軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

第二海橋堡渡航記

2014-09-28 14:16:08 | その他の雑記
 日中の日差しはまだまだ厳しいですが、空気はすっかり秋ですね。さて、東京湾に「海堡」と呼ばれる要塞跡があるのをご存じでしょうか。今晩の『ザ!鉄腕!DASH!!』で、三つの海堡のうち、第二海堡に上陸した様子が放映されるそうです。第二海堡は過去に何度かTV番組や映画のロケが行われましたが、立ち入り禁止になって10年近く経つので、TVに映るのは何十年ぶりかもしれませんね。メディアの上陸取材も10年ぶりくらいでしょう。
 私は精緻な巨大建築物なども非常に興味がありまして、渡航禁止前の第二海堡に何度か足を向けたことがあります。軌道エレベーターには関係ないですが、思わず懐かしくなったので、今回はその時の写真を紹介したいと思います。

 東京湾海堡は明治から大正にかけて、東京を防衛するために造られた人工島で、このうち特異なブーメラン型をした第二海堡は浦賀水道と中ノ瀬航路の分かれ目に位置し、航路からは100mくらいしか離れていないそうです。関東大震災で半壊、近年も損傷が進んで、また地震で崩落したら航路障害になりかねないため、2005年から一般人の上陸を禁止して工事しているのだとか。東京湾のど真ん中に人工島を造るなど、当時よくこんな技術があったものです。詳しい歴史については、国交省東京湾口航路事務所のホームページをご覧ください。

 紹介する写真は10年くらい前に撮ったもので、この時は季節もちょうど秋頃だったかと思います。その頃は横浜から定期便が出ていました。当時東京新聞に上陸取材した記事が載っていて、行き方も書いてあったので「ぜひ自分も」と行ってみたのでした。


 第二海堡の遠景です。
 トーチカ?らしき部分にヒビが入ったりしていて、
 損壊しているのがわかります。


 船着き場。大半は釣り客でしたが、
 私のような観光というか見物だけの人もまじっていました。
 テントが張ってあるのを見かけた日もあるので、
 泊りがけで来る人もいたのでしょう。


 上陸して丘の上のような場所まで登っていくと視界がひらけ、
 中央部の小高い位置に遺跡のようなものが見えます。


 海堡の西(神奈川県側)。浦賀水道が見え、灯台が造られています。


 東(千葉県側)。手前に見える近代的な建物は海上災害防止センター。
 訓練をやっていました。右の方の水平線上に見えるのは第一海堡です。


 要塞の遺構に接近。トーチカか何かの跡のようです。


 別の角度から見るとかなり壊れていました。


 中央部にある見張り台のようなもの。
 第二海堡のシンボル的構造物です。


 砲台か何かの跡でしょうか。
 見渡す限り海! 実に解放感のある場所でした。


 岸壁の方へ。かなり崩落が進んでます。


 船上から見えた損壊部分はこの辺かも。
 しかし、このように海中に没した瓦礫は良い魚礁になるらしいです。


 瓦礫の上で釣りをしている人がけっこういました。
 本人の了解をとって撮影してます。


 西側の端へ。岬のようで、目と鼻の先を船舶が航行してます。


 行き交う船舶。浦賀水道は世界的にも非常に狭隘な航路なのだそうです。


 去る前の太平洋側の眺め。Dr.コトー診療所に来たみたいだと思いました。

 
 おまけ。途中で船が灯台に立ち寄り、釣り客が乗り降りしてました。
 波にさらわれたらどうすんだよ。

 ちなみに、第一海堡は当時から立ち入り禁止。第三海堡は撤去され、遺構が横須賀市のうみかぜ公園や夏島都市緑地でみられるそうです。
 最後に、現在の姿をGoogleマップで見てみました。


 だいぶ護岸工事が進んだ上に島内も整地されたようで、訪れた時の異世界観のある面影はあまり残っていないように見えます。その辺を、今夜の番組で確かめられれば嬉しいものです。
 できることなら、自分で足を運びたいものですが、立ち入り禁止の今となっては叶わない望みですね。TOKIOの方々は許可が下りたとのことで、羨ましい限りです。どんな景色が見られるか、放送を楽しみにしてます。今夜の『ザ!鉄腕!DASH!!』、みんな見るべし!
 

