軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版)

2012-02-09 01:25:00 | 軌道エレベーター学会

軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分
(再改訂版)



 2008年の米国学会"2008 Space Elevator Conference"で発表した論文(の日本語版原稿)を再度修正し、昨年の「第4回宇宙エレベーター学会」で発表したものです。最初のI、II章は、前回とほとんど変更していませんので、ご存じの方はII章3節目からご覧ください。前回改訂で後半のIII、IV章に、廃棄物の宇宙への投棄方法について太陽に投棄するプランと、2011年3月11日に日本を襲った東日本大震災で生じる廃棄物処理を行った結果を加えました。
 その後、前回改訂の太陽投棄については依拠するデータが少なく根拠に欠けると判断して再び除き、既存の文献等根拠を持つ記述のみに整理して再改訂しました。

はじめに


 本稿では、近年注目を浴びつつある「軌道エレベーター」を使用し、高レベル放射性廃棄物を宇宙空間へ投棄する構想を検証、提案する。
 軌道エレベーターは、ロケットのように墜落や爆発、大気汚染の危険がなく、低コストで安全、クリーンな輸送機関として、世界で研究が進んでいる。
 まだ実現はしていないが、理論的には成熟し、十分実現が可能なものである。技術的にも手が届きそうな域に達し、早ければ10~20年後には建造を始められると唱える研究者もある。

 一方、人類社会は大量の放射性廃棄物を抱え、その量は年々増え続けている。地下に埋めるほかに処分のしようがなく、何らかの原因で漏れ出せば深刻な環境汚染や健康被害をもたらす。根本的に解決できない負の遺産である。
 この解決のため、本稿は軌道エレベーターに注目した。軌道エレベーターは、質量を地球の重力圏外へ脱出させる投射機としての機能を持つ。これを利用し、高レベル放射性廃棄物を軌道エレベーターで宇宙空間に放出、太陽系外への脱出コース、または天然の核融合炉である太陽への突入コースへ乗せる。近い将来に軌道エレベーターが完成すると想定し、この案の具体的なシミュレーションを行い、手順や事業費の試算などを提示する。

 本稿は専門の研究者ではない個人が、私的に集めた資料に基づいて書かれている。矛盾や疑問、意見を抱かれたらぜひお寄せいただきたい。特に各国の放射性廃棄物処分についてより詳細な情報をいただければ誠にありがたい。修正すべき点が判明すれば正し、完成度を上げたい。

 I章ではまず、軌道エレベーターの原理と構造、研究の現状などについて説明し、読者への理解を図る。ただし、本題はあくまでこれを使った放射性廃棄物の投棄計画であるので、極力簡略化して説明する。
 II章では、現在と将来にわたり人類が抱える核廃棄物の量や、処理の現状、懸念される問題点などについて解説する。
 III章では、基本的な軌道エレベーターを建造するプロセスと、これを使っていかに放射性廃棄物を輸送、太陽系外へ投棄するかという手順を説明する。さらにこの計画が推進された場合の必要期間やコストの試算も行う。
 IV章では、Ⅲ章で示した軌道エレベーターを改良して効率アップを行った場合の試算、さらに東日本大震災で放射能漏れ事故を起こした福島第一原子力発電所から生じる廃棄物の処理を行った場合の試算を示して結ぶ。

 なお、I章は軌道エレベーターについて詳しくない方にもご理解いただけるよう、基礎知識に終始している。説明不要という方はI章は3節目のみご覧いただきたい。

目次
I章 軌道エレベーターの可能性
 1. 軌道エレベーターの基本原理
 2. 軌道エレベーター研究史
 3. 軌道エレベーターの利用価値

II章 放射性廃棄物処分の現状
 1. 放射性廃棄物とは
 2. 放射性廃棄物処分の現状
 3. 放射性廃棄物の人体への影響と処分の問題点

III章 軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分
 1. 軌道エレベーターの建造
 2. 高レベル放射性廃棄物の運搬と投棄
 3. 廃棄スケジュール
 4. 費用

IV章 処分計画の改良・応用例
 1.クルーザーを改良した場合の廃棄スケジュールと費用
 2. 福島第一原発の廃炉で生じる廃棄物処分の一例
 3. おわりに

 脚注・参考文献

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軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版) (1)

2012-02-09 01:20:12 | 軌道エレベーター学会

I章 軌道エレベーターの可能性




 軌道エレベーターとは、静止衛星軌道(高度約3万5800km)から上下にケーブルを伸ばして昇降機を取り付け、地上と宇宙を結ぶエレベーターとして使用する、これまでにない輸送機関である。地上から天へと伸びる塔のようなものを想像していただきたい。
かつては突飛な夢物語として受け止められていたが、理論的には十分実現可能なものであり、近年のナノテクノロジーの発達によって、技術的に手の届く域に到達しつつある。
 本稿は、この軌道エレベーターの多様な利用可能性のうち、人体に有害な影響を与える廃棄物、中でも高レベル放射性廃棄物を宇宙空間(具体的には太陽系外と太陽表面)へ投棄する手段を検証し、人類が抱える放射性廃棄物の処分問題の解決を促進しようと提案するものである。
Ⅰ章ではまず、馴染みのない方にもご理解いただけるよう、軌道エレベーターの基本原理と研究の現状について説明する。ただし本題はこれを使用した放射性廃棄物の投棄にあるため、説明は概略にとどめる。


1.軌道エレベーターの基本原理
「宇宙エレベーター」と呼ばれることもある軌道エレベーター。科学に関心を持つ人なら、軌道エレベーターをご存じの方は少なくないであろうが、簡単に説明すると次のようになる。
地球を周回する人工衛星は、地球の引力と、公転による遠心力が一致しているため、高度を維持して周回し続けている。このうち赤道上の高度約3万5800kmを周回する人工衛星は公転周期が地球の自転と同期しており、地上に対し天の一点に静止しているように位置するため、「静止衛星」などと呼ばれる。
 この静止衛星から、地上へ向けてケーブルを垂らしたと想定する。ケーブルを垂下した分、衛星の地球に向いている側(公転軌道の内側)の方がやや重くなり、このままでは徐々に重力に引かれて落下してしまう。そこで、地球の反対側(同外側)にもケーブルを伸ばしてバランスをとれば、衛星は静止軌道の高度を維持できる。
次に、内側のケーブルをさらに伸ばす。また重さが偏るので再び外側も伸ばす。これを繰り返していくと、内側へ伸ばしたケーブルはやがて地上に到達し、地上と宇宙を結ぶ長大な1本の紐になる。
 このケーブルに昇降機を取り付け、人や物資を輸送できるようにしたものが軌道エレベーターである。原理はいたってシンプルであり、厳密に言えば、その実体は静止軌道上に重心を持つ、超縦長の人工衛星である。

