気ままな歳時記

 気ままに日々の出来事を写真で綴っていきたいと思います。

『X(エックス)橋』(宮城野橋)

2009年07月20日 20時06分44秒 | 消える街並み
 通称『X橋』は,仙台駅の北にあり,東北本線を跨いで,広瀬通と二十人町と鉄砲町を結ぶ橋で,正式には“宮城野橋”と言いますが,上から見るとアルファベッドのXの字に見えることから,昔から『X橋』と呼ばれていました。

 1920年(大正9年)に建設された『X橋』(宮城野橋)は,当時としては高価なアスファルト舗装がなされ,仙台市内には舗装された道路がなく,他は広瀬橋だけが舗装されていただけだそうです。

 私が住んでいた近くの仲ノ瀬橋(昭和31年完成)も,小さい頃撮った写真から,まだ砂利舗装だったようです。

 現在の『X橋』は,広瀬通側の道が1本になってしまったので,Y橋と呼んだ方が正しい気がしますが,その『X橋』も平成21年度中に解体されてしまうそうです。

 戦前遊郭があった小田原から替わって,戦後は『X橋』付近が歓楽街になったようで,『X橋』を挟んで東側(駅裏側)がパンパン(娼婦)が多く立つ風俗街で,西側が米兵相手のバーやクラブが連なる飲み屋街だったそうです。

 私が小学生だった昭和40年代前半は,仙台駅の東口は‘駅裏’と言われていて,『X橋』付近には近づいてはいけない場所と思っていました。

唯一『X橋』に行くのは,橋の北側にあった“ヒロスポーツ”というスポーツ店に小学校,中学校の運動着を買いに行くためだけでした。

 その頃の『X橋』は,赤やピンクのケバケバしいネオンが昼間だというのに,何となく艶めかしく感じられたものでした。

 そんな,『X橋』を思い偲んでいるうちに,仙台在住の作家の熊谷達也さんの小説『いつかX橋で』(新潮社)を今度読んでみたくなりました。

 そう言えば,このブログを書いているうちに,『X橋』付近に25年前くらいによく行った“六四七(むじな)”という居酒屋のことを思い出しました。
 この店の“肉じゃが”が絶品だったのと,その店の常連の職場の友人で“おばけのQ太郎”に出てくるラーメン好きの‘小池さん’似のAさんと,温厚な主人の顔を急に思い出しました。

 駅側から鉄砲町,二十人町を望む


 東口から広瀬通り側を望む


 茨城県笠間市産の稲田石を使った石垣


 宮城野橋の跨線橋


 東口の南側に移転していた“ヒロスポーツ”


 X橋地図(昭和13年仙臺市全図より)