goo blog サービス終了のお知らせ 

土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

永澤寺、関西花の寺第十一番霊場です。

2016年04月25日 | 兵庫の古寺巡り





(2016.04.23訪問)


迷車大和路号は春の丹波路を悠々と走っています。三田市郊外、春の野はゆったりまったり長閑でランラン。やがて丘陵地から山麓
へ、そして三国ケ岳の南麓、標高五百メートル位の所に目指す永澤寺があります。ここは丹波篠山や摂津能勢にも近く、両国に跨が
っている所から「摂丹境」とも通称される曹洞宗のお寺なんです。凄い仏がおられるそうなんです。


県道49号線に面して門が三つ並んでいます。だから三門、とは云いません。右から、

▼金鶏門。







▼勅使門。茅葺き勅使門は全国で二カ所しかないそうです。







▼玉兎門。今日はこの門から入山。



いずれの門も昭和四十年再建。




[ 永澤寺 ]
●山号 青原山(せいげんざん)
●寺号 永澤寺(ようたくじ) 通称 摂丹境(せったんきょう)
●宗派 曹洞宗(そうとうしゅう)
●勅願 後円融天皇(ごえんゆうてんのう)
●開基 細川頼之(ほそかわよりゆき) 室町幕府管領、細川家当主
●開山 通幻寂霊禅師(つうげんじゃくれいぜんじ)
●開創 応安年間(1370年頃)
●本尊 釈迦三尊
▲拝観 境内自由 朱印 300円  
▲時間 8:00~17:00
▲兵庫県三田市永沢寺210 電話079-566-0401
▲関西花の寺第十一番霊場
▲http://youtakuji.net
▲JR福知山線「三田駅」からバス40分「永沢寺」下車すぐ
 
 舞鶴若狭道「丹南篠山口」ICから南へ約13㎞。
 
 中国道「神戸三田」ICから北へ約18㎞。
 ナビに頼るのが無難だと思いますよ。




▼仁王門前の放生池。







▼モダン仁王門。銅板屋根の緑と十二脚の薄朱が凄くいい感じ。昭和四十六年再建。







▼三間一戸、重層の楼門形式の仁王門です。初層両側に仁王さんがいます。






永澤寺縁起 (永澤寺HPより抄出)
永澤寺は、応安年間(1370年頃)五州の大守細川頼之卿が後円融天皇の命により七堂伽藍を建立、通幻寂霊禅師を開祖とする禅寺であ
る。曹洞宗大本山總持寺の直末である。末寺は十七カ寺、通幻禅師ゆかりの寺院は八千九百カ寺を数え通幻派といい、本尊は釈迦如
来、大日如来、阿弥陀如来の釈迦三尊。開祖堂前には大地蔵菩薩、妙高閣には大観世音菩薩、信貴山本尊の御分身毘沙門天が祀られ
ている。建物は、安永七年(1778年)再建された本堂、開祖堂、庫裡、接賓、書院のほか、昭和四十年の台風23号で崩壊した後に再建
された勅使門、玉兎門、金鶏門、山門(仁王門)、妙高閣がある。




▼山号が書かれた仁王門扁額。







            ▼右に阿形金剛力士。







            ▼左に吽形金剛力士。







▼一直線本堂への参道。







▼参道右手に手水舎。







▼本堂。







▼本堂。桁裄九間、入母屋造、銅板葺、三間向拝付。安永七年(1778年)再建。







            ▼関西花の寺木札。







▼本堂扁額。







▼内陣長押の寺号扁額。







▼内陣の荘厳。正面須弥壇に本尊釈迦三尊が光を放っています。







▼本尊釈迦三尊。中尊釈迦如来坐像、右大日如来坐像、左阿弥陀如来坐像。由緒はあるんでしょうが、変則三尊ですネ。

 





            ▼本尊釈迦如来坐像。







            ▼左脇殿に三界萬霊の地蔵菩薩立像。像高3.6m.
             大変きれいなお地蔵さん、現代仏師の作、法衣の截金技術にはビックリ!