 米国のスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発(1986年)や、「コロンビア」の空中分解(2003年)、中国での長征ロケット墜落事故(1996年)などに見られるように、現在の宇宙開発の主役であるロケットには墜落や爆発の危険が伴うが、軌道エレベーターにはその危険がない。また、スペースシャトルの固体燃料ブースターが打ち上げのたびに塩化水素や窒素酸化物などの有害物質を100t以上排出するのに対し、大気汚染の心配もない。
 軌道エレベーターは、人が地上と宇宙との間を往復したり、物資を輸送したりする上で理想的な手段である。後に詳述するが、大規模化すれば宇宙への輸送コストは限りなくゼロに近くなる。その実現可能性は手に届くところまで達しようとおり、「明らかに解決不能という課題はない」。(2) 宇宙進出を進める人類にとって、将来不可欠の輸送手段である。


2. 軌道エレベーター研究史
 軌道エレベーターの概念自体は19世紀にまでさかのぼる。1895年、ロシアのコンスタンティン・ツィオルコフスキーは、当時完成したばかりのエッフェル塔をヒントに、地球の赤道上から宇宙へ届く塔のアイデアを紹介した。(3) 軌道エレベーターのアイデアの原点として知られている。
 このアイデアでは、地上から宇宙へ建てていく建造物を想定していたが、1960年、同じくロシア(当時はソ連)のユーリ・アルツターノフが、静止軌道上から吊り下げた形の軌道エレベーターを、「プラウダ」紙に掲載したという。(4)
 一方西側では、その可能性を唱える研究者もいたが、(5) 1979年にアーサー・C.クラークがSF小説「楽園の泉」(6) で取り上げたことが、一般へ普及する大きな契機となった。

 これ以降、軌道エレベーターは科学者やSFファンの間で知られていくようになったが、技術上の課題、とりわけ静止軌道から地上へ吊り下ろせる強度を持つケーブル素材がないために、SFの世界の夢物語にとどまっていた。
 軌道エレベーターの素材には、静止軌道から吊り下げても断裂しないだけの強度が必要という命題がある。およそ62GPa(=ギガパスカル。1Paは1㎡あたり1Nの力が作用する単位で、1Gpaはこの10億倍)、(7) 現存する最強度レベルの高力鋼合金のさらに30倍程度の引っ張り強度が求められ、そうした物質は存在していなかった。そこへ1991年、日本・NEC基礎研究所の飯島澄男(現名城大教授)がカーボンナノチューブ(CNT)を発見した。CNTの引っ張り強度は2001年時点の理論値が45Gpa。(8) 実際には60~100Gpaに達するとみられている。(9)

 CNT発見を機に軌道エレベーターの機運は高まり、議論が加速されて、現在までに多様で具体的な建造計画が提案されている。2002~04年と2008年に米国(10) で開催された国際会議(11) では様々なプランが議論され、今年も開催される予定である。 このほか軌道エレべーターのケーブルを昇降するクライマーの技術発展のため、クライマーの競技コンテストも毎年開催されている。(12)
 2008年6月現在、CNTは安定量産が実現しておらず、このほかにもクリアすべき課題は残されているが、(13) 米国には建造を目的に運営されている民間企業もあり、(14) 研究者によっては10~20年後に建造可能という見方もある。(15)
 最低限必要な建造費は、現在の技術水準から最短で軌道エレベーターを建造する総合的シミュレーションを行ったエドワーズらのプランでは、100億ドル程度で可能だと試算している。(16)
 このほか、非同期軌道型のエレベーターやスカイフック、(17) オービタルリングシステム(18) など、半世紀以上にわたる研究で様々な軌道エレベーターが考案され、原理や構造は多様化している。中には既存の素材で十分建造可能な小型エレベーターのアイデアもあり、理論的には十分に成熟し、その現実味は年々増している。


3. 軌道エレベーターの利用価値
 研究者や構想によって様々だが、軌道エレベーターの輸送コストがロケットに比べて安くつくのは言うまでもない。
 さらに、ケーブルを拡張していき、巨大な筒状まで成長させることに成功すれば、一層のコストダウンが可能となる。それは軌道エレベーターの発展構想として、電磁気推進による昇降システムを採用することによる。いわゆるリニアモーターカーを上下運動に利用すると思えばいい。これにより、静止軌道まで上昇するには電力が必要だが、地上に降りてくるには重力による自由落下で済む。そしてこの時、下りエレベーターの位置エネルギーを利用して発電を行い、上りエレベーターの電力供給に回す(現代の電車にこの仕組みは備わっている)。つまり上り電車の運賃の大半を、下り電車が支払ってくれる(この上下関係は静止軌道の外側では逆になる)。ここまで実現すれば、輸送コストは1kgあたり10ドル、スペースシャトルの1700分の1になるという試算がある。(19)
 軌道エレベーターの実現で、ロケットに依存していた宇宙開発は大きな飛躍が可能になる。宇宙船は打ち上げる必要はなくなり、低重力あるいは無重力の宇宙空間で建造すればよく、大型化もできる。
 また、訓練を受けた宇宙飛行士でない私たちでも、おそらくは高齢者や車椅子の人でさえ、宇宙を訪れる機会が得られることも期待されている。逆に、宇宙空間からの資源の移入も可能になるかも知れない。軌道エレベーターは実に多様な可能性を持っている。

