読書日記 嘉壽家堂 アネックス

読んだ本の感想を中心に、ひごろ思っていることをあれこれと綴っています。

小説十八史略(二) 陳舜臣 講談社文庫

2014-12-03 22:48:35 | 読んだ
実は、今はもう第四巻の途中まで読んでいる。

第四巻は、いわゆる「三国志」の時代なので面白い。
何度読んでもわくわくする。

さて、第一巻で、中国は始皇帝によって統一された。
第二巻は、統一によって滅ぼされた国の人たちの復権と、始皇帝の大事業に繰り出されてあえぐ人たちが、「秦」に反抗し、更には秦を滅ぼそうとする争いが主に描かれている。
そして、つまりは「項羽と劉邦」に集約され、ついには漢の建国となるのである。

この間、多くの人たちが登場し滅びていく。

第二巻は、始皇帝の死から始まるといってもよい。
秦は、というか秦も、跡目争いが亡国の始まりである。

秦という国は「法」で成り立っているが、法をむやみやたらにきつく使うと暮らしは大変になる。まして自分の快楽のために法を用いると大衆は貧乏になる。(現代でも某国ではこのありさまではないか)

で、秦に初めて
叛旗を翻したのは農民出身の陳勝と呉広である。
この陳勝に史上有名な言葉がある。
「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」
である。
更に
「王候将相、なんぞ種あらんや」

この言葉が秦を滅ぼす者たちの合言葉になったというか合図になった、ようである。

楚の王族である「項羽」と、出自も定かでない「劉邦」の争いは、劉邦の勝利となり「漢」が建国される。

劉邦が最終的に勝利したのは、「徹底敵な楽観主義」と著者はいう。更に、すべてのことを一人で行う項羽と人材を集め任せる劉邦。
特に劉邦のもとには最高の軍師である張良がいた。
これが大きかったような気がする。

劉邦は天下取りの際、秦の煩雑な法体系から「法三章」という簡易な法体系に改めたのも大きい。

天下を取るものにとって、最も必要なものは、多くの人から支持されることである。

「四面楚歌」
とは、楚の王族である項羽が敵に囲まれ、その囲んだ敵が楚の歌を歌っている。つまり自身の出身地の人々が敵に回ったということである。

項羽と劉邦の争いの中で有名なことや場面が多くある。
「鴻門の会」「虞美人草」などは、名場面であるといえる。

そして漢帝国が誕生すると
「狡兎死して、走狗煮られ、高鳥尽きて、良弓蔵さる。敵国破れて謀臣死す」
で、粛清が行われた。

これはいつでもどの組織にもあることだ。
徳川幕府が出来上がって有力大名が取り潰され、明治維新が成って元勲たちが争う。
もっと言えば、仁義なき戦いでも、組織が出来上がるたびに内輪揉めが起きる。
対外的に争うときはまとまるが、争いに勝つと分裂する。
そんな傾向を人間は持っているのかもしれない。

さて、第三巻は、漢帝国の初代劉邦が亡くなると、妻である呂太后が実権を握り、内部の争いが起きる。

そして、その後は、文帝、景帝と名君が続き、漢の黄金時代を築いた武帝の登場となる。

とここまでが第二巻である。

争いが続く世の中では、出自の貴賤や貧富の差はあまり関係ない。つまりこれらのことは秩序のなかでこそ生まれる「差」なのである。

もちろん、平和な世の中は素晴らしいものであるが、行き詰った世の中は平和が時に毒になる。
その毒を消し去ろうとして、人間は自家中毒のように戦争を繰り返してきたのである。

人間の歴史とは争いの歴史なのかもしれない。
だとしたら、今後も争いはいろいろな形で今後も続くのであろう。その際には、争いが悲惨な結果を生まないような工夫をすることが、これからの人間が考えなければならないものだろう。
そんなことを、歴史の本を読むと思うのである。

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