汐の影響などのパラメータを導入して解析したところ、コリオリによるケーブル同士の干渉を防ぐために、ゴンドラを南北に配置する必要があることや、高度によってはクライマーより消費電力が少なく済むことなどがわかった。
 ただし全体としては、運用区間が長いほどケーブル同士の干渉が起き、必要な動力も増大して、挙動が複雑化することから「非現実的」とも述べており、「干渉を防ぐ方法を模索していく必要がある」と結んでいる。

 このほか、国際宇宙ステーションでのカーボンナノチューブ曝露実験を基に、高層大気に存在する原子状酸素の影響の検証や、クライマーの振動に関する検証などの発表があった。 


3. 2020宇科連の概観
 新型コロナウイルスの感染拡大が、研究の分野にも影響を及ぼしている一面があるとはいえ、全体を俯瞰すれば、軌道エレベーターそのものの研究については、新たなトピックやネタが不足する状況と言ってよいかも知れない。
 これは、最重要のファクターである素材でブレイクスルー的な進展がないことや、大林組の「宇宙エレベーター建設構想」のような、世間の耳目を集める発表・活動がこの停滞している点も大きいだろう。
 個々の研究は意欲的で興味深く、決して貶めるものではないが、宇宙空間で展開するテザーをテーマとしたものと同じカテゴリーにまとめているあたりに、コンテンツ不足の苦しさが垣間見えるようにも感じる。
 テザー展開も、軌道エレベーターへの注目が一時期高まったことで研究が進んだ一面があり、軌道エレベーター実現にも関連するスピンアウト技術と言えなくもないが、全体としては歩みが停滞気味にあるのは否めない。
 ただし素材に関しては、化学や材料分野の学会で発表されるのが定常であろうから、宇科連での発表が少ないのはやむを得ない一面もあると思われる。今後業界間でクロスオーバーした研究に期待したい。

研究レビュー(10) Journal of the British Interplanetary Society

2017-08-06 11:14:52 | 研究レビュー

Journal of the British Interplanetary Society
June/July 2016


British Interplanetary Society
(英国惑星間協会、2016年)


 "Journal of the British Interplanetary Society" の昨年6/7月号が、軌道エレベーター特集号として発行されました。発行元の英国惑星間協会(BIS)は、Wikipediaの表現を借りると「世界で最も古い宇宙支援組織」で、我が宇宙エレベーター協会(JSEA)からも寄稿しております。今回は一般読者向けの簡易レビューとして概要を紹介します。


本誌の掲載論文は次の通り。

 Space Elevator -15-Year Update
 Space Elevator Technology and Research
 Advances in High Tensile Strength Materials for Space Elevator Applications
 Obayashi Corporation's Space Elevator Construction Concept
 NASA's Space Elevator Games: A History
 Japanese Space Elevator competitions and Challenges
 Space Elevator Current and Future Thrusts

1. 概観
 論文構成をテーマ別の内訳でみると、近年の軌道エレベーター関係の動向をまとめた略史、総合デザイン、素材、総合的な建造プランが1本ずつ。このほかクライマー大会の詳細が2本と、結びとなる総括的な将来展望が1本。序文で、旧約聖書のバベルの塔から軌道エレベーター史を紐解き、実現した時の「人類にもたらす利益は莫大なものになる」とアピール。続く "Space Elevator -15-Year Update" で、軌道エレベーター研究や活動の大まかな変遷を振り返った後、分野別に扱っていく内容になっており、全体として、大まかな研究の現況を紹介した上で、有名どころの論文を数本をおさえた、といったところです。