 そして本稿とのかかわりで最も重要なのは、軌道エレベーターが、物体を地球の重力圏外へ脱出させる遠心投射機として利用できることにある。
 末端にカウンター質量(静止軌道より内側のケーブルの重みとのバランスをとるために、外側に設置する重し)を取り付けることで短くするなど、軌道エレベーターの全長は構想により様々だが、概して5~10万km以上に達する。
 地表から放り投げた物体が地球の重力圏を脱する速度、いわゆる第2宇宙速度=1Gにおける地球重力圏からの脱出速度は秒速11.2km。この行為を軌道エレベーターが持つ角運動量を利用して行う場合、一定の高さ以上の所で軌道エレベーターに固定していた物体を放出すると、その物体はもう地球には戻ってこなくなる。地表から離れるほど重力は小さくなり、それに伴い脱出に必要な速度も小さくなる結果、この高度は約4万6700kmになるという。(20) これ以上の高度であれば、軌道エレベーターから放出した物体は地球の重力を振り切って飛んで行き、二度と戻ってくることはない。
 このアイデアは軌道エレベーターの活用案として、月や火星への飛行計画などとして提案されている。軌道エレベーターの遠心投射機能を利用すれば、宇宙船は地球の自転エネルギーをもらって加速するので、月や火星まで、何もせず、事実上コストゼロで送ることができる。旧ブッシュ政権は月や火星の有人探査計画の推進を打ち出したあげく結局実現していないが、(21) 軌道エレベーターを造れば、ロケットを使わず、大幅にコストダウンをしてこの計画が実現可能になる。

 本稿は軌道エレベーターのこの機能を利用し、エレベーターで宇宙空間まで放射性廃棄物を持ち上げた後放出し、処分することを提案する。これにより、現在地球上で根本的に無害にする方法がない放射性廃棄物を消し去ることを目指す。
 軌道エレベーターに関する研究成果は多岐に渡るが、本稿のテーマはこの使用法に重点を置いているため、軌道エレベーター自体についての説明はこの程度の基礎的範囲にとどめて先に進みたい。II章では、放射性廃棄物の現状について説明する。

II章に続く)

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軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版) (2)

2012-02-09 01:15:01 | 軌道エレベーター学会

II章 放射性廃棄物処分の現状



 I章では、軌道エレベーターの基本原理について説明した。本章では、この軌道エレベーターによって投棄すべき放射性廃棄物についての基礎知識を概観した後、その最終処分の現状について説明する。原子力発電の様式や核燃料サイクル、放射性廃棄物処分の方法は国によって違いはあるが、ここでは一般的な説明にとどめる。


1. 放射性廃棄物とは
 放射性廃棄物とは、人類が原子核反応で生じるエネルギーを利用した後に残る、使用済みの核燃料をはじめとする放射能を帯びた残存物の総称である。
 一般に、原子力発電所や原子力駆動機関において、原子炉内で核燃料が核分裂反応を起こし、我々はその熱エネルギーを発電に用いる。2009年12月時点において、30か国で435基の原発が稼働しており、総出力は約3億7300万kW。建設中と計画段階のものを含めると624基、総出力は約5億7200万kWになる。(22)
 東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、各国で反原発への機運が高まったこともあって、上記の数字には変化があるが、全体として減少傾向には至っていないとみられる。

 使用済みの核燃料は廃棄されるか、あるいは再処理に回され、この中から燃え残りのウランやプルトニウムなど、まだ核分裂を起こす部分を抽出して再び発電に利用する。このいわゆる「核燃料サイクル」は日本や諸外国で実施されている。
 核燃料自体がもともと放射性物質であるが、これに接近したり、原子炉内で核分裂を起こした際に、原子炉や周辺の構造物なども放射能を帯び、これらが使用不能になった後に放射性廃棄物として処分されることになる。このほかに、核兵器の開発過程でも放射性廃棄物が生じるが、これは核兵器開発国に限られるため、本稿では原子力発電による廃棄物に重点を置く。
 国によって基準は異なるが、放射性廃棄物はその性質によって数種類に分類される。本稿では日本の基準を参考に、放射性核種濃度のレベルによって、以下の2種類に大別する。(23)

(1) 高レベル放射性廃棄物
  主に使用済燃料や、そこから燃え残った燃料物質を分離した後の残存物。βγ放射性核種濃度が1014 Bq/t(Bq=ベクレル。1Bqは1秒間に原子核1個が崩壊する放射能の単位)超、αが109 Bq/t超。
(2) 低レベル放射性廃棄物
  主に核分裂時に放射能を帯びる物質。原子炉の容器や制御機器、建材など周辺の構造物、機器に接触した清掃品なども含まれる。βγ放射性核種濃度106~1014 Bq/t、αが106~109 Bq/t。

 このほかに日本の国の基準では、核燃料容器などから生じ、熱量が小さい「TRU廃棄物」もあり、放射能レベルでは低レベルとなる(TRUはトランスウラニウムの略で、個々の元素が出す放射線自体は強い)。処分方法は最終的に圧縮されて高レベル放射性廃棄物と同様の容器に封入され、地層処分されるという過程をたどり、処分方法が上記と重複する上、この分類のない国もあるため本稿では言及にとどめる。


2. 放射性廃棄物処分の現状
 高低それぞれのレベルの放射性廃棄物の処分方法はおおむね次のようになる。
(1) 高レベル放射性廃棄物 再処理の場合、個体はそのままか、圧縮や焼却して減量化した後に固化。液体は溶融ガラスと混ぜて固化し、金属製容器に密封する(「ガラス固化体」と呼ばれる)。(24) 再処理しない場合は使用済燃料をそのまま処分。いずれも放熱後に、主に深地層中に最終処分される。

 

 出力100万kW級の原子炉を例にとると、1年間の運転で約15tの高レベル放射性廃棄物が生じる。(26) 主要国の高レベル放射性廃棄物の処分量は次の通り(処分計画は国によって差があるが、いずれも向こう10~数十年の計画で、この間に発生する処分量を見込んでおり、再処理を前提としているものもある)。

 

