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軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

2024宇科連

2024-11-06 12:02:18 | 研究レビュー

 第68回宇宙科学技術連合講演会に参加するため、兵庫県姫路市に来ております。
 この半年近く、体調も気力もヨタヨタで当サイトの更新もままならない状態が続いていましたが徐々に復活して、年に1度の宇科連にはなんとか申し込みが間に合いました。今回はその報告です。軌道派としての本格的な活動は、ここから再スタートになればいいのですが。
 会場は姫路市文化コンベンションセンター「アクリエひめじ」。姫路駅から歩いて10分くらいの所にあります。
 さて、今回の宇科連における、軌道エレベーターに直接関連する講演は次の通り(いずれもプログラム上のタイトル)。

 落雷が宇宙エレベーターに与える影響の検討
 宇宙エレベーター用CNTケーブルの耐環境性対策の地上照射試験評価
 材料熱伸縮を考慮した宇宙エレベーターテザーの温度摂動に対する応答
 全球雷活動分布から考察する宇宙エレベーター設置場所について
 非赤道上宇宙エレベータにおける重力擾乱に対するねじれを含むテザー変形への影響
 超小型衛星STARS-X搭載リール機構の耐宇宙環境を考慮したテザー伸展手法
 天体表面でのケーブル敷設と宇宙エレベーター
 宇宙エレベーター用クライマーのハイブリッド駆動ローラの機構と稼働特性について
 宇宙エレベーター用クライマーの宇宙環境を模擬した高真空下における諸特性とその対応


 富山市で開かれた前回宇科連でもいえたことですが、全体として、以前からの研究の続きの発表が多く、発表者の顔ぶれもやや固定化してきています。しかしその分、内容は回を追うごとに成熟していっているように感じます。

 今回は雷の影響に関する発表が二つあり、両者を合わせて吟味することができたのが興味深かったです。
 当然ながら高エネルギーの落雷は、軌道エレベーターのピラーを構成するテザー素材を傷める。一つの発表では落雷時の素材の温度変化などを伝えていて、もう一つはその落雷を理由として、地上基部をどこに造るかという点に着目。強力な落雷が発生するのは大陸上が多く、赤道上でそうした場所を避けるには、太平洋側の南米沖が適していると結論づけていました。

 このほかに軌道派として興味深かったのは、赤道上を避けて地上基部を建造するモデルの検討で、ピラーのねじれの挙動解析でしょうか。
 軌道エレベーターはものすごい長い構造体なので、色んな力を受けてぐにゃぐにゃ動く「摂動」を起こします。このうち主な要因が、昇降機の上下運動によるコリオリですが、今回の発表では地上基部を北緯20度に想定して、赤道上にない故に南北方向の力も加わりやすく、これらによるねじれに着目したのは新鮮でした。
 また、軌道エレベーター研究にも波があり、今はお世辞にも盛んとはいえない時期にありますが、過去の隆盛期には赤道上にこだわらないモデルも注目されていました。
 2012年の大林組の発表以降、このモデルを活用した研究が増えている中、今回のような非赤道型の軌道エレベーターの研究成果が出てきているのは、かつてを少し思い出してうれしかったです。次回以降の発展に期待をかけています。


 余談。昨年から所属を「軌道エレベーター派」として登録・参加しておりまして、会場で受け取る名札にも所属先として明記されております。なんか特別感。
 で、今回のうち8本の発表があった「宇宙テザーおよび宇宙エレベーター研究最前線」セッション、前回より会場がかなり狭くて椅子は25席。午前8時45分スタートで、1回の発表時間も前回より5分短い15分となり、質疑時間を除くと実質10分と、なんか「隅に追いやられた」感がハンパない。。。