 "Space Elevator Technology and Research" は、国際宇宙航行アカデミー(IAA)が軌道エレベーター研究の各分野を検討し、1冊の書籍にまとめた評価報告書 "Space Elevator: An Asessment of the Technological feasibility and the Way Forward" を基にした内容紹介が中心です。クライマーやテザーの挙動、エレベーター構造の各部位のデザインなど、当時のアセスでは多岐に渡る検討をしており、「重要問題は、なおテザーの素材強度」とした上で、「短期間に解決法が見つかるだろう」と述べています。
 なお、当時の取り組みでは、軌道エレベーター全体の基本構造を区分し、今後の研究のために名称などを標準化していこうという試みをしたのですが、現状としては、さほど定着していません。
 このほか、"NASA's Space Elevator Games: A History" では米航空宇宙局(NASA)がバックアップしていたクライマーレース "Centennial Challenge" の2005~09年にかけての変遷を紹介。その後日本やドイツなどで行われているクライマー大会のルーツとも言えるものです。最後に全体のまとめとして、"Space Elevator Current and Future Thrusts" で、軌道エレベーター研究はボランティアに支えられている面が大きく、その「無償の努力が基幹的知見を増大させ、宇宙への低コストアクセス発展を決定づけていくことになる」と肯定的に結んでいます。



2. 日本からの寄稿
 日本からは大林組の「宇宙エレベーター建設構想」と、JSEAからのクライマー競技大会報告を掲載。大林組の構想は、2012年の発表後に数的な情報が若干追加されてはいるものの基本は変わらず、世界的に有名になったものをBISで再紹介しているという感じです。ご存知の方も多いので詳しい言及は避けます、大林組は最初の発表後、建設構想に加えてテザーの挙動解析に力を入れており、本誌には「Space Elevatorのケーブル挙動力学」と題した付記が添えられています。
 JSEAは大野修一会長の筆で、これまでの大会の変遷と出場したクライマーに用いられた技術の特徴、テザードバルーンの係留技術の進化などを解説しています。また将来の建造実現を可能にするために、主に(1)クライマー技術 (2)テザー技術 (3)アウトリーチ活動──の分野での活動が継続される必要があると述べ、これらにJSEAが取り組んでいくとしています。なおJSEAについては "Space Elevator -15-Year Update" で簡単に紹介されているものの、設立年などの情報に若干の間違いが散見されました。

3. 素材分野の論文
 長年この話題を追求している立場から見ると、本誌はあまり目新しさはありません。しかしその中で見るべきは素材の検討に触れた "Advances in High Tensile Strength Materials for Space Elevator Applications" であろうと考えます。軌道エレベーターの課題は、素材に始まり、結局素材に帰ってくるような一面があるにもかかわらず、これまでの内外の活動でも、素材分野は特に目覚しい成果報告に欠ける状況が続いています。
 この素材に関して、IAA報告書にかぶる部分は多いものの、本稿では「高い強度を持つ素材の発達以上に重要な課題はない」として、カーボンナノチューブやアラミド繊維、窒化ホウ素ナノチューブなど、いくつかの素材の物性や安定生産の実現度、軌道エレベーターへの応用を比較検討した内容となっています。いずれも「より基礎的な発達が必要」であり、現状において「Space Elevatorに必要とされる強度を満たしうる、工業的に有用な素材はない」としつつ、有望性はあるとして、次のように結論づけています。「必要十分な強さを持つ素材は、15~25年以内に手に入るだろう」。
 これは楽観に過ぎるのではないかとも思えます。こうした文言は、カーボンナノチューブが発見され、軌道エレベーター熱が一時的に高まった1990年代にも言われていたことで、この予測年数に変化が見られない。「15~25年以内に手に入るだろう」ということが、この15~25年間言われ続けてきた。軌道エレベーター業界に混乱を引き起こしてくれた、かのアニリール・セルカン。彼はの言説は嘘ばかりでしたが、10年前に直接取材した際、次のような意味合いの事を言っていました。「カーボンナノチューブが発見されてから何年経ちましたか? 10年以上経つのに全然実用化されてないじゃないですか」。彼を擁護する気はまったくないけれども、軌道エレベーター分野に関して、この指摘は一理あると言わざるを得ない。
 軌道エレベーターという用途は既存のものとスケールが違いすぎるため、現状でほかの用途のための発達からステップアップする中間段階が存在しないのもその一因と思われます。とはいえ、様々な学会でも素材方面からの報告は少ないので、化学分野の専門用語が多いため正確に読み解くのは困難ですが、本誌の掲載論文の中では資料価値が高いと言えるでしょう。



