
(2016.04.16訪問)
お西さん西本願寺には過去二度訪ねていますが、お東さん東本願寺は一度も訪ねたことはなく前を通ったことすらありませんでした。
お東騒動や門主継承のいざこざなど宗家内紛など興味は無いし、別に西に対する東と云う意味での対抗心でもないのですが、江戸のタ
ヌキが絡んでいると云うことが、足を遠ざけた理由の一つかも知れません。
数年来続いていた阿弥陀堂の修復事業が昨年末完成したと云うことで訪ねることにしました。
東本願寺飛び地に渉成園という池泉回遊式庭園があります。このお庭は見事です。
真宗の一方の旗艦寺院、写真で凄さを感じて下さい、今日は無言です。
▼御影堂門。

[ 東本願寺 ]
●寺号 東本願寺(ひがしほんがんじ) 正式名称 真宗本廟(しんしゅうほんびょう)
●宗派 浄土真宗(じょうどしんしゅう)
●宗祖 親鸞上人(しんらんしょうにん)
●開基 教如上人(きょうにょしょうにん)
●開創 慶長八年(1603年)
●本尊 阿弥陀如来立像
▲拝観 境内自由 朱印 ありません。真宗寺院は何処とも無いようです。
▲京都市下京区烏丸通七条上る 電話075-371-9181
▲http://www.higashihonganji.or.jp
▲JR「京都駅」から徒歩7分
地下鉄「五条駅」から徒歩5分
市バス「烏丸七条バス停」から徒歩1分
▼御影堂門扁額。

東本願寺縁起 (東本願寺HPより抄出)
宗祖である親鸞聖人の門弟らが、宗祖の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第八代蓮
如上人は、その生涯をかけて教化に当たり、宗祖親鸞聖人の教えをひろく民衆にひろめ、本願寺教団をつくりあげていく。このことか
ら、当派では蓮如上人を真宗再興の上人と仰ぐ。第十一代顕如上人の時代に、石山合戦に敗れ大坂も退去。天正十三年本願寺は豊臣秀
吉により大坂天満に再興。さらに天正十九年京都堀川七条に本願寺現在の西本願寺は移転した。顕如上人没後、教如上人が本願寺を継
ぐも、秀吉より隠退処分をうけ、弟の准如上人が継職。その後も教如上人は活動を続け、秀吉没、慶長七年京都烏丸六条、七条間の地
を徳川家康から寄進される。慶長八年上野国妙安寺から宗祖親鸞聖人の自作と伝えられる御真影を迎え、阿弥陀堂建立。慶長九年御影
堂を建立し、新たな本願寺を創立した。これが当派本山である真宗本廟のなりたちであり、教如上人を東本願寺創立の上人とするゆえ
んである。
▼御影堂。向こうが新装阿弥陀堂です。

▼御影堂内。

▼御影堂外縁。

▼御影堂から御影堂門を見ると。

▼御影堂。

▼御影堂妻の黄金の光。

▼御影堂と阿弥陀堂を繋ぐ渡り廊下。

▼阿弥陀堂門。

▼阿弥陀堂。

▼阿弥陀堂内。

▼阿弥陀堂。

▼龍の水口。

▼鳩の行水。

▼鐘楼。

▼玄関門。

▼大玄関。

▼菊の門。

▼向拝の設え。

▼大寝殿。

▼最後に御影堂の勇姿。

阿弥陀堂の修復事業が昨年末完成し、御影堂と阿弥陀堂が並ぶ景観は壮観、修復された阿弥陀堂は、内陣の荘厳や内外陣の仕切り欄間
の調度はこれでもかと云う位凄いことになっています。いずれのお堂も勿論入堂可能で、熱心な信者の方がお参りをされています。
それでは池泉回遊式庭園「渉成園」へ行きましょう。
▲京都市下京区下珠数屋町通間之町東入東玉水町 電話075-371-9181
烏丸通から本願寺正面通を東へ二本目の間之町通に面して入園西門に受付があります。
入園料500円払ってください、豪華なパンフレットが戴けます。
▼ユニークな庭園北口門。いよいよ園内へ。

初めに渉成園のうんちく。
東本願寺の飛地境内地で十三代宣如上人が徳川家光から東本願寺の東側の土地を寄進され、詩仙堂を開いた石川丈山による作庭と云わ
れている池泉回遊式庭園。歴代の隠居所となり、現在の建物は明治以後再建。江戸後期の頼山陽はこの風趣を「渉成園十三景」として
紹介。昭和十一年仏寺庭園として国の名勝に指定されています。
頼山陽が紹介した「渉成園十三景」を歩くことにします。
▼スグ左手に小さな池に面して臨池亭(りんちてい)。

▼池向こうに小さな滝。

▼臨池亭とL字に並んで滴翠軒(てきすいけん)。十三景の一

▼小さな池から流れ出た小川、花菖蒲でしょうか水辺の景色です。

▼亀の甲井戸。

▼緑の中をぶらぶら、やがて園林堂(おんりんどう)。持仏堂です。

▼その隣に蘆菴(ろあん)。二階建ての茶室。

▼蘆菴前の春日灯籠。

▼園林堂の正面に傍花閣(ぼうかかく)。十三景の二

▼傍花閣の周りは桜の園、今はもう最後の八重が1~2本懸命に咲いています。


▼大きな池に出ます印月池(いんげつち)。睡蓮池と云ってもいいのでは。後一月もすると凄いことになりそう。十三景の三

▼侵雪橋(しんせつきょう)。木造の反り橋。十三景の六

▼侵雪橋を手前に南を見ると現代景、京都タワーが水鏡に。

▼小さな入り江の石橋を渡ります。

▼縮遠亭(しゅくえんてい)。茶室。ココは島です、しかし名はありません。十三景の七

▼睡蓮で埋まってます。

▼源融ゆかりの塔。

▼侵雪橋の袂に碧玉の石幢。

▼島と対岸を結ぶ回棹廊(かいとうろう)。十三景の十二

▼印月池東岸に紫藤岸(しとうがん)。藤棚です。十三景の八

▼回棹廊はこんな形。

▼印月池の西岸は広~い芝地。向こうに見えるのは……、

▼ろう風亭(ろうふうてい)。書院です。ろう=門構えに良、こんな字はありません。

▼印月池の南岸に漱枕居(そうちんきょ)。茶室。十三景の十一

文人好みの訳の判らないネーミング。判る人には判るんでしょうが、判らない人には判らない、これを風流心と云うらしい。
相当端折ってますが渉成園でした。個性的な建物や四季折々の美が堪能できるお庭愛好家にはたまらない、廻り応え、歩き応えのある
池泉回遊式庭園です。
▼入園受付の正面にこんな石垣が。左に行くと庭園北口門になります。色んな石材を集めてご苦労なことです。

▼豪華なパンフレットがコレ!

かっては歴代の隠居処と説明されていますが、一寺院が都心にこれだけ広い庭園を造作出来たのは江戸のタヌキや幕府のバックアップ
があればこそ、やはり後ろに権力が付いている強みは例え寺院であっても、何事にも代え難い財産なんでしょうネ。
↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。
