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土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

長保寺、このお寺法隆寺と勝負しています。

2017年05月16日 | 和歌山の古寺巡り





(2017.05.14訪問)
久々に新大和路号は紀州路を走っています。阪和自動車道を海南ICで下り、R42を有田方面へ見えつ隠れつの和歌浦湾沿いに海南市
内をしばらく走ると、左→長保寺入口の標識、山手に向かって何ら迷うことなくお寺到着、我が家から約100キロのドライブです。
このお寺自慢があります。山門、本堂、塔と三つ揃って国宝のお寺は、法隆寺とここ長保寺だけ、これは面目躍如、お値打ちですネ。




▼長保寺門前、下方だけ見えているのが大門、仁王門です。






[ 長保寺 ]
●山号 慶徳山 (けいとくざん)
●寺号 長保寺 (ちょうほうじ)
●宗派 天台宗 (てんだいしゅう)
●勅願 一条天皇 (いちじょうてんのう)
●開山 性空上人 (しょうくうしょうにん)
●開創 長保二年 (1000年) 
●本尊 釈迦如来坐像 
▲和歌山県海南市下津町上689 Tel. 073-492-1030
▲拝観料 300円 ご朱印300円
▲時間 9:00~17:00
▲JR紀勢本線「下津駅」下車 タクシー5分
 JR紀勢本線「下津駅」下車 徒歩30分
 阪和自動車道「海南IC」から15分




▼なんと云う贅沢、一枚岩を前面カットし境内イラストマップを嵌めています。






長保寺縁起
長保寺は、一条天皇の勅願を受け性空上人により創建されたと伝えます。本堂をはじめ主要伽藍は鎌倉時代に再建整備されたもので
す。当初は天台宗として創建されたがその後、法相宗、真言宗に宗変わりをし、戦国時代には一時衰退したが、江戸期に紀州徳川の
菩提寺となり、天海僧正により天台宗に改められました。その後紀州徳川の廟所となり寺勢栄え現在に至ります。




▼大門 (国宝)。重層楼門、その名の通り豪快な山門です。初層左右に金剛力士。
 三間一戸、重層楼門、入母屋造、本瓦葺。南北朝時代の嘉慶二年(1388年) 建造。







▼大門扁額。山号と寺号が書かれています。これも国宝。

       





▼右に阿形金剛力士。弘安九年 (1286年) 造立。     













▼左に吽形金剛力士。弘安九年 (1286年) 造立。     









両像とも木割れ、補修痕が目立ち痛々しい感じがします。





▼大門から境内。まっすぐな参道が。多宝塔が僅かに見えます、やはり上り参道石段があるようです。







▼大門前面長押の鯉の彫り物。龍門の滝の故事でしょうか……、







▼後面 (裏側) その龍と虎が彫られています。







▼大門を裏 (境内側) から、スッキリと見えます、堂々の山門ですネ。







▼参道、石段が見えます。







▼石段が二段になってるようです。







            ▼途中にお地蔵さん、平和地蔵です。







▼まだまだ石段……、







▼まだ石段。思わず見とれてしまう各段の石の変化。まるで自然石を積んでる様です。見える屋根は本堂です。







▼本堂エリアです。石灯籠の真ん中の石畳、いい景色です。

       





▼本堂 (国宝)。桁行五間、梁間五間、一重入母屋造、本瓦葺、向拝一間付。長保二年創建、延喜四年(1311年) 再建。







▼斜めから見てみましょう。







▼本堂正面。中央三間は桟唐戸。







▼内陣長押の大扁額。本殿の別名でしょうか世雄殿と書かれています。







▼本堂内陣の荘厳。







▼本尊釈迦如三尊像。中央釈迦如来坐像。右象に乗る普賢菩薩坐像、左獅子に乗る文殊菩薩坐像。







            ▼本尊釈迦如如来坐像。とても鎌倉期の作とは見えず、全身、蓮台、光背の金泥がものの
             見事に残っています。須弥壇まで距離がありますので、確かなことは云えませんが、塗
             り直しや後補の部分があるのかもしれません。