4. まとめ
 本誌について、憶測も交えた印象ですが、内容が楽観的で学及的な積極性が感じられず、「米国や日本でSpace Elevatorが盛んになってきているから、関係者に原稿を頼んで、一度まとめておこう」というアリバイづくりの1冊、といった印象を受けます。BISは『楽園の泉』をものしたアーサー・C・クラーク卿が会長を努めたこともあるせいか、たとえば20世紀にすでに「ツィオルコフスキー・タワーの再検討」といった寄稿を載せるなどしたこともあり、軌道エレベーターというテーマには節目ふし目に着目してきてはいるのですが、日米に比べ中立的です。それはとりもなおさず、BISには、このテーマをよく把握している人、本気で受け止めている人は少ないということでもあります。
 論文誌が一つのテーマで特集を組む時は、賛否両論の論文を載せることが多いものですが、本誌において反論や対論をまったく掲載しない(あるいは本気で反対意見を書く執筆者がいない)のはその表れかも知れません。そのためか、内容が身内びいきで夢想的になりがちです。
 しかし、軌道エレベーター研究の発展を阻害しているのはそういった要素ではないのか? 議論のない処では発展は停滞するものであり、もっと反対意見に揉まれるべきだし、そうでなければ、我々のような軌道エレベーターの知見普及に努める者は、いつまでも大言壮語する山師というイメージから抜け出せないでしょう。その意味でも、今後もっと軌道エレベーターを否定する論文も掲載した紀要集などが登場し、議論を盛んにしていってもらいたいと考えます。

宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発

2017-02-19 12:37:52 | 研究レビュー
宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発
第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン
(マスタープラン2017)採択
(公募は2016年)


 軌道エレベーターの構築を念頭に置いた研究開発案「宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発」が、日本学術会議の「第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン(マスタープラン2017)」に採択されました。多分野の連携により、段階を経て将来の軌道エレベーター実現を模索する内容となっています。この記事は宇宙エレベーター協会(JSEA)と内容の多くが重複しますが、今回はJSEAの立場では言いづらい毒舌も若干書き足して紹介しようと思います。

1. 概要
 最初に断っておきますと、計画を実施すると決定したわけではありません。日本科学学術会議は1949年設立の内閣府の諮問機関。マスタープランは、研究・実験プランを広く公募し、この中から同会議で重要性のあるものを選び、国への提言としてまとめるもので、平たく言えば「全国の研究者から寄せられた研究プランの中で、これらが有望・有益そうですよ」と国に示すといったところです。今回の「宇宙インフラ──」(以下「本案」と略記)は、カテゴライズされている「学術大型研究計画」(区分Ⅰ)だけでも163件ある公募プランの一つです。この中から予算を得て実施されるものもあり、当サイトで紹介した「STARS-C」も、2014年のマスタープランに採択され、その後予算化されたものの一つです。

 本案は、エネルギー問題解決の道筋をつけることを理由に、軌道エレベーターと、高高度の高速航空機の研究開発を同時並行で進め、両者を結びつけた、宇宙からエネルギー・資源を獲得する総合的な輸送システムの構築を提案しています。
 本案では、現代のエネルギー資源の枯渇は時間の問題であり、人類社会の持続的発展には、宇宙太陽光発電(SSPS)による地上への送電などの「エネルギー供給手段にイノベーションを興す必要がある」と強調。その手段の一つとして軌道エレベーターを挙げ、SSPS以外にも衛星の軌道投入や、月からの資源輸送などに利用できる、としています。
 ただし軌道エレベーター(この場合は静止軌道エレベーター)実現までには時間も手間もかかるため、それまでの間、小型の軌道エレベーターの開発を進め、サブオービタルフライトが可能な航空機などと組み合わせた「ハイブリッド宇宙エレベーター」なるものの開発を提案しています。
 本案で提唱しているハイブリッド宇宙エレベーターは、主に