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『ガンダム Gのレコンギスタ』の軌道エレベーターの検証

2014-09-15 13:28:54 | その他の雑記
 先月、話題の『ガンダム Gのレコンギスタ』の先行上映を観て参りました。何しろ軌道エレベーターが登場する新作というので、楽しみにしておりました。宇宙世紀の後の「リギルド・センチュリー」が舞台で、軌道エレベーター「キャピタル・タワー」の防衛部隊「キャピタル・ガード」の候補生が主人公だそうです。今回はその『Gレコ』について少々。

1.「軌道」派勝利!
 まず最初に強調しておきたいのは、

宇宙エレベーターを守る組織「キャピタルガード」のパイロット候補生・ベルリ・ゼナムの冒険を描く
(3月20日 朝日新聞デジタル「富野由悠季監督:“ガンダムの父”が8年ぶり新作」)

宇宙エレベーターを守る組織キャピタルガードのパイロット候補生ベルリ・ゼナムの冒険を描いた作品
「富野由悠季、ガンダム最新作に自信!『今うぬぼれているところ』」(3月20日 シネマトゥデイ)

──という具合に、制作発表がされて間もない時期は「宇宙エレベータ(ー)」という表記一色だったのが、公式サイトでは「地球と宇宙を繋ぐ軌道エレベータ、キャピタル・タワー」
さすがサンライズさん、わかってらっしゃる。ハハ! 愉快愉快 ( ゜∀゜ )

。。。とはいえ、ガンダムエースで始まったコミックには「宇宙昇降機」に「うちゅうエレベーター」とルビが振ってあるし、先行上映のパンフにも思いっきり「宇宙エレベーター」って書いてあるんだけどね。。。今も混在しているようです。ストーリーはある程度観るまで感想を保留します。引っかかるのがキャピタル・タワーです。


2. キャピタル・タワーへの疑問
 「キャピタル・テリトリー」が有するキャピタル・タワーは、旧時代の遺構を再利用しており、リギルド・センチュリーにおける貴重なエネルギー源「フォトン・バッテリー」(ミノフスキー物理学を応用した封じ込め技術による核融合炉よりオトクなのだろうか?)を宇宙から運んでくる場所として、神聖視されているそうです。タワーは3本のケーブルが宇宙へ伸び、中心に挟まれるようにして昇降機「クラウン」が往復する構造です。複数あってけっこう頻繁に発着している模様。なお、タワーは「スコード教」という宗教団体(?)が牛耳っているようです。
 このクラウンに、ミノフスキークラフトが使われています。また、タワーに144基設けられている「ナット」という中間ステーションも、ミノフスキークラフトで高度を維持しています。なかなか個性的なデザインで魅力的ですが、ここで言いたい。

 ミノフスキークラフトがあるのに、
 軌道エレベーターを使う必要がどこにあるのか?


作品に難癖をつける気持ちはありません。しかし軌道エレベーターの設定や整合性に関しては、どうしても気になります。
 本作の世界では「宇宙世紀時代の技術体系を進歩させてはならない」という掟が存在するそうですが、軌道エレベーターより進歩したミノフスキークラフトを使ってるんですから、キャピタル・タワーを使う理由に「技術発達を自制した結果」は当てはまらない。クラウンを自律航行できる輸送船として使う方が手軽で安上がりでしょうし、宇宙世紀にホワイトベースが存在した以上、この時代のタブーにも触れないはず。
 それでも使われるキャピタル・タワーの、本作の世界観における位置づけについて、先に私なりの結論を述べますと、「ミノフスキークラフトがあるから、軌道エレベーターはかえって非効率である。それはわかってるのかも知れないけど、もともと遺構の再利用だし、スコード教を威厳付けして神格化するためのシンボルとして、あえてミノフスキークラフトと併用しながら使用している」と解釈しています。
 ようは儀式の道具です。宗教団体はアナクロな儀式をよくやりますし、フォトン・バッテリーの供給という実利もあるので、この時代の人々には不自然ではないのかも知れません。つまり、スコード教は一種のカーゴ・カルトであり、キャピタル・タワーは「ご本尊」といったところですね。

