尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

原発事故から10年、日本は変わったのか

2021年03月18日 22時56分52秒 |  〃 (原発)
 2021年3月18日、水戸地裁は日本原電の東海第2原発運転差し止めを認める判決を出した。日本最初の原発は茨城県の東海原発で、こちらは廃炉作業中である。同じ場所にある東海第二原発1978年に稼働したので、すでに40年を経過している。東日本大震災では5.4mの大津波が襲来して一部の非常用電源も失われたが、残された電源で辛うじて冷却できたのである。
(東海第二原発差し止めを報じるニュース)
 茨城県の津波想定に対して、一応の津波対策を講じていたのである。6.1mの津波に対応できる防水工事は震災の2日前だったとウィキペディアに出ている。つまり、もっと高い津波が来ていたら「重大事故」が起こり、首都圏が「壊滅的被害」を受けていた可能性があった。再稼働を求めているということは、「40年を超える対策」が原子力規制委員会から2018年に認められているのである。しかし、こんな原発が必要だろうか。早く廃炉にすべきだと思う。
(勝訴を喜ぶ弁護団)
 かつてはほとんどなかった原発差し止め判決が、原発事故後には時たま出るようになった。事故以前は2006年の金沢地裁による志賀第二原発だけ。以後には大飯原発高浜原発伊方原発と差し止め判決が出ている。こういう判決が出るようになったのは、日本の司法も変わってきたのだろうか。そういう部分もあるだろうが、東海第二原発差し止め判決が出た同じ18日に、広島高裁は伊方原発差し止め決定を取り消す決定を出している。
(伊方原発差し止めを取り消す決定)
 上級審でひっくり返るというのは、大飯、高浜原発でも起こっている。そこで思うのは、「少しは変わったけれど、最後は負けてしまう」という日本の現実である。これは他の多くの裁判でもよく見られるし、裁判以外の人権問題でもよくある。「市民運動」の側は生活があるから永遠にやっていられない。「国(自治体)」「会社」は担当者が代わりながら誰かが仕事として遂行する。「仕事」だから、それでお金を貰えるが、「市民運動」は全部自腹なのである。

 かくして、東京五輪組織委員会前会長の「森発言」のようなことが起こる国が続いてしまった。10年前は僕もあれほどの大災害を目の当たりにして、日本もこれで大きく変わらざるを得ないだろうと思った。しかし、今は「徒労感」が残っているというのが正直なところではないか。もちろん変わっていることも多い。しかし、それは「良く変わった」のか、「悪く変わった」のか。少なくとも原発だけは、すぐにゼロでなくても縮小の方向に行くだろうと思っていた。
(現在の福島第一原発)
 10年経って、何か変わったどころか、日本はもっとどん詰まりになったという気がする。だけど、もっととんでもない苦難の地が世界にはいくつもある。「100%忖度なし」は僕だって難しい。でも、「書ける自由」がある間は、次の世代のために書いていきたい。10年経って、いや、50年、60年と言ってもいいけど、正直言ってこのような社会が来るとは思っていなかった。それでも「政治」を考えなければダメである。誰だって、「先人」があって生きてきた。未来の人にとっては、今生きている人が「先人」になるんだから
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「3・11」から10年、「防災教... | トップ | 学術書の危機ー消費税総額表... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

 〃 (原発)」カテゴリの最新記事