9月18日は、千葉の演劇鑑賞会の例会日でした。
今日の演目は「宝塚BOYS」です。上演時間は3時間だと聞いてイワン・アサノヴィッチは少しウンザリしました。
と言うのは、イワン・アサノヴィッチはミュージカルの類いは余り好きでありません。
上演終了後にサークル仲間と一杯やるのが楽しみで、半ばイヤイヤ観劇しました。
よく言われる、余談・偏見・先入観というものです。観る前にウンザリしてしまうのですから。
演目プログラムには「かって宝塚歌劇団に男子部が存在した! 懸命に頑張った男達の実話を基にした青春グラフィテイ!!」という言葉が踊っていました。
終戦直後の昭和20年秋、幼い頃から宝塚の舞台に憧れていた青年が、宝塚歌劇団創始者の小林一三に直訴し宝塚に男性登用を訴えました。
小林一三自身も、宝塚に男子部を編成して”国民劇”にして行く考えがあり、早速に第一期生が創設されましたが、劇団内や観客からは反対の声が強く前途多難な出発となった訳です。
男子部担当の教官・池田和也が面白い。じつはイワン・アサノヴィッチの現役時代の上司にそっくりな人物で優柔不断、お人好し、決められないという人間なのです。
心なしか顔や声まで似ているようにも思えました。
<o:p></o:p> 『宝塚は“清く正しく美しく”がモットーだ。女子生徒と口を効いてはいかん!』
『訓練期間は2年だが実力が認められれば仕事を与える。』
と池田教官は発破を掛けるのです。
男子部のメンバーはいつの日か大舞台に立てることを信じ、厳しいレッスンに励む。
しかし、月日は流れても男子部反対の声は強くなりこそすれ弱まることはなかった。
そんなある日、宝塚男女合同公演の計画が持ち上がった。喜びに沸く彼らだったがぬか喜び、結局はご破算の憂き目にあってしまう。
劇団と男子部の間に挟まったお人好しの池田教官が男子部メンバーの熱い夢と劇団の固く冷たい対応に翻弄される姿が哀しくもあり滑稽でもありました。
イワン・アサノヴィッチは、とある昔の上司を想い浮かべながら観劇していました。
男子部解散が決定され、メンバーの夢は儚(はかな)く消えました。儚い夢ほど、じつは熱い夢だったのです。
ラスト、男子部メンバーのレヴィユー“リラの花咲くころ”は艶やかな中にも哀調切々とした心の訴えがありました。
イワン・アサノヴィッチは3時間前の「余談・偏見・先入観」そっちのけで、男子部の”熱くも儚い夢”の饗宴に大きな拍手をしていました。
最新の画像[もっと見る]
- 孫娘の美結は、ギャルに変身中? 6年前
- 映画・ラッキーを観て(1) 切ない記憶。 6年前
- 「twitter」&フエースブック投稿集 7回 7年前
- じゃがいも「そうか病」発生 9年前
- 分けつネギが少数派になっている 10年前
- 映画、フォックスキャッチャーを観て 10年前
- ファームの野生動物は空腹 10年前
- ファームの野生動物は空腹 10年前
- サツマイモ収穫未了 10年前
- 畑、夏の日の残照・トマト 10年前
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます