尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『迷宮の将軍』、シモン・ボリーバル最後の年ーガルシア=マルケスを読む④

2024年06月30日 21時48分03秒 | 〃 (外国文学)
 ガルシア=マルケスを読む4回目は『迷宮の将軍』。1989年に出て、日本では1991年に木村榮一訳で出版された。長い解説を入れて323頁ある。新潮社の「ガルシア=マルケス全小説」に入っているが、現在まで文庫には収録されていない。ここで「将軍」と呼ばれているのは、ラテンアメリカの解放者として知られるシモン・ボリーバル(1783~1830)のことである。一般的には長く伸ばさずシモン・ボリバルと呼ぶことが多い。世界史の教科書には一応出ていると思うけど、日本ではよく知られているとは言えないだろう。難しい本ではないが、なじみのない歴史を読んでる感じは否めない。

 この本は本格的歴史小説で、ガルシア=マルケスと言えば「マジック・リアリズム」だと思うと大間違いだとよく判る。シモン・ボリーバルが生まれた18世紀後半には、中南米諸国はスペイン(ブラジルだけはポルトガル)の長い圧政のもとにあった。ベネズエラに生まれたボリーバルは独立のために起ち上がり、ベネズエラだけでなく隣国のコロンビア、さらにエクアドルペルーボリビアの独立を勝ち取った。ボリビアという国名は、彼の名前にちなんで付けられたものである。
(シモン・ボリーバル)
 しかし、独立したラテンアメリカ各国は内紛が絶えず、病弱のシモン・ボリーバルには苦難の日々が続いている。彼は「ラテンアメリカの統合」を目指したものの、独立後の各国では旧本国の支配から逃れた有力白人貴族層の権力独占が強まっていた。孤立した将軍は大統領を辞任して、外国へ行きたいと思っている。それが1830年初めの状況で、その時点ではコロンビアにいた。船で川を下りながら様々な町で歓待を受け、その間に女性と会ったり療養したり…。もう病状は重くなっているが、政敵たちは病気と称して圧力を掛けているんじゃないかと疑っている。暗殺未遂事件まで起こり孤立は著しい。

 というような描写が延々と続く。決してつまらない小説ではないんだけど、この本はまあほとんどの人は読まなくていいんじゃないか。ラテンアメリカ史に強い関心を持っているか、またはガルシア=マルケスを全部読もうという人は別にして。普通はこれほど詳細にシモン・ボリーバルのことを知らなくていいよと思うんじゃないか。この本を読んで、この人は日本でい言えば誰だろうなと思って、西郷隆盛に近いかなと思った。そうしたら解説でも、司馬遼太郎翔ぶが如く』に言及されていた。

 コロンビアの人が西郷隆盛の小説を読む必要はないと思う。もちろん近代日本の成り立ちは多くの人に意味がある世界史的大事件である。だからラテンアメリカの人々が明治維新を研究してもおかしくない。同時にラテンアメリカの独立も世界史的大事件で、日本の読者がシモン・ボリーバルの本を読んでもおかしくない。ノーベル賞受賞作家の本なんだし、読んでみるべきだとも言える。しかし、ラテンアメリカの解放者であるシモン・ボリーバルについてこんなに詳細な本を書くのは、ガルシア=マルケスがラテンアメリカ人だからだ。20世紀末を生きるラテンアメリカ人として、シモン・ボリーバルに関心を持つのであって、僕ら日本人にはそこまでの問題意識を持てない。他の本を全部読んでしまって、これだけ残ったら読むかどうか考えればよい本だろう。

 決してつまらない小説じゃないと書いたが、一度読み始めれば読み続けてしまった。やはりガルシア=マルケスは読ませるのだ。しかし、コロンビアの地理や歴史になじみがない。もう200年前の話なので、我々には歴史的意味が薄い。だけど「読ませる」のは、シモン・ボリーバルという人がなかなかくせ者なのである。大金持ちに生まれて、ヨーロッパに遊学、19歳で若い(18歳の)スペイン人女性と結婚して、ベネズエラに帰って来た。しかし、熱帯の暑さに耐えられず妻は翌年に亡くなってしまった。それまで全く政治に関心を持たなかった彼は、その後突然スペイン人との戦争に乗り出したのである。
(マヌエラ・サエンス)
 そして、以後一度も再婚せず、行く場所行く場所で浮名を流した。しかしながら、1822年にエクアドル解放のあとでマヌエラ・サエンス(1797~185)と知り合い、二人は彼の死まで深い関係を続けた。マヌエラは「永遠の愛人」と呼ばれている。暗殺未遂事件を防いだのもマヌエラの功績である。夫がありながらボリーバルに惹かれ支え続けた。今はフェミニズムの観点から、ラテンアメリカ解放に貢献した女性として評価されているらしい。彼の死後も長く生きて、ガリバルディ(イタリア統一運動の指導者)やメルヴィル(『白鯨』を書いたアメリカの作家)にも会っている。(英語版Wikipediaに詳細な記述がある。)

 マヌエラがいても、将軍はいろいろな女性と付き合っていた。もう「そういう人」だったというしかない。人々は彼に「解放者」の称号を奉った。恐らく彼が望めば、「独裁者」あるいはさらに「皇帝」にさえなれたのではないか。だが彼はナポレオンではなかった。むしろナポレオンに対する大いなる批判者だった。そのような「自由人」である将軍は、だからこそ孤立を深めていく。その最後の一年を克明に追ったのが、この小説。見事な歴史小説だが、ここまで当時の情勢を知らなくてもいいなと正直思った。

 ところでちょっと前に、ミュージックビデオ「コロンブス」の問題を取り上げた。そのビデオではコロンブスがナポレオン、ベートーベンとパーティをする設定だったという話。そこで思ったんだけど、コロンブス(コロン)を批評的に取り上げるなら、パーティ参加者にはシモン・ボリーバルが招かれるべきだったんじゃないか。日本では知名度が低いかも知れないが、世界を意識した作品だったらラテンアメリカでは誰でも知っているシモン・ボリーバル将軍がふさわしい。

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