▼天蓋もまた豪華!







            ▼堂内右のお部屋床に仏足石の拓本軸。







▼鐘楼門。上層に梵鐘。

       





▼一撞きさせていただきました。







▼観音堂です。妙高閣と呼んでるそうです。平成六年建立。この中に吃驚暁天の観音さんがいます。







▼妙高閣扁額。







            ▼観音堂本尊大観世音菩薩立像。



総高9.2m、身丈4.6m。平成六年開眼。美しい上に大きい、本堂地蔵菩薩と同じ仏師作。
数世紀を経たお像の色落ち古色を見慣れているせいか、彩色華麗なお像を見るとなんとチャライ、しかしよくよく考えてみると、
造像時は檀像以外は殆どの像が彩色され、祀られる堂宇も朱や緑に、環境総てが色の世界、浄土再現の結果がこの華麗な彩色に
なったんだろうと納得。それにしても天衣や裳の緑、朱、赤のシットリした色相は古代色再現だと思うがお見事と云う外なし。
チャライなんて罰当たりなこと云ってスンマセン。



▼こんなお顔です。







            ▼下から見上げてみました。







            ▼現仁王像の完成で、現役を退かれた山門の旧仁王像。












▼仁王門横には本堂へ続く長廊下。













            ▼こんな縄が吊り下がっています。おみくじ縄です。







            ▼観音菩薩石像。近年の石像彫刻は凄い!







            ▼不動明王石像。







▼墓地本尊の釈迦涅槃石像。台座を含めた一個の巨石から彫りだされたものだそうです。総丈5.4m、重量30ton。







▼安らかなお顔、癒されます。



お釈迦さんに癒されて永澤寺 オ シ マ イ




▼御朱印です。



昭和四十年の台風23号で相当な被害を被ったそうですが、殆どの堂宇が再建、修復されて実に美しい境内です。


関西花の寺第十一番霊場として、お花好きにとっては有名なお寺らしく、県道を隔てて向かいにお寺経営の「ボタン園」「花菖蒲園」
があり、両方とも少し早く見頃はまだ先。
ところが隣の芝桜専門庭園「花のじゅうたん」は丘陵面一帯がピンクの丘に変身、初めて芝桜を見ましたがスケールの大きさに驚きです。





■開園期間 4月中旬頃~5月中旬頃
■営業時間 8:00~ 18:00 開園期間中は無休
■入 園 料 (税込み)大人(中学生以上)600円 小人300円
■電 話 079-566-0446(代)

▼入園料600円を払ってサア入園しましょ。ここは永澤寺の経営ではないみたいです。







▼誰が勘定したのか1億輪の大群落へ。






















































可愛い花にも結構種類があるようで、その内の数点を。

▼多摩の流れ                          ▼アメージンググレース







▼思い出                            ▼ホワイトアドミラル







▼ライラッククラウド                      ▼ダニエルズクッション




何と申しますか、凄い仏像と凄いピンクに圧倒された一日でありました。





  ↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。

神社・お寺巡り ブログランキングへ

荘厳寺、深山幽谷を縫う参道の趣ピカいち!

2015年12月10日 | 兵庫の古寺巡り




(2015.12.05訪問)


西林寺から次に訪ねるのは、黒田官兵衛生誕の地と伝わる山間の町、黒田庄に在る荘厳寺です。
迷車大和路号のアホナビめ、荘厳寺を呼び出せど一向に反応なし、やむを得ずお寺へ電話、奥様が出られ気持ちのいい
応対、甘えついでに電話ナビをお願い。「近くに何が見えます」「エーッとなにかな、中央橋渡り右に行きつつありま
すが」「右に行ったら駄目、橋渡って左」「ハイ」「そこ真っすぐ」「ハイ」「細い道にはいるでしょ、まだ真っすぐ」
「ハイ」「次の交差点、右」「ハイ」「あと真っすぐ」「ハイ」「アッ荘厳寺の幟が並んでますワ」「正解です、お気
をつけてお越し下さい」
この間約10分、途中端折ってますが、てな具合の的確な奥様ナビで無事荘厳寺到着です。奥様ありがとうございました。




