軌道エレベーター派

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軌道エレベーターが登場するお話 (9) 果てしなき流れの果に

2011-08-28 22:34:48 | 軌道エレベーターが登場するお話
果てしなき流れの果に
小松左京
(最新版はハルキ文庫 初出は1965年)


 先頃亡くなられた日本文学界の巨人、小松左京氏の名作。いつかは扱わなくてはいけないと思っていた1作です。軌道エレベーターが登場する小説では、これが最初の作品だと思われます。

あらすじ ガラスの中の砂が無限に流れ落ちる砂時計が、白亜紀の地層から発見される。この不思議な砂時計を見せられた大学助手の野々村浩三は、謎を解明すべく出土した遺跡を訪れるが、行動を共にする師や研究者たちが不審な事件に巻き込まれ、野々村自身も行方不明となる。それはこの宇宙の理にかかわる抗争への、入り口に過ぎなかった。

1. 本書に登場する軌道エレベーター
 冒頭で書いたように、1965年に書かれた本書は、軌道エレベーターを描写した小説としては、知りうる限りで最初の作品です。あの『楽園の泉』よりも14年も早く、しかも細部にわたり正しく描写されていて本当に驚かされます。本筋に決定的な役割は果たしませんが、静止軌道エレベーターのお手本とも言えます。

 登場するのは第2世代以降のモデルで、完全な静止軌道型です。時代は23世紀。「超科学研究所」という学術研究機関が所有していて、この研究所のためだけに造られたようです。いつもの通り、地上から説明してまいります。
 スマトラ島・バリサン山脈のケリンチ山(標高3808m)の約3700m付近に地上基部が設けられ、4人乗り(大型のもある)の卵型リニア式昇降機に乗り、耐Gシートに座って「軸(シャフト)」と呼ばれるピラーに沿って上昇します。4基のリニア式ブースターを付けて初期加速をアシストし、高度5万mで(おそらく段階的に)パージします。実によく練られてます!
 超科学研の独占物だけあって乗り心地が一般向けでないらしく、トップスピードは秒速24kmくらいまで達するらしい(人体は大丈夫なんだろうか?)。ちなみにシートは乗った後に背中を地に付ける向きに回転し、昇降機が等速運動に入って、惰性でわずかな間無重量に近い状態になった時点で逆転。今度はブレーキの反動を背中で受け止めるようになっています。スペースシャトルのシートが垂直、水平どちらにも座れるようになっているのを思い出します。
 ピラーは高度約3万6000kmで「定点衛星」と呼ばれる静止軌道ステーションにつながっていて、ここに40分強(!)で到着。定点衛星は直径約200mのドーナツ型で高速自転しており、内部に人工重力を生み出しているようです。登場人物はここで昇降機を下り、シャフトとの速度差を解消して衛星の自転に同期する「中継用檻(ケージ)」を経て、「輪(ホイール)」「タイヤ」などと呼ばれるドーナツ型居住区に向かいます。定点衛星より上は描写がなく、どうなっているか不明ですが、いずれにしろカウンターマスがあるのでしょう。
 定点衛星の周りに複数の「資料衛星」があり、登場人物は定点衛星から宇宙船でこの一つに移動します。資料衛星はデータサーバ兼シミュレータの役割を果たしており、超科学研は5基の資料衛星をリンクさせて多様な思考シミュレーションを行っています。なお、衛星にしろ宇宙船にしろ、ヴァン・アレン帯対策がきっちり説明されています。このほか、

「ヒマラヤで、ロシアの電車にのった」(略)
「(略)"エヴェレスト特急"というやつだな(略)ロケットブースターでやっているはずだ」
「あれは、緯度がだいぶ北だからな(略)アンデスに、新大陸同盟がこしらえた、
 コトパクシ・エレベーターも、初期加速はロケットをつかってたよ」
「これは、全部電磁誘導加速だ」(128~129頁)

 などというやりとりがあり、この地球のこの時代(どういう意味かは読めばわかる)には、ほかにも複数の軌道エレベーターが建造されているのがうかがえます。軌道エレベーターの描写はこの程度で、それ自体が物語全体に大きな影響を及ぼすことはありません。しかしながら、軌道エレベーターの構造や移動の表現などは適切に描写されており(上から目線でごめんなさい)、著者の理解と想像力の深さがうかがえます。これを半世紀近くも前に書いたんですから、本当にすごい! 脱帽の限りです。
 なお余談ですが、ハルキ文庫版の大原まり子氏による巻末解説では「ラグランジュ点に浮かぶ人工衛星までの軌道エレベーター」(434頁)と書かれていますが、これは間違い。地球─月系のL1に重心を持つ軌道エレベーターのアイデアはありますが、それだと地球の自転と同期しないので地上とはつなげられません。本書は「静止軌道に浮かぶ人工衛星─」と書くのが正しいと思われます。無粋ですみません。