 上等だよ、異端とか傍流とかの方が性に合っとるわ! (ꐦ°᷄д°᷅)
 宇科連に参加するのも、かれこれ10年くらいになりますかねー。今ではすっかり年1回の小旅行も兼ねたイベントとなり、同時に衣替えのタイミングにもなっています。持って行った下着などは旅先で着た後に捨てて、空いたスペースにお土産を入れて帰るというのが定番になりました。
 昨年の宇科連では稚拙ながら「軌道エレベーター派」として発表をやりまして、今年続きをやる予定だったのが体調不振で断念しました。次回はぜひ、再チャレンジしたいものです。
 ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。

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2023宇科連速報

2023-10-20 15:34:36 | 研究レビュー
 第67回宇宙科学技術連合講演会(宇科連)、今月17日から本日まで開催しております。
 今年の会場は富山市で、我が軌道エレベーター派も、今回も来ております。私にとっては年1回のプチ旅行でもあります。。。といっても観光に時間使えた試しないけど。

 会場は富山市国際会議場と、隣のANAクラウンプラザホテル富山。宇科連ではテーマごとの講演の群を「セッション」と呼ぶのですが、今回、「宇宙エレベーター・宇宙テザーの最新研究開発動向2023」セッションの発表は次の通り。
 
 宇宙環境が与える宇宙エレベーターへの影響の基礎検討
 宇宙エレベータのテザーの熱伸縮運動について
 宇宙エレベーター用CNTケーブルの耐環境性対策の評価(その2)
 宇宙エレベーター用クライマーの駆動ローラの配置が稼働特性に与える影響について
 宇宙環境を模擬した実験装置の開発と宇宙エレベーター用クライマーの諸特性について
 小惑星上での宇宙エレベーターの挙動について3


 このほかのセッションでも、若干関連するものがあったのですが、軌道エレベーターをメインとしたこのセッションでは6本でした。例年になく少ないです。日程も最終日の最後という。。。これはたまたまかも知れませんが。この分野の大家で宇科連の常連でもあった山極先生が退かれたのも大きいと思われます。
 昨今の宇宙開発は、月面進出や民間ビジネスなどが話題の中心になっていて、軌道エレベーター関連は、如実に下火になっていることを実感します。
 しかし、軌道エレベーター派としては、こういう時だからこそ見捨てず注目するのが、真の軌道派なのだ、と思っています。

 まずは速報まで。今回はほかにも報告することがあるのですが、それは日を改めたいと思います。

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STARS-EC 今後のミッションの考察

2021-08-05 09:23:25 | 研究レビュー
 時事情報として「ニュース」でも紹介していますが、STARS-ECは三つのキューブサットが分離し、両端部の間にテザーが展開され、そのテザー上を中央部が走行するという設計になっています。今回の報告は、テザーを伸ばし、その後巻き取りが確認されたというものです。
 これを軌道エレベーター実現につながる快挙のように書いている記事も見受けられますが、あまり軌道エレベーターについて理解していない人が書いたのではないかと思います。
 開発者側もあくまでデブリ回収の方に役立つ成果とみなしているようで、軌道エレベーターにかかわる点においては、テザーの回収自体は今後の参考値以上の意味はないでしょう。


 さて、STARS-ECのというか軌道エレベーター実験衛星の本来のミッションは、テザーを伸ばしきるまでの挙動や衛星システム全体の姿勢、その後のクライマー稼働による影響の方であって軌道エレベーター史において価値のあるのはむしろこれからが本領だといえます。ですので今回は、STARS-ECの今後の課題などを簡単に考察したいと思います。ただし多くが過去に触れたSTAR-Cとかぶるため、詳説はそちらに任せて今回は概説にとどめます。

 まずテザーを伸ばすプロセスの課題である、姿勢の安定とコリオリについて。すなわちテザーを伸ばすと、位置エネルギーと運動エネルギーの交換により、テザーの先端が軌道上の進行方向と反対方向へ運動しようとします。

、この解消もさることながら、衛星システム全体が軌道上で自転している可能性があるため、それを安定させて、上下=すなわち地上と宇宙の方向へきちんとテザーを伸ばせるかも一つのハードルとなりえます。
 この点は、同様の機構を持つSTARS-Cの解説でほとんど説明済みなので、そちらをご参照ください。STARS-ECにおいても、テザー展開の段階ではまったく同様の課題を抱えることになります。
 
