尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

5月の映画日記①-新作の話

2014年05月30日 23時00分37秒 | 映画 (新作日本映画)
 5月に見た新作映画の話。新作と言ってもロードショーだけではなく、名画座に下りてきた映画も含む。いまや東京などで少数が生き残っているだけの名画座だけど、大画面の新文芸坐など、ちょっとしたミニシアターより鑑賞条件はいい。劇場や寄席は椅子が狭い所が多くて疲れる。一日何回も上映できる映画と違って、あまりゆったりした劇場を作ると採算が合わないかとは思うけど。

 その新文芸坐で「ゼロ・グラビティ」「キャプテン・フィリップス」の二本立て、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」「スノーピアサー」の二本立てを見た。最後の「スノーピアサー」を除き、今年の米アカデミー賞作品賞ノミネート。他には「それでも夜は明ける」「アメリカン・ハッスル」「ダラス・バイヤーズクラブ」「ネブラスカ」「あなたを抱きしめる日まで」ともうすぐ公開の「her/世界でひとつの彼女」の9本がノミネート。こうして見ると、一番破綻がなく、社会的意味も大きい感動作はやはり「それでも夜は明ける」になるのかなあと思う。

 「ゼロ・グラビティ」は、少し見たら僕の好みではないと判った。もっとも「2D」で見たから、「3D」で見るべきだと言われてしまうかもしれない。でも、映画の設定自体が心に迫って来ないのだから、同じだと思う。宇宙空間の再現とか、主人公をめぐる緊迫感などの緊張を評価する意見も判らないではないけど、「セデック・バレ」なんかこそが僕の評価する緊迫感である。結局、テーマそのものへの違和感というものから、僕は最後まで逃れられなかったのである。「キャプテン・フィリップス」も同様。別にソマリアの海賊にシンパシーを抱くわけではないのだが、あの米艦が現われるシーンなども見ると、正直「引いてしまう」という感じ。

 「ウルフ・オブ・ウォールストリート」は、この長い表題は何とかならないのか。「ゼロ・グラビティ」も普通は判りにくいと思うが(ちなみに、原題はただの「グラビティ」=重力」である)、こっちは「ウォール街の狼」ではダメなのか。この映画もそれほどすごいとは思えないけど、スコセッシ、ディカプリオのコンビが自在に映画空間を操っているのが楽しいと言えば楽しい。まだ、株取引がネットになっていない時代に、基本的には皆をだまして大金持ちになろうという話だから、これも後味は良くない。主演男優賞はマシュー・マコノヒーに持っていかれたが(こっちにも助演してる)、レオナルド・ディカプリオの薬物中毒シーンなどは見所で、「ギルバート・グレイプ」を思い出す感じ。ホントはこういう演技をしたいのだろう。「スノーピアサー」は、韓国のポン・ジュノがハリウッドで撮った大作で、「現代の箱舟」になってしまった列車内の階級闘争を描くSF。地球温暖化を防ぐため世界で協力して薬剤をまいたところ、世界が凍って人類は何でも自給できる列車に乗った人々以外は絶滅する。という設定が全然納得できないが、映画そのものはそれなりに面白い。ポン・ジュノは「殺人の追憶」が最高傑作。

 それ以外の新作は株主優待で見ることが多いが、先ほどのアカデミー賞ノミネート「あなたを抱きしめる日まで」も見た。主演のジュディ・デンチは素晴らしい。アイルランドで未婚の母が修道院に収容され、子どもは米国に多額の寄付と引き換えに養子に出されていたという実話の映画化。教会というところもひどいことをするもんだ。アカデミー賞関連では「8月の家族たち」が良かった。メリル・ストリープと言えば、アカデミー賞を主演で2回、助演で1回、他にもカンヌやベルリンでも受賞しているが、何と言ってもアカデミー賞主演女優賞に15回ノミネートという偉業をこの映画で達成した。今さらと思われ受賞しなかったけど、演技自体は今回は15回の中でも上の方だと思う。とにかく毒舌というか、すさまじい母娘の葛藤で娘のジュリア・ロバーツもすごい。ユアン・マクレガーやサム・シェパードなど助演陣も芸達者ばかりで、原作は戯曲だというが、すさまじい家族のいさかいを通し、いろいろと考えることになる。僕はこの映画はアカデミー作品賞にノミネートされてもよかったと思う。