(2) 低レベル放射性廃棄物
 セメントやアスファルトなどを用いて固化するか、粉末化させた後に粒状に固化する。液状の廃棄物は乾燥させた後に固化剤と混ぜる。いずれも放射能を低くするように均一に分散させながら、ドラム缶に充填し、貯蔵施設に保管される。

 

 低レベル廃棄物の量については、原子炉の構造材や発電所の建材から、作業に使用した手袋や施設を洗浄した洗剤まで含めたりと、施設の規模や国の基準によってまちまちで、本稿で国ごとの総量や平均値について正確な数字を確認することはかなわなかった。なお日本では、これまでに200リットル入りドラム缶約55万本分以上が発生している。(29)


3. 放射性廃棄物の人体への影響と処分の問題点
 核燃料の中にもともと存在するものから、ウラン元素が中性子を捕獲して核種転換したトランスウラニウム元素まで、高低それぞれのレベルの廃棄物に含まれる放射線源は様々だが、その半減期は数日から最長で数十億年かかる。さらに完全に活性を失うまでにはその数十倍の年月がかかるとされる。

 

 これらの放射性物質が発する放射線に被曝した場合、細胞のDNAと放射線が化学反応を起こして遺伝情報を損ない、細胞分裂に異常が起きて放射線障害を起こす。多量の放射線を浴びると、皮膚や骨髄の異常が生じ、癌や白血病などになる。
日常私たちが浴びる放射線は年間10㍉Sv(Sv=シーベルト。被爆の単位)程度までで、1Sv以上で吐き気や倦怠感を生じ、7Sv以上で死亡する。(31) 加工直後の高レベル放射性廃棄物ガラス固化体1本の放射能レベルは約2万TBq(=テラベクレル。1テラベクレルは1ベクレルの1兆倍)あり、(32) 放出する放射線に直接さらされた場合、被曝量は1分間で約200Sv。セシウム137で比較すると、広島型原爆による被曝量の100倍になるという。(33)

 放射性廃棄物の最終処分方法については、廃棄物自体の熱を利用してグリーンランドや南極などの氷床を溶かして潜り込ませる方法や、海底の大陸プレートの継ぎ目に呑み込ませる方法など、案自体は多様に考慮されはしているが、コストや環境変化の長期予測不可能性、国際法への抵触などの理由から実用化されていない。(34) 本稿で提唱する宇宙への投棄についても、ロケットやスペースシャトルによる投棄は検討されたことがあるが、年に600回もの飛行を必要とし、コストだけでなく事故の危険や大気汚染への懸念もあり空想に終始している。(35)
 現実問題として、低レベル放射性廃棄物は陸地の比較的浅地中を、高レベルは陸地の深地層中を最終処分場として選択するほかない。処分方法とはすなわち、放射線遮断処理をしてそのまま保管することである。多くはその半減期からして、懸念されないほどに毒性が減じるまで、人の一生に相当するかそれを優に越える時間を要する。放射性廃棄物は毎年生じており、現在のエネルギー利用環境においては、半永久的に地球上で同居していかなければならない。保管中の廃棄物には何千年、何万年も無事でいてもらわなければならない。

 当然保管期間が長いほど、事故や自然災害などによる施設や容器の劣化、破損などの危険は増大する。もし内容物が露呈し、地下水への流出など何らかの経路によって人間の住環境の近くへ運ばれ、近くにいる人間が被曝すれば生命にかかわる。放射性廃棄物は、根本的解決ができないまま、何万年にもわたる人類の負の遺産として地中に居座り続ける。
 このため、人々の放射性廃棄物へのアレルギーや不信感は根強く、処分場の建設には地元住民との衝突が避けられない。米国では投棄施設の建設計画を巡って各地で対立が起きており、とりわけ先住民族と建設者側との対立がたびたび深刻化したのをはじめ、 原子力先進国のフランスでは、計画凍結の不履行に怒った住民が、地層調査の試掘孔を塞いでしまうなどの事態が生じたという。(36)
 日本でも、青森県六ケ所村の放射性廃棄物埋設センターの事業認可取り消しを求め、住民が訴訟を起こすなどしている(高裁では請求は棄却されている)。(37) そして東日本大震災後には、震災で生じた瓦礫の受け入れを巡り、意見の対立が耐えない。
 2011年12月現在、高レベル放射性廃棄物の最終処分を実際に始めた国は1か国もない。かろうじて、フィンランドが南部のオルキルオトを最終処分地として定めることを2001年に議会で承認、処分場の建設が進んでいるほかには、米国など数カ国が最終処分の候補地を決めたのみで、(38) 大半の原発使用国は最終処分の予定地すら正式に決定していない。
 前述した各国の廃棄物はこの後再処理に回されうる使用済燃料も含むものもあり、またこの中には放熱(加工直後のガラス固化体は300℃近くあり、最終処分前に20~30年かけて冷やす)のため貯蔵されているものもあるが、最終的には高レベル放射性廃棄物として処分しなければならない。世界中で、日々生み出される大量の放射性廃棄物が、行き場のないままさ迷っている。
 
 そして2011年3月、日本では東日本大震災が発生し、多くの人命が失われた上に、福島第一原子力発電所が損壊、メルトダウンを起こした。原発では現在も炉心部の冷却やがれきの処理、建屋の保護作業などが続いている。さらには、原発から放射性物質が福島県のみならず広い地域に飛散していることが、その後の調査で判明。健康への懸念や様々な産業への被害など影響は多岐にわたる。
 とりわけ、原発や周辺で生じた瓦礫、原子炉を外部から冷却するのに使用した後の水をはじめ、各地で除染作業を行った後に出る汚泥など、放射能を帯びた廃棄物が大量に生じ続けている。現実問題として、瓦礫を放射線量に応じて細かく選別するのも困難であり、現在もなお根本的な解決のめどが立っていない。

 この状況の中、軌道エレベーターがにわかに現実味を帯びてきた。この負の遺産である放射性廃棄物を低コストで永遠に葬る手段を手にすることができるかもしれない。
Ⅰ章で説明した軌道エレベーターを使い、かつて構想されながら手をつけられなかった宇宙空間への投棄を、安全かつ、ロケットより低コストで実現する計画を提示するのが本稿の狙いである。次章では、その具体的方法をシミュレートする。
 なお、高レベル放射性廃棄物の処分を最も優先すべきととらえ、低レベル廃棄物は高レベルを宇宙へ永久処分した後にただちに取り組むとし、ここからは高レベル廃棄物に集中して論を進める。

