石黒正数(少年画報社)
《あらすじ》
ここは下町・丸子商店街! この、一見フツーの通りに存在するメイド喫茶「シーサイド」。重厚な服が何げに似合うバアサンと女子高生探偵に憧れる天然少女・嵐山歩鳥が繰り広げるメイドカフェじゃない、メイド喫茶コメディー。
《この一文》
“「犯人じゃなかった。巣に帰れ」”
アニメ化もされた『それ町』。アニメの方は、私は1話分だけ観たことがありますが、原作の方は、最新刊の9巻まで一息に読んでみました。面白いよ!
喫茶と言えば、メイド。いまや定番中の定番設定です。
しかし、アニメ版を観た時には私は、喫茶シーサイドのメイドさんの中に、老女が混じっているので、いったいどういうことなんだろう?? と激しく疑問を感じていたのですが、原作を読んで謎は解けました。なるほど、メイド萌え狙いの物語では全然なかったぜ。いや、1話だけ観たエピソードからも、萌え要素はまったく感じられないコメディーだとは分かっていましたがね。まあ、ともかく、漫画の方は猛烈に面白かったです。アニメもなかなかいいらしいので、そのうち全部観てみることにします。
さて、物語は、丸子商店街という下町の小さな商店街を舞台にしており、主人公の歩鳥(ほとり)を中心に、毎回さまざまな事件が巻き起こります。扱われる題材もさまざまで、しみじみとした思い出話もあれば、推理ものもあり、青春のひとこまも描かれれば、ちょっと不思議なSF短篇まであります。物語の幅の広さと、キャラクターの魅力が素晴らしく、私は特に前半の4巻あたりまでは大爆笑して走り読みしました。
第7話の「宇宙冒険ロマン」(第1巻所収)は、かなりツボッた。木星に探査船が送り込まれ、乗組員のスティーヴとジョージは船内から荒涼とした木星の表面を観測しています。すると、モニターの前に人型のなにかがトコトコやってきて……というお話。木星探査のクルーが置かれた状況と、嵐山家の子供たちの遊びの光景がリンクした、ロマンあふれる良く出来た1篇です。とにかく木星人が可愛くて、悶絶いたしました。
それから、第30話「メイド探偵大活躍」(第4巻所収)にも大爆笑でした。ひー、ひー! 笑い死ぬ!!
推理小説が大好きな歩鳥。ある日喫茶シーサイドにどこか見覚えのある不審な男性客がやってきて……というお話です。歩鳥の天敵は、町を熱心に巡回するお巡りさんで、そのお巡りさんとはことあるごとに対立しているのですが、お店に来た客を指名手配犯だと怪しむ歩鳥は、いよいよ宿敵警官と手を組み、電話番号やメールアドレスまで交換するのです。しかし、その顛末は…笑えます。あー、これは面白かったな。うんうん。
そして、表題と同じ第13、14話「それでも町は廻っている(前後編)」(第2巻所収)は、アニメ版ではこれが最終話となっていたそうですが、このお話がおそらくこの作品全体の核となる事柄を描いているのかもしれません。タイトルの通りの物語です。
たとえば、自分がこの町からいなくなってしまっても、町はそれでも廻り続ける。そのことに歩鳥は気がつくのでした。作品を通して時々歩鳥の口から語られる彼女の願いは、「いつまでもこのままで、町のみんなが一緒に楽しく」。そうした美しい願いを抱きつつも、歩鳥も町の人々も少しずつ変わりながら、別離と終わりに近づきながら、それでも町は廻っていくのでしょう。
新しい第8、9巻あたりまでくると、初期の軽快さや能天気さは少々控え目になり、「確実に変わっている」雰囲気があちらこちらで描かれるので、私は寂しくなる。もしかしたら、この物語も終わりが近いのだろうか……うっ。物語の終わりは必ずしも別れではない。分かっているのだけれど、堪え難いな、実に。いや、まだ続くさ。
主人公の歩鳥は言うまでもなく、喫茶シーサイドの店主である磯端ウキさん(歩鳥が幼い頃から懐いているバアサン)、クラスメイトでバイト仲間のタッツン(辰野さん)、孤独な金髪美少女の紺(こん)先輩、嵐山家で飼われているタヌキ…じゃなくて犬のジョセフィーヌ(狸にしか見えないけど、犬であるらしい)、商店街のおじさん3人組、などなど、魅力ある登場人物が多いです。
私は、『それ町』に終わってほしくないですね。何でもない日常のなかに奇妙で愉快で不思議な非日常を見つけながら、歩鳥と同じように、いつまでもこのままで、みんなが一緒に楽しく……。はあ。
とりあえず、次の10巻を楽しみに待つことにするか!