 (1) 地上に接しない小型の軌道エレベーター
 (2) 有翼型往還機などのスペースプレーン
 (3) 成層圏プラットフォーム

 ──という三つの基本要素で構成されています。以下、この三要素について概説します。

2. 主な内容
 (1)の地上に接しない軌道エレベーターというのは、回帰周期が地球の自転と同期せず、地球周回軌道を周りながら、その両端の高度に相当する軌道の間で、接舷した質量を輸送するものです。
 (2)は、大気圏内と宇宙空間の両方を飛行する機能を持つ往還機で、ジェット/ロケット複合エンジンを搭載した有翼2段式往還機(TSTO)などを挙げています。知られているところではヴァージン・ギャラクティック社のスペースシップ1・2などもこの仲間と言え、さらに発展させて低軌道域まで到達させるといったところでしょうか。
 (3)は、高度数十kmにバルーンなり飛行船なりを係留し、地上との間でエレベーターシステムを設けるもの。




 本プランではミッションの一例として、(3)の成層圏プラットフォームに(2)の往還機を運んで、そこから自由落下による初期加速を経て低軌道域まで上昇させ、(3)の非同期型の軌道エレベーターに接舷、クライマーで荷物なり人なりを運ぶという案を図示しています。(3)は(2)の機能次第ではスルーすることも可能で、これに似た構想は、下図のように軌道エレベーターの研究史において20世紀のうちに打ち出されており、静止軌道エレベーターへの過渡期のシステムとしては、特に新しい発想ではありません。



 (1)は静岡大や日大などの「STARSプロジェクト」、大林組が打ち出した「宇宙エレベーター建設構想」、(2)の航空機は九州工大の有翼ロケット実験機計画をはじめ、各大学や宇宙航空う研究開発機構(JAXA)などの機関が研究中。(3)も静岡大や日大などが取り組んでおり、これらをミックスさせて一体的に進めていこうという主旨になっています。
 また本案では、社会科学的な考察の必要性もうたっていて、科学面以外での評価を行い、取り入れていくとしています。

 「実施計画表と将来計画」では、2050年をゴールとしていますが、これは大林組が掲げる「2050年」に気を遣った結果でしょう。また本案の予測シナリオの中には、「軌道エレベーターは実現しない」というシナリオもあり、その場合は、この回答にいきつくまでの技術の蓄積による低コスト手段確立やスピンアウトの意義を説いています。
 こうしたプランの推進に、軌道エレベーター関連で200億円、航空機500億円、社会科学に1000万円が必要であるとし、総額約700億円を見積もっています。

3. マスタープラン裏事情
 本案は、軌道エレベーター分野にとっては、すでに研究実績もあって権威や信頼性、歴史も持つ往還機分野などと組むことで、夢想じみて受け取られがちな軌道エレベーターの学問を、現実的な土俵に上げて評価してもらえるというメリットがあると言えるでしょう。実施されるかはまだわからないですが、総合プランとして国に訴えようという動きにまで至ったのは、素直に喜びたいところです。

 しかし色んな業界の方々が口をそろえて言っていたのですが、マスタープランは実質的に、科研費争奪戦コンペのプレゼンテーションであり、それはもうドロドロした政治的駆け引きの世界でもあるのだそうです。研究者は自分が打ち込む研究のお金が欲しい。政治家や官僚をその気にさせて予算をぶんどってくる内容であれば、そこに乗っかって研究費がもらえればありがたいわけです。そして軌道エレベーターは、まだ海のものとも山のものともわからない段階ですが、理論上は低コストなど売りが多いのは紛れもない事実ですし、話題性として「華」がある。

 本案においても、軌道エレベーター以外の分野は、その華のある話題を取り入れることで話題性や研究の伸び白を得られる、翻って軌道エレベーター分野にとっても、実績ある分野と組んでスクラム交渉ができる、といった相互利益を計算に入れた生存戦略なのだろう、と推察しています。「エネルギー問題解決のために低コストの宇宙輸送システムが必要」というのは、その合致した利益に目的を与える後付けの理屈であり、お上への説得材料としている。本案に目を通していると、そういう各方面への色んな配慮というか苦労のようなものを、ひしひしと感じるのです。代表提案者を元日本航空宇宙学会長の青木隆平氏としているところも、ネームバリューから当然といえば当然の選択ですが、影響力を考慮していると思われます。