 (III章に続く)

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軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版) (3)

2012-02-09 01:10:26 | 軌道エレベーター学会

III章 軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分




 ここまで、軌道エレベーターの原理と機能、放射性廃棄物処分の現状などについてみてきた。本章では両者を結び付けて、軌道エレベーターを建造し、これを使って高レベル放射性廃棄物を投棄するシミュレーションを、可能な限り現実に存在するデータや既存の論文等で示されている試算等にもとづいて行う。そしてこの方法により、どのくらいの期間や予算で高レベル放射性廃棄物を全廃できるかを予測する。

1. 軌道エレベーターの建造
 既存の軌道エレベーターの先行研究の中で、ブラッドリー・C.エドワーズと他の研究者による著作は情報として比較的新しく、具体的に建造手順を説明している。本稿ではエドワーズらの著作で紹介されている軌道エレベーターを基本形とし、これに若干の応用を加えて建造プランを進める。
 エドワーズの著書では様々な可能性を検討した上で、建造すべき軌道エレベーターの形態をおおむね次のようにまとめている。
 静止衛星からカーボンナノチューブ(CNT)製のケーブルを垂らし、浮遊型の海上基地と連結、全長約10万kmにする。昇降機はケーブルにしがみついて上下し、地上からのレーザーによるエネルギー供給。建造予定地は南北緯約35度までの地帯のいくつかの候補地を挙げており、(39) 本稿では、世界の原発使用国から高レベル放射性廃棄物を運んできやすいよう、このうち海上のいずれかを選択して軌道エレベーターを建造したと想定し、これを廃棄物投棄に特化して使用するものとして論を進める。建設費は日本円で約1兆円だという。(40)

 

 具体的建造手順は次のようになる。詳細はエドワーズらの著書に詳しいため、本稿では概要にとどめる。

(1) エレベーター用ケーブルと作業用宇宙船、燃料を積んだペイロードをロケットで高度約300kmの低軌道に打ち上げる
(2) ペイロードの中身を低軌道上で組み立て、さらに静止軌道に到達させる
(3) 静止軌道上からケーブルを地上に向かって繰り出しながらロケットは上昇を続け、ケーブルの先はやがて地上に到達。ロケットは末端でカウンター質量として固定する。これにより、1tの作業用昇降機(エドワーズらは「クルーザー」と呼んでいる)が昇降可能になる
(4) 2本目、3本目のケーブルを次々と作業用クルーザーで敷設して補強していき、使用済みのクルーザーは末端で随時カウンター質量にする
(5) 十分な強度になれば稼働開始

 軌道エレベーターの研究モデルには、全長を5~10万kmに設定し、末端にカウンター質量を設けて全体の質量のバランスを維持するものが多い。エドワーズのモデルもこれに属し、ケーブルを増設する作業用クルーザーを末端でカウンター質量として利用している。仮にカウンター質量を設けず、単純にケーブルを延ばすだけで構築する場合は、その全長は14万km強となり、(42) 15万kmを超える研究モデルもあり(43)、この場合は必然劇に遠心力の方が強く設定されることになる。(44)
 本稿ではⅠ章で述べた、軌道エレベーターから加速の必要なく物体を第2宇宙速度で放出することのできる約4万6700km以上のモデルを使用する。エドワーズらは著作において、20~1000tの荷重に耐えるケーブルを持つエレベーターの建造プランを提案している。本稿で用いる軌道エレベーターでは放射性廃棄物のすみやかな全廃のため、このうち最大級のものを採用する。
 当然、ケーブル素材であるCNTの安定量産をはじめ、建造実現にはクリアすべき技術的命題が存在する。この点についてエドワーズ自身はパワービーミング技術や原子状酸素によるケーブルの損耗、デブリ対策などを挙げている。
 こうした課題について、必要な基礎技術の開発に15年程度を要するという。(45) エドワーズらの試算を総合すれば、この後、上記手順(1)の建造用ロケットを打ち上げ、荷重1000tに耐えるケーブルを持つエレベーター建造までの期間を合算すれば21年ほどになる。(46) これに従った建造スケジュールの概要は次の通り。

 

 いずれにせよ、「2008年に宇宙エレベーターの建造に向けて動き出すとしよう。(略)完成は2030年ごろの予定になる」 という。(47)


2. 高レベル放射性廃棄物の運搬と投棄
 軌道エレベーターが完成し、これで物体を宇宙空間へ投棄する準備が整った。いよいよ高レベル放射性廃棄物の最終処分へ移行する。軌道エレベーターを放射性廃棄物の投棄に使用するアイデア自体はこれまでにも提示されており、エドワーズ自身が米国の放射性廃棄物の投棄について述べてもいるが、(48) 本稿はこれを各国に広げ、処分の現状と既存のデータに基づく具体的処分のシミュレーションを行うことで、広く実現を促進することを狙いとしている。
 前章で述べたように、放射性廃棄物の分類基準や処分方法などは国によって異なるが、本稿では比較のため試算の基準を統一する。このうち日本は、英仏から使用済燃料や放射性廃棄物を海上輸送した経験があり、安全規則は国際原子力機関(IAEA)の規則を順守している。輸送に用いられた容器は両国の設計承認を得ていて信頼性が高い。ガラス固化体容器についても共通のものを使用している国もあり、本稿においても資料が手に入りやすいという点も鑑みて、日本の基準をすべての高レベル放射性廃棄物の輸送に適用して試算を行う。
 手順は以下の通り。

(1) 高レベル放射性廃棄物を軌道エレベーターの海上基地まで輸送する
(2) エレベーターのクルーザーに廃棄物を移し替える
(3) クルーザーで宇宙へ持ち上げる
(4) 末端から適切な角度で放出する
(5) 放出された廃棄物は地球引力圏を脱して飛んでいく

 

