農業じゆう人

     健康を第一に無農薬で
          安心・安全・新鮮な野菜作りに励んでいます!

気象情報

2015年08月28日 12時15分20秒 | 世間
  そのお年寄りはいつも「空」を見上げていたそうです
  東京では切れ者の役人で通っていたハズなのに、郷里に戻ってからは‘雲の流れるさま’を
   眺めていることが多く、ご近所をいぶからせていたとか・・・?
  舞台は「兵庫県北部の小さな町」。 明治の終わりから昭和の初めにかけての話です
  その男性の名は“桜井勉さん”
   幕末に出石藩士の家に生まれ、新政府になってからは内務省に勤めたそうです。
   山梨や徳島の官選知事を務め、伯爵より上位の「錦鶏間祇候」(きんけいのましこう)にまで上りつめた
   聞きなれない官職だが、NHKの大河ドラマで“大沢たかおさん”が演じている
    「吉田松陰の義弟も任じられたと聞くと、地位の重さが何となく想像できるのでは・・

   一番の功績は内務省の地理局長時代に全国の自治体に号令して気象測候所を設けさせたこと
   計測値を集計し、台風がどちらの方向に移動しているのか!などを分析することで、
    翌日以降の天気が読めるようになった。 日本の気象予報の生みの親です
   それで退官してからも空模様が気になって仕方なかった!んだろうといわれている

   先の大戦中は、気象情報は敵軍を利するとして発表を禁じられていたそうです
   “夕焼けだから、あすは晴れ!” 人々は空を見上げる生活に逆戻りをさせられたそうだ
   東京で予報が復活したのは70年前の8月22日のこと
   その晩は「時々雨が降る見込み」との予報に反して「暴風雨」だったそうだ!

    当たらない天気予報は不要? でもないよりはず~っとましだ!
    当時の都民は皆もろ手を挙げて復活を歓迎したそうです。

   現代は2014年10月に「ひまわり8号」が打ち上げられ、今年の「7月7日」からは
    「ひまわり7号」に代わって本格運用を開始
    より正確に・鮮明にデータ等を分析でき気象情報は格段にアップしています。
   2016年には「ひまわり9号」の打ち上げも予定されており2022年から運用予定
    今でもアップしているものがより向上すると考えられています。
   
    このように先人の開発・力があってこその今ではないでしょうか
    ありがたいものとして感謝しています!