 さらに邪推してしまうと、軌道エレベーター関連の見積もり額が航空機の半分以下というのは、一見軌道エレベーターを表看板として注目を集めるのに利用しつつ、本案で実験を握る主役は航空機分野の方なのではないか? という気もします。仮に予算が降りて研究が進めば、非常に巨大なシステムゆえに、現在は想像もしていない道の課題が山ほど出てくることは必定。大幅な修正の可能性もありますし、また各要素技術、特に軌道エレベーターに関しては実測値というものがほとんどないので、進捗次第で各分野の結合が失われることも十分出てくるでしょう。
 本案では、10年で「着手可能」なステージにまで持っていくことを目安としている一方で、「達成困難な場合には、その場合のシナリオにあった計画に見直す」と述べられています。それは次の10年につなげるための余白であると同時に、軌道エレベーター分野がお役御免になってほかの分野に占められていく含みを持たせてあるようにも見えるのは、うがちすぎでしょうか? しかしこれだけ多分野がかかわっていると、本案の枠組みの中での予算やヘゲモニーを巡って対立が生じ、使い捨てられるおそれをつい懸念してしまうところです。

4. 結び
 とはいえ、もとより軌道エレベーター分野は、あまりにも多岐にわたる技術を要する以上、全体としては大風呂敷で、少々強引にでも進めていかなければならないテーマであることは間違いありません。実測値などをほとんど持たない軌道エレベーター分野は、今は利用されてでも実績を上げていかなくてはなりません。どうも今までお行儀良すぎた一面もあって、もっとガツガツと野心的になる必要がある、とも思っていました。マスタープランにエントリーするというのは、そういう生存競争に参加することあり、他分野と共闘して生き延びていかなくてはいけない。
 その意味では大風呂敷上等でもあります。邪推が過ぎましたが、こうした実際に研究に取り組んでいる主体のタッグによる提案に結実したことを素直に喜び、実現につながることを祈るばかりです。今後マスタープラン関連では、6月に文部科学省の「ロードマップ2017」が策定される予定になっています。今後も行く末に注目していきたいと思います。
 マスタープラン2017については、日本学術会議のホームページで閲覧できます。

(解説)STARS-Cのミッションと意義

2016-12-28 19:35:54 | 研究レビュー
(この記事は、宇宙エレベーター協会ホームページと重複します。ていうか、このブログ用に書いたものを向こうに転用したのですけどね)

 皆様ご存知の通り、初の軌道エレベーター(宇宙エレベーター)の実験衛星「STARS-C」を載せた輸送機HTV(こうのとり)は12月9日にH2Bロケットで打ち上げられました。さらにその後、ISSの日本実験棟「きぼう」から軌道上に放出。現在地球周回軌道上を公転しています。
 この事実はメディアにも取り上げられましたが、この小さな衛星が、軌道エレベーターと何の関係があるのか? 何ができれば「成功」と言えるのか? 意外とわかっていない方も多いのではないでしょうか。各メディアが報じるニュースも、その辺を今一つ理解していないような内容が多い。そこで今回、包括的に解説したいと思います。



1.概要と意義
 STARS-Cは、発表資料等の言葉を借りると「宇宙エレベータ(ー)実現に向けたテザー進展技術実証衛星」です。「テザー」は「ケーブル」と同義と理解してください。名称は "Space Tethered Autonomous Robotic Satellite-Cube" の略で、公募により「はごろも」という愛称が付けられました。二つの超小型衛星が軌道上で分離し、間に100mのテザーを伸ばします。軌道エレベーターを実現する技術を確立していく上で、これに何の意味があるのでしょうか?
 軌道エレベーター建造を、川に橋を架ける作業に例えるなら、「誰も渡ったことのない川に橋を架けたいが、橋脚を立てようにも川の深さも流れの速さも未知数。どうなるかやってみないとわからない。まず小舟を出して、小さな柱を試しに立ててみよう」といった感じでしょうか。この小舟がSTARS-Cであり、柱を立てられるか、立てた小柱がどんな影響を受けるかを調べるのが今回のミッションです。そしてテザーを伸ばすという行為は、軌道エレベーターの実際の建造の際に、最初の段階で行う作業になると予想され、いわば「建造本番」では、これを下端が地上に届くまでずーっと伸ばし続けるわけです。つまりSTARS-Cのミッションは、軌道エレベーター実現のための最初期の条件を見出す、基本中の基本の実験と言えます。ミッションの成功条件とでも言うべき目的は