 なお、投棄された廃棄物の行く末に関しては本稿では扱わない。理想を言えば、天然の核融合炉である太陽に投棄するのが最善だが、地球から太陽に直接・確実に質量を投下する場合、その質量の公転速度を秒速2.3km程度にまで落とさなくてはならない。これはすなわち、地球の公転速度(平均秒速29.78km)を9割超減殺する必要があることを意味する。軌道エレベーターでただ投げただけで太陽投下を実現するのであれば、地球の公転とは逆の向きに、秒速27km超で投射する必要がある。軌道エレベーターの基本的なモデルでは、この加速を与えるだけの充分な全長がない。
 また、太陽系外に脱出させる場合にも全長が足りない。こうした理由から、投棄した廃棄物の最終的な行き先については、別途長い考察が必要となるため機会を改めることとし、本稿ではともかくも宇宙空間へ放出する手順に特化して記述する。

 以下、手順の各項目を詳述する。
 
(1) 高レベル放射性廃棄物の移送(49)
 日本の基準に従って記述すると、再処理をする場合、使用済燃料から再利用できる部分を除いた高レベル廃液がガラス固化され、幅約43cm、高さ約103cmの円筒形のステンレススチール製容器「キャニスター」に密封される。キャニスター1本の重さは約400kg(内容物の固化ガラスは約110㍑ 300kg)。

 再処理しない国の場合は、使用済燃料を何らかの容器に入れてそのまま処分されることになる(もちろん放射線遮断処理は行われることになる)。本稿では、II章で述べた各国の高レベル放射性廃棄物は、再処理後のガラス固化体も、使用済燃料をそのまま捨てる場合も、いずれもこのキャニスターに入れるものとする。 (51)
 
 キャニスターを長距離輸送する場合は、放射線遮断処理を施した専用の輸送容器「キャスク」に入れて運ぶ。いくつかの種類があるが、一般にキャスク1基には最大28本のキャニスターを収容でき、総重量は約112t。本稿では計算の単純化も兼ね、エレベーター搭載時にはトラニオンを外し台座から分離して載せるとして100tに統一する。
 これを、各国内で1基1台のトラックで陸送し、沿岸から輸送船(全長約100m、載貨重量約3000t、キャスク20基程度収容)で海上輸送する。
 日本は英仏に使用済燃料の再処理を委託し、再処理で生じる高レベル放射性廃棄物は1995年以降、断続的に返還され、輸送にこの方法が用いられている。本稿では、原発使用各国から軌道エレベーターまでの輸送は、すべてこの基準及び方法で行われると想定し試算する。


(2) クルーザーへの移し替え
 海上基地では、輸送船からエレベーターを上昇していくクルーザーに、キャスクを移し替える。荷重1000tに耐えるケーブルを昇降するクルーザーのうち、半分の500tを昇降システムにあてるとして、可積載量は500t。キャスク5基=キャニスター140本を輸送できることになる。

(3) 離床
 クルーザーは地上からのレーザーによるエネルギー供給を受けて上昇し始める。言うまでもなく、上昇するほど重力は小さくなり、やがて空気抵抗もなくなるのでスピードアップが可能になるため、静止軌道までの平均時速は約200km、およそ7.5日で静止軌道に到達する。(53)
 静止軌道上には当然大きめのステーションが建造されるはずだが、クルーザーはここを通過して上昇を続け、地球引力圏の脱出速度を得られる高度4万6700kmまで上昇する。

(4) リリース
 末端まで上昇したクルーザーは、この高度でキャスクをそのまま宇宙空間へ放出する。加速させる必要はなく、いわば「手を離す」だけで良い。キャスクはエレベーター、ひいては地球から受け継いだ角運動量により、すでに地球重力圏を脱出する速度が得られている。


3.廃棄スケジュール
 前述に従い、クルーザーの昇降速度が平均時速200kmとした場合、 20日弱で地上との間を往復する。計算の単純化も兼ねて、1回のキャスク投棄の必要日数を20日とする。この方法により、日本が高レベル放射性廃棄物を投棄した場合、処分予定量の高レベル放射性廃棄物の全廃にはおよそ16年かかる計算になる。
 
 

 本稿のシミュレーションでは今すぐ着手してもエレベーターの完成は約21年後。Ⅱ章で示した各国の処分量と計画の多くは数十年先まで見込んだものだが、この間にも廃棄物は増える可能性こそあっても減ることはない。世界ですみやかに全廃するには、原発使用国が少しでも多く建造して取り組むのが望ましい。
 もちろん全国家が各1基建造するというのは無理な話だが、共同で建造したり、相互に協力し合ったり、処分数の少ない国がほかの国に融通をしたりすることで、スケジュール全体を縮めることは可能かもしれない。その場合は、当該国家間で国際条約などを締結する必要があるだろう。次節で短縮した場合の試算も説明する。
 なお、低レベル放射性廃棄物の量は高レベル廃棄物の比ではないが、高レベル廃棄物が随時宇宙空間に投棄されるに伴い、できうる限り高レベルの空いた保管場所などへ移送し、高レベルが全廃し次第、低レベルの処理に取り組むとする。


4.費用
 次に、この輸送および投棄の事業費を試算する(軌道エレベーターの有無にかかわらず、陸上輸送費は最終処分におのずと必要となるため除く)。日本の原発関連企業などは、放射性廃棄物の国際間輸送にかかる事業費の詳細を明らかにしていない。このため、資料で直接確認できるもの以外は、関連事業費などから割り出した上で、原発使用国の沿岸から海上輸送し、宇宙空間へ投棄するまでにかかる事業費を以下の通り試算した。

輸送用キャスク  1基あたり約4億円(55)
海上輸送費  1回(キャスク20基)約900億円(56)
エレベーター輸送費  1回(キャスク5基)約100億円(57)

 上記を総合し、キャニスター1本あたりに換算すると、輸送費は約2億5000万円。これを基に各国の輸送費用を概算すると以下のようになる。

 

