半透明記録

もやもや日記

ジェラルド・カーシュ 3つの短篇

2009年02月15日 | 読書日記ー英米

ジュディス・メリル編 吉田誠一訳(創元推理文庫)



*「不安全金庫」(『年刊SF傑作選3』所収)
*「カシェルとの契約」(『年刊SF傑作選4』所収)
*「遠からぬところ」(『年刊SF傑作選6』所収)

《この一文》
“ひょっとすると、ぼくの仲間のうち一人ぐらいは、平和と静けさが訪れるまで生きのびられるかもしれない。平和な時代など、ぼくは知らない。だが、いつかそういう時代がやってきて、だれかがこんなことを言うかもしれない――「子供らよ。当時われわれは手榴弾を投げ合っていたのだ、今おまえたちがボールを投げ合っているようにね。そのころ、マーティンという少年がいて、勇敢に戦い……」
 そうなるかもしれない。そうなってほしいものだ。人がほんとうに存在するのは、思い出されるときだけだ。ぼくは全力を尽くして、みんなといっしょに戦ったのだ。死んだ仲間のもとへ行かなければならない。だが、暗闇のなかで、ぼくだと分かるだろうか。」
     ―――「遠からぬところ」より ”



ジェラルド・カーシュの短篇3本。
最近とっても気になっている英国の作家 ジェラルド・カーシュの作品を読みたくて、あれこれと探ってみました。どうやら、私がこれまでに読んだ短篇集に収められていた作品以外にも、いくつかの作品が古い本や雑誌に掲載されていたらしい。そこで早速、図書館で借りられるものから借りてきました。

『年刊SF傑作選』というアンソロジーのシリーズが、かつて創元推理文庫から出ていたようで、そちらにカーシュの3つの作品が収められています。カーシュという人は、作品によって随分と雰囲気が変わる人だなと漠然と感じていた私ですが、この3つの短篇もやはりそれぞれがだいぶ違った印象を与えてくれました。


まずは「不安全金庫」。
ピーター・パーフレメントはかつて原子物理学の分野でちょっとばかり名を馳せたこともあるが、老人となった現在は諜報部から目を付けられている。そんな身の上になったのは、彼がかつて「弗素八〇+(プラス)」という物質を作り上げたことによると言う。「弗素八〇+(プラス)」は寒天のような固い灰色の物質で、潜在的には、天体の衝突に匹敵するエネルギーを有している。潜在的には――。つまりほとんどあり得ないような「ある条件」が揃わなければ「弗素八〇+(プラス)」はその能力を発揮しないのであるが、ちょっとした手違いからその条件が整ってしまい………というお話。

パーフレメント卿が間抜けで可笑しいのですが、結末にはどことなく哀愁が漂います。地球が吹き飛んでしまうかもしれない危機を回避できるのかという焦燥感を煽らるのですが、思わぬ地味な結末が皮肉です。結構面白かった。


次に「カシェルとの契約」。
主人公アイラ・ノクスンは物書きで、金に困っている。原稿料を前借りしようと考えて、小型パルプ雑誌を刊行する経営者兼編集者であるモーン・カシェルに会いに行く。そこで、新しい小説用のネタを披露しながら、アイラはカシェルに「俺の5年分の時間を売ろう」と吹っかけ……というお話。

これは要約するのは難しいです。主人公はカシェルと「時間を切り売りする契約」を結びます。読んでいる間は「なるほど、なるほど」と楽しく読みましたが、落ち着いて考えるとサッパリ意味が分かりません。なんか騙されているような気がする……。詐欺的小説。でも、読んでいるうちはそれに気が付かないというか。繰り返し読むとカラクリが見えてくるかもしれません。いずれにせよ、カーシュらしい絶妙な語り口によって、ぐいぐいと引き込まれる一品。特に、アイラのネタのひとつとして披露される「未来を夢見る少女と過去に憧れる老婆の話」が面白かったです。


最後に「遠からぬところ」。
あとひと月で15歳になるマーティンには家もなにもない。その夜、彼はゲリラ部隊に加わっていて、彼は自由民のひとりだった。平和を知らず戦闘の中に生きる彼には、満15歳になる日は訪れず、あしたか、あさってには、名前も忘れ去られてしまうだろう……というお話。

初っ端から恐ろしく暗いです。どうやらこの世界では長らく戦争状態が続いているらしく、若者たちには家も家族も希望もなく、しかしそれでも果敢にゲリラの使命を果たそうと命を懸けている。この夜は、敵の弾薬倉庫からダイナマイトや導火線や雷管をとってこなければならない。最後までひとつの笑いどころもなく、夢も希望もないまま、しかし若者たちの切実さと優しさだけがほんの瞬間だけきらめく物語です。ただ死んでいくだけの世界にあっても。
こういう悲しすぎる物語をあっさりと語ってしまうところがジェラルド・カーシュの魅力です。何も大げさなことを言わなくても、その激しさは痛いほどに伝わってくるのでした。この人は愉快で軽妙でありながら、同時に深刻で誠実で、喜びと同じように悲しみを見透す目を持っているようです。不思議な人なのですね。


というわけで、『年刊SF傑作選』に収録のカーシュ短篇は、なかなかバランスのとれた品揃えだったかと思われます。私はさらに、昔のミステリマガジンに載った短篇も地道に探してみるつもりです。
ついでに、この『年刊SF傑作選』は、ほかの収録作品も面白いので、がんばって全部読みたい! 再版されないかなあ。




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