▼別角度の本堂。







▼本堂右前に多宝塔 (国宝)。本尊大日如来。方三間、本瓦葺。正平十二年(1357年)建立。
 初層と上層のバランスが抜群、非常に優美な塔形です。                 













▼多宝塔本尊大日如来坐像。平安時代造像で長保寺で一番古い仏像だそうです。







            ▼智拳印を結ぶ大日如来。お顔はきれいですネ、残念ながら体部と法衣は相当汚れてます。







▼正面からの多宝塔。                                 













            ▼相輪です。







▼阿弥陀堂。桁裄三間、梁間二間、宝形造、本瓦葺、シンプルなお堂ですネ。

 





            ▼本尊阿弥陀如来坐像。像形は定かではありません、相当痛んでるようです。







▼護摩堂。文化庁が色々云ってくるそうで、お寺側で勝手に修復が出来ないそうで、しばらくこの状態だそうです。







▼中を覗いてみると本尊お不動さんは避難中。

                 





▼鐘楼。







▼石段を降りて左に行くと門に囲まれた一角があります。







▼客殿玄関と御霊屋。







▼客殿前庭の寂光の庭。一応枯山水のお庭です。







▼紀州徳川家の墓所廟門。
 徳川宗家を継いだ和歌山藩五代藩主吉宗 (八代将軍) と十三代藩主慶福(十四代将軍家茂)を除いた和歌山藩歴代藩主と、その夫
 人や子息の計18墓所が散在しています。







▼網の目のように石段があり、歴代藩主の廟に向っているんです。誰もいないこんな所一人で回れると思います?







▼初代徳川頼宣廟。廟門から一番近かったけどなにか八方からの冷気が身に降り掛って来るような、ゾクゾクオオコワ。



墓標や石垣、玉垣など石造りにはすべて花崗岩が使われ、近世大名の墓所の代表的なもので国史跡に指定されてるそうです。





▼高所からの見晴らし。







▼さてお暇です。振り返って境内の一望と云っても多宝塔しか見えませんけど、これほどの緑の中で長保寺は千有余年の歴史を連綿
 と紡いでいるのでありました。







▼ご朱印です。







長保寺これにて オ シ マ イ
やはりなんと云っても紀州の寺々は、徳川三家の一つ紀州徳川家の影響を受けたお寺が多いようで、ここ長保寺も初代藩主頼宣が菩
提寺に定め、以下十五代の藩主の廟が境内高所に散在しています。廟と云っても要するにお墓、ボクはお墓巡りをする趣味はないの
で初代だけにご挨拶しておきました。
次に訪ねるのは海南唯一の真言宗古刹です。





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高野山開創1200年、開創記念法会と秘仏名宝特別公開中!

2015年05月12日 | 和歌山の古寺巡り



(2015.05.09訪問)


稀代の天才、弘法大師空海さんが真言密教の聖地として開創した高野山は爾来今年で千二百年を迎え、開創
記念法会と秘仏や名宝が特別公開されています。焼失後姿がなかった中門も再建され「一山境内地」が一新
の高野山を訪ねることにしました。
あろう事か人の波に翻弄、駐車場満杯、ジックリ拝観のつもりが壇上伽藍のみ、追い討ちをかけるように雨
の奴がシトシトと嫌な降り方、その上さすが標高900mの山上、寒いのなんのって全くペケの一日でした。
皆さん高野山訪問は晴れの日と南海電車に限りますヨ。         



▼根本大塔。

 



[ 金剛峰寺壇上伽藍 ]
●山号 高野山(こうやさん)
●寺号 金剛峰寺(こんごうぶじ)
●開基 弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)
●開創 弘仁七年 (816年)
●宗派 高野山真言宗総本山(こうやさんしんごんしゅう)
●本尊 薬師如来坐像(秘仏)
▲入山料 境内自由 開創1200年祭中は金堂、根本大塔の入堂は無料、駐車場無料
▲拝観時間 8:30~17:00
▲和歌山県伊都郡高野町高野山132 Tel.0736-56-2011
▲http://www.koyasan.or.jp/
▲2004年「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産に登録
▲南海電車高野線「難波駅」から終点「極楽橋」下車、高野山ケーブルで「高野山駅」下車、バスで山内へ。
 クルマの場合は麓からは一本道。麓まではナビを頼って下さい。



