徒然地獄編集日記OVER DRIVE

起こることはすべて起こる。/ただし、かならずしも発生順に起こるとは限らない。(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』)

絶対に負けられない戦いが、そこにはある(ドローも可)/第34節 甲府戦

2014-12-11 03:54:57 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス11~14


柏戦から書き始めよう。2005年の、同じ日立台を思い出した人も少なくなかったであろう大勝負である。
しかし失点癖は収まるどころか安定しつつあり(つまり、必ず失点する)、ウノセロのような、渋い残留争いらしいゲーム内容は望むべくもない。ボールキープもままならず、かといってチェイスも中途半端なまま、このゲームもまた早い時間に失点を喫したことでチームは混乱した。
11月は毎回バーやポストに直撃するようなシュートを見ていたような気がする。そして毎回、その度にあのシュートが決まっていたのならばゲームはどうなっていただろうと思った。もう時間は十分過ぎていたし、手遅れのような気もしたが、敗色濃厚なゲームであっても、そのシュートが決まるだけであチームやスタンドを勇気付ける。しかし、そのシュートが決まらない。
「次だ、次」と呟きながら、もはや「次」しかない今シーズン最後のゲームに切り替えるようにスタンドを後にする。
そして日立台でのゲームの後にキックオフした名古屋対大宮戦は終了間際の小川のゴールで名古屋が勝ち越し、大宮とは勝ち点も得失点差も関係なく、最終節で勝ち点1以上を積み上げることができれば残留することが確定した。

そして最終節。ゲーム後のレポートでは直前に漏らしたコメントが紹介されている。いかにエノキが追い詰められていたのかを物語るものだ。当然柏戦をあっさり負けたものの、その直後に大宮が前節の終了間際に勝ち点を落としたこと。これがいかに「幸運」だったか。シーズン序盤のドローは大した意味は持たないが、終盤のドロー(勝ち点1)は大きな意味を持つ。

大榎「絶対に勝たなければいけない状況で甲府と戦うのは何としても避けたかった。引き分けでOKという状況で迎えられるのは本当に幸運だと思っています」(【J1:第34節 清水 vs 甲府】レポート:泥臭く、なりふり構わず戦った清水と、自分たちのサッカーを貫いた甲府。清水が最後に完封試合を実現し、勝点1差で自力残留(14.12.07)/前島芳雄

それほど「勝たなければならない」という乾坤一擲の戦いはプレーヤーやスタンドにプレッシャーを与える。ましてや甲府のような堅守速攻で生き抜いてきたチームを相手に「勝たなければならない」のは、エノキでなくとも実にしんどいミッションだったことは想像に難くない。その選択肢が拡がったことは、確かに幸運以外の何者でもないだろう。
とはいえ降格決定の上にチーム状態もさらに悪化していると思われるセレッソをホームに迎える残留巧者の大宮もまたきっちり勝ち点を積み上げてくることも十分に予想できる。
「絶対に負けられない戦いが、そこにはある(ドローでもいい)」という戦いはこういうゲームを指す。

残り20分、甲府の最終ラインがきれいな直線の壁を描き、侵入どころか駿とノヴァコへの「放り込み」もはまらない攻め切れない停滞感が漂う状況で(むしろ勝ち点1のドローを狙うならばその「膠着」もアリ、なのだが)、甲府の2本のミドルシュートを叩き込んできた。残留争いだけではなく、この1年間叩かれっぱなしだった櫛引がそのシュートを全身で弾き返す。
そのシュートが狼煙になったのか、それから先は甲府の攻撃しか印象に残っていない。後からスカパーでビデオを見直してみると、そのときの印象ほど「一方的」ではなかったのだけれども、そこから20分はひとつひとつのプレーにスタンドから悲鳴や怒声が上がっていた。
この展開で、ここまで残留争いのヒーローを演じ続けてきた村田を投入することはとても考えられなかった。まだゲームが残っているのならば、または理想主義者のエノキならばその選択もあり得たのかもしれない。しかしエノキは生き残るために弦太を投入し、守り切ることをピッチとスタンドにメッセージしたわけだ。
事前にエノキの来季続投も発表された。理想主義者としての大榎克己の本来の戦い、清水エスパルスのマネージャーとしての戦いはこれからも続くのだから、ここで玉砕してもらうわけにはいかないのだ。

大榎「今思えば、途中でもうちょっと自分の思いきりとか、自分が思うことをもっとやっても良かったかなという後悔はあります。ただ、最後に来たら、理想も何もなかったですね。とくに今日のゲームに関しては、美しいとか良いサッカーとかじゃなくて、泥臭くてもどんなことをしてもという形になってしまいました」(J's GOAL 12月6日付

しかしこの結果を受けて健太体制の2年目や焼け野原からの出発だったゴトビ体制のようなロマンチックなストーリーを紡ぎ出すことはできない。「健太となら落ちても構わない」とまで言われ、ある意味でフリーハンドを与えられた長谷川健太は旧体制のブレイカーとして2002年までのチームを壊し、堅守速攻のチームを構築して(清水なりの)黄金時代を築いた。ゴトビはエクストラの2011年を経て、2012年には若手を中心にほとんど完成形のチームを作り上げてしまった。毀誉褒貶はあるものの、野心家のマネージャーとして彼にしかできないであろうことを次々と実現してきたのは確かだろう。
エノキは一体何を作りあげてくれるのか、クラブはどんなサッカーを、方向性を見せるのか。それはまだまったく見えてこない。それはフロントの責任を問わなければ始まらないと思うのだ。経営を言い訳に「経験」をなおざりにするこれまでのクラブの方向性は見直されなければセレッソの二の舞である。
ピッチやスタンドで流したプレーヤー、スタッフとサポーターの涙はあの夜限りにして欲しいと思う。

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