A Day In The Life

日常のあれこれなどを・・・

もうアイマールはサラゴサに

2006年07月30日 17時58分43秒 | Preseason 2005,06,07,08,09,10
ついさっき悲しみに暮れた記事を書いたんですけど、今asでパブロの笑顔を発見して少し安心しました。ここにいると時差の計算がよくわからなくて頭が混乱するのですが、29日のヌマンシア-サラゴサの親善試合をスタジアムで観戦したよう。(カリフォルニアでは土曜日の昼間だったのかしら。)ソリアまで高速道路で旅をしたとあるので、バレンシアでみんなにお別れを言ってすぐに出発したのかも。ロッカー室でミリート、ダレッサンドロ、ポンシオ、ビクトルなどと会ったそうです。なんにしろアルゼンチン人選手が多いのは嬉しいです。
正式なプレゼンテーションは明日の12時に予定されていると書いてあります。(でも明日って日曜日のこと?月曜日のこと?) 

ヌマンシア-サラゴサの試合についても読みたいところですが、もうここでは午前2時近いのでまた明日にします。(実験は続くも、1-2でサラゴサ勝利と書いてある。)

サラゴサのオフィシャルページはずいぶん前にブックマークしたし、新聞も一つは発見しましたが、後はまた一からやり直し。バレンシアのときのようにたくさん情報が入手できればいいのですが、どうかなあ。

涙が止まりません

2006年07月30日 15時33分44秒 | Preseason 2005,06,07,08,09,10
アイマール自身が決心したことならと思っていましたが、いろいろな記事を読むと我慢できずに泣けてきてしかたがありません。まず朝一番にパノラマの記事を読んで、涙がどっと出たのですが、夜になってLas Provincias、レバンテと読むにつれ、もう涙がとまらない状態に。
とりあえずパノラマの全文。


アイマールは静かにバレンシアを去る
昨晩アルゼンチン人選手は、サラゴサと4年間の契約

バレンシアがファンの前でお披露目をする数時間前、パブロ・セザール・アイマールはパテルナを出るときにこう言ってバレンシアを去ることを確認した、「これが僕が来る最後の日だよ。」金曜日の夜、サラゴサとバレンシアは移籍金1100万ユーロ、4年間の選手の年俸150万ユーロで合意に達した。アイマールは今朝の時間を利用してパテルナに行き、練習していたチームメートたちに別れを告げた。

この数日、バレンシアはパブロ・アイマールが土曜日のプレゼンテーションに出ることのないよう交渉を急いでいた。なぜなら彼はファンたちからアイドル視されている選手で、クラブのフロントのメンバーたちがブーイングをされる恐れがあったから。
パブロ・アイマールは2001年12月にバレンシアのクラブ史上最高移籍額の選手としてクラブに加入。5シーズンの間、パジートは全てのファンが期待したような爆発的活躍を見せることはなかったが、まちがいなく何百人ものファンの心を掴むことには成功した。

今朝、アルゼンチン人選手はパテルナに行き、チームメートに別れを告げた。出てきたときにこれが「僕が来る最後の日」と確認し、付け加えて「出ていくのは悲しい。ファンたちは僕をすごい選手のように扱ってくれたから。同じようにしてくれる場所を見つけるのは難しいだろう。」今のところ多くの期待をすることなく去る中盤選手はこのように説明した。「クラブの誰も僕を別のチームにオファーしたと僕に言わなかった。」そして、「他の人から知ったとき」には不快に思ったことを認めた。バレンシアを去ることになった理由は「いくつかのことの合計」で、それが契約更新を完全に彼に納得させる妨げになった。アイマールはバレンシアのファンに対し、全シーズンでの愛情に対し「本当にありがとう」と述べた。

アイマールは、オランダ合宿に参加しなかった代表選手たちに別れを告げた。ロッカー室で10分間を過ごしたあと、駐車場で彼に別れを惜しむファンたちにサインをしてパテルナを去った。その中でも、ある若いファンはアルゼンチン人選手がバレンシアを去ることを悲しみ泣き出したが、彼を慰めたのはアイマール自身だった。
アイマールに別れのあいさつができた選手は、カニサレス、アジャラ、マルチェナ、ビージャ、フィオ-レ、クライファート、デルオルノ。それ以外の選手たちはプレゼンテーションでの親善試合に出るため練習には不在だった。