▼172年ぶりに再建された中門。





高野山金剛峰寺縁起
空海さんが弘仁七年(816年)嵯峨天皇から高野山の地を賜り、真言密教の聖地として山々に囲まれたこの地
を八葉蓮華と見て、山上平地にに曼荼羅世界を創出。壇上伽藍の地に真言密教のシンボルとして根本大塔を
建立、聖地への第一歩とした。



▼中門。重層楼門、桁行五間、梁間三間、高さ16m、入母屋造、檜皮葺。
 天保十四年(1843年)火災により焼失、今年172年ぶりに再建。創建は弘仁十年(819年)。





再建中門には正面両脇と背面両脇に四天王像が安置されています。

▼正面右、多聞天立像。





▼左、持国天立像。



多聞天、持国天は中門焼失前からの二天。



▼背面右、増長天立像。





▼左、広目天立像。



増長天、広目天は新造の二天。仏師松本明慶師。



▼金堂。桁行九間、梁間七間、入母屋造、本瓦葺、三間向拝付。本尊 薬師如来坐像(秘仏)。高野山総本堂。
 承和五年(838年)創建 。昭和七年(1932年)再建。

 



▼金堂。本尊 薬師如来坐像は今特別開帳中。~5月21日まで。





▼根本大塔。五間四方の多宝塔。塔高48.48m、本瓦葺。創建貞観十八年(876年)。昭和十二年(1937年)再建。





▼根本大塔本尊 胎蔵界大日如来坐像。





      ▼根本大塔 金剛界四仏の阿弥陀如来坐像。





今日のメインイベント、
弘法大師の命日にあたる旧暦3月21日にあわせて遺徳をしのぶ「旧正御影供」大塔から御影堂まで供物を運
ぶ儀式が執り行われます。



▼御影堂。弘法大師空海さんの御影がお祀りされているので御影堂と称されています。
 桁行五間、梁間五間、宝形造、檜皮葺、一間向拝付。創建承和五年(838年)。昭和七年(1932年)再建。

 



▼多くの参拝の方々がどんどん集まってきます。





▼正装の僧侶たちの御影堂へのおねり行列が始まりました。





▼輿には金剛峰寺法印、導師久利大僧正がお乗りです。高野山で一番偉い方です。
 高野山真言宗最高位の僧職である、総本山金剛峰寺第516世寺務検校執行法印、久利康彰大僧正が4月2日
 から始まった高野山開創1200年記念大法会の導師をお務めです。





▼輿は静かに進んでゆきます。





▼一目法会を見ようと、皆さん場所取り競争。





▼法会が始まりました、





▼読経が流れてきます。





法会が続いている間に他の伽藍を巡りましょう。

▼准胝堂。桁行三間、梁間三間、入母屋造、檜皮葺。
 空海さんが得度の儀式を行うために造った准胝観音を祀るお堂です。





▼孔雀堂。桁行三間、梁間三間、入母屋造、檜皮葺、一間向拝付。





▼本尊孔雀明王像(重文)。この像はレプリカ。本尊は霊宝館所蔵。快慶作、正治二年(1200年)造像。





         ▼六角経蔵。鳥羽法皇皇后の美福門院が鳥羽法皇の菩提を弔うため、
          紺紙に金泥で浄写された一切経を納めるための経蔵。
          本尊 釈迦如来、平治元年(1159年)建立。昭和九年(1934年)再建。





