半透明記録

もやもや日記

『バビロンの王女・アマベッドの手紙』

2006年06月06日 | 読書日記ーフランス
ヴォルテール作 市原豊太/中川信訳

《あらすじ》
千一夜ふうの恋物語の中でフランス社会を風刺した小説と、書簡形式をかりてキリスト教を批判した短篇。ともにフランス特有のエスプリがきいた好篇。


《この一文》
” それはこの世で最も正しい、最も洗練された、最も英邁な君主であった。民衆に農業の尊さを教える為、眞先に小菜園を手ずから耕したのはこの皇帝であった。帝は初めて有徳賞を制定した。恥ずべきことだが、ほかのどこの国でも法律は犯罪を罰するだけにあるという有様であった。この皇帝は外国人僧侶の一団をその頃彼の国土から追放したばかりであったが、この連中はシナ全土に彼らと同じ考えを持たせようという呆れ返った望みを抱いて西洋の果からやって来たもので、真理を知らせるという口実のものに、既に富と尊敬をえていた。皇帝は彼らを放逐するに当って、帝国史に記されている次の言葉を、彼らに述べた。
 《汝らはよそで行ったと同じ悪を当地で行う恐れがある。汝らが来たのはこの世で最も寛容な国民に非寛容の教義を説く為だから。私が汝らを送り返すのは、汝らを処罰せねばならなくなるのを避ける為だ》
  ーーー「バビロンの王女」より  ”


ヴォルテールという人は闘う啓蒙の人だったそうです。たしかに、ここに収められた2つの物語からもその批判精神というものを強く感じることができました。しかし、ところどころに強いメッセージをこめつつも、物語自体として非常に美しく、また楽しいものに仕立てているところが、この人の凄いところです。「バビロンの王女」は久しぶりに私を夢中にさせました。なんという面白さでしょうか。そう、私はこういうのが好きなのです。

「バビロンの王女」は、バビロンの美しいフォルモザンド姫と、ガンジス河の東の岸にあるという伝説的な国ガンガリードの若者アマザンとの、世界中を駆け巡る壮大な恋の行方を軸に、世界各地のさまざまな国の政治と宗教、社会体制の批判、評価などを盛り込んだ密度の濃い物語になっています。
とにかく描写の華麗さにはうっとりです。とくに、美しい姫さまを貰い受けるために開かれた3人の国王たちの腕比べの場面は素晴らしい。物語の冒頭としては、最高です。私は心を鷲掴みにされました。言葉を話す美しい猛禽が出て来たりもしますし。実にロマンチック。

登場人物もなかなか面白い。まず、主役のお姫さまからして、逞しい。いやらしいエジプト王に迫られるという窮地を脱すべく、策略の一部として王女はエジプト王に接吻を与えるのですが(あとで「騙すためには仕方なかった、私は無実です。というかむしろそれこそアマザンに対する愛の証拠」というようなことを言ってます。とても現実的な人)、一方、姫さまの様子を覗き見るために遣いにやったツグミ(鳥。ガンガリードは動物も言葉を持つ国)から、その接吻の事実を聞いたアマザンはショックのあまり放浪の旅に出てしまいます。「王女に貞節とは何かを知らしめるため」と言って世界中の美女に誘惑されても「私には愛する人がいますから……」と言って拒絶します(注:この時点でアマザンはまだ姫の愛を知らず、片思い同然であるところがポイント)。ふふふ、いいですね、思い込みが激しくて。そして、王女は、そのように自分のことを愛するが故に傷付いてさまようことになった恋しいアマザンをどこまでもどこまでも追いかけることになるのでした。貞節を守り抜くアマザンとそんな彼に恋情を一層燃え上がらせるフォルモザンド姫。それなのに、アマザンはついうっかりあんなことになってる現場を姫に目撃されてしまうのでした………姫さまは激怒、今度はアマザンが許しを乞うべく姫を追います。あー、面白い。私は恋愛小説にはほとんど興味はありませんが、ここまで勢いがあるものなら好きですよ。こんな感じで、基本的にはこの二人の追いかけっこに終始します。

この恋愛物語の間に、彼らが途中で訪れた世界中の国々についてのお話が挟まっているというわけです。これがまた面白い。あまりに面白かったので、私は苦手な世界史や古代の地理について勉強してもよいという気にさえなりました。本当は引用したいところが沢山あったのですが、多すぎるので、上の一文のみにおさえました。清の世宗皇帝のことだそうです。実際に耶蘇会士を追放したらしいです。実際はどうだったのかわかりませんが、この通りだとしたら凄いですね。自分が絶対に正しいと訳もなく信じていて、それを他人にも当然のごとく押し付けようとしたり、正義の名を借りて自己の欲望を満たそうと相手をそれらしく説得させようとすることはよくありますよね。そういう勢力に確固たる意志をもって、しかも理性的に平和的に立ち向かうことのできる人間は、なかなか得難いのだろうなあ。


「アマベッドの手紙」は、ベナレスに住むアマベッドとその妻から波羅門の大士シャスタシッドへ宛てた手紙の形式をとったキリスト教批判の物語です。もうとにかく批判的です。生々しいです。お話としては、派手な「バビロンの王女」のほうが私の気に入りましたが、こちらもやはり興味深い作品には違いありません。

いやはや、面白かったです。ついでに色々啓蒙もされた気がします。おそろしいですねー、ヴォルテールは。なんで今までこの人の作品を読まずに来られたのでしょうか、不思議です。『カンディード』も読まなきゃ。久々の大ヒット。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ヴォルテール (kazuou)
2006-06-06 19:41:19
『バビロンの王女』僕もこの作品大好きです。まさに壮大な「恋のすれちがい」。悪のりといっていいぐらいの奇想天外な展開が楽しいです。

『カンディード』もこれに劣らず楽しい作品ですよ。
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ですよね~! (ntmym)
2006-06-06 21:28:15
kazuouさま、どうも~。



これは、ほんとに奇想天外で楽しいですねー。そして、展開が滅茶苦茶に速いところも気に入りました。登場人物たちの気性の激しさも良かったし。100頁ほどの短い物語のわりに、盛りだくさんですよね。何度でも読みたい感じです。



『カンディード』は、これまでに買うべきかどうかを悩んで何度も書店で手に取って、中をちら見もしたのに、なぜか買わなかったんですよねー。バカだなあ、ほんとに。反省して、さっそく注文いたしましたよ。ああ、はやく読みたい!
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