 本作のストーリーは、その世界観に従って楽しみます。そう踏まえた上で、別途、軌道エレベーター研究の見地からモデル検証をしてみたいと思います。


3. 検証
 なぜキャピタル・タワーを使う必要がないのか? 結論から言うと、重力に引っ張られない物をエレベーターで運ぶことに意味はないということです。これを、大まかに下のような理由に分けて説明します。

 (1) クラウンはミノフスキークラフトで宙に浮く
 (2) だとすれば、いったん加速すれば無限に運動を続ける
 (3) それをケーブルで拘束して動かすのはエネルギーの浪費である

――ということです。以下、検証していきます。

 (1) クラウンはミノフスキークラフトによって宙に浮く
 本作を観るまで、「ミノフスキークラフトは大量輸送には向いていないのかな?」と漠然と思ってたんです。船便と航空便のような棲み分けで、巨大な質量の輸送はタワーに依存しているとか。しかし、軌道エレベーター自体がミノフスキークラフトを使っている以上、「ミノフスキークラフトより軌道エレベーターの方が安上がり」というのは当てはまりません。
 ミノフスキークラフトのお陰で、クラウンは単体で宙に浮く。これを従来のIフィールドではなく、本作では「MMF」という無重量の場を発生させることで可能にしているようです。このMMFが「重力に反応しない(相互作用を起こさない)」のか、「何らかの反発力で重力を相殺している(言っといてなんだけどたぶんこれはない。反発力を発生させてるなら、上のナットが下のナットを押し下げる力を加えちゃうから)」のか不明ですが、いずれにせよ、風船のようにフワフワ浮けるのは確かなようです。現にナットも同じ原理で、ケーブルに負荷をかけずに浮いてるんですから。

 (2) だとすれば、いったん加速すれば無限に運動を続ける
 宙に浮くということは、一度クラウンに力を加えると、慣性の法則で等速直線運動を無限に続けるはずです(もちろん大気中では空気抵抗があるが、50kmも上昇すれば問題にならない)。クラウンにちょっとした推進器を付けるか、地上から打ち出して初速を与えるだけでよろしい。もし(1)で述べたように反発力で浮遊している場合は、上昇するほど重力が小さくなるので、結果的に宇宙へ飛び出そうとする力が強くなり、重力の軛を離れるには有利です。
 もちろんキャピタル・タワーの主目的は、フォトン・バッテリーを地上に「下ろす」ことですが、降下も重力を無視できる方が当然楽です。ちなみにミノフスキー粒子が形成する格子状の場の中では慣性制御もできるという説もありますね。

 (3) それをケーブルで拘束して動かすのはエネルギーの浪費である
 このように重力の制約を受けずに宙に浮くものを、ケーブルづたいで動かすなど、エレベーターを空っぼで動かしてるようなものです。あるいは、ビリヤードの玉をキューで突けば端まで転がっていくのに、ベルトコンベヤーに載せて運ぶようなものと言えばいいでしょうか。電気の無駄遣いだわ、駆動部との摩擦でブレーキがかかるわ、熱が蓄積されるわ、コリオリで余計な力がかかるわ、エネルギーロスで勿体ないだけです。いや本当に、本っっっ当に勿体ない。ケーブルいらないじゃん。空飛べんのにエレベーター乗ってどうすんだ器用貧乏が。
 ひょっとしたら、フォトン・バッテリーを下ろす際はミノフスキークラフトを切って、位置エネルギーを利用して回生で発電しているかも知れませんが、結局一部ないし全部を昇りの電力やナットの運用に回すわけですから(スプライト現象を利用してるらしいが、軌道エレベーターの真価をきちんと理解していれば、そんな必要もないのはわかるはずです)、ミノフスキークラフトのお陰で空荷のようなものとはいえ、どのみち浪費です。仮にその回生のエネルギー収支が昇りと下りでトントンだとして、

