近所のとある会社の玄関先には
でかい鯉が泳いでいる。
K氏は昨日の夕方に歯の詰め物が取れてしまったらしい。それで、今朝から隣駅の歯医者に行くというので私も一緒についていきました。駅でいったん別れて私は買い物を済ませます。隣駅は栄えているので便利なんですね。家を出た時は晴れていましたが、風が強くて、天候は変わりやすく時々雪まじりの雨がパラつきました。
最寄り駅へ向かう途中に、鯉が泳いでいる水槽が2つ(ある会社の玄関前通路の両脇に)あって、通るたびに私はちらりと観察しているのですが、ここの黒い鯉がものすごくデカイのでありました。でかいなー、どのくらい育てたらこんなにでかくなるのかな。しかも割と狭いこの水槽のなかで。うーむ、すごい。
鯉と言うと、私の祖父の家にもかつては鯉が泳いでいる池がありました。縁側から眺めていると、ときおり飛び跳ねたりするのが面白かったなぁ。
祖父の家は私の実家から歩いて5分くらいのところにあって、田植えや餅つきその他イベントでよく行ったし、祖父も大きな米袋をうちまで担いで持ってきてくれたりしたものです。そういうわけで、行き来は頻繁でしたが、実は私はあまり祖父とは話したことがない。祖父がどういう人だったのか、どういうことを話す人だったのかを、実を言うとよく知らないのでした。その祖父ももう亡くなりましたが。
ただ、私が幼い頃から見ていた祖父は、親族が集まっているときなども一人で黙ってお酒を静かに飲んでいて、いつも何かしら働いているせいか、体つきがとてもどっしりとした胴回りの太い人でした。割と若かった頃にはカブに乗っていたような気がする。もう少しあとになると自転車に。その後ろに病院に行くという祖母を乗せて、自転車を漕いでゆく祖父の姿を見たことがあるような気がする。そんな、寡黙な働き者という印象でした。
私にも、働き者だった祖父母の血が流れている。働いて、家族を養って、畑を耕し、庭木の手入れをし、池で鯉を育てて、そうやって地道に淡々と、粛々と日々を重ねていった祖父母のことを、鯉を見て少し思い出しました。私は祖父母のことをよく知らないままでふたりとも亡くなってしまいましたが、でも彼らから学べたことはどこかしらあるはずですよね。
粛々と、地道に、日々を重ねたい。
草木や動物を愛でたりしながら、その時々を確かに踏みしめていけるといいなぁ。