半透明記録

もやもや日記

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【旅の記録】11月 8日(月) 雨 → 曇り

2004年11月23日 | 旅の記録
本日はプラハに別れを告げ、ウィーンへと向かう

9:40 ホテルを出て、プラハ中央駅へ

乗車の前に残りのチェココルナを使い切るべく、飲み物を買う。
「さようなら、プラハ!」などとひたっていたが、乗り場が分からない。
Y女史が窓口で聞いてきてくれたところによると、我々の乗る列車は Nadrazi Holesovice駅
から出ているという・・・??
よく見るとこの間貰った時刻表にも「METRO」の記載がある・・・おや?
ひょっとして移動ですか!?
今、コルナは全て使い切った・・・、発車まで30分・・・。
パニック状態で放心する私をよそに、Y女史が両替をし、駅の場所も教えてもらいと、
テキパキと段取ってくださった。
本当に立派なお方です!
その甲斐あって無事に Nadrazi Holesovice駅に滑り込みセーフ! おお~!

10:29 Nadrazi Holesovice → ウィーン南駅

大混乱を鎮圧し、無事車内に乗り込むと1等車輌は現代的なデザインだ。
これから4時間半かけてウィーン南駅に向かう。
プラハを離れると、車窓からはチェコの田舎の風景も見られた。
普通の住宅地や何もない平原や、プラハとは全然違う景色だった。
当たり前か。

13:00 昼食をとるため食堂車へ

男性(顔がかなり怖い)が1人で仕切っているらしく、なかなか席まで来てくれない。
メニューをもらってパスタを頼もうとすると、「グラーシュ、メキシコ!」と言う。
どうやらグラーシュとメキシカンライスしかないらしい・・・。
よって、メキシコ!のほうを頼んでみることにする。
食堂車の窓は大きくて気持ちがいい。

15:00 ウィーン南駅

到着後、地下鉄に乗り換えてホテルを目指す。
しかし、この乗り換えが大変だった。
国鉄の南駅と地下鉄の駅が300mくらい離れているのだ。
寒さに震えながら、大きな荷物を引き摺って、心細くなる。
道を尋ねながら何とか地下鉄まで辿り着いた。
それにしても、ウィーンの地下鉄は・・・。
エスカレータのところに貼ってあるポスターはビリビリと切り裂かれている。
まあ、東京だって同じようなものかもしれませんけど・・・。
プラハはもうちょっと・・・。
いえいえ! まだ着いたばかりですし!

今日から2泊する予定のホテル(AN★N★S 一応伏せ字)に到着。
駅のすぐ目の前にあるので助かった。
受付のお兄さんはところどころ日本語を交えて話す。
かえって分かりづらいような気もする。
日本人の利用が多いようだ。日本語のパンフレットをくれた。
客室はと言えば・・・、ああ、プラハが懐かしい・・・!
まあ2泊の辛抱(!)です。

気を取り直してウィーン観光をする。
もう暗くなっているので建物や景色はよく見えないが、ウィーンの街並は、プラハにくらべると
すっきり・のっぺりしている。
車の往来も激しく都会的だ。

18:00 大通り沿いのレストランで夕食

通りをぶらぶらと歩いていて目に入ったレストランに入る。
ガラス張りの明るいお店だ。
隣の人がシシカバブらしきものを食べているところを見ると、トルコ料理店なのか・・・?
久しぶりに魚を食べようということになり、二人とも焼き魚を頼む。
例によってものすごいボリュームだが、とても美味!
食事はいまのところ、どこで食べてもおいしい。

夕食後、歩いてホテルまで帰る。
レストランからは思ったよりも近かった。
まだ時間ははやく、今日はあまり動いてもいないのに、猛烈に眠い!
はやくに寝てしまう。
寒かったせいか、とても疲れた。
ホテルの部屋も寒い・・・。
どうなる、ウィーン観光・・・?

【旅の記録】11月 7日(日) うす曇り

2004年11月23日 | 旅の記録
プラハ2日目

今日は傘と雨合羽も持っていくことにする。
早めに朝食を済ませ、再び地下鉄にてプラハ城へ。
夜のうちに雨が降っていたようで、昨日よりも冷え込む。

昨夜は暗くてよく分からなかったが、プラハ城までの街並は大変な美しさだった。
まったくヨーロッパへやってきたという感じ。
昨日は坂道を上がったが、今朝は石段の方から城まで登った。
高台から見えるプラハ市街も美しい。
晴れていたと思ったそばから雨が降り出す。
どうも天気は変わりやすい季節のようだ。

プラハ城内の観光順路にうっかり入ってしまう。
通路が狭く、途中からとんでもなく詰まっていて閉口した。
暑い・・・。息苦しい・・・。
説明してくれる係の人がいるものの、チェコ語なのか、さっぱり分からない。
気を取り直し、聖ヴィート教会を見学する。
しかし、入り口はどこだ??
さまよううちに入り口は見つかるが、今日は12時から開場だという。
少し城の外を下って、お土産物を探すことにした。
カフカのパズルと琥珀のアクセサリーを購入。
楽しくなってきた。