▼駐車場に入ると真っ先に目に入る石垣に囲まれた本坊。
 現在客殿と持仏堂が改修工事のため足場が組まれ近寄ることが出来ません。 






[ 荘厳寺 ]
●山号 荘林山 (そうりんざん)
●寺号 荘厳寺 (しょうごんじ)
●開基 伝 法道仙人 (ほうどうせんにん)
●開創 白雉三年 (652年)
●中興 徳禅上人 (とくぜんしょうにん) 慶長年間(17世紀はじめ)
●本尊 十一面観世音菩薩立像 (秘仏)
●宗派 高野山真言宗 (こうやさんしんごんしゅう)
▲拝観 自由 朱印300円 駐車場無料 
▲兵庫県西脇市黒田庄町黒田1589 電話0795-28-4751
▲http://www.geocities.jp/kurodasyougonji/
▲JR加古川線「本黒田駅」から徒歩で30分
 中国道「滝野社IC」から車で20分




▼自然石に刻まれた荘厳寺山の碑。この碑は何を表しているにか不明です。






荘厳寺縁起。(荘厳寺HPから抄出)
荘林山荘厳寺は高野山真言宗の寺院です。当山は、白雉三年法道仙人の開基と伝え、
これによれば当山は約1360年ほどの歴史がある古刹です。
法道仙人開基の寺院は播磨東部と丹波西部に多数あり、当山もそのうちの一寺です。
当山中興は、慶長年間(17世紀はじめ)の徳禅上人です。
このとき堂宇が再建され、真言宗寺院となりました。
また寛永十五年(1638年)には本多内記政勝侯より境内五十六町歩の寄進をうけました。
江戸時代を通じて、妙見山や白山を背景にする真言密教修験道場として隆盛をみました。




▼本坊石垣脇の参道に突入、本堂を目指します。この先鬱蒼としてますネ。






▼その前に、小さなお堂大師堂がひっそりと。






        ▼空海さんのお像が祀られていました。






▼では改めて参道へ、異界に吸い込まれそうでゾクゾクします。






▼石垣の左右には、その昔僧坊が建ち並んでいたそうです。

 




▼森閑とした雰囲気、しばらく石垣が続きます。

 




▼鬱蒼の先に一点の明るさが……、

 




▼本堂が見えてきました。






▼石垣を通して最後の石段を上りきると本堂前です。 

 




▼石垣から最後の輝きか、残り少ない綾錦にホッ!






▼石段下の鐘楼。架かる梵鐘は約370年前本多候寄進と伝わるそうです。

 




▼石段右に苔むす蹲踞。

 




▼本堂です。桁裄五間、梁間五間、寄棟造、一間向拝付。屋根は元茅葺で今はチタンで覆われています。          

 




▼本堂正面。桟唐戸は閉め切り、施錠され中を窺うことが出来ません。

 




▼宮殿と称される立派な内陣。この中に本尊十一面観世音菩薩立像が祀られています。



(写真は荘厳寺HPからお借りしました)




        ▼本尊十一面観世音菩薩立像 (秘仏)。



        (写真は荘厳寺HPからお借りしました)




▼本堂前の残り紅葉。

 




▼本堂側面です。

 




▼境内高台には古雅な姿の多宝塔が閑に佇んでいます。






▼多宝塔。鎌倉初期建久年間(1190年頃)佐々木高綱の建立と伝えるそうです。正徳元年(1711年)再建。
 屋根は檜皮葺、桟唐戸と連子窓の脇間が特徴のようです。






▼多宝塔前の残り紅葉。






▼なかなかシャキッとした全景が撮れません。






        ▼多宝塔相輪です。






▼まばらな綾錦、どこか健気な感じしません?