 「ミノフスキークラフトのコスト」+「軌道エレベーターのコスト」<「フォトンバッテリーで得られる利益」

の不等式が成り立つなら、単純に

 「ミノフスキークラフトのコスト(初期加速を含む)」<「フォトンバッテリーで得られる利益」

の方が左辺の項が少ないので、ミノフスキークラフトだけで運んだ方が安くつくのは明白でしょう。下の式の左辺に、初速を与えるエネルギーを一つの項として足すべきかも知れませんが、クラウンがミノフスキークラフトの揚力で動くという記述も散見したので(だったらなおさらケーブルいらない)、カッコの中に入れました。いずれにせよ、極めて小さな力で済む。ガス気球を付けるだけでもいいし、極論すれば、大気さえなければ手で押すだけでもいずれ宇宙に到達するのですから。

 本当はこんな現象ありえない。そんなのわかり切ったことです。だからこそ、ミノフスキークラフトのようなご都合主義のトンデモ技術が存在しないからこそ、軌道エレベーターが必要なんじゃないか。それを、ミノフスキークラフトのおかげで軌道エレベーターが可能になるなど本末転倒です。軌道エレベーターには、そんな架空の原理など必要ないのだ。

──以上の理由から、どうしてもキャピタル・タワーにハッタリ以上の意味が見いだせません。軌道エレベーターの真髄を活かせていない。採算性だけを見れば、『Gレコ』の世界で軌道エレベーターを使うのは愚かな選択であると結論せざるをえません。出だしから、軌道エレベーターの存在意義を履き違えているのです。


4. 軌道エレベーター不要論に伴う疑問
 これは以前書いた「軌道エレベーターが無意味になるケース」の⑴に該当します。軌道エレベーターのメリットは、地球の重力を振り切るのにロケットより効率がいいということです。しかしキャピタル・タワーのクラウンは、ミノフスキークラフトによって、すでにその制約から解放されています。宙ぶらりん状態なのだから、自由運動ができる輸送船にして運べばいいでしょう。ケーブルの保守やナットを設ける必要もありませんし、キャピタル・ガードも護送船団方式で防衛すれば良く、「ケーブルを切断されたら一巻の終わりだ」といった、タワー全体の防衛に戦力を割かなくて済む。現に1話で海賊に襲われたんですから、クラウンが自分で逃げられる方がいい。そして何よりも「あらゆる衛星やデブリと衝突する」という、軌道エレベーター特有の問題も回避できます。
 ついでに言うと、キャピタル・ガードのモビルスーツにミノフスキーフライトが装備されてなくて、役目を果たせるのか? クラウンとナット以外の箇所が襲われても現場に急行できないのでは? 宇宙世紀にΞ(クスィー)ガンダムに搭載されるほど小型化されていたのに。

 そもそも、フォトン・バッテリーを運ぶのに、供給元である月にマスドライバー造って打ち出し、あとは地球の重力井戸に引かれるままに落とすだけじゃいかんのか? ミノフスキークラフトを併用して加減速や落下地点を調整すれば、任意の位置に軟着陸させるのも可能でしょう。わざわざ地球の自転に同期させ、エレベーターに載せるというのも無駄が多い。実際、月からタワーまでは輸送船かカタパルトで運んでるんじゃないの? 「そのまま地上に下ろせばええやん(´・ω・`)」とツッコむ人がいても良さそうなものですが、まさか月面エレベーターやザックトレーガーがあるのでしょうか? だとしたらますます無駄です。

 キャピタル・テリトリーが非効率な軌道エレベーターを使うのは勝手ですが、アメリアやイザネル(いずれもリギルド・センチュリーの世界に存在する国家で、アメリアはキャピタル・テリトリーと敵対関係にある)は、どうして指をくわえて独占を許しているのか? ミノフスキークラフト輸送船による流通イノベーションを見せつけて市民を洗脳から解き、スコード教の権威を失墜させて独占状態を崩して、国力を弱体化させてやればいいのに。これ言っちゃおしまいなんだけと、ろくに中身もわからないフォトン・バッテリーなんかに依存すること自体、この時代の為政者たちが阿呆過ぎる。エネルギーの安全保障の重要性を何だと思ってるんだ。原発でも水力・火力発電所でも造って自給自足すりゃいいじゃん。火も起こせんのかこの世界の人間は?
 ただしフォトン・バッテリーの由来には謎があり、それは物語の肝のようでもあります。キャピタル・テリトリーの優位性は、タワーよりむしろ月(トワサンガ? 金星のビーナス・グロゥブも含む?)の状況の方に本質があるのかも知れません。月はキャピタル・テリトリーや友邦のゴンドワンに掌握されているのでしょうか。その辺は物語の展開とともに明らかになることを期待したいものです。

