尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ドイツ映画の傑作「ある画家の数奇な運命」

2020年10月22日 22時40分44秒 |  〃  (新作外国映画)
 ドイツ映画「ある画家の数奇な運命」という映画を見た。そんな映画が上映されているって知らない人が多いと思う。僕もどんな映画か、よく知らなかった。調べてみると、2019年の米国アカデミー賞で外国語映画賞撮影賞にノミネートされていた。しかし、何しろ188分もある長い映画なので、なかなか見るヒマがなかった。日比谷シャンテでの上映もあと一週間になって時間も変わってしまう。急いで見に行ったのだが、これは素晴らしい傑作であり、「問題作」でもあった。

 1937年、ドイツ東部のドレスデン。7歳のクルト・バーナート少年が美しい女性と美術館にいる。この女性は叔母(母の妹)で、見ていた展覧会は、ナチス政権が禁止した絵画を集めた「退廃美術展」だった。解説者がこれらの絵画は民族をおとしめる退廃した精神の産物だと非難しする。カンディンスキーの絵を示して、腐敗した前政権は労働者の税金2000マルクをこの絵に使ったと言う。でも叔母は絵を気に入ったようで、クルト少年も興味を持つ。バスに乗って帰ると、車庫の運転手にクラクションを一斉に鳴らしてくれるように頼む。夕暮れの中に音が満ちていく。その後叔母は心に失調を来して悲劇的な運命をたどることになった。
(叔母とともに「退廃美術展」を見る)
 敗戦に伴ってドイツは東西に分割占領され、ドレスデンは東ドイツになった。クルト一家は社会主義政権の元で生きていく。青年になったクルトは、ある日美しい風景を眺めていて美のとらえ方が判った感じがした。教師だった父は生きていくためにナチスに入党したことで、戦後は解雇され苦労している。そんな中クルトは美術大学に行くように勧められた。美大では「鎌とハンマー」を持った労働者のデッサンをする。そしてある日エリー・ゼーバントと出会って親しくなっていく。エリーとその父親に関しては、観客だけが知る「ある秘密」がある。まさに「数奇な運命」である。
(美術大学でエリーと出会う)
 クルトは卒業後に「社会主義リアリズム」に則った壁画をたくさん頼まれる。一方でエリーとの関係をめぐっても、様々なドラマが起こる。ここでは詳しく書かないが、ナチス時代に戦争犯罪に関わったエリーの父カール・ゼーバントが、何故社会主義政権になっても医学界の大物として生き延びられたのか。そのドラマがもう一つのテーマとなる。クルトはやがて同じような形式に飽き飽きして、ついに越境することを決意する。(「ベルリンの壁」建設のちょっと前のことだった。)苦しい生活の中、クルトとエリーはデュッセルドルフ(ドイツ東部ルール工業地帯近くの都市)に移る。そこは現代芸術の最先端だと聞いたのである。
(政党ポスターを燃やす教授=ヨーゼフ・ボイスがモデル)
 30歳になったクルトはデュッセルドルフの美大に入れたが、そこでは多くの画家の卵たちが競い合っていた。教授の講義に出ると、ファルテン教授はSPD(社民党)とCDU(キリスト教民主同盟)のポスターを持ってきて、どちらも真実がないと火を付けてしまう。教授に気に入られたクルトは、何故教授がいつも帽子を被っているかの謎を教えて貰った。この教授は有名な現代美術家ヨーゼフ・ボイス(1921~1986)なんだという。後で調べて知ったのだが、見ているときは気付かなかった。僕も名前ぐらい知っているし、昔展覧会を見たこともある。自分のやりたい方法をなかなか見つけられないクルトだが、悩みながら自分の道を見つけて個展を開くところで終わる。
(ゲルハルト・リヒター)
 このように書いていても映画の魅力はうまく伝わらないだろう。このクルトという画家は、ドイツ現代美術を代表するゲルハルト・リヒター(1932~)をモデルにしているという。そう聞いても、僕は名前も知らなかったけれど、とても有名な人物だという。フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクという長い名前の監督(「善き人のためのソナタ」と言う傑作を作った)が映画化を申し込んだところ、名前を変えたうえ何が事実かどうか判らなくすることという条件を出されたという。その結果、このドラマチックな映画が生まれた。「事実」は違っても「ドイツ現代史の真実」は伝わったことだろう。
(瀬戸内海の豊島にある作品)
 リヒターの作品は日本でも数多く紹介され、瀬戸内海にある愛媛県の豊島(とよしま)に上記画像のような巨大なガラス作品が常設されているという。(香川県の豊島=てしまとは違う。)「一身にして二生を経る」と福沢諭吉は述べたが、クルト=リヒターの人生は一身にして三世を生きたのである。ナチス時代と社会主義時代と商業主義の西ドイツと。「ドイツ統一」を入れれば「四世」かもしれない。

 この映画は本当に撮影が素晴らしい。キャレブ・デシャネルがアカデミー賞にノミネートされた。この人はアメリカの人で、80年代の名作「ライトスタッフ」や「ナチュラル」でアカデミー賞にノミネートされた。都合6回ノミネートされたが受賞には至っていないという。光をとらえた心にしみこむような映像が心に残り続ける。ヨーロッパの町並みや自然が美しいということもあるが、クルトの人生としっかりと結びついた映像、構図も決まった映像美にも目が離せない。

 ナチス時代の障害者抹殺政策の恐ろしい内実をここまで描いた映画は珍しい。ドイツ東西の違い、「社会主義リアリズム」とは何か。アートとは何か。考えさせることが多い。そう言えば「退廃美術展」の解説を聞いていると、去年の愛知トリエンナーレで起きたことを思い出した。「民族をおとしめる芸術」なんて発想がそっくりなのである。なお、2019年のアカデミー賞外国語映画賞は、受賞作「ROMA/ローマ」以外に、「万引き家族」「COLD WAR あの歌、2つの心」「存在のない子供たち」といずれ劣らぬ傑作揃いだった。この作品も一歩も引けを取らない。時間を感じさせない面白さだった。
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