 時期的にアカデミー賞関連が多くなったけど、実は一番良かったのはアスガ-・ファルハディ監督の「ある過去の行方」だった。この監督の名前が覚えられないのだが、イランの監督で前作「別離」がアカデミー賞外国語映画賞を取った。日本でもキネマ旬報2位。だけど、イラン独特のイスラム法に基づく様々の出来事が正直言って理解できない部分が多かった。その前のベルリン銀熊賞の「彼女が消えた浜辺」も同様。今回はフランスで作り、演出力の確かさと力量がまざまざと判る。昨年のカンヌ映画祭の女優賞を取っていて、ペレニス・ベジョと言っても判らなかったけど、「アーティスト」の主演女優である。今回は感じが全然違い、男を何人も変えて来た女。正式に離婚するために、イランに帰ってしまった夫を呼び返す。今の彼、その妻、母になつかない娘。娘が抱える心の悩みは何か。脚本も素晴らしい。これは傑作だと思う。

 日本映画の新作をあまり見なかったけど、呉美保監督、佐藤泰志原作の函館ロケ映画「そこのみにて光り輝く」。前に作られた「海炭市叙景」が、函館と言わず海炭市と名を変え、様々な人々を点描する(ロバート・アルトマンの「ショート・カッツ」みたいな)映画だった(原作も同じ)そこのに対して、こっちは函館の映画となっている。主演の綾野剛、池脇千鶴が素晴らしく、下層の男と女、傷ついた男と女の結びつきが心を打つ。今年の邦画の収穫だと思う。まあ、池脇千鶴もいい年になったなあと思ったけど。故市川準「大阪物語」の時は18歳、「ジョゼと虎と魚たち」は23歳だった。まあ、コンスタントに出てて去年だって「舟を編む」に助演してるけど、本格的主演で有力な女優賞候補だと思う。ところで、以上僕がいいなと思った3作「8月の家族たち」「ある過去の行方」「そこのみにて光り輝く」は共通性があると今気付いた。決して幸せとは言えない家族、男と女の葛藤が、美しい風景や忘れがたい都市景観の中でじっくり描かれる人間ドラマ。これは映画に限らず、ジャンルを問わず、そういう物語に惹かれる。別にSFやアクション、ミュージカルなどをそれだけで嫌いなわけではないけど。ちゃんとしたドラマが見たいというだけ。

 記録映画は「アクト・オブ・キリング」は別に書いたが、それ以外に「世界の果ての通学路」を見た。これはヒットするだけのことはある素晴らしい映画。特にあまり映画を見ない若い人に是非見て欲しい。「今年の見て良かった映画賞」を選ぶと絶対上位に行くと思う。ケニア、アルゼンチン、モロッコ、インドの4人の子どもたちが、何時間もかけて通学するところをドキュメント。アイディア賞ものの記録映画。いやあ、世界は広い。全国の学校にDVDを送って、日本の子どもたち全員に見せたい。

 一応書いておくと、岩波ホールでアンジェイ・ワイダ「ワレサ 連帯の男」をやってる。ワイダとしては作っておきたい映画なんだと思う。メイベル・チャン「宗家の三姉妹」、クリント・イーストウッド「J・エドガー」、マルガレーテ・フォン・トロッタ「ハンナ・アーレント」などと同じく、基本的に知ってる話だけしか出てこないので、こういう映画は困るなあ。まあ、知らない人の方が多いんだろうから、作る意味を認めないわけではない。「宗家の三姉妹」なんか、日本ならともかく、今は中国でも知らなかったなどと言われたらしいから。でも、見てて何の発見もなくて、そっくりさんを楽しむだけというのは辛い。まあ、サッチャーと違い、本人は問題ないけど。そう言えば、ポーランドの戒厳令を発布したヤルゼルスキの訃報も最近伝えられた。今こそ、全世界で「自主労組・連帯」が必要なんだと思うが、そういう作りではない。当時は日本でも結構ポーランド連帯運動があり、高橋悠治の水牛楽団のコンサートなどにも行った覚えがある。現代史、特にポーランドに関心がある若い人は、見て知識を吸収しておくべき映画だろう。そういうジャンルの映画というのもあっていいのだと思う。まあ、ワイダやゴダールがまだ活躍してることを素直に喜べばいいかもしれない。
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1 コメント

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作家・佐藤泰志 (PineWood)
2015-04-09 07:31:48
映画(海炭市叙景)(そこのみにて光輝く)原作の佐藤泰志の伝記映画も見ました。熊切監督の前者は見終えてから、原作本も読みましたが、良かったです。伝記映画では、書くことと生きることがテーマで、賞の選考会などが再現ドラマで表された所謂ドキュラマだった。
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