 現実に軌道エレベーター建造する、という段階であれば、衛星軌道上からテザーを上下方向に伸ばし続けると、やがて上下の先端には、遠心力と重力加速度がそれぞれかかるようになるため、コリオリの力に抗しする力となりえます。しかし実際にはキロメートル単位で伸ばして、やっと数mm/s^2というスケールのため、今回の実験には当てはまりません。
 このため上下にテザー展開ができるかどうかは、STARS-ECにとっては大きなハードルとなります。

 その後、首尾よく完全なテザー展開を終え、かつ安定した姿勢を保てたと仮定して、その間をクライマーに相当する中央部が上下運動を行うと、それによりコリオリが生じます。
 具体的にはクライマーが上昇すれば、クライマーが軌道上の進行方向とは逆の方向にテザーを引っ張り、下降すればその逆の現象が起きると予想されます。



 ただし今回の実験のスケールではコリオリ力もきわめて小さく、現実問題としては影響も小さいと予想され、何らかのパラメータが獲得できたとしても微小な値にあると思われます。しかし、軌道エレベーターという巨大な構造物には、これをそのままマクロ化した状況が生じうることから、軌道エレベーター特有の課題の、貴重な実証データになるかも知れません。

 また、今回は小型衛星の小規模な実験であり、静止軌道エレベーターのようにテザーの下端が地上に固定されているわけではありません。STARS-ECのシステム全体に比してクライマーの質量が大きいため、クライマーが上昇すれば、その反作用で衛星システム全体を押し下げ、下降すれば押し上げることになるでしょう。



 各キューブサットの質量を同じと仮定すると、実際には昇る、または下る力の1/3くらいが相殺されるのではないかと考えます。たとえていうと、あたなが梯子を3段昇るたびに、梯子全体が1段下に下がってきて、もたついてしまうわけです。あるいは下りエスカレーターを昇ろうとする感じをイメージしてもらうとわかりやすいかも知れません。
 今回の実験で観測されるであろう挙動のうち、最も顕著なものになり、したがって衛星システム全体の姿勢に影響を与える値のうちで、最大のものになると考えられます。
 これは静止軌道エレベーターの場合であれば、現実の運用にはあまり関係ないのですが、軌道エレベーターのモデルの中には地上に接しないものもあり、その場合は軌道や姿勢の維持に大きな影響を与える要素となります。

 今回は、こうした挙動のデータ取得が、軌道エレベーター史上における意義と言えるでしょう。得られるパラメータはいわば初期値で、将来の実現に活用されるかは疑問であはありますが、軌道派としては、最大の貢献は実験の継続性であろうととらえています。
 ちょっと実験してはそこで終わり、というケースが繰り返される中、STARSプロジェクトは、軌道上での実証実験を果敢に行い続けている、世界的にも貴重な取り組みです。将来の実現につながる、有効なデータ回収を祈るばかりです。

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研究レビュー 第64回宇宙科学技術連合講演会

2020-11-21 09:50:01 | 研究レビュー
 宇宙・科学に関係する様々な分野で研究成果が発表される第64回宇宙科学技術連合講演会(宇科連)。10月27~30日に開催された今年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、オンラインでの実施となった。

1. 講義内容内訳
 「宇宙エレベーターおよび宇宙テザー研究最前線2020」と題したセッションでの発表は、29、30日の2日間で計19本。このうち軌道エレベーターに直接関係、または言及しているものは12本、このほかはテザーの挙動や特性などに関する発表が多くを占めた。

 軌道エレベーター関連では、クライマー技術が中心のものが4本あったほか、2017年に日本学術会議の「第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン」に採択された「宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発」について、スペースプレーンの活用と合わせた「ハイブリッド宇宙エレベーター」に特化した発表や、静岡大学の「STARSプロジェクト」、小惑星上での軌道エレベーター運用構想など、前年の講義内容を発展させた継続案件の発表もあった。