▼鐘楼。





▼西塔。高欄付多宝塔、初層五間四方、本瓦葺。
 本尊 金剛界大日如来像(重文) 脇侍仏 四仏 仁和二年(886年)建立。天保五年(1834年)再建。





▼鐘楼堂。大塔の鐘。梵鐘の愛称高野四郎。口径179.5cm、鐘高251.0cm、室町時代。





▼愛染堂。桁行三間、梁間三間、入母屋造、檜皮葺、一間向拝付。
 本尊 愛染明王。建武元年(1334年)建立。嘉永元年(1848年)再建。





▼大会堂。桁行五間、梁間五間、入母屋造、檜皮葺、一間向拝付。
 本尊 阿弥陀三尊。法会執行の際の集会所。嘉永元年(1848年)再建。





▼不動堂(国宝)。入母屋造、桧皮葺。当初は阿弥陀堂として建立。お堂の四隅はすべて形が違い、四人の工匠が
 それぞれの随意に造ったためと伝えられているそうです。正面の堂形はユニークです。



本尊 不動明王、脇持に八大童子(国宝) 仏師運慶作。いずれも今は霊宝館に安置されています。





▼三昧堂。三間四方宝形造、檜皮葺。
 理趣三昧法会を執り行うお堂。他所からここに移されたとき関わったのが西行法師と伝えるそうです。





▼東塔。多宝塔、初層三間四方、檜皮葺。
 大治2年(1127年)白川法皇の勅願で建立。江戸期に焼失、昭和五十九年(1984年)再建。





         ▼青もみじがきれいです。





▼少年よ!人生は勉強の上にも勉強だよ。二宮金次郎は君のような格好で柴を背負っていたぞ。手水舎前にて。





▼蛇腹路。伽藍入り口から東塔付近までの参道を蛇腹道と呼び、空海さんが「東西に龍が臥せるごとく」と
 呼んだ故事から名付けられたといいます。









▼金剛峰寺山門への参道。常にこの人波。





壇上伽藍から金剛峰寺本坊へ、拝観入口手前から列列列、見えるは人の頭ばかり、ということで本坊拝観は
パス。それではということで奥之院へ、クルマで行ったのが運のつき、駐車場総て満杯。泣き泣き来た道を
帰ったというお粗末の一日でした。
高野山開創1200年の記念法会やイベント、秘宝特別公開など5月21日まで続くそうです。


 

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粉河寺、三番札所の御朱印ゲット。

2015年02月10日 | 和歌山の古寺巡り


(2015.02.07訪問)


観音霊場第二番札所紀三井寺の次は、ヤッパリ三番でしょう。
と云うことで、
この日も迷車大和路号は紀州路を走り三番札所粉河寺を目指しております。我が家から約80キロ、1時間弱
のドライブですが数年前訪ねたときから道路状況はすっかり変わり、おぼろ記憶は何の役にも立たずナビの
偉大さを改めて再認識、偉いやっちゃナビゲーション。



▼大門 (重文)。堂々とした朱塗りの山門です。初層両脇に金剛力士が金網に守られています。
 重層楼門、三間一戸、十二脚門、入母屋造、本瓦葺。宝永四年 (1706年) 建立。総欅造り。





[ 粉河寺 ]
●山号 風猛山 (ふうもうざん)
●寺号 粉河寺 (こかわでら)
●開基 伝 大伴孔子古 (おおとものくじこ)
●開創 伝 宝亀元年 (770年)
●宗派 粉河観音宗総本山
●本尊 千手千眼観世音菩薩(絶対秘仏)
●西国三十三カ所観音霊場第三番札所
▲拝観料 境内自由 朱印 300円
▲拝観時間 8:00~17:00
▲和歌山県紀の川市粉河2787 Tel.0736-73-4830
▲http://www.kokawadera.org
▲JR和歌山線「粉河駅」下車 門前町徒歩15分
 JR阪和線「熊取駅」下車 和歌山バス粉河行乗車45分


