ルパン三世
11章第7節のエレベーター編(上)
原作 モンキー・パンチ 作画 山上正月
双葉社(2012年)
あらすじ 窃盗の犯行中に言語が混乱するという事態に遭遇したルパン三世は、テレパシーの研究に興味を抱き、研究の鍵と世界を制するという「聖なる武器」を手に入れるため、謎の軍隊に占拠された軌道エレベーター「アザムスゲート」に忍び込む。人気コミックの最新長編。
間もなく新しいTVシリーズも始まるルパン三世。天下の人気作に軌道エレベーターが登場しました。いやいや面白かったよ、教えてくれてありがとうO澤君! 本作はまだ未完で、普段このコーナーでは作品に最後まで目を通してから取り上げるのですが、今回はTV新シリーズ開始記念ということで、例外的に扱ってみたいと思います。
1. 本作に登場する軌道エレベーター
本作でルパン一味は、さる資産家の女性からの依頼もあり、軌道エレベーター「アザムスゲート」へ潜入、宇宙へ向かうことになります。その辺の理由づけがいまいち説明不足気味で、上述の「あらすじ」は少々こじつけて要約したのですが、後半で明らかになるのかも知れません。
さてこのアザムスゲート、アフリカ北部の「ニジアリア共和国」に「地上基点=アースステーション(ページによっては「アースポート」の表記も)」と呼ばれる地上基部があり、ここから宇宙へピラーが伸びているのですが、最初に設定の致命的欠陥に触れておきましょう。一番てっぺんの「最上階」が高度約3万6000kmの「スペースポート」。そう、この軌道エレベーター、静止軌道で終わっててカウンターマスがない。これじゃ物理的にありえない、どういう原理で建ってんだよう! と言いたくなりますが、後述する理由から、マジメにツッコんでいいものやら首肯しかねます。作品がまだ未完なので、現時点では「おかしいんじゃね?」 というのが精一杯ですが、この点ばかりはどうこじつけた説明をしても、無理があり過ぎる気がします。辻褄を合わせることもできないわけじゃないので、後半で説明がなされれば報告します。
しかしこれさえ除けば、細部に疑問点はあるものの、設定は非常に凝っていて丁寧な仕事を感じます。ピラーは円筒と六角柱を基本ユニットにしてつなげたようなデザインで、なかなか美しい。途中にたくさんの中間施設があり、多くは昇降機が交差する待合所の役割を果たしています。このうち高度500kmのステーションには、iPS細胞の研究をしている生物化学関連の施設があり、峰不二子が科学者を装ってここに潜り込んでいます。当サイトの定義では第2世代モデルに分類されますね。こうした設定画を3DCGデータでモデリングしてつくっているらしく、アザムスゲートの外観が登場するシーンは非常にダイナミックです。『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに似ていると感じるのは私だけでしょうか。ちなみに全体の運用を人工知能が司っています。
また作中の運用などの描写も、たとえば研究施設での重力が無重量なのか低重力なのか、漫画だと判然としないものの、好意的解釈をすれば大きな矛盾はなく、全体としてよく出来ていると感じます。特に面白いのは、ルパンが高度50kmの施設に侵入するために、スペースシップ・ツーを意識したようなサブオービタル機を使い、機体からヘリウム気球を放出してアプローチするというくだり。(気球がパージ後に相当減速していると受け止めれば)相対速度差をよく心得ているし、高度50kmで気球からエレベーターへ綱渡りみたいな真似をするのも、新鮮味があるシーンで見ごたえがあります。
その気になればツッコミ所満載ですが、全体としてよく練られていて楽しませてくれます。なお作中では、世界統一国家を目指すテログループ「117」がアザムスゲートを掌握し、エレベーターの「天上に掲げられた聖なる武器」を手にして、何かを企んでいるようですが、詳細は続巻で明らかになるのでしょう。
それはいいのですがこの作品、呼称が「軌道エレベーター」と「宇宙エレベーター」が混在して一貫性がない。編集者はチェックしてないのだろうか? 軌道に統一してください。
2. ストーリーについて:ルパン三世はSFと相性がいい
私の読んでいるのは本当に『ルパン三世』なのだろうか? 最初の30ページくらいで自信を失いそうになる1作です。何しろこの作品では、ネコが人語を解するのである。
「俺たちネコには人間の話す意味が何となくわかる」(32頁)
わかるのか、何となく!? しかもそのネコたちはかつて「警察ネコ」部隊を構成していて、ルパンに敗北して用済みにされたんだとか。カバーにも次元と同じくらいネコが大きく描かれとる。こんなメルヘンな世界に登場する軌道エレベーターの科学的整合性を、生真面目に検証してツッコんでも、こっちが痛い奴扱いされるだけじゃないか! (´Д`) というわけで、前節では毒舌が鈍った次第です。
