軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

説明図を新しくしました

2021-10-30 09:10:43 | その他の雑記
 軌道エレベーターの説明図について、たまに画像提供の依頼が来るので、以前ガイドラインを設けたことがあります。つい先日も、ある教育機関から要望があったので提供したのですが、以下の最新版を送りました。



 何が変わったかおわかりでしょうか? ちなみに古い画像が↓この中央



 そうです。退役したスペースシャトルを消し、先日軌道投入に成功したクルードラゴンに置き換え、ブルーオリジンなどのいわゆる「サブオービタル飛行」(個人的にはこの呼び方は好きではないのですが)を描き加えました。あとは虹色だったオーロラを緑色に。



 ただこれだけなんですが、アップデートせねばとずっと思っていたので、上記の教育機関に最新版を提供できたのは、こちらも嬉しかったです。
 取り急ぎ、ガイドラインを再掲しておきます。

 ● 無料
 ● 学術研究や教育目的であれば、出典や権利の表示などは一切不要
 ● 商業出版物などは出典を明示
 ● ネット上の記事などで使用する場合も出典を明示
 ● 必須ではないですが、軌道エレベーターには色んな研究モデルがあるため、
  上記のいずれのケースでも、可能であれば、
  「軌道エレベーターの基本構造の一例」「概念図の一例」など、
  「一例」と添えていただければありがたいです
 ●「軌道エレベーター」でも「宇宙エレベーター」でもOK

 あともう少し修正するつもりなのですが、その時またお知らせします。画像が軌道エレベーターの周知に役立てば幸いです。

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軌道エレベーターが登場するお話(23) 三体 その3

2021-10-01 16:57:07 | 軌道エレベーターが登場するお話


三体
劉 慈欣
(日本語訳は2019年 早川書房)


 「三体」その3です。今回もけっこうネタバレがありますので、未読の方はご注意ください。その1とその2はこちら↓
1. 本作に登場する軌道エレベーター
2. ストーリーについて

3. 人物描写について
 さて、地球人と三体人の対立は、第2部でいったん決着が付くのですが、第3部ではその裏側で進行していた、三体人との接触計画が描かれます。その後なんとも遠大な結末に向かいますが詳述は避け、今回は第3部の主人公、程心(チェン・シン)の「愛」などについて。

(1) 程心への違和感
 第3部もやはり面白く、ページをめくる手が止まりませんが、程心の振る舞いには終始違和感をぬぐえませんでした。解説では、彼女は「女性性と母性を強調されたキャラクター」で、愛情深い人という設定らしいのですが、まったくそのように見えない。

 程心は人類の命運を担う責任を負わされ、彼女の節目節目の選択により人類社会の方向性が大きく変化します。ある登場人物によると、その選択は「愛」にもとづくものなのだそうです。
 「愛だったのかあれは!?」と、それを読むまでまったく感じ取れず、自分に読解力がそこまで欠けているのだろうかと不安になったくらいです。しかし最後まで読み通しても、程心は他者のことなどほとんど気にかけず、その場その場で自分を「優しい人」に見せようする、心のない、幼い女性に映りました。
 極めて重い責任を負わされる彼女は、自由意思がないがしろにされ、気の毒な苦労人でもあります。しかし程心が他者の心を慮り、思いやりを発揮する場面というのが思い当たらない。

 程心は実の両親もあっさり切り捨てているし、自分の選択のせいで処刑される相手にも、胸中は複雑なようだが酷薄。特に、彼女のために星を与え、命を捨てるに等しい献身をした雲天明(ユン・ティエンミン)に、「ありがとう」か「ごめんなさい」の一言もないのか? 少しでも報われたと思えるだけで、どれほど彼の心が救われることだろう。利用するだけしておいて、あまりにも薄情過ぎる。
 地球上で暴動が起きた時、程心は親友の艾AA(アイ・エーエー。イニシャルではなくフルネームの人名)と一緒に宇宙船で脱出しようとしますが、子供たちを連れた一団に遭遇します。程心は全員連れて行くと主張しますが、あと2人しか乗せられず、やむなくAAが2人選んで乗せます。
 程心はこれに異を唱えるでもなく、自分の席を譲ってもう1人確保するでもなく、ほかの子供たちを見捨てられないから自分は残るというでもない(そうなったらAAも困り果ててお手上げだったろうが)。こうなると、仮に全員乗せて共倒れになる覚悟を持っていたかも怪しい、というかそこまで想像力を働かせていないと思われる。
 問題解決に何ら資することのないダダを捏ねて、事態を収拾する責任はAAに押しつけ、自分だけはいい人でいようとする無自覚なエゴイズム。「私は全員救けようとした。2人だけ選んだのはAAで、私はこの冷酷な決断に荷担していない」というアリバイ作りにしかなっていない。
 このほかにも汚れ役は人任せにして、自分の立ち位置を守ろうと保身に走っているようにとれる場面が色々あり、どうしても程心を穢れのない女性でいさせたいというこだわりを感じ、「ひょっとしたら作者の理想の女性像の投影なのだろうか?」とも思いました。

