ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

1999 未来からの回想

2006-07-01 | Weblog
男の机の前を、女が通り過ぎる。若く、仕事への意欲に満ちたはつらつとした二十代半ばの女。天気がよく、オフィスの窓から差し込む陽射しがまぶしい。女はその光の方に歩いていく。窓際に並んだ棚に置かれた書類を取りにいくところらしい。なんの変哲もない、職場のありふれたひとコマ。

男は退屈にまかせて想像してみる。この女がいつか将来結婚して、子を産み、育てていく日々の姿を。そして、その子になりきって、未来から逆向きに今日いまの情景のことを考えてみる。二十年後、三十年後、あるいはもっと後に、いま男が見ている小さな情景が彼女の子供にとって一体どんな意味と重さをもつことになるのかを。

決して見ることができない遠い過去の若い母親の姿を、もし男がいま見ているようにその子が見ることができるとしたら。それはその子供にとっては奇跡の情景ということになるだろう。だとすれば、男はいまその奇跡を目撃していることになる。神々に媒介されない奇跡。その必要もないミラクル。男はそう思い至って、もう一度女を見た。

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