▼多宝塔石段下の荘厳寺の鎮守、三社八幡宮。写真では見えませんが屋根は杮葺きです。宝永五年(1708年)再建。






▼由緒は分かりませんがいいお顔のお地蔵さんが、髪納め地蔵と呼ばれているそうです。



それでは荘厳寺もこれにて納めといたします。




▼御朱印です。






立派な石垣の上に佇む本坊は現在平成大修復のため下から見上げるだけですが、本堂への道は、山岳寺院の参道らしい
参道、昼なお暗き深厳とした鬱蒼の樹々の間を縫う石段参道。両側は初め楓が並び、やがて杉の大木が迫るまさに深山
幽谷の風(ふう)、石段も自然石を低く積んだもので、石段嫌いのボクでさえ好きになりそう。
本堂エリアの堂宇は本堂と多宝塔のみですが侘寂の効いた佇まいは何とも云い難い趣が感じられます。

御朱印を戴きに庫裏を訪ねたのですが、残念!奥様はお出かけでした。お礼したかったなァ……。




↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。

神社・お寺巡り ブログランキングへ

西林寺、残り紅葉を堪能しました。

2015年12月07日 | 兵庫の古寺巡り




(2015.12.05訪問)


今日は日本のヘソ西脇市にやってまいりました。西脇市は、東経135度、北緯35度の交差点にあり、日本列島の中心に
当たることから、日本のヘソの町として「日本のへそです大作戦」 を展開してはります。町を走っていても日本の中心
の感覚はありません。ただの山間の町と云ったら失礼かな。
今日の目的はヘソの町ではありません。この地に高野山真言宗の著名な三か寺があり、しかも三か寺とも播磨から丹波
に根を張るあの法道仙人開基と云うじゃありませんか。しかもあの黒田官兵衛縁の古刹もあるらしい。
行ってみましょう取り敢えず西林寺へ。




▼残り紅葉が爆発していましたヨ。






[ 西林寺 ]
●山号 栢谷山 (かやたにさん)
●寺号 西林寺 (さいりんじ)
●開基 伝 法道仙人 (ほうどうせんにん)
●開創 白雉二年 (651年)
●中興 恵心僧都源信 (えしんそうずげんしん)
●本尊 十一面観世音菩薩 (秘仏)
●宗派 高野山真言宗 (こうやさんしんごんしゅう)
▲拝観 自由 朱印300円 駐車場無料 
▲兵庫県西脇市坂本455 電話0795-22-2387
▲JR加古川線「日本へそ公園駅」から徒歩で25分
 中国道「滝野社IC」から車で20分




▼参道口。






西林寺縁起。(西林寺HPから抄出)
当山は白雉二年 (651年) 法道仙人開基の寺である。平安中期に恵心僧都源信が中興。加古川流域の平野に面した山裾に
建つ中世山岳寺院の形態を留めている。中世には塔頭二十一ヵ寺あったと伝え、江戸期には朱印寺として寺領二十五石
を有していた。その後、宝暦年中(1751~1763年)火災のため焼失、当山明王院に住した隆真阿闍梨が再興にあたり、現
境内の基礎を造られる。





        ▼自然石に刻まれた寺号。






▼仁王門。三間一戸、入母屋造、本瓦葺、両脇に仁王像、背面に二天像が外敵に睨みをきかせてます。
 なぜか注連縄が掛けられていますが、なかなか重量感のある堂々とした貫禄ですネ。






▼山号栢谷山と書かれた扁額。これ「かやたにさん」と読めます?






▼阿形仁王さん。











▼吽形仁王さん。








いずれの仁王さんの玉眼、異様に光ってます。     




▼チョット角度を変えて仁王門。

      




        ▼仁王さんの後ろ間には、二天像が控えています。








通常、四天王のうちのどなたかお二人なんですが、こちらの組み合わせは分かりません。    




▼一直線の参道、いざ本堂へ。

 




▼途中右に鐘楼、かなり新しく建造されたようです。

    




▼どんどん行きましょう。左右に灯籠が並んでいます。明かりが灯されたら幽玄の世界かな。
 参道沿いは紅葉成れの果て!






