半透明記録

もやもや日記

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『ONE』

2008年07月17日 | 読書日記ー英米

リチャード・バック 平尾圭吾訳(集英社文庫)




《あらすじ》
コックピットに琥珀色の閃光がピカッと走った――。その瞬間、いままで視界にひろがっていたロサンゼルスの街が消えて、飛行艇グロウリーに乗り込んだリチャードと、妻のレスリーとの不思議な愛の旅が始まった。同時に存在するもうひとつの人生、自分以外の自分をかいま見るふたり。
鬼才リチャード・バックが、《パラレル・ワールド=併行世界》へと読者をいざなう、味わい深いファンタジー。

《この一文》
“まばゆい海の上、まばゆい空を飛びながら、コックピットには絶望的な思いが暗く、重くよどんでいた。これだけの知性をもった人類が、どうして戦争にひきずりこまれていくのか。戦争というものを、はじめて知らされたような気分だった。わたしたちは日々の暮らしのなかで、戦争の可能性を受け入れている。陰鬱な顔はしながらも、だ。そんな甘さが、その狂気をあらためて目のあたりにすることで、粉々に打ち砕かれてしまった。 ”

”「なぜなんだ?」とわたしはどなった。「大量殺人のどこがそんなに素晴らしいんだ? 人類は問題が起こるたびに、すべての敵対者を抹殺するしか能がないのか? これだけの歴史がありながら、もっと賢い解決法が見出せないなんて! これが人類の知力の限界なのか! われわれはいまだにネアンデルタール人なみなのか! 『オイラこわい、オイラ殺す』、そんなレベルなのか! 人間が……人間が……そんなにあさはかだとは、まったく信じられん! だれひとりとして……」
 いい尽くせない思いに、のどがつまった。  ”

“「平々凡々な人生に、つい流されてしまう、そんなつもりでいる人間はだれもいないが、現実にはそうなってしまう。自分の行為について、なんであれ、よく考え、自分にできる最高の選択をつねにしていないかぎり、流されてしまうんだ、と」 ”





昨日、ふと書棚の方を振り返ると、この本の水色の背表紙と目が合いました。どうやら読まなくてはならないらしい。だもんで、素直にこれを読みはじめた私ですが、あらすじにもあるように、とにかくこの物語はところどころで「愛」「愛」「愛」と連発するので、正直辟易しました。また「愛」か。「愛」がどうしたって言うんだ。「愛」ごときに何ができるって言うんだ。と、どす黒いものが込み上げてきそうで、3分の1ほどのところで、いったん中断しました。しかし次に気がついた時には、読み終えていました。そしてこの人の言いたいところの「愛」とは何なのかを、どうして私がこの物語を読まねばならなかったのかを、理解したつもりになっている自分を発見しました。さざ波のような余韻が私をひたしているようです。

あまりに楽天的すぎるのではないか、とは言えません。この人は「愛」と呼ばれるものの持つマイナス面にも目を向けつつ、なおかつそれを正しいあり方で認めたいと考えているようなのです。ついつい納得させられそうです。思わず信じてしまいそうになります。愛を。
もっとも、私を暗黒から(愛を疑うことが仮に暗黒だとして)引き上げ切るまでには至りませんでしたが、この人が言いたいことは理解できましたし、共感もしました。もしも、いつか誰もがこんな風に自らとそれを取り巻く世界を、人々を見つめ直すことができたら、想像もできなかったような新しい世界が生まれてくるかもしれません。そんなことを真剣に願いたくなるような、そんな物語でありました。そして、「真剣に願う」ということそのものの重要性を強く訴えられる物語でもありました。

物語は、呆れるほど仲睦まじいリチャードとレスリーが飛行艇に乗ったまま、何千兆分の1の確率によってもたらされる異次元との境界を超える事態に見舞われるところから始まります。彼等はそこで若い頃の自分たちにそっくりな人物、不幸な、悲しみに満ちた、あるいは無益な争いを克服し新しい幸福な可能性のなかに生きる、いずれも「自分の分身」である人々と出会うのでした。目を背けたくなる自身の心の奥底に直面させられたりもします。何でも可能と思えるまばゆい夢のような、あるいは無力感に打ちひしがれるばかりの失望のような絶望のような、今も同時に存在するはずの世界。そして、これまでには考えもしなかった世界に出会うたびに、ふたりは何かを学んでいきます。ひとつきりだと考えていた自分の人生の、ほとんど無限とも思える可能性に、そしてその時々の選択の重要性に気が付いていきます。人生を、生を、出会いを、知識を、破滅を、幸福を、破壊を、暴力を、希望を、別離を、死を。そこから何が学べるのだろう。何を学ぶべきなのか。

物語を彩る色がとても美しい。アイディアは透明な水晶だ、とか。なんにせよ、美しかった。水晶みたいだった。