粉河寺縁起 (粉河寺HPから抄出)
宝亀元年(770年)の開創。当時、紀伊国那賀郡に住む 猟師大伴孔子古は、いつも幽谷の樹幹に足場を定め
て、夜ごと猪や 鹿を狙っていたが、ある晩、光明輝く地を発見、発心してその場所に柴の庵を建てた。後日、
一夜を泊めてもらった童行者は、孔子古の願い (庵に仏像を安置すること) をかなえてやろうと、七日七夜、
庵にこもり、等身の千手観音像を刻み立ち去った。童男大士が去ると、その仏像は金色に輝く観世音菩薩に、
孔子古は童男大士こそ観世音の化身と考え、以後狩猟をやめその観音像を供養礼拝したといわれ、これが粉
河寺の創始と伝えられている。




         ▼寺号標。





▼大門扁額。





▼きれいな境内マップ。





▼童男堂。本尊童男大士 (本尊千手観音の化身) を祀っています。
 桁裄三間、梁間三間の正堂に前方桁裄五間、梁間二間の礼堂。
 入母屋造、本瓦葺、屋根上部に千鳥破風、一間向拝付。
 江戸期の廟建築を模した作りだそうです。





▼出現池。千手観音の化身童男大士が白馬に乗ってこの池より出現したと寺伝は伝えます。





▼出現池正面に童男大士の石像が祀られています。





▼念仏堂 (光明殿)。桁裄五間、入母屋造、本瓦葺、千鳥破風、唐派風一間向拝付、総欅造江戸後期建立。
 小さいお堂ですが実に堂々とした佇いです。





         ▼露座の阿弥陀如来坐像。像高144cm、鋳物製。文久二年 (1862年) 鋳造。





▼変な剪定の木。それにしても見事な舟形。





▼太子堂。聖徳太子をお祀りしています。桁裄三間、梁間三間、寄せ棟造、本瓦葺、一間向拝付き。





▼手水舎。





▼中門 (重文)。重層楼門、三間一戸、十二脚門、入母屋造、本瓦葺。天保三年 (1832年) 建立。





▼山号が書かれた扁額は紀州藩十代藩主徳川治宝の直筆。





▼中門左右前後の四天王。

正面左多聞天。                  正面右広目天。



背面左増長天。                  背面右持国天。



▼木鼻獅子に玉眼、初めて見ました。何となく愛嬌が。





▼中門から本堂への参道。





▼中門を潜るとすぐ左に若山牧水の歌碑。
 粉河寺 遍路の衆の 打ち鳴らす 鉦々きこゆ 秋の樹の間に





▼本堂前庭に国指定名勝粉河寺庭園。
 中門から高台本堂への両翼法面に高低差を利用した石垣を兼ねた石組庭園。
 写真では判りませんが横長シネマスコープ庭園ですよ。





▼庭園もこんな写真では石の捨て場にしか見えませんネ。





▼丸く刈り込まれたツツジが咲けば庭園らしくなるんでしょう。





▼丈六堂。





▼定印を結んだ本尊阿弥陀如来坐像。





▼滅多にお目にかかれない珍しい連子窓。





▼本堂 (重文)。本尊千手千眼観世音菩薩(絶対秘仏)
 西国三十三カ所中最大の御堂。一重屋根の礼堂と二重屋根の正堂とが結合した構成を持つ複合仏堂。
 礼堂、正堂ともに入母屋造、本瓦葺。享保五年 (1720年) 再建。





         ▼各札所で販売してますお札型秘仏本尊の御影。


 
どこかで読みましたが、本尊は本堂の内々陣の素焼きの入れ物に収められて真下に埋められているそうで
大きさは一寸八分、誰も見たことがない。
誰も見たことがないものが何故大きさが判るの?



▼本堂正面の外縁です。






▼大提灯。





         ▼絶対秘仏本尊の身代わり御正体懸仏でしょうか。





▼本堂内陣。格子ガラスにレンズをくっつけて撮った割にはなんとか。





         ▼前面扉には千社札が貼りたい放題!