本作のサブタイトルは旧約聖書「創世記」の一節を指しており、以下のようなもの。
さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、
互に言葉が通じないようにしよう(日本聖書協会『口語訳旧約聖書』より抜粋)
人々が天に届く塔を建設しようとしたところ、神様が彼らの言葉を乱して散り散りにさせてしまったというエピソードで、その町の名が「バベル」。あまりにも有名なお話であり、現代では "Babel" という単語がそのまま「混乱」の意味を持つほどです。そして軌道エレベーターをひもとく時、バベルの塔が引き合いに出されるのは、もはやこの分野の常識と言っていいでしょう。
本作はこのエピソードになぞらえるように、人間同士で言語理解が不能になったり、逆に動物の言葉が理解できたりというトラブルが頻発します。おそらくは、アザムスゲートの最上階にその原因に関係した何かがあり、クライマックスでは「117」がそれを発動させ、人類を言語の混乱によるパニックに陥れるのでしょう。
。。。で、この混乱によりネコたちが喋れるようになるんでしょうね。擬人化された動物というのは、得てして人間の内面を過剰に美化したアナロジーであり、人間社会を皮肉る役回りを演じるものです。おそらくは、本作のネコたちは滑稽にパニクる人間を出し抜いて活躍するに違いない、うーむ。
しかしネコは置いといて、実はルパン三世という作品は、SFと非常に相性がいいのだと私は考えます。ルパンは大して物欲もなさそうだし、窃盗を働くのは、目標を設定し達成するゲームを楽しんでるんでしょう。単なる愉快犯ですが、そうしないと義賊っぽく描けなくて安っぽいキャラになってしまうという一面もあるに違いない。
それがなぜSFと相性がいいのかというと、こういう怪盗モノとでも言うべきジャンルの主人公は、自然と「話題性のあるモノ、新しいモノが好き」という嗜好を持つ。だから話が続くうちに「未知の力を秘めた超古代文明の秘宝」とか「新しい知識やエネルギーを凝縮した新装置」などが登場することが多い。
つまり彼らを動かすのはスリルや冒険心、そして「未知への好奇心」であり、それはSFファンに通じる精神だと思うわけです。現にルパン三世は、劇場版第1作でクローン技術、『DEAD OR ALIVE』ではナノマシンなど、肝になるネタに最新科学などが取り入れられています。そして軌道エレベーターという天に伸びる塔は、ルパンのようなチャレンジャー型の主人公にとって、いかにも「俺が制覇してやるぜェ」的なガジェットです。そう考えると、本作に登場するのは時間の問題だったのかも知れません。最初はびっくりしたし、ツッコミどころ満載なんだけど、そういう部分も一緒に楽しむべき作品ですね。
3.ルパンにはもう実体がない
押井守監督は、幻となったルパンの完結編で「ルパンは存在しなかった」という哲学的?なストーリーを提案して没になったんだとか(Wikipediaより)。この見出しで言っているのはそういう意味ではないんですが、本作を読んで「ルパンもただの"器"になったんだなあ」と改めて実感しました。「お前本当は四世か五世なんじゃないのか」と言いたくなるくらいの長寿シリーズですが、現在は色んな制作者が色んなルパン像を描いています。最近じゃコナンと共演したり、久々に実写映画化されたりしてますし。今やルパンのイメージは作品ごとにアップデートされ、私が子供の頃に刷りこまれたルパン像じゃないのですよね。
色んなアメコミヒーローや007シリーズが刷新されていき、日本でも腐女子に人気だという『ヤング・ブラックジャック』などの例を見ても、古典的名作コミックの人物像が、時代にアジャストした姿になっていくのは宿命のようです。こういうライセンス生産みたいなやり方は、今や珍しくなくなりました。
つまり、ルパンというキャラクターや作中の世界観は、作品ごとに多彩な酒が注がれる器と化し、代わりに確たる人物像が失われていった。スケベで意外とインテリで、無欲な義賊という角の取れた残滓がかろうじて器の底に残っているという印象を受けます。もう実体がないから作者や演者により変更の余地が生じ、長く受け継がれていくことが可能になるわけですね。これは商品として必然的な生存戦略なのでしょう。
ちょっとさびしくもあるのですが、もちろん今後新たなルパンも誕生しうるわけで、軌道エレベーターが登場し、ネコが会話するという本作も、そういう新境地を開いた意欲作と受け止めましょう。久々に出会った『ルパン』に、色々なものを感じた1作でした。
そんな本作ですが、次巻の発売日は「某年某月吉日」だそうです。決まってんの吉日だけかよ!もう受け狙いでやっとるとしか思えん。早く出してもらえることを待望しております。