仙台市歴史民俗資料館で開催されている『なつかし仙台2』を見に行ってきました。
戦前から昭和50年代の仙台を写真で紹介していて、なつかしいというか、田舎町の仙台がとても良く出ていて、私的には今の近代的スモール東京のような仙台でない、とても好感を持つことができました。
特に、進駐軍の兵士が撮った仙台は、私が進駐軍のいた川内に住んでいたこともあり、私が生まれたときには進駐軍は撤退した後なので見たことのない風景ですが、とても懐かしい感じを受けました。
仙台の年末年始の食べ物の展示もとても興味が持てました。
今は考えられませんが、バキュームカーの前は写真のように牛に引かれた糞尿処理をするおじさんが、各家庭を廻っていました。
糞尿を汲んでくれると、お礼に野菜を置いていくのですが、汲み取りの状況を見ていると貰った野菜を申し訳ないのですが、なかなか食べられなかったのを思い出します。
市電の写真は、花電車と言って、祝い事があると七夕のくす玉を作る和紙の飾りで、市電全体を飾り走るので、これを見によく西公園付近に行ったものです
この催し物を見た後、榴ヶ岡公園を歩いていると、1月だというのにこの陽気で木々が芽生え始めていましたが、まだまだ寒中なのにととても複雑な感じがしました。
仙台市歴史民俗資料館
なつかし仙台2
なつかし仙台2のパンフレット
仙台の年取り(なめたガレイが必需品)
仙台のお正月(このネギはなんだろう)
糞尿汲み取り
花電車(昭和51年の廃止直前の頃)
榴ヶ岡の木々の芽生え
戦前から昭和50年代の仙台を写真で紹介していて、なつかしいというか、田舎町の仙台がとても良く出ていて、私的には今の近代的スモール東京のような仙台でない、とても好感を持つことができました。
特に、進駐軍の兵士が撮った仙台は、私が進駐軍のいた川内に住んでいたこともあり、私が生まれたときには進駐軍は撤退した後なので見たことのない風景ですが、とても懐かしい感じを受けました。
仙台の年末年始の食べ物の展示もとても興味が持てました。
今は考えられませんが、バキュームカーの前は写真のように牛に引かれた糞尿処理をするおじさんが、各家庭を廻っていました。
糞尿を汲んでくれると、お礼に野菜を置いていくのですが、汲み取りの状況を見ていると貰った野菜を申し訳ないのですが、なかなか食べられなかったのを思い出します。
市電の写真は、花電車と言って、祝い事があると七夕のくす玉を作る和紙の飾りで、市電全体を飾り走るので、これを見によく西公園付近に行ったものです
この催し物を見た後、榴ヶ岡公園を歩いていると、1月だというのにこの陽気で木々が芽生え始めていましたが、まだまだ寒中なのにととても複雑な感じがしました。
仙台市歴史民俗資料館
なつかし仙台2
なつかし仙台2のパンフレット
仙台の年取り(なめたガレイが必需品)
仙台のお正月(このネギはなんだろう)
糞尿汲み取り
花電車(昭和51年の廃止直前の頃)
榴ヶ岡の木々の芽生え