▼向拝垂木の手鋏み、見事な彫刻です。





▼本堂梁側から見ると礼堂と正堂の様子が、分かります? 複雑ですネ。





▼本堂左に千手堂。本尊千手観音。三間四方の宝形造、本瓦葺、一間向拝付。宝暦十年 (1760年) 建立。





▼千手堂の裏にこんなものがさり気なく。





▼鐘楼。





▼六角堂。





▼金ぴかの三十三観音が祀られています。





▼薬師堂。





         ▼薬師堂前に立つ、どなたかをモデルにしたようなお地蔵さん。
          像高210cm、砂岩製、永禄七年 (1564年) 造立。





▼西国三十三カ所観音霊場第三番札所の御朱印です。





紀の川市はここ数日、酷い惨い事件が報じられている町です。大阪泉南市や泉佐野市と境を接する田園都市
で、とてもあんな惨劇が起ころうとは思えない静かな町の印象です。森田君への鎮魂の想いに馳せながら粉
河寺を目指しました。 合掌





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紀三井寺、二番札所の御朱印やっとゲット。

2015年02月05日 | 和歌山の古寺巡り



(2015.01.31訪問)


日高川町から和歌山市へ、
相変わらず迷車大和路号快調に紀州路を走ってます。
道成寺から紀三井寺を目指しています。
が、
和歌山市内に近づくほどクルマが増えてきます。
皆さんユックリユックリ走ってます。
大阪ではキット喧嘩になります。
やれやれやっとお寺に着きました。


▼多宝塔。





[ 紀三井寺 ]
●山号 紀三井山 (きみいさん)
●院号 護国院 (ごこくいん)
●寺号 金剛宝寺 (こんごうほうじ) 紀三井寺は通称
●開基 伝 為光上人 (いこうしょうにん)
●開創 伝 宝亀元年 (812年)
●宗派 救世観音宗総本山
●本尊 十一面観世音菩薩(秘仏)
●西国三十三カ所観音霊場第二番札所
▲拝観料 200円 朱印 300円
▲拝観時間 8:00~17:00
▲和歌山県和歌山市紀三井寺1201 Tel.073-444-1002
▲http://www.kimiidera.com/
▲JR線和歌山駅より紀勢本線(きのくに線)乗り継ぎ、普通電車南方面へ2駅目紀三井寺駅下車徒歩10分
 南海電鉄和歌山市駅より和歌山バス海南方面行き乗車、紀三井寺バス停下車、徒歩10分



▼変な天気とこの寒さ、天下の札所も参道に人影ありません。





紀三井寺縁起 (紀三井寺HPから抄出)
宝亀元年 (770年) 唐僧為光上人によって開基された霊刹です。
為光上人は、伝教の志篤く身の危険もいとわず、波荒き東シナ海を渡って唐国より到来されました。そして
諸国を巡り、観音様の慈悲の光によって人々の苦悩を救わんがため、仏法を弘められました。行脚の途次、
たまたまこの地に至り、夜半名草山山頂あたりに霊光を観じられて翌日登山され、そこに千手観音様の尊像
をご感得になりました。上人は、この地こそ観音慈悲の霊場、仏法弘通の勝地なりとお歓びになり、十一面
観世音菩薩像を、自ら一刀三札のもとに刻み、一字を建立して安置されました。それが紀三井寺の起こりと
されています。



         ▼寺号標。





▼山門 (重文)。重層楼門、三間一戸、入母屋造、本瓦葺、十二脚門。永正六年(1509年) 建立。





▼阿形仁王さんが右に、大きな目ん玉グリグリ、吸い込まれそう。





▼左吽形仁王さん。





▼仁王門くぐるとスグ石段。結縁坂と呼ばれ、231段あり相当急です。
 いやでも上らんことには境内へ行けません。





▼石段の中途法面に咲く水仙。





▼石段テッペン、目の前に六角堂。西国三十三カ所本尊を祀っています。寛延年間 (1750) 建立。





▼右に眼をやると新仏殿の勇姿、ユニークな伽藍デザインです。納骨壇を兼ねてます。
 堂高33m、平成十四年 (2002年) 竣工、鉄筋コンクリート造。





         ▼本尊十一面千手観音立像。像高11m、寄木造総漆金箔、
          平成二十年 (2008年) 落慶。
          京仏師松本明慶さん作。
          とにかくデカくてピカピカ、よく光ってます。