 以上、私の下調べ不足、読み解き不足であれば、このサイト上でお詫びして正しい情報を掲載しますので、情報をお持ちの方はぜひお知らせください。私自身、もっと知りたいのです。ただしその場合は出典を示してくださいね。


5. その他
 最後に余談ですが、アメリアと言えばカクリコンの愛人。。。もとい、『∀(ターンエー)ガンダム』の前半の舞台となった大陸の名前ですね。リギルド・センチュリーは宇宙世紀とターンエーの「正暦」の間に挟まれているそうで、「この後ターンエーの世界につながっていくのかな?」と誰もが考えることでしょう。ということは、本作の世界は結局、最後に月光蝶でシッチャカメッチャカにされてしまうのかしらん? キャピタル・タワーはターンエーにおける「世界樹(アデスの樹)」に成り果てるのかも知れませんね。『ターンエー』はストーリーが収拾つかずに終わっちゃったので、Gレコはもう少し筋の通ったお話を期待したいものです。
 あとは、海賊部隊のノーマルスーツが、クロスボーン・バンガードの時代のものによく似ていてカッコいいです。

 随分長々とツッコんでしまいました。富野監督は「大人は観るな」 とおっしゃっているそうで、予防線を張っているのかも知れませんが、まさに私のようなスレッカラシな大人のことなんでしょう。さらにキャピタル・タワーのデザインを 「宇宙エレベーターを研究している方々への嫌がらせ」 とまで述べています。
 全然嫌がらせじゃないんですが、思うに、フォトン・バッテリーの由来はソイレント・グリーンのようなおぞましいものであり、スコード教の実態はかなり醜悪な組織として立ち位置が変化していって、その象徴たるキャピタル・タワーは最後には破壊されるのかなー、と漠然と考えています。そうすることで、軌道エレベーターにケチをつけるお話なのではと。結構結構。こんな軌道エレベーターの体を成してないトンチンカンな代物、壊してしまうがいい。
 私はキャピタル・タワーのデザイン自体は好きですけど、今回の検証で、軌道エレベーター派としての興味とこだわりから、その「嫌がらせ」にささやかな抵抗を試みたつもりでもあります。
 ですがストーリーを楽しむことは、まったく別のことです。これからじっくり堪能していきたいと思います。たぶん。おそらく。ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。

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軌道エレベーターが登場するお話(14) マザーズ・タワー

2014-09-05 22:17:38 | 軌道エレベーターが登場するお話
マザーズ・タワー
吉田親司
早川書房(2008年)


あらすじ 「マザーズ教団」の代表・葵飛巫女は未知の難病に冒され、教団代表を退く。彼女を救うため、4人の男たちが手を組み、軌道エレベーター「マザーズ・タワー」(母なる塔)の実現を目指す。