Las Provinciasはこんな風に:


ファンのうちの一人は、本当にアイマールの出発に感動的なトーンを添えた。そのファンはアルゼンチン人選手の車まで近づき、アイマールの前に来ると涙を抑えることができなくなった。サッカー選手自身が彼を慰め、彼にお礼を言った。このようにしてパブロ・アイマールは沈黙のうちに、決して騒ぎ立てることなく、5年間自分を励ましてくれたバレンシアのファンに感謝の言葉だけを残して去っていった。
「僕が得たもの、バレンシアで見つけた最大のことは、ファンたちの愛情。道で出会うたびに人々はいつも励ましの声を掛けてくれた。僕はとても感謝して去っていくよ。」
バレンシアではまるで自分の家にいたようだったと述べ、「人々はいつも僕をすごい選手のように扱ってくれ、感謝の気持ちで一杯。」と、バレンシアのユニフォームを着て成し遂げたことに誇りを持ち、満足して付け加えた。しかし今はサラゴサで新しいステージを始めることも彼は認識している。「サラゴサは、僕に大きな興味を示し、僕のことを求めてくれ、そのことを重要だと思っている。」
アイマールの退団により、彼の熱狂的なファンと彼を中傷する人々との論争に彩られたバレンシアの一時代は終わることになった。


レバンテより抜粋


カイは、クラブが噂を否定しなかったときに、自分は移籍させられるだろうと推測した。

パブロ・アイマールは来た時とおなじようにバレンシアを去った。良識のある言葉とともに、別れのような大事な場面にふさわしく、誇張やわざとらしさ一切なしに。

2001年自分のプレゼンテーションでアイマールは「いつの日か人々が僕のことをケンぺスやピオホに対してと同じくらいの愛情を持って思い出してくれたらと願っている。」と話した。昨日彼は、ためらうことなく「ここでほど愛されていると感じる場所は他にはないだろう。自分の知っているサッカーをするために最大の努力をした選手として、人々には僕を覚えていてほしいと思っている。」と述べた。

リオ・クアルト出身の選手は、先月クラブが彼の移籍を急いだことに失望を隠すことができなかった。アイマールは、クラブがもっと直接的で誠実な方法を取ってくれたほうが良かったと認めた。「最初に彼らが僕を数チームにオファーしたというニュースがあり、クラブからはそれを否定する連絡がなかったとき、そうした噂は本当なのだと理解しなければならなかった。」


いろいろな見方はあると思うし、私はアイマールのファンだから偏った風に見ているのかもしれない、でもパブロの言葉から推測する限り、パブロが自分から移籍を望んでいたなんてやっぱり嘘だったのではないかと思えてなりません。最後のレバンテ紙での言葉から、私のようなファンとなんら変わることなく、パブロ自身も自分の状況がわからないままでいたんだな、クラブからすべてを否定する連絡を待っていたのかな、と想像すると胸が締めつけられるよう。なんでサラゴサなの?と何度も考えたけれど、単にクラブが移籍を決めていて、自分に興味を示してくれたのはサラゴサだけだったからなんじゃないかな。自分を他のチームにオファーしたというニュースは、パブロにとってまるで死刑判決のようなものだったのかもしれない。
バレンシアに5年間も在籍して一応は人気選手の一人だったのに、この扱いはどうなの?と怒りは抑えることは難しいけれど、パブロ自身が静かに去ったのだから、私もそうしなくては・・・と頭ではわかっていてもやっぱり、やっぱり・・・。

少なくとも上の記事を書いた記者たちは、アイマールの誠実な態度に感銘を受けているような気がして、ほんの少しだけ慰められます。アイマールのことを誇りに感じ、こんな選手のファンで良かったとしみじみ思う。もちろん決して騒ぐことなくチームを出ていくだろうと確信していましたが、あまりにもパブロらしいから・・・。でもね、こういう誠実さに報いはあるの??? いつの日か報われるときが来ると信じるしかありません・・・・・。