▼仏殿三階廻廊から右手山裾和歌浦方面、中央のグリーン帯は片男波海水浴場。





▼北側は境内が見渡せます。





▼鐘楼 (重文)。入母屋造、本瓦葺き、袴腰。天正十六年(1588年)建立。





         ▼幸福観音石像。
          大陸殉難の霊の追善と冥福を祈念し立てられたと碑は語っています。合掌。





▼大師堂。





▼本堂前の手水舎。





▼本堂です。桁裄梁間とも九間、入母屋造、本瓦葺、総欅造。正面唐破風と千鳥破風。
 宝歴九年 (1759年) 建立。





▼見てください、この入り組んだ複雑な屋根の構造。左が本堂正面です。それにしても枯れ木め。





▼本堂向拝。花も葉もない桜って邪魔ですねぇ~。格調高き紀三井寺の桜に対してこの発言取り消し!





▼本堂扁額。





▼大提灯。





▼結構大きい鰐口と奉納額。





▼玉眼に睨まれ、思い切り喝を入れてもらいました。恐れ多くて触れません。





▼境内から高台に多宝塔が見えます、行ってみましょう。





▼本堂横の石段を上ると開山堂。桁行三間、梁行三間、宝形造、本瓦葺。





         ▼その前に多宝塔です (重文)。
          三間四方、本瓦葺。文安六年 (1449年) 建立。
          五智如来が祀られているそうで、お寺一古い建物。





▼西国三十三カ所観音霊場第二番札所の御朱印です。





本堂拝観の感想。
内陣相変わらず暗くて中がなにも見えないので感想なし。
内、外陣境の格子の下のガラス窓これがまたどうしょうもない、ガラス窓を通してしか中が窺えず、外景の
映り込みが邪魔。参拝者は何に手を合わせばいいんだろう。信心深き方々はそんなの気にしないのかねぇ。





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道成寺、奈良平安仏のオンパレード。

2015年02月03日 | 和歌山の古寺巡り


(2015.01.31訪問)

迷車大和路号、今日は紀州路を快調に走っております。変な天気で不愉快ですが……。
絵解きを聞く訳ではありませんが、安珍清姫悲恋物語のお寺、道成寺を目指しています。
何を隠そうこのお寺、仏像では和歌山一を誇る素晴らしい国宝仏、重文仏が宝物館で待ってます。これは是
非ともと云う訳で、大和路号は一路日高川町を目指して走っています。


▼本堂。





[ 道成寺 ]
●山号 天音山 (てんのんざん)
●寺号 道成寺 (どうじょうじ)
●勅願 伝 文武天皇 (もんむてんのう)
●開基 伝 義淵僧正 (ぎえんそうじょう)
●開創 伝 大宝元年 (701年)
●宗派 天台宗
●本尊 千手観音立像 (重文)
▲拝観料 境内自由 宝物館 縁起堂 600円 朱印 300円
▲拝観時間 9:00~17:00
▲和歌山県日高郡日高川町鐘巻1738 Tel.0738-22-0543
▲http://www.dojoji.com
▲JR紀勢本線「道場寺駅」下車徒歩7分


道成寺縁起
文武天皇夫人、藤原宮子 (聖武天皇の母) の願いで文武天皇の勅願により大宝元年 (701年) の開創と伝わり、
建立は紀大臣道成によって道成寺と名付けたと寺伝は伝える。本尊千手観音は義淵僧正造像と云われ開山は
義淵僧正とされている。奈良時代末に衰退したが平安中期に再興、その後江戸期に諸堂が完成し現在に至っ
ている。