 (1) テザーを100m展開させること
 (2) テザーの展開を制御すること
 (3) 展開させたテザーと衛星の振る舞い(挙動)を把握すること

 ──以上のデータの獲得・解析が挙げられます。

 実はSTARS-Cの前に、「STARSプロジェクト」として、同様のテザー展開衛星「KUKAI」(2009年打ち上げ)、「GENNNAI」(2014年同)が軌道投入されていますが、電力不足でテザーの伸展データが得られないなど、いずれも「テザー衛星として信頼性あるデータ取得までには至っていない」(静岡大)状況であり、何よりも軌道エレベーターの実験として銘打ったミッションは、世界でも最初となります。
 今計画は2014年に政府の諮問機関・日本学術会議の「学術の大型研究計画に関するマスタープラン」に採択されたもので、プロジェクトには静岡大学のほか日本大学や大林組、協会主催の「宇宙エレベーターチャレンジ(SPEC)」の常連「チーム奥澤」、そして宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが参加しています。


2.機体概要とミッション

 STARS-Cは、1辺10cmの立方体が二つ(親機と子機)くっついているのが初期状態です。親子はそれぞれ太陽電池パドルを装備しているほか、ケブラー製テザーを伸ばすリール機構、地球磁場を利用した姿勢制御機構「磁気トルカ」、GPSやカメラ、ジャイロなどを内蔵しています。大まかなミッションは次の通り。

 (1) 国際宇宙ステーション(ISS)からの放出
 (2) パドル展開と親子分離
 (3) テザー伸展
 (4) テザーを伸ばした状態での軌道周回とデータ取得

 以下、ミッションの各フェイズを詳説します。

(1) ISSからの放出
 STARS-Cは12月19日に軌道上に放出されました。「きぼう」には超小型衛星放出機構「J-SSOD」が取り付けられるようになっており、STARS-Cなど超小型衛星を打ち上げ前にJ-SSODに箱詰めにしたものをセットし、バネの力で放出されます。ちなみに放出機構には50kg級の衛星用もあります。角度はISSの後方、下向き45度で放出されます。このため軌道傾斜角(地球赤道面に対する軌道の角度)はISSと同じ51.6度で、ISSより少し下から追随するような軌道に乗ったことになります。これはSTARS-Cだけでなく、ほかの放出衛星にも共通する軌道要素で、長期的にはISSの軌道と交差するのですが、JAXAによると、放出された衛星は100~250日程度で、交差前に大気圏に再突入するとのこと。
 
(2) パドル展開と親子分離
 親機と子機は、それぞれ側面に太陽電池を備えているほか、10cm×20cmの電池パドルを展開します。そして、親子の結合を保つテグスをニクロム線で過熱して切断し、バネの力で分離してテザーを展開します。分離後の親子の位置はGPSで測定するほか、親機と子機で異なるアマチュア無線電波を発信し、受信した電波の差からも推定できるとされています。



(3) テザー展開
 上記の手順で分離した親子の間で、テザーを100m伸ばした状態で安定させます。これがうまくいくかが本ミッションの最重要事項と言えるでしょう。なぜそれほどまでに重要かつ困難なのか?