2.ストーリーについて
 あらすじで紹介しているのは物語のほんのツカミに過ぎず、本書はタイトルから想像される通り、時間と空間の果てにまで渡る壮大な物語です。時空移動とタイムパラドックス、跳躍航法、熱力学の第二法則、多元宇宙、超能力などなど、様々なSFの要素を取り入れ、地球の歴史を絡めながら、宇宙の営みの裏に隠された秩序や対立が明かされて行きます。著者の創造する一つの宇宙の記述、と言ってもいいかも知れません。
 ネタバレになるのであまり具体的に説明しづらいののですが、このような宇宙の成り立ちが明かされるというテーマの作品は決して珍しいものではなく、本書と並ぶオールタイム人気SFの『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)や『神狩り』(山田正紀)、『火の鳥』(手塚治虫)なども同種のテイストを持った作品と言えるかも知れません。本書が書かれた日本SFの草分け期に多くの作家が試みた作風であり、近年でも小説『神は沈黙せず』(山本弘)や映画『マトリックス』、アニメ『Steins; Gate』などにこうした趣が見出せます。
 そんな中で本書に私が強く共感するのは、タイムパラドックスをめぐる著者の信念の投影とも思える反骨精神です。時間移動を扱った多くの作品は、タイムパラドックスを禁忌や罪として扱うことが多いのですが、本書では、時に一方的で理不尽な時空の秩序やヒエラルキーに抗おうとする、悲壮な闘いが描かれます。それは、多くの作品にみられる、人間が勝手に決め込んだタブーへの叱咤のように思えます。

 タイムパラドックスものには、たいていお説教臭い奴が「歴史に干渉してはいけない」なんてわかったようなことをのたまいます。「歴史を変えたら私たちの大切な人が生まれてこなくなる」「元の未来に戻れなくなる」といった心配など、確かにそれなりの理由はありますけれども、歴史を変えると何か罰が下されるような、しかし根拠のない信仰が横行している。
 私はこれを疑問に思っていました。誰が決めたんだそんなこと? お前が過去に来た時点ですでに歴史は変わってるんだよ。物理的に言っても、人類の人口はもちろん、宇宙全体の質量も地球の角運動量も重力も、すべてがほーーーんの少し変わってしまっている。もう元には戻せない。ましてやタイムスリップが、何か神がかった高次の精神による企みであれば尚のこと、歴史を変えちゃいかんのなら、その神サマはおのれごときを過去に連れてこんわい。
 人は結局、その時、その場所で自分の信じることをするしかないし、そうすればいいのだ。そしてその覚悟を決めた確信犯の前に、秩序は意味を持たない。

 「だが、それをやれば──」一人が、不安にふるえる声でいった。
 「そこからのちの歴史は、かわってしまうだろう」
 「いいではありませんか!(略)それが現在あるがままの歴史より、
 よりよい、よりスピードアップされたものなら」(398頁)

 本書ではこう言って、人々が逃げ込む「運命」という名の思考停止、あるいはモラルという空虚な多数意見を切って捨てます。それは努力や挑戦から逃避する隠れ蓑に過ぎない。物語は、この宇宙のあらゆる場所や時間を舞台に、時空を司る何かに盲目的に従う者たちと、自らの意志で彼らに抗う人々を描き出します。それは、タイムパラドックスを扱う多くの作家が持つ固定観念への、著者からのアンチテーゼでもあるように思えるのです。

 そしていま一つ印象的なのは、やはり「時」の使い方でしょうか。永い永い苦闘の果てにたどり着く結末は、王道的で心ふるわせます。現実の世界においても時間は演出家であり、裁判官であり、毒にも薬にもなりうる万能薬であり、冷徹な傍観者でもあります。本書は「時」の効能を巧みに使いこした名作です。
 とにかく話があっちこっちへ跳ぶので、SF慣れしていない方には少々読みづらいかも知れません。また「ほかの作品で見たような。。。」なんて設定や場面が多く感じるかも知れませんが、それはむしろ、後々の数多くのSF作品が、本書のような先達の確立していったファクターに負うているからにほかなりません。本書の執筆当時すでに、これだけ多岐にわたる想像力が発揮されていたのだなあ、と改めて嘆息します。