2. 発表紹介
 ユニークなものをいくつか紹介すると、九州大学の「宇宙エレベーターは建設費が回収できるまで残存できるか?」は、軌道エレベーターが、ロケット打ち上げに勝るコストダウンを発揮できるかを検討。デブリによるテザー損傷に主眼を置き、軌道エレベーターの長期使用で、デブリの衝突を経てテザーが維持できる可能性=残存率を計算した。
 発表によると、エレベーター全体の1年後の残存率は0%。デブリの多い低軌道域において、テザーを2本にした場合の残存率を評価しても、有意な差は生じなかった。このため「デブリ環境を改善しなければ実現不可能」と結論づけている。

 音羽電気工業、静岡県立大などによる「海塩粒子がテザーの電気的特性・全地球電気回路に及ぼす影響」では、近年の軌道エレベーターのモデルは、地上基部を海上に想定しているものが多いことから、塩分がテザーに与える影響について論じた。
 これまでにも同研究チームは、地上から宇宙へつながる軌道エレベーターの構造体が、大気上層と地上の電位差による地球規模の電気回路の一部になり、ピラーに電流が流れるなどして相互に影響し合うという視点から発表を行ってきており、今回は塩害がテザーの導電率に与える影響を検証した。
 結論では、海塩の粒子がテザーの導電率にほとんど影響を与えないが、テザーをアース化させないために地上から絶縁する場合、海塩の粒子の付着が絶縁部材を劣化させ、放電が生じる可能性を指摘。「宇宙エレベーターの設計時には、部材の電気的特性と全地球電気回路についても考慮する必要がある」とした。

 静岡大学、大林組の「カウンターウェイト方式宇宙エレベーターの3次元解析」は、クライマーが自力で昇降する軌道エレベーターではなく、現存する多くの建物にあるエレベーターのような、いわゆる「つるべ式」のエレベーター(ゴンドラとおもりが1本のケーブルでつながっていて、上端にあるローラーで動かすエレベーター)を導入した場合の挙動や影響を解析している。
 静止軌道までのつるべ式エレベーターを想定し、コリオリや太陽、月の潮汐の影響などのパラメータを導入して解析したところ、コリオリによるケーブル同士の干渉を防ぐために、ゴンドラを南北に配置する必要があることや、高度によってはクライマーより消費電力が少なく済むことなどがわかった。
 ただし全体としては、運用区間が長いほどケーブル同士の干渉が起き、必要な動力も増大して、挙動が複雑化することから「非現実的」とも述べており、「干渉を防ぐ方法を模索していく必要がある」と結んでいる。

 このほか、国際宇宙ステーションでのカーボンナノチューブ曝露実験を基に、高層大気に存在する原子状酸素の影響の検証や、クライマーの振動に関する検証などの発表があった。 


3. 2020宇科連の概観
 新型コロナウイルスの感染拡大が、研究の分野にも影響を及ぼしている一面があるとはいえ、全体を俯瞰すれば、軌道エレベーターそのものの研究については、新たなトピックやネタが不足する状況と言ってよいかも知れない。
 これは、最重要のファクターである素材でブレイクスルー的な進展がないことや、大林組の「宇宙エレベーター建設構想」のような、世間の耳目を集める発表・活動がこの停滞している点も大きいだろう。
 個々の研究は意欲的で興味深く、決して貶めるものではないが、宇宙空間で展開するテザーをテーマとしたものと同じカテゴリーにまとめているあたりに、コンテンツ不足の苦しさが垣間見えるようにも感じる。
 テザー展開も、軌道エレベーターへの注目が一時期高まったことで研究が進んだ一面があり、軌道エレベーター実現にも関連するスピンアウト技術と言えなくもないが、全体としては歩みが停滞気味にあるのは否めない。
 ただし素材に関しては、化学や材料分野の学会で発表されるのが定常であろうから、宇科連での発表が少ないのはやむを得ない一面もあると思われる。今後業界間でクロスオーバーした研究に期待したい。