■リバウンドの問題
 一言でいうと、「宇宙には足場がないから」です。宇宙空間の軌道上では、何をしても反動がそのまま返ってきて、「踏ん張れない」のです。波のないプールで2艘のボートうちの一つに乗っていたと想像してください。もう1艘を手で押したら、反動で自分の方も反対方向に動いてしまいます。さらに2艘が紐でつながれていたとしたら、長さの限界まで2艘が離れると紐がピンと張って、今度は反動で2艘がお互いに引っ張られたりします。 STARS-Cもテザーを伸ばす反動で、親機と子機の間にこのような現象(リバウンド)が生じ得ます。このため、STARS-Cはリバウンドの回避策として、テザーの伸展速度を制御し、初速2m/sから徐々に減速させていくことを予定しています。リバウンドせずにテザー展開を終了させられれば「ミッションサクセス」とのこと。

■コリオリの問題
 今一つの問題にはコリオリが挙げられます。仮にSTARS-Cが、きちんと地上の方向(下)に対して直立するような状態で分離できたとして(ここでは親機の位置を「上」と仮定します)、分離してテザーが伸びていくにつれ、親機は西側に、子機は東側に流れていきます。位置エネルギーが運動エネルギーに変化する、すなわちコリオリの力でこのような現象が起きます。これにより、軌道エレベーターの建造初期の段階では「エレベーターが横に寝てしまわないか?」という現象が、課題の一つとして指摘されています。



 テザーを長く伸ばせば、全体に働く重力傾斜(地球の引力と軌道上公転の遠心力による位置エネルギー)がコリオリの力に対して勝り、茶柱が立つように安定していくと考えられているのですが、そうなるまできちんと伸ばせるかも、STARS-Cにとっての一つのハードルと言えます。そもそも最初の結合状態で回転運動をしていますので、磁気トルカで向きを上下に安定させるまでの過程も、クリアしなければならない課題です。
 開発に携わった方々の試算では、テザーを展開しきれば、2.5×マイナス10^4N(ニュートン=力の単位で、1Nは1kgfの質量に1m/s^2 の加速度を与える力)の重力傾斜が作用し、コリオリを解消できるとしています。
 こうした課題はISSからの放出時の初期状態にも相当左右されるはずであり、未定・未知の要素も多く、まさに「やってみないとわからない」から挑戦するわけです。

(4) テザーを伸ばした状態での軌道周回とデータ取得
 上記(1)~(3)を経て、機体は「軌道周回モード」に移行し、親子の軌道上の運動、そして何よりもテザーの挙動のデータを取得していきます。ここからも、きちんと上下方向を保った姿勢で地球を周回できるかが問われます。
 JAXAでの記者会見で静岡大の山極芳樹教授が述べたところでは、分離前に姿勢を制御して安定するまでに約1か月。分離とテザー展開は数分で終わり、その後1か月ほど観測・解析を続けた後に大気圏に再突入する見込みで、放出後の衛星の寿命は2か月程度になるそうです。ここで得られるデータは、研究の発展と将来の実現に向けて参考にされる、貴重な数値となるでしょう。

 
3. 終盤イベント
 今回のSTARS-Cには一般市民が享受できる余興があります。一つは親子の位置関係を測定するための電波を、アマチュア無線で誰もが受信できることで、コールサインは親機が「JJ2YPS」、子機は「JJ2YPL」です。そしてミッションが成功しようとしまいと、最後は大気抵抗で高度が落ち、再突入して燃え尽きるわけですが、最後に余興として、再突入の様子を光学観測することを、一つのイベントとしてアピールしています。上記の「GENNNAI」のミッション時と同規模の全国的な観測体制を今回も整え、観測したいといい、「二つの物体がそろって流れ星になる様子は珍しいはず」と山極教授。その時の位置が日本上空になるとは限りませんが、可能であればぜひ観測したいものです。


4. 結び
 以上詳説してきましたが、宇宙エレベーター協会を立ち上げてから8年。当初は世間はまったく相手にしてくれなかったことを考えると、宇宙空間で実験を行う時がこんなに早く訪れるとは思ってもいませんでした。しかもそれを日本が実施するとは。STARSプロジェクトでは、展開したテザーの間を小型のクライマーが行き来する「STARS-E」も開発中で、完成が待たれます。
 超小型衛星による小規模な実験ですが、STARS-Cが実際に打ち上げられたことは、理論が公の実行動に昇華した一つの転換点であり、大きな一歩として「軌道エレベーター史」において外せない出来事になることでしょう。これを機に、研究がさらに進んでいくことを祈るばかりです。