▼本堂が見えてきました。






▼本堂前右手の手水舎。

         




▼本堂。桁裄三間、梁間四間、宝形造、桟瓦葺、一間向拝付。
 本尊十一面観世音菩薩、 秘仏です。一木造、四本手の珍しい観音像。藤原中期の作。
 扉は施錠され、中を窺うことすら出来ません。






▼本堂前の紅葉、どなたが見ても今盛りに見えるでしょうネ。

   




▼本堂。

                 




▼本堂扁額。全く読めません。揮毫者は高野山管長大僧正竜正とは読めましたけど。

                        



▼本堂正面です。

                  




▼紅葉を入れるとそれなりに。

  




▼相当燃えてるでしょう。






▼屋根を入れてみました。






▼チョット引くとこんな感じ。

   




▼庚申堂です。

               




▼これを見ると全山真っ盛り、そんな気になりますネ。






▼境内高台に戎神社が祀られています。西林寺の鎮守社。

        




▼これはまだこれから赤く染まるんでしょうか。






        ▼お不動さんと二童子の石像。






▼よく燃えています。



本堂前の楓がシーズン最後の輝きを放っているのを見ることが出来ました。実は数本のみの紅葉なんです。参道両脇の
紅葉も凄いとききましたが既に時遅しでありました。 




▼では、参道を戻りましょう。






        ▼中途左に十三重石塔。






▼もう一枚。






▼左右に羅漢さんがズラリ並んでいます。羅漢の道だそうです。






▼参道下ったところ、いざないの森。ここもいくらか紅葉が残っています。






▼兵庫県知事揮毫の心碑。






        ▼となりには真新しい五輪塔。






▼あじさい園もあります。檀信徒の協力により開園したそうで、毎年6~7月オープンするそうです。






▼放生池。水草がギッシリ、上を歩けそうです。






では御朱印を戴きに本坊へ。
▼本坊山門。






        ▼山門の鴟尾と真っ赤な散り残り。






▼本坊玄関。






▼御朱印です。






広い境内の真ん中を貫く参道の突き当たりに本堂があります。堂宇は本堂と庚申堂の二堂だけですが、残り紅葉の赤に
染まるお堂に座り込み、人気のない境内を見回しますと、歴史上の人物名はともかくその名残もありませんが、広い兵
庫の一角、北播磨千二百年余りの歴史の流れを僅かながら感じることが出来ました。

それにしてもこの地で残り紅葉を堪能できるとはラッキーでした。




↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。

神社・お寺巡り ブログランキングへ

白毫寺、珍しい太鼓橋があります。

2015年11月26日 | 兵庫の古寺巡り




(2015.11.21訪問)


妙高山のほぼテッペンから惨道を下り、市島の街中を五大山の麓まで、迷車大和路号は次に丹波紅葉の名刹として名高
い白毫寺を目指しています。このお寺もあの法道仙人開基と伝わる古刹で、先に訪ねた神池寺の縁起にも共通して伝わ
る法道仙人と円仁さんの事跡、共に天台宗に属しているお寺です。時期すでに遅し、丹波の山々からとりどりの錦繍綾
錦が散り染め、ただの冬景色にならんとしています。花のお寺もその彩りがなくなると、ただの古刹、やはりこちらも
参拝の方々チラホラ、読経の声ばかりが響いていました。




▼白毫寺入山口。少し奥に見える二本が石門。しかし見事に散ってますネ。






[ 白毫寺 ]
●山号 五大山 (ごだいさん)
●寺号 白毫寺 (びゃくごうじ)
●開基 法道仙人 (ほうどうせんにん)
●開創 慶雲二年 (705年)
●中興 慈覚大師円仁 (じかくだいしえんにん)
●本尊 薬師瑠璃光如来 (秘仏)
●宗派 天台宗 (てんだいしゅう)
▲拝観 300円 朱印300円 駐車場無料 
▲時間 自由 
▲兵庫県丹波市市島町白毫寺709 電話0795-85-0259
▲http://www.byakugouji.jp/
▲JR福知山線「市島駅」下車、タクシーで8分
 舞鶴若狭自動車道「春日IC」から国道175号線福知山方面10分