1. 本作に登場する軌道エレベーター
 ネタバレになるので、これから読む方は飛ばしてください。本作では当初、モルジブ諸島のガン島沖に地上基部を設けます。ここは昔からの有力候補地です。典型的なブーツストラップ式による静止軌道エレベーター(作中では「軌道エレベータ」。以下OEVと略記)を計画し、基礎理論に忠実なプランを進めるのですが、物語中盤で破壊されます。そこでいったん捨てたオービタルリングシステム「パンジャンドラム」の建造案へ方針変更します。
 パンジャンドラムは、高度600kmに磁性流体の循環で構造を維持するリングを設け、カーボンナノチューブと「疑似ダイヤモンド結晶繊維」製の2重のピラーを東京に吊り下ろし、「スパイダー・トレイン」が昇降する構造です。東京には「摩天楼都市<朱雀>」という1000m級の超高層建築物が造られており、ここを地上基部に利用します。リングはポール・バーチ、ピラーはB.C.エドワーズらの理論に基づいていると思われ、当サイトの定義に従うと3.5世代モデルになります。『銃夢』(木城ゆきと作 集英社、講談社)とほぼ同じですね。リングでピラーを支えるのは大変でしょうが、既存の理論に従っており、詳しい人は「ああ、この手でいくのか」と思うでしょう。
 で、リングを造ってから、地球に輪投げするようにかぶせるのですが、直径4万3771kmの輪っかの動かし方が判然としなかったり、「接合部を自在に操れば、エレベータ自体を望む都市の直上に持って行ける」(347頁)というのが、作中の説明だけでは不可能なはずだったりと、疑問点も少なくありません。それに、リングまで病人を宇宙へ運ぶのはいいけど、十分な医療設備や備蓄が整っていて長期滞在できるのでしょうか(私の読み解き不足なら公式にお詫びしますので、ご指摘ください)。
 しかし、全体的に物理的破綻や致命的な矛盾はないようです。『楽園の泉』『まっすぐ天へ』など、OEV実現がメインテーマの作品を、私は「建造もの」と呼んだことがあるのですが、本作は交渉ごとから技術的課題のクリア、建造開発、初運用まで、トータルプランを扱った久々の「建造もの」と言えます。
 惜しむらくは、非常に大事なファクターを避けている。参考文献に『まっすぐ天へ』が挙げてあり、強い影響を受けていることがうかがえます。「ゆくゆくはカーボンナノチューブ製の巨大なネットを造り、デブリを丸ごと駆除できる」(267頁)というくだりは同作のアイデアを拝借したものでしょう。にもかかわらず、最大の問題である「運用中の人工衛星との衝突」に触れていない。
 本作はマザーズ・タワーの真の目的を伏せつつ、強引に計画を進めるので、世界中の国々や企業から「うちの衛星の邪魔になるからやめんか」と反対されないはずがない。『楽園の泉』が書かれた頃とは宇宙の利用環境も違うし、「1人の女性のため、どんな困難も乗り越えてOEVを実現する」というテーマ性から言っても、触れずにスルーしていい問題ではないと思うのです。
 世界観に沿う解決策が見つからなかったか、字数を割く余裕がなかったか、あるいはその両方なのでしょう。どのみち片付ける課題にあまり寄り道してられませんが、『楽園の泉』以降の科学的所見を取り入れた意欲作であるだけに、少々ずるい気もするし、残念でもあります。
 反面、こういう視点は大事だよなと感じたのが、

 軌道エレベータは、富裕層専用の"ノアの箱船"に他ならないのだ(202頁)
「軌道エレベータはリッチマンしか昇れない虚飾の塔でしかないわ」(300頁)

といった批判です。実際、OEVは十分な数がないと貧富の二極化を加速させるだけでしょう。オイシイことばかり吹聴するのはフェアじゃない。これからの「建造もの」には、こういう見方をどんどん取り入れ、乗り越える知恵をシミュレートして欲しいものです。本作の場合は、最初から女性1人の専用車ができりゃいいというのが本音ですが。


2. ストーリーと人物について
 宗教団体が信仰のためにOEVを造るお話かと思っていて(OEVの実現主体として、宗教団体は有力候補だと考えているので)、発刊当時から気になっていたのですが、読んでみたらだいぶ違ってました。とはいえ「惚れ込んだ女のため」というのは立派な動機ですよ、うん。

 末期患者の子供たちを看取る、通称「マザーズ教団」代表の葵飛巫女(あおい・ひみこ)は、跡目を譲り勇退するのですが、実はアルツハイマーに似た原因不明の病にかかっており、宇宙であれば病状が改善する可能性がでてきます。この病気は全地球的に増加傾向にあり、物語のキモでもあります。
 金儲けに長けた商売人、「電脳技師」、特殊部隊出身の元軍人、医師の4人の男が飛巫女とかかわりを持ち、心奪われ、依存するようになります。日々弱っていく彼女を宇宙へ安全に運ぶため、彼等はマザーズ・タワーの建造を決意します。4人とも突出した才覚の持ち主ですが、社会集団になじめないアウトローで、異性へのトラウマを抱えているようです。特に、やたら虚勢を張る商売人の飛鷹昭人はそれが顕著で、