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研究レビュー(10) Journal of the British Interplanetary Society

2017-08-06 11:14:52 | 研究レビュー

Journal of the British Interplanetary Society
June/July 2016


British Interplanetary Society
(英国惑星間協会、2016年)


 "Journal of the British Interplanetary Society" の昨年6/7月号が、軌道エレベーター特集号として発行されました。発行元の英国惑星間協会(BIS)は、Wikipediaの表現を借りると「世界で最も古い宇宙支援組織」で、我が宇宙エレベーター協会(JSEA)からも寄稿しております。今回は一般読者向けの簡易レビューとして概要を紹介します。


本誌の掲載論文は次の通り。

 Space Elevator -15-Year Update
 Space Elevator Technology and Research
 Advances in High Tensile Strength Materials for Space Elevator Applications
 Obayashi Corporation's Space Elevator Construction Concept
 NASA's Space Elevator Games: A History
 Japanese Space Elevator competitions and Challenges
 Space Elevator Current and Future Thrusts

1. 概観
 論文構成をテーマ別の内訳でみると、近年の軌道エレベーター関係の動向をまとめた略史、総合デザイン、素材、総合的な建造プランが1本ずつ。このほかクライマー大会の詳細が2本と、結びとなる総括的な将来展望が1本。序文で、旧約聖書のバベルの塔から軌道エレベーター史を紐解き、実現した時の「人類にもたらす利益は莫大なものになる」とアピール。続く "Space Elevator -15-Year Update" で、軌道エレベーター研究や活動の大まかな変遷を振り返った後、分野別に扱っていく内容になっており、全体として、大まかな研究の現況を紹介した上で、有名どころの論文を数本をおさえた、といったところです。

 "Space Elevator Technology and Research" は、国際宇宙航行アカデミー(IAA)が軌道エレベーター研究の各分野を検討し、1冊の書籍にまとめた評価報告書 "Space Elevator: An Asessment of the Technological feasibility and the Way Forward" を基にした内容紹介が中心です。クライマーやテザーの挙動、エレベーター構造の各部位のデザインなど、当時のアセスでは多岐に渡る検討をしており、「重要問題は、なおテザーの素材強度」とした上で、「短期間に解決法が見つかるだろう」と述べています。
 なお、当時の取り組みでは、軌道エレベーター全体の基本構造を区分し、今後の研究のために名称などを標準化していこうという試みをしたのですが、現状としては、さほど定着していません。
 このほか、"NASA's Space Elevator Games: A History" では米航空宇宙局(NASA)がバックアップしていたクライマーレース "Centennial Challenge" の2005~09年にかけての変遷を紹介。その後日本やドイツなどで行われているクライマー大会のルーツとも言えるものです。最後に全体のまとめとして、"Space Elevator Current and Future Thrusts" で、軌道エレベーター研究はボランティアに支えられている面が大きく、その「無償の努力が基幹的知見を増大させ、宇宙への低コストアクセス発展を決定づけていくことになる」と肯定的に結んでいます。



2. 日本からの寄稿
 日本からは大林組の「宇宙エレベーター建設構想」と、JSEAからのクライマー競技大会報告を掲載。大林組の構想は、2012年の発表後に数的な情報が若干追加されてはいるものの基本は変わらず、世界的に有名になったものをBISで再紹介しているという感じです。ご存知の方も多いので詳しい言及は避けます、大林組は最初の発表後、建設構想に加えてテザーの挙動解析に力を入れており、本誌には「Space Elevatorのケーブル挙動力学」と題した付記が添えられています。
 JSEAは大野修一会長の筆で、これまでの大会の変遷と出場したクライマーに用いられた技術の特徴、テザードバルーンの係留技術の進化などを解説しています。また将来の建造実現を可能にするために、主に(1)クライマー技術 (2)テザー技術 (3)アウトリーチ活動──の分野での活動が継続される必要があると述べ、これらにJSEAが取り組んでいくとしています。なおJSEAについては "Space Elevator -15-Year Update" で簡単に紹介されているものの、設立年などの情報に若干の間違いが散見されました。