        ▼立派な寺号石柱が先ず目に入ります。






白毫寺縁起。(白毫寺HPから抄出)
寺伝によれば慶雲二年(705年)法道仙人により開基された。本尊は天竺から伝えられた薬師瑠璃光如来(秘仏)。眉間の白
毫から神々しく瑞光を放っていたので「白毫寺」と名付けられた。入唐求法旅から帰朝の際に白毫寺を訪れた慈覚大師
円仁(後の第三世天台座主)は、周囲の山並みが唐の五台山に似ていることから山号を「五台山」と命名(後世に五大山と
改称)、持ち帰った密教法具を伝えた。円仁が“中興の祖”と呼ばれる由縁である。法道仙人はインドの僧で、中国五台山
で修行の後に日本を訪れた。円仁もまた五台山で修行を重ねている。開祖も中興の祖も、共に五台山にゆかりがあるの
は不思議な因縁と言うしかない。鎌倉時代から南北朝時代には七堂伽藍が建ち並び、九十三坊を擁する丹波屈指の名刹
として隆盛を極めたが、天正時代に明智光秀の丹波攻略の兵火で焼失。しかし人々の厚い信仰に支えられて立派に再興
し現在に至っている。





▼ にこやかなお顔でお迎えです。






▼心字池。






▼寺号石標の向こう、有名な太鼓橋です。






▼人界と仏界を結ぶと云われ心字池に架かる太鼓橋。覆い屋に守られています。
 長さ5.2m、幅2.05m、高さ1.75m。






▼渡って仏界に行きたいもんですが渡ることは出来ません。

     




▼こういう撮り方をすると水車のようですネ。

      




▼鐘楼。丹波もみじめぐりの幟もどこか白けてもはや淋しげ。

    




▼梵鐘向こうに僅かな赤が。

 




▼太鼓橋の延長に薬師堂参道。

    




▼薬師堂。白毫寺の総本堂。   
 桁裄三間、梁間四間、異形宝形造、桟瓦葺、正面千鳥破風が付き一間の銅板葺唐破風向拝が付く。











▼薬師堂前面は大小のガラス格子が嵌っています。入堂は出来ません。






▼外陣と内陣は格子戸で仕切られ、格子が細かく内部を窺うことは出来ません。
 本尊 薬師瑠璃光如来(秘仏)。

         




▼内陣長押に架かる山号扁額。

        




▼薬師堂外形はこんなお堂です。

   




▼軒下にこんなもんが吊り下げてありました。

             




▼薬師堂の屋根は中々ユニーク、宝形造りのテッペンが珍しい形をしています。ボクは初めて目にします。                     

    




▼薬師堂裏手の小高い所に熊野権現社、白毫寺の鎮守社です。

             




▼参道横にはこんな石仏も。

  




▼本坊への参道。左手に豪快な棚が見えますね、






        ▼九尺藤、見てくださいこの幹。



回向本堂の北側には長~い140mの藤棚があり、特に五月初旬の九尺藤は巨大な紫のベールとなって優しく人々を包み
込むそうですよ。秋の紅葉よりもこちらの方が凄いですよとご住職が自慢してました。




▼本坊山門。

   




▼門前の「一隅を照らす」天台宗是の石碑。第253世天台座主山田恵諦上人の揮毫。

             




▼もう一つの本堂、回向本堂です。檀家の法要でしょうか読経が聞こえてきます。






▼山号扁額が輝いてます。

        




        ▼堂前にボケ封じ観音がお立ちです。銅像で妙な光り方をしていました。

   