 「女に心など許したりはせん。これまでさんざん裏切られてきた。もう二度と信じるものか。
 あんな騒々しい生き物は2次元の中だけで十分
(215頁)

3次元の女に何をされたんだお前は。また技師のイスマイル・ナンディは少々マゾ気質もありそうです。4人ともエディプス・コンプレックスというか、母性愛や、自分を律して戒めくれる存在に飢えていたのであろうことが、言動からうかがえます。

 一方、彼等を虜にした葵飛巫女。教団で慈母師(グランマ)と呼ばれていますが、どういう育ち方したら、こんな高飛車な女ができあがるのか? ズケズケと相手を挑発しながら、弱さやエゴをチラリと見せつける話術で、他者をコントロールする達人。また量子コンピュータを使って「予言」をしたり、教団の防衛のため武力行使をいとわなかったりと、気持ちだけでは何もできないことを知悉している策士でもあります。
 こういうプラグマティストのキャラは好き。。。なはずなんですが、飛巫女の場合は上品っぽく振る舞っても、なぜか妙にはすっぱな印象を受けました。病で弱っても打ちひしがれたところを見せず、毅然とした人物には描けている。代わりに、慈母師と呼ばれる割には「慈」が見えない。飛鷹たちの献身ぶりの方が、慈愛の深さが表れていました。
 私には、飛巫女が男たち4人と本質的に同じ種類の人間に見えます。常に飢餓感を抱え、「足を知る」ことがない。自分の中に規範を設定することが下手で、何か・誰かの「ため」、あるいは「せい」でないと立ち位置をつくれない虚勢家なのではないか。飛巫女のテンプレートな言動は、そう解釈した方が心理を追いやすいんですよね。性格設定とは異なるでしょうが、そんな印象を受けました。

 さて、そんな飛巫女のため、男4人は金策とネゴ、技術開発、戦闘、彼女の治療という役割を分担し、マザーズ・タワーを計画。ハッタリかまして有力者を抱き込み、資源の強奪もいとわず、紆余曲折の末に建造までこぎつけます。飛巫女の掌の上で転がされているようでもありますが、惚れた女に身命を捧げるのに、何の遠慮が要りましょうか。飛巫女は飛巫女で、男を4人も手玉にとって、慈母というより女王様です。ああっ、私のこともビシッと叱ってくださいグランマ! (´д`)


3. 軌道エレベーター愛を感じます
 全体として、アニメ化でも意識しているかのような、派手な戦闘シーンやメカアクションが多い展開です。OEVの奥深さをひもといて読者を引き込むのは『楽園の泉』がやってしまってるので、別の持ち味で勝負しているのでしょうか。青臭い雰囲気は好みではないし、余剰次元や地球外生命など、やや詰め込み過ぎの感もあるのですが、読んでいてひしひしと感じます。著者の軌道エレベーターへの情熱が。

 「なあに、きっと簡単でしょうよ。スリランカを南方へ700km移すよりはずっと易しいです」
 「『キトの郊外に直径400mの穴を掘って"ビーンストーク"をホールインワンさせるよりもな』(252頁)

オービタってるじゃないかお前ら! こういう遊びのほかにも節タイトルに『カーリダーサの塔』『ビーンストーク』などと付けたりしています。著者は『SFマガジン』のコラムで、『楽園の泉』をベストSFに挙げており、「自分の『楽園の泉』を書きたくて、こんな作品を世に出したんじゃないのかな」と思いました。そういう気持ちが行間からにじみ出ていました。

 OEVのアイデアは、SFの世界ではもはや古典に属すると言っていいでしょう。今後、OEVをメインガジェットにして個性豊かに描くにはどうすればいいか、制作者は新たな思案を求められる時代になったとも言えます。そんな中で、原点回帰しつつも独特の展開を織り込んだ本作は、貴重な1作かも知れません。

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