3. 追悼
 「残念ながら日本のSF映画にはロクなものがない」昔友人とこういう話をしていて、私は突然思い出して言いました。
 「一つあるよ、『復活の日』!あれは世界に出せる映画だ」
 小松左京氏の著作で初めて読んだのは、確かこの『復活の日』だったと思います。現代を舞台にしたスケールの大きさと巧みなストーリー展開に脱帽しました。氏への賛辞と功績は無数に語られているので、今さら私が強調するまでもないでしょうが、博覧強記という言葉がこれほど似合う人も珍しかった。科学のみならず、政治経済や国際情勢、歴史など実に広範囲に及ぶ考察の行き届いた作品を残し、映画化された作品も多かった(『さよならジュピター』? それは言うなああああああ!)。
 しかし業績の多さや広さよりも、氏の作品にはいずれも情の機微に富んだ、真摯で血の通ったドラマがあり、心があったということを、私は強調しておきたいです。設定は巧みだけど人物やストーリーが無味乾燥の凡作が多い中、小松左京作品が今も読み返されるのは、それゆえにほかなりません。

 直接お会いしたことはありませんでしたが、宇宙エレベーター協会の活動を通じて、ささやかながらご縁というかご恩がありました。たった8人で協会を設立して間もない頃、今よりずっと世間に相手にされず、軌道エレベーターとは何かを知ってもらおうと四苦八苦していた中で、私たちの活動に理解を示してくださった氏からお言葉をいただきました。これは今でも協会ホームページのトップに掲げてあります。

 人類は「高みに挑む」生物のようだ。あえて困難に立ち向かうことによって、
 「生物としての新しいステップ」を踏み出すのかも知れない。


 1人のファンとしてご逝去を惜しみつつ、心より感謝とご冥福を申し上げます。

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「宇宙エレベーター技術競技会」開催

2011-08-21 21:56:13 | ニュース
 エレベーターで宇宙を目指そう――ロケットを使わずに地上と宇宙を行き来できる「軌道エレベーター(または宇宙エレベーター)」の開発試験を兼ねた「宇宙エレベーター技術競技会」が今月4~7日、静岡県富士宮市で開かれ、参加者たちが宇宙を目指すテクノロジーを競い合った。

 「宇宙エレベーター協会(JSEA)」の主催で、ヘリウムガスを入れたバルーンから吊り下げたひも(ロープ状とベルト状の2種類を交互に使用)を宇宙に届くエレベーターに見立て、「クライマー」と呼ばれる機械が昇降する速さや安定性などの性能を競う。3回目の今年は、昨年の倍の高度約600mまでバルーンを揚げた。
 静岡大や日本大など、全国から6校、3個人による16チームが参加し、遠隔操作式の箱のようなものや、細長い自律制御のものなど、クライマーの仕様やデザインも多種多彩。参加者たちが自作のクライマーをベルトなどに取り付け、プログラムの調整などを終えてスタートさせると、クライマーは甲高い音を上げて上昇。「おし、行け」「いいぞ」などと声が飛び交う中、あっという間に点のように小さくなった。
 期間中、悪天候で競技が中断されることも多かったが、物干し竿のような軽量のクライマーで挑戦し、脱兎のごとき急上昇を見せた個人参加のチーム「Aquarius」が533m/39秒と450m/27秒の好成績で、各大学を押しのけて総合優勝を果たした。大会後、JSEAの大野修一会長は「今年600m級を実現できたので、来年はさらに倍の1200mに挑戦し、未来の実現を目指したい」と話した。

 軌道エレベーターは、地上から宇宙へと伸びる塔のような構造物。高度約3万6000kmの軌道を地球の自転と同じ速さで回る「静止衛星」からケーブルなどを吊り下げて地上と宇宙をつなぎ、これに昇降機を備えて人や物資を輸送するシステムで、訓練を受けた宇宙飛行士でなくとも、安価で安全に宇宙へ行けると期待されている。JSEAはこのテーマに関心を持つ有志が集まり2008年に発足、技術競技会や学術会議の開催などの活動を続けている。
(軌道エレベーター派 2011/08/21)

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お詫びのあいさつ

2011-08-19 18:32:37 | その他の雑記
 更新が滞っており申し訳ありません。忙しいのと、このところ、毎晩PCをほかの業務に使っているもので。。。「書かんとなあ」と日々狼狽しております。
 近々また記事を書きますので、どうぞお見捨てなく。
 本日はお詫びの挨拶まで。

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競技会に来てます

2011-08-05 14:20:21 | その他の雑記
 今年も宇宙エレベーター協会(JSEA)主催の「宇宙エレベーター技術競技会」に来ております。
 4日から始まり、昨日はコンディションが悪くてクライマーが上がりませんでした。しかしきょうは午前中は非常に条件が良く、バルーンが高度約300mまでほとんど直立した! こんなの3年目にして初めて見たよ。
 私としては、対流圏下でのクライマーの使用は極めて懐疑的なのですが、イベントとしては必要なものだと評価しています。辛口なことは改めるとして、とにかく現場ではみんな楽しんでやっているので、非常に結構。今回は「宇宙」派であろうと皆さんの武勲を祈ります。

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