▼六十二段の参道石段。





         ▼山門手前に寺歴の深さを、歴史の重みを……。





▼仁王門 (重文)。三間一戸、重層楼門、十二脚門、入母屋造、本瓦葺。元禄四年 (1691年) 再建。





▼達者な書で揮毫されている仁王門扁額。





▼阿形仁王さんが右に。





▼吽形仁王さんが左で入山者に睨みを。





▼仁王門から一直線、本堂が見えます。





▼本堂参道左、物静かなお地蔵さんが、無言で迎えてくれました。





▼安珍と釣り鐘をこの地に葬った安珍塚。後ろの古木右は二代目榁の木樹齢400年で枯れ、左は三代目と聞
 きました。





▼本堂 (重文)。桁行七間、梁間五間、入母屋造、本瓦葺、三間向拝付。承平十二年 (1357年) 建立。





▼本堂周を巡る小堀に掛かる石橋。





▼本堂外陣から見る内陣。





▼本尊 千手観音立像 (重文)。像高2.4m、木心乾漆造、造像奈良時代後期。
 切れ長の眼にいくらか微笑みが感じられる上品なお顔、お体は彩色のあとが僅かに残っています。残念な
 がら御手先が無い腕が見受けられるのは惜しい!

 



         ▼三重塔。塔高20m、総桧造。宝暦十三年 (1763年) 再建。
          本尊大日如来。





▼十王堂 (閻魔堂)。桁行三間、梁間三間、寄棟造、本瓦葺。宝永四年 (1707年) 建立。





▼なんと個性的な!閻魔さん。





▼広~い境内。





▼常念仏堂。桁行五間、梁間二間、寄棟造、本瓦葺。平成十七年 (2005年) 建立。





▼常念仏堂扁額。





▼本尊 五劫思惟阿弥陀如来坐像。像高120cm、木造漆箔、造像江戸期。





▼折上げ格天井に円形天蓋。中心蓮華から放射状に光条。





▼チョット不貞腐れ気味、五劫は長過ぎて、螺髪は重すぎるんでしょう、お察しします。





▼あまりにきれいなので、も一度常念仏堂。





▼護摩堂。三間四方宝形造、本瓦葺。弘化四年 (1847年) 建造。本尊不動明王。





▼鎮守三社。中央弁天さん、左住吉さん、右天神さんをお祀り。





▼お堂三方に絵馬がこれでもか。





         ▼なにかの供養塔です。





▼縁起堂。安珍清姫の歌舞伎、能、文楽など芸能資料を展示し、ここで住職が絵解き説法をします。





▼鐘に隠れた安珍を焼き殺す図(道成寺縁起絵巻) 写真はネットから



安珍清姫悲恋物語。
延長六年 (928年) 熊野参拝の途中、一夜の宿を求めた僧安珍に清姫が懸想し、恋の炎を燃やし、裏切られた
と知るや大蛇となって安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺すという「安珍清姫の物
語」の悲恋は「法華験記」に記され、「道成寺物」として能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎でもよく知られている
お話です。


女人に逆らったらえらい目に、お~コワ。男性諸氏、誠心誠意ですよ!


▼ほとんどが清姫の歌舞伎絵や写真です。





▼大寳殿。国宝、重文級の仏像二十数体が祀られている超豪華仏像ジェネレーション。
 昭和五十三年(1978年) 建立。
 旧本堂本尊 千手観音菩薩立像 (国宝)。像高3.2m、檜一木造、漆箔、平安初期造像。
 右脇侍 日光菩薩立像 (国宝)。像高2.52m、檜一木造、漆箔、平安初期造像。 
 左脇侍 月光菩薩立像 (国宝)。像高2.42m、榧一木造、漆箔、平安初期造像。



久々見応えのある仏像群、特に四天王像、中でも兜跋毘沙門天立像 (重文) は出色 ! 
写真をお見せ出来ないのはなんとしても残念!
写真は道成寺HPからお借りしました。



▼御朱印です。





和歌山の片田舎の小さな町と云ったら失礼なんですが、道成寺はワンダフルな超豪華仏像のオンパレード!
往復250kmの道程はなんのその、天気は不愉快 ! 気持ちは愉快! な道成寺でした。
帰りは紀三井寺に寄ります。西国霊場札所の御朱印を戴きに。 





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