▼御朱印です。太鼓橋に置いて撮りました。






境内は広くはなく、本坊エリアを除いて堂宇も観音堂のみ、ユニークな堂姿のお堂には是非入堂したかったんですが格
子戸から覗くのみ、勿論本尊も秘仏で内陣の様子も見ること不可能、消化不良の拝観でしたが、心字池に架かる太鼓橋、
これだけは必見の価値あり、渡れたらもっといいんですが、あのRではムリでしょうね。
ご住職から「紅葉の時よりも藤の時に是非お越し」の言葉に送られて白毫寺を辞しました。




↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。

神社・お寺巡り ブログランキングへ

神池寺、山寺はすっかり冬待ち寺です。

2015年11月24日 | 兵庫の古寺巡り




(2015.11.21訪問)


迷車大和路号は又また丹波路を走っています。
いくらかの残り紅葉の期待もあったんですが、丹波紅葉の名刹は今や色気すっからかん。散り紅葉の絨毯すらありませ
ん。お陰と申しますか、お寺訪問には絶好の時季がいよいよ巡って来ました。標高564.8mの妙高山山頂近くに位置す
る神池寺は早くも冬到来の感じがします。既に紅葉の色気はなく人っ子一人居ない境内を巡っていると尚更の感。広い
駐車場も大和路号ただ一台、人と会ったのは庫裏でご住職ただお一人でした。




▼参道中腹に山号妙高山碑が建てられています。
 この参道、舗装はされていますが急勾配、急カーブの凄い道、迷車大和路号は又また登山にチャレンジです。






[ 神池寺 ]
●山号 妙光山 (みょうこうざん)
●寺号 神池寺 (じんちじ)
●開基 法道仙人 (ほうどうせんにん)
●開創 養老二年 (718年)
●本尊 千手千眼観世音菩薩立像
●宗派 天台宗 (てんだいしゅう)
▲拝観 境内自由 朱印300円 駐車場無料 
▲時間 自由 
▲兵庫県丹波市市島町多利2609-1 電話0795-85-0325
▲JR福知山線「市島駅」下車、タクシーで15分
 舞鶴若狭自動車道「春日IC」から国道175号線福知山方面10分 右折15分




▼ここが総門。といっても石柱が建つのみ。まだしばらく酷道を走ります。






神池寺縁起。(神池寺パンフ及び天台宗兵庫教区寺院大図鑑神池寺から抄出)
奈良朝元正天皇の養老二年(718年)法道仙人が仏法を広めんと飛錫の途、当山に立ち寄り心霊を感じ、ここに伽藍を建
立、千手千眼観世音菩薩立像を安置し開基したと伝えます。山に形が須弥山に似ているので妙高山と、山上に霊池があ
るので「神池寺」と号するようになった。聖武天皇は勅願所とされ、行基菩薩、慈覚大師等来錫、往時は堂塔五十余、
僧坊二百をかぞえ、丹波叡山と称された。元弘年中には、大塔宮護良親王が来山、山門の衆徒に論旨を賜り兵を京に進
めるが、賊の追撃にあい、全山悉く兵火に遇う。元禄の頃より寺運衰頽の兆しがみえ、明治維新の大改革で境内、山林
など尽く上地となる。さらに昭和四十年の台風にて本堂、講堂を全壊、僅かに残った山林も惨憺たる被害を受ける。そ
の後、昭和の大改修により復元、復興する。

   
▼ いつの間にか境内に、妙光山の山頂近く標高約430mの地点に神池寺はあります。
 さぞや境内全山紅葉と思いきや……、この三本だけがかろうじて秋の名残。

  




▼駐車場横の庫裏。

      




        ▼天台の宗是。

     




▼放生池。

 




▼肩切り地蔵の祠。(境内の肩切り地蔵の由緒から抄出)
 貞観二年桜爛漫の頃、由松の恋人お美津から今宵腰掛け松に来てほしいの便り、かってそんなことがなかっただけに
 訝りつつ刀を腰に出かけた。春のよは更けゆき待つ間もなくコトリの音に振り返るといつもと違ったお美津が立って
 いた。「待ったかい」と手に触れると手の冷たさ、五体に伝う冷感に思わず刀を抜き、袈裟懸けに、カチンと音がし
 たのを夢心地に気を失った。朝霧に我に返った由松は、傍らに袈裟懸けに切られた地蔵尊を見て罪の深さにおののき
 生涯供養して地蔵尊を祀った。と云うもう一つよく判らないお話でした。