 上記の試算では、海上輸送費は輸送1回分の総事業費を各国ごとの処分量に応じてかけているため、実際の総額はこれを下回るものとみられる。一方、この試算は純粋な輸送費のみで、輸送中の防衛費などは含まれていない。これらを足せばさらに増額するが、この投棄方法が可能になった時、地層処分によって地球上で同居していくか、高い金を出して高レベル放射性廃棄物を宇宙に永久処分するか、各国の国民はどちらを選ぶだろうか。
 本章では、最もシンプルな形での軌道エレベーターによる処分について試算した。次章では若干の改良を加えて効率化した場合について、いくつかの試算の例を紹介して本稿を結ぶ。

 (Ⅳ章へ続く)

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軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版) (4)

2012-02-09 01:05:29 | 軌道エレベーター学会

IV章 処分計画の改良・応用例




 ここまでの一連のシミュレーションは、特定の型の軌道エレベーターを1基のみ運用するという、もっとも簡便な方法を試算したものである。いわば単線で1両編成の電車を使ってすべての荷物を運ぼうとしているようなもの。だが言うまでもなく、軌道エレベーターは一度建造すれば、構造上際限なく拡張が可能なものであり、投棄を続けている間にもエレベーターを拡大や増設できるほか、技術発展により輸送能力は向上していくはずである。エレベーターが大型化すれば電磁気推進を導入できる可能性もあり、大幅なコストダウンも期待できる。本章では、基本型の軌道エレベーターに若干の改良を加えて効率を上げた上で試算をした結果を示し、最後に東日本大震災で生じる廃棄物の処理やいくつかの発展構想にも触れる。

1.クルーザーを改良した場合の廃棄スケジュールと費用
 

 前章で述べたように、クルーザー同士がケーブルの途中で交差できる仕組みにすることは技術上容易にできると思われる。これだけで処分年数は半減するほか、実際にはケーブルの太さを増したり、複数備えるなどすればさらに縮まる。
 とくに本稿では、ケーブルの太さを1.5倍にし、クルーザー自体に放射線遮断構造を持たせ、キャスクとしての機能を併せ持つようにすることを提案する(高度4万6700kmでキャニスターだけを放出する)。仮に、ここまで述べたクルーザーの荷重能力500tのうち、半分をキャスクとして改造するために犠牲にしたとしても、残る250tを直接キャニスターを搭載するペイロードに充てられれば625本が収納でき、全廃スケジュールは大幅に短縮できる上、使い捨てだったキャスクは一定数そろえればあとは使い回しができ、費用も安くなる。
 このようにクルーザーをキャスク化し、交差も可能となった場合は、全廃にかかる年数は次の通り。

 

 この後もエレベーターが増設されれば期間はさらに2分の1、3分の1に縮まっていく。つまり軌道エレベーターによる投棄をいったん稼働させれば、その後の発展により放射性廃棄物全廃までの時間は縮まっていくことが期待できる。
 さらに軌道エレベーターは、宇宙空間における太陽光発電の電力を地上に供給するシステムとしての活用も提唱されており、(60) 軌道エレベーター建造によって、放射性廃棄物の投棄とともに、核エネルギー依存からの脱却も促進され、放射性廃棄物の発生が頭打ちになっていく可能性が開けるのではないか。
 本稿はこうした展開を視野に入れ、軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分とエネルギー転換を並行して進め、地球上から放射性廃棄物を減少させ、やがてゼロにしていくことを提案する。
 なお、軌道エレベーターによる投棄を、放射性廃棄物に限定する必要がないのは言うまでもない。化学物質などついても同様のやり方で処分は可能である。

 なお前章で、投棄された廃棄物の行く末については、本稿では考察を除外したが、ほかの技術との兼ね合わせにより可能になりうる案をいくつか提示しておく。

 ● まとまった量の廃棄物を、自推機能を持つコンテナ等に入れ、軌道調整をしながら太陽に落とす。
 ● 廃棄物にソーラーセイルなどを付け、既存の理論にもとづいた全長の軌道エレベーターから放出し、足りない速度を太陽風などを利用して補いながら加速させ、太陽系外へ脱出させる。
 ● 静止軌道、月、内惑星などを最終処分地とする。
 ● 任意の太陽周回軌道を「最終処分軌道」とし、廃棄物をこの軌道上に載せて人工の惑星とし、半永久的に周回させておく。
 ● 軌道エレベーターの静止軌道から外側の部分を、昇降機の加速機構などを利用したマスドライバーとして活用し、太陽系外や太陽への投棄に必要な速度を得る。
──など。今後の技術発展や新しい理論の登場などにより、構想を拡大し深める機会はあるはずなので、さらに検証を深めていきたい。


2. 福島第一原発の廃炉で生じる廃棄物処分の一例
 最後に、ここまで説明してきた方法を応用して、東日本大震災で生じる放射性物質の一部について、軌道エレベーターで処分した場合の結果を示して本稿をまとめたい。
 この震災の放射性廃棄物の処分については、処分する範囲を決めて線引きするのにかなり逡巡し、「どの範囲まで軌道エレベーターが面倒を見るべきか?」という思案の末、放射能汚染の原因となっている福島第一原発そのものの処分を最優先すべきと考えた。
 これまで述べてきたように、2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、福島県大熊町と双葉町にまたがる福島第一原子力発電所の施設が大破、原子炉は炉心溶融(メルトダウン)を起こし、今もなお注水による冷却や停止のための作業が続けられている。東京電力は「工程表」を示すなどして「冷温停止」を目指しているが(政府は「冷温停止"状態"」と発表したが、「冷温停止」したわけではない)、6基ある原子炉のうち少なくとも1~4号機の廃炉は不可避とみられており、大量の放射性廃棄物が生じることになる。軌道エレベーターは、このような問題の解決にも役立つはずである。
 福島第一原発2号機を例にとると、通常の手順でこれを解体した場合、低レベル放射性廃棄物が計約9,200tの放射性廃棄物が生じるという。(61) これを基に算出した4基分の廃炉に伴い生じる放射性廃棄物に、各原子炉の稼働年数に応じた核燃料をすべて廃棄すると想定して算出した高レベル放射性廃棄物を加算して、(62) 前節で述べた改良型の軌道エレベーターで処分すると、およそ6年かかるという結果になった。
 なお、原子炉建屋への注水によって生じ生じた汚染水(2011年11月18日時点で約17万t)(63) を軌道エレベーターで処分する場合については、すべて液体であることもあり、輸送方法を次のように若干変更して試算した。(1)キャスクとして改造したクルーザーを水槽にして、タンカー型の輸送船から汚染水を直接注入して輸送 (2)宇宙空間で汚染水は氷になる(3)この氷を型抜きするように、そのまま放出(水は凍ると不純物を吐きだすが、水自体が放射線源化しているため、まとめて捨てる必要がある)。
 上記の方法で処分する汚染水のほか、このほか周辺部材などを加えるなどして、いくつかのケース別に試算を行うと下の表の通りになる。