空いた時間で昼食をとる。
グヤーシュというビーフシチューのようなものと、チェコ名物なるクネドリキという
中華饅頭の皮のような柔らかいパン。
グヤーシュはもともとはハンガリー料理らしい。
生タマネギが添えられていて、とてもおいしい。
クネドリキのほうはというと、これでもかと腹を膨れさす・・・。
く、苦しい・・・。
ようやくデザートが出されて、ホッとするのもつかの間、なんとそれはまたしても
クネドリキではありませんか!
フルーツを巻いて、ヨーグルトとブルーベリーソースがかかっている・・・。
もう限界です・・・。撃沈。

12:15 聖ヴィート教会

壮麗な建物である。ステンドグラスが美しい。
ガイドには必ず写真が載っているが、実際に目の当たりにするバラ窓は何とも言えない
色合いだった。
外が雨のせいもあるだろうが、教会内部はたくさんの観光客で混み合っている。
そのせいか、教会であるという感じはあまりしなかった。

プラハ城に満足したので、お土産屋さんを巡りつつ、カレル橋方面へ。
チェコビーズのアクセサリーや刺繍のハンカチが可愛い。
ついでに近所にあるという日本大使館の前まで行ってみる。
この旅行に出る前に『プラハの春』という小説を読んできていたのだ。
まさに「プラハの春」を題材にしたサスペンスなのだが、面白かった。
当時のチェコの置かれていた状況などが詳しく書かれていて、とても勉強になった。
主人公が勤めていたのはここかー。
思ったよりも小ぢんまりとしているなー、などとしみじみする。

有名なカレル橋を渡る。
想像していたより、幅が狭い。だが人(観光客)は多い。私もその混雑に貢献している。
日本へもやってきたフランシスコ・ザビエルの像もいるという話だったが、
どれだか分からず仕舞い。
橋の上から眺めるヴルダヴァ川は美しく、雨上りの空の青さに胸が詰まるようだった。
どういうきっかけだったか忘れてしまったが、ずっと来てみたかったプラハまで、
とうとうやってきたのだと、今頃実感した。
なんて、ちょっと大袈裟か。
でも、そうでもない。

15:30 ここで一旦Y女史と別行動をとることに

17時に待ち合わせて、ひとりでぶらぶらと街中を歩き回る。
プラハの街はどこを通っても、独特の雰囲気を持っていた。
ちょっと迷ってしまいそうな狭い路地を抜けたりする。

旧市街の本屋さんに入ってみた。
チェコの本は装丁が美しいときいていたので、よく見てみる。
意外と普通だな、と思いかけたところで、一冊の小さな本を発見。
中のページにまで工夫があってなかなか素敵だ。
面白そうなので購入する。
チェコ語なので読むことは出来ないが・・・。

つづいて国立マリオネット劇場まで行く。
今は『ドン・ジョバンニ』をやっているらしい。
それにしても人形の顔が怖い・・・。
お土産屋さんで売られている木製のおもちゃのネコなんかは愛くるしい表情だったのだが。
チェコの美意識は奥が深そうだ。

16:00 旧市街

カフカ記念館の前まで行ってみた。
閉まっているせいか、ちっとも目立たなくて、何度か通っていたのに見逃していた。

薄暗い路地をぐねぐねと巡りながら、行き当たった書店にいちいち入る。
夕暮れの街をただ歩くだけでも私は楽しかった。
迷子になったとしても、きっと喜んだに違いない。

17:00 Y女史と落ち合う

通りをぶらぶらしながら、TESCOという大型スーパーマーケットへ寄る。
地下1階が食品売り場で、大勢の買い物客で賑わっている。
ホテルの朝食で衝撃を受けた「ヨーグルト カカオ味」が沢山売られている・・・。
市民権を得ているようだ。
不味いとまでは言えないあの微妙なおいしさ・・・!
チェコの日常生活を少しばかりのぞくことが出来た。

18:00 大世界飯店にて夕食

これからしばらくは肉料理が続きそうなので、今夜は中華にした。
日曜の夜だというのにお客は我々のみ・・・静まりかえっている・・・。
私は興奮状態で水も飲まずに歩き回っていたせいか、どうも調子が悪い。
ちょっと目もまわっている。まずい。
コーンスープを飲むことにした・・・。
が、Y女史が頼んでくれた焼き餃子を食べることにより、驚きの回復を示した。
お酢だ! 偉大だ!
やっぱりいざというときのお酢だよね、とヨーロッパくんだりまで来て再認識する。
しばらくすると団体客が入ってきて少し賑やかになった。良かった。

20:00 旧市街を通り抜け、ホテルまで歩いて帰る

今日も疲れた。
明日の朝にはプラハを離れ、ウィーンへと向かう予定だ。
プラハは本当に不思議な魅力を持つ街だった。
いつかまた来たいと思う。
とても名残り惜しい。