▼ユニークな形の七福神堂。丹波七福神恵比寿霊場の木札が掛けられています。






        ▼神池寺衆徒慰霊碑。



(慰霊碑より抄出) 
元弘三年(1333年)四月八日、鎌倉幕府討幕運動の最中、大塔宮護良親王論旨を賜り、六波羅探題攻撃の軍勢に加わって
いた神池寺衆徒八十余騎が五条西 の洞院まで進出、大いに奮戦したが悉く討ち死全滅。その後一月余りにして鎌倉幕
府滅亡、建武中興がなった。衆徒の慰霊碑です。




▼常行堂。

   




▼常行堂須弥壇の荘厳。中央奥に本尊阿弥陀三尊がお祀りされています。

    




▼本尊阿弥陀三尊。






▼役行者もこのお寺に何か関わりがあるんでしょうか。






▼本堂エリアへの道しるべ。登山と書いてますね。イヤですネ。

        




        ▼参道石段横に神池寺寺号石柱。

       




▼さて問題はこの石段参道、上に見えるは仁王門なんですが……、

   




▼石段参道なんと本堂まで157段あるんです。枝々の葉はすっかり落ちてしまってます。

       




▼参道中頃右折すると慈覚大師円仁さんの供養宝篋印塔があります。こんな道を行きます。

       




▼慈覚大師宝篋印塔。円仁さんが嘉祥四年(851年)妙光山に登頂の記録があるそうです。

       




▼参道に戻りましょう、簡素な仁王門です。三間一戸、八脚門、入母屋造、銅板葺。

  




▼山号が書かれた扁額。






▼阿形仁王さん。左目が失われており少々恐ろしい感じで怖いです。






▼方や吽形仁王さん、五体健全です。

   




▼仁王門から本堂、最後の石段です。

        




▼少しばかり陽が射してきました。

        




▼振り返って仁王門。屋根にいくらかのチリチリ紅葉。

        




▼まもなく本堂です。

   




▼本堂。桁裄五間、梁間五間、入母屋造、銅板葺、三間向拝付。






▼本堂前面は開き戸で中扉はすべて格子戸、入堂は出来ません。中央格子はボコボコの透明プラスチックなので堂内の
 見にくいことこの上なし。






▼キレイな堂内、中央12本柱に囲まれた内陣の奥に須弥壇。

       




▼須弥壇中央に本尊千手千眼観世音菩薩立像が祀られています。

     




        ▼本尊千手千眼観世音菩薩立像。後ろに立派なお厨子が見えるのでヒョットしたら
         お前立ちのお像かも。

 




▼本堂です。






▼鐘楼。






▼本堂左手に行者堂。






▼護摩壇が設えられた行者堂内。須弥壇には何方もおられませんが御簾内にひょっとしたらお役行者がおられるのかも。






        ▼境内のお地蔵さん。






▼不動明王堂。慈覚大師円仁さん手彫りの不動明王像が祀られている筈ですが……。






        ▼前面格子扉に宝剣が。






        ▼宝篋印塔。






▼広い本堂エリア。一帯は県立公園だそうで、神池寺も公園の一部みたいです。
 左手に見えるのは大枝垂れ桜、春はそれはそれは見事の一語に尽きるそうです。






▼御朱印です。






山寺へのアプローチは、ほぼ皆同じ。酷い道で急坂、急カーブ、細い道は当たり前、上からクルマが来たらどないしよ
う。そんな惨道でも考えようで、クルマの耐久テストや運転テクニックの練習にもってこい、チャレンジしながらGO!
なんて云うのはウソですよ、そんなことしたらいけません。安全運転で行きましょう。
それにしても神池寺の参道はかなりな惨道です。

神 池 寺 オ シ マ イ





↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。

神社・お寺巡り ブログランキングへ