 

 通常の解体作業では処分する必要のない廃棄物や汚染水まで加えると。現実の処分量は、途方もないものになり、費用は天文学的な額になる。この規模の軌道エレベーターが1基や2基あっても追い付くものではなく、仮に軌道エレベーターがあったとしても、何もかも解決するという都合の良いものではないことは認めざるをえない。
 さらに、甚大な被害を受けた東北3県では大量の瓦礫が生じ、さらに原発事故による瓦礫が放射能汚染するという懸念が問題を一層深刻化させている。原発から直接生じた瓦礫や廃棄物のみならず、大量の瓦礫の行き場の問題はほとんど解決していない。瓦礫の受け入れを表明した自治体もあるが、放射線を心配して反対する市民は少なくないという。
 現実問題として、原発事故由来の瓦礫であることが明白であり、最初から区別して取り扱われているようなケースでない限り、こうした大量の瓦礫から放射性物質のみを取り出して別個に処分することなど不可能と言ってよい。少数の自治体レベルの廃棄物(たとえば千葉県柏市には放射線量が高く処分できない焼却灰が11月末現在でドラム缶756本分あるという(65))であれば、軌道エレベーターによるほんの数回の往復で全廃できるケースもあるが、対象廃棄物の種類と地域を広げれば際限がなく、とても追いつくものでないのも事実である。東日本大震災で深刻な被害を受けた東北3県の瓦礫の量は、今年6月時点の推計で約2260万t(岩手県約440万t、宮城県約1,590万t、福島県約230万t)に上る。 (66) これを、前節で説明した改良型の軌道エレベーター1基だけで処分すれば、膨大な年月がかかってしまう。
 ここまで迂遠な作業になってしまう以上、軌道エレベーターが検討に値するのか否かは、本稿を読んで下さる方々の判断に委ねるしかない。しかしそれでもなお、軌道エレベーターによって高レベル放射性廃棄物だけでも宇宙に投棄できるのであれば、少しずつであってもその分だけは根本的な解決が可能となる。その手段を得られるという1点だけでも、軌道エレベーターの実現を目指す意義はあるのではないか。


3. おわりに
 筆者の専攻は国際法だが、科学が好きで、中でも軌道エレベーターに関心を持ち、公私で長年その動向を追ってきた。いまだに荒唐無稽と笑う人が多い軌道エレベーターだが、正しい思考力の持ち主ならば、これが絵空事でないどころか、その発想は先人の豊かな想像力と、地に足を付けた科学技術の賜物であることが理解できるだろう。
 宇宙開発や宇宙旅行はもちろん、やがて必ず枯渇する地球上の資源の代替資源獲得、そして何よりも、新たな人類のフロンティア開拓の手段として、軌道エレベーターが人類の未来に必要不可欠なハードウェアだと確信している。テクノロジーは発達する方向にしか進まない。必ず建造可能な時代が来る。
 本稿はふだん軌道エレベーターのトピックに触れる機会がなく、それでいて様々な社会問題を深刻に懸念している人々にも関心を持っていただけるよう、活用案の一つとして環境問題に挑戦し、中でも数ある環境問題のうち、筆者自身が強い関心を持っている核の問題を取り上げた。そして2011年3月11日に発生した東日本大震災と、続く福島第一原発事故により大量の放射性物質が発生した。この処分は今なお解決のめどが立たず、私たち日本人の前に深刻な問題として立ちはだかっている。
 震災後、東北を3回訪れた。復興が進んでいる地域もあるが、現地は今も困難の中にあり、とりわけ沿岸地域の惨状は見るに堪えない。そして原発事故に苦しむ人々の声は切実である。終わりの見えない苦境がいかに人を苛むことか。さらに問題は東北だけでなく、筆者の住む地域でも焼却灰から高い放射線量が検出されているほか、各地でホットスポットが見つかっており、除染作業で生じた土砂なども多くが仮置きされ続けている。このような時に、軌道エレベーターがあればと思わずにはいられない。
 放射性廃棄物に限らず、私たちの世代は今だけの豊かさを追い求め、数多くの問題と向きあわずに先送りにしてきた結果、将来の世代にあまりにも多くの負の遺産を残してしまっている。そうした負の遺産を少しでも少なくし、未来をより豊かにできる手段の一つが、軌道エレベーターなのではないか。私たちの世代では実現には至らないかも知れないが、早く取り組めば、それだけ実現も早まる。軌道エレベーターは、将来の世代に私たちが胸を張って残せる財産となるだろう。
 軌道エレベーターは今なお理論上の存在でしかないが、今の社会が抱える諸問題、とりわけ放射性廃棄物の問題を前にして、たとえ空想を持ち込むなと言われようとも、その価値を世に問いたいという気持ちで、3年前の論文に追加と修整を加えて本稿をまとめた。皮肉にも身近となってしまったこの問題について、将来の解決手段を模索する意味でいま一度、軌道エレベーターの存在価値を多くの人に知っていただきたい。
 個人で私的に集められる限りの情報で構成したため、細部に至らない点もあり、また検証を全原発使用国に広げたり、護衛費や低レベル廃棄物の処分などまで及ばせることが不可能だったが、決して遠くない将来、より詳細なデータを基に、本稿の構想を正確に検証してくれる人が現れるだろう。本稿が、軌道エレベーターの有用性を人々が理解し、放射性廃棄物の全廃と豊かな未来を実現する一助となることを願う。 2012年1月

 (脚注・参考文献へ)

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