3. 素材分野の論文
 長年この話題を追求している立場から見ると、本誌はあまり目新しさはありません。しかしその中で見るべきは素材の検討に触れた "Advances in High Tensile Strength Materials for Space Elevator Applications" であろうと考えます。軌道エレベーターの課題は、素材に始まり、結局素材に帰ってくるような一面があるにもかかわらず、これまでの内外の活動でも、素材分野は特に目覚しい成果報告に欠ける状況が続いています。
 この素材に関して、IAA報告書にかぶる部分は多いものの、本稿では「高い強度を持つ素材の発達以上に重要な課題はない」として、カーボンナノチューブやアラミド繊維、窒化ホウ素ナノチューブなど、いくつかの素材の物性や安定生産の実現度、軌道エレベーターへの応用を比較検討した内容となっています。いずれも「より基礎的な発達が必要」であり、現状において「Space Elevatorに必要とされる強度を満たしうる、工業的に有用な素材はない」としつつ、有望性はあるとして、次のように結論づけています。「必要十分な強さを持つ素材は、15~25年以内に手に入るだろう」。
 これは楽観に過ぎるのではないかとも思えます。こうした文言は、カーボンナノチューブが発見され、軌道エレベーター熱が一時的に高まった1990年代にも言われていたことで、この予測年数に変化が見られない。「15~25年以内に手に入るだろう」ということが、この15~25年間言われ続けてきた。軌道エレベーター業界に混乱を引き起こしてくれた、かのアニリール・セルカン。彼はの言説は嘘ばかりでしたが、10年前に直接取材した際、次のような意味合いの事を言っていました。「カーボンナノチューブが発見されてから何年経ちましたか? 10年以上経つのに全然実用化されてないじゃないですか」。彼を擁護する気はまったくないけれども、軌道エレベーター分野に関して、この指摘は一理あると言わざるを得ない。
 軌道エレベーターという用途は既存のものとスケールが違いすぎるため、現状でほかの用途のための発達からステップアップする中間段階が存在しないのもその一因と思われます。とはいえ、様々な学会でも素材方面からの報告は少ないので、化学分野の専門用語が多いため正確に読み解くのは困難ですが、本誌の掲載論文の中では資料価値が高いと言えるでしょう。



4. まとめ
 本誌について、憶測も交えた印象ですが、内容が楽観的で学及的な積極性が感じられず、「米国や日本でSpace Elevatorが盛んになってきているから、関係者に原稿を頼んで、一度まとめておこう」というアリバイづくりの1冊、といった印象を受けます。BISは『楽園の泉』をものしたアーサー・C・クラーク卿が会長を努めたこともあるせいか、たとえば20世紀にすでに「ツィオルコフスキー・タワーの再検討」といった寄稿を載せるなどしたこともあり、軌道エレベーターというテーマには節目ふし目に着目してきてはいるのですが、日米に比べ中立的です。それはとりもなおさず、BISには、このテーマをよく把握している人、本気で受け止めている人は少ないということでもあります。
 論文誌が一つのテーマで特集を組む時は、賛否両論の論文を載せることが多いものですが、本誌において反論や対論をまったく掲載しない(あるいは本気で反対意見を書く執筆者がいない)のはその表れかも知れません。そのためか、内容が身内びいきで夢想的になりがちです。
 しかし、軌道エレベーター研究の発展を阻害しているのはそういった要素ではないのか? 議論のない処では発展は停滞するものであり、もっと反対意見に揉まれるべきだし、そうでなければ、我々のような軌道エレベーターの知見普及に努める者は、いつまでも大言壮語する山師というイメージから抜け出せないでしょう。その意味でも、今後もっと軌道エレベーターを否定する論文も掲載した紀要集などが登場し、議論を盛んにしていってもらいたいと考えます。

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