 第3部では、受け身がちの程心と、目的のために手段を選ばない彼女の元上司、トマス・ウェイドが対照的に描かれますが、この2人から「プラネテス」の田名部愛(タナベ)とウェルナー・ロックスミスを連想しました。
 同作のアニメ版では、やたら「愛」を連呼するタナベに、同僚が「あなたの愛は薄っぺらいのよ」と言い放つシーンがあります。程心は言葉で「愛」などと振りかざさないけれども、タナベが後にその愛を実践して多大な代償を払うのに対し、程心は他者を動かしてばかりで、身を切って行動しない。てか自分たちだけ安全な場所に逃げてばかり。利己主義がいけないなどとは言ってません。愛があるという設定の割には薄っぺらいのです。

 一方ウェイドは冷酷ですが内面は情深く、ロックスミス同様心を秘めている人物に見えます。詳しくは読んで感じていただきたいですが、程心よりウェイドの言動の方に慈愛を感じるのは私だけでしょうか。

 悪口ばかりで心苦しいですが、人物描写にはこんな違和感を終始感じました。程心に限らず、本作は女性の描き方がかなりドライな印象を受け、魂のない人形のような女性が目立ちます。私も架空の人物に何をムキになってるのやら。ですが、愛にもベクトルがあると思う。程心の愛は、一体何へ向けた愛なのだろうか。



(2). 第3部の「引き算」
 ただし程心の選択の描き方は、物語上の要請が大きい。第3部は後半になると「引き算」が目立つようになります。たとえば地球を防衛する技術か、地球を捨てて新天地を探す旅に出る技術か、どちらに力を傾注するかといった選択が示され、「こういう理由でこの選択肢しか残されなかった」と引き算して一つ残す感じで、物語の道筋が狭められていきます。そうしてるうちに三体人も関係なくなっちゃう。

 これは、本作の結末を作者が描きたいがために、ほかの結末へ向かう可能性を潰していく作業でしょう。程心の選択もこの引き算の一部であり、愛というのはそこにストーリー性を与える演出というか装飾で、後付けの理由だから、どこか無理を感じるのではないか。そりゃあんな遠大な結末へ向かわせるには、少々強引な引き算が必要だよなあ。
 さらに「穢れのない女性」と上述しましたが、これも結末における彼女の役割から、聖母的なイメージをまとわせたいのだと推測します。ただこの試みは、かえって程心を型にはめすぎて人形化してしまっているように見えます。


(3) 諸行無常
 最後に来て一番最初のエピソードに触れますが、本作で一番圧倒されたのは、序盤の文化大革命における壮絶な思想弾圧の描写でした。もうここから引き込まれます。アイヒマンテストなどの歴史をなぞらえるまでもなく、人間は状況に強いられた時、いかにたやすく理性や秩序を失うものかと考えさせられもします。
 この序盤の大衆の描き方=人々はいかに流されやすく、理性を失いやすいかということが、全編を貫いていると感じました。
 
 何世代もの長い物語の中で、人類は恐慌に陥ったり、三体文明の迎撃準備の副産物として豊かな時代を享受したりしますが、総体としての人類は昨日の自分をすぐに忘れて危機感が薄れたり、傲慢になったり、集団ヒステリーや暴動を起こしたりすることを繰り返します。最後の最後まであがき続けている。
 これが人間に対する作者の見方なのかわかりませんが、実際、人間はそういうものだと思う。もし人間の気質を数値化できたら、個々人は理性的だったり暴力的だったりと異なる値をとっても、全部を積分すると、昔も今も常に同じカーブになってしまうとでも言えばいいでしょうか。

 本作の底流には、人類の様々な営みも、結局はほとんどが無に帰すという観念が流れているように思えます。そして読後感として「諸行無常」という言葉が最もしっくりきました。

 本作を評する書評子の多くは、きっと「壮大」という言葉を使うのではないでしょうか。諸行無常ではあるんですが、確かにそう言わざるを得ない、SF界を活気づけた大作であり、読み終えると自分自身が長い旅をしてきたような気持ちにもなります。何より「続きが気になる」という、物語でもっとも大事な要素がてんこ盛りですので、ご一読をお勧めします。

 最後にあと一つ添えますと、本作の日本でのヒットは、カバーイラストの美しさが貢献しているのではないでしょうか。迫力があって美しく、奥行きを感じさせる絵で、書店に置いてあったら手に取りたくなる魅力がありますよね。
 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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