尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

2020年東京五輪問題①

2013年09月11日 23時45分39秒 | 社会(世の中の出来事)
 東京五輪招致問題については、ほとんど関心がなかったんだけど、東京に決まってしまった以上、無関心でも済まないので、思うことを書いておきたい。僕は前回に関しては、「かなり強い反対」という気持ちだった。2008年に北京でやったばかりで、8年後にまた東アジアに来るはずがない。東京の一公務員として、また都民として、「税金の無駄遣い」だと思ったのが一番の理由。それに加えて、気持ちとしてはこっちの方が大きいと思うけど、言い出した人が言い出した人で、都民のことではなく「人気取り」しか考えない「我欲の人」と思ってるから、成功させて勢いづかせたくないと思ってしまうのである。だけど、もし前回東京に決まっていたらと考えると、尖閣買い取り発言から発した一連の問題、また都政を放り出して「日本維新の会」共同代表として国政に復帰するなどという事態は起こっていなかったのではないか。歴史に「if」はないということだ。もう言っても仕方ないけど。

 今回は自分は無職で、2020年には完全な年金生活者だから、その頃現役の人に決めて欲しいという気持ちが大きい。年齢で言えば、1960年以降20世紀中に生まれた人々。2000年に生まれた人が今中学生になった年だから、まあそれ以上の年齢の人と言えばいいかもしれない。でも本当の気持ちは、「反対というより辞退」である。今回はローマも立候補していたのだが、財政危機問題で辞退したという経緯がある。(だから本来はマドリードも辞退すべきだったのではないか。)東京は、2011年に大震災、原発事故が起きた後で、今は招致活動に注力できる時期ではないとして辞退すべきだったと思う。僕が書いても仕方ないから書いてないと思うが、それが「常識」というもんではなかろうか。

 今後いろいろなことが考えられるが、一番恐ろしいのは「五輪開催中に第二次関東大震災が起きる」ということではないか。もちろん開催直前に起きてしまうかもしれない。その可能性はかなりの程度あるだろう。7月24日から8月9日までという開催時期からして、猛暑と多湿で世界各国の人々は苦しむだろう。「おもてなし」の時期ではない。しかし、まあ暑いのはアテネでも北京でも同じで、この時期にやるというIOCそのものがおかしいと思うが。僕はどうせテレビで見てるだけだから、どうでもいいんだけど、実際に裏方で働く警備や食事調理の関係者、選手の健康管理など本当に大変だと思う。それにしても、そういうことは事前に予測できても、地震は予測不能である。「開催期間に体感地震が起こる可能性」は、ほぼ100%だろう。2週間ほどの間に地震が一度もないことなんて、ここしばらくないんだから。こればかりは誰にもどうしようもない。 

 この東京五輪を決めたのは、IOC(国際オリンピック委員会)という組織である。いろんな問題はあるけど、東京が五輪を運営できないということはもちろんない。他の2都市より「安全パイ」という点は確かにある。だから、東京になるという可能性はかなりあるのではないかと僕は思っていた。でもそれは45%ぐらい。他の2都市よりは高いと思っていたのだが、他になる可能性もあったと思う。今回のIOC総会で一番重要なことは、おそらく今回もまたヨーロッパから会長が選ばれたということではないか。(第5代のブランデージはアメリカ人だが、白人であることは同じ。)IOCという組織は、世界の重要な組織の中でも一番貴族的で閉ざされた組織ではないだろうか。どうして、東京になったかも判るようで判らないが、レスリングがいったん外されかけて最後にまた復活した経緯なども、外部から見てなんだか全然判らない。世界すべてで100人ほどの、一般の選挙で選ばれたわけでもない人々が、世界各国の栄誉とぼう大なカネを動かしている。

 今回はバッハ副会長(ドイツ)が本命と言われつつ、対抗馬はウン副会長(シンガポール)という下馬評だった。しかし、ウン氏はたった6票しか取れなかった。「ウン会長、東京開催」ではアジア偏重ということにつきるのではないか。一方「バッハ会長、マドリード開催」は「まったくありえないことはない」と思うが、それでも「バッハ会長支持グループ」の中に「開催都市は東京に譲ってバランスを取る」という考え方があってもおかしくはない。これが今回「会長=バッハ、開催都市=東京」がIOCの多数派になった理由だと僕は思っている。東京が有力というより、バッハ会長選出を盤石にするための戦略である。

 「最終プレゼンが良かった」という人もいる。僕も見ていたのだが、確かに高い評価を受けるだけのものではあったと思う。その問題はまた別に考えたいが、東京選出が最終プレゼンが良かったためというのは、僕は信じていない。聞けばそういうことを言う委員もいるかもしれないが、それはタテマエである。あと数時間で3都市のどこかに決めなくてはいけない。自分はどこに入れるか、何の腹案も持たずに最終プレゼンに臨む委員がいるはずない。「プレゼンを見て決める」などというのは、ポーズに決まってる。どこかに約束してるのを秘密にしたいだけである。東京のプレゼンは、そういう人に「プレゼンが良かった」という理由付けを提供したということだろう。

 僕の考え、つまりIOC委員には会長選の方が重要だっただろうという考え方からすれば、東京選出は確実なはずだが、僕はそうは思っていなかった。それは今までにない「3都市競合」という理由である。前回リオ選出時は4都市(シカゴ、東京と落ち、最後はマドリードと決戦。)大阪が出た08年五輪は5都市で選挙した。(大阪は一回目に落ち、最後は北京が当選。)こういう風に4とか5で争うなら、最初は自分が推す都市に入れるしかない。でも、今回は3都市だから「まず決選投票に残る」という作戦がいる。当然、それぞれの都市には「強い支持」「弱い支持」の委員がいる。他都市の「弱い支持」委員に対しては、決戦では他に入れていいから、一回目はなんとか決戦に残れるように入れて欲しいと頼むはずである。「東京42」「イスタンブール、マドリード26」という数は、あと数人ずつが東京から流出していたら、全部が30台前半で横並びという数字である。だから、僕は東京が一次で落ちる可能性もなくはないと思っていたのである。

 結果は本当に珍しい2位が同点という結果で、2位決定戦という不思議なことが起こった。(これは本来は3都市で再投票するべきものではないかと思う。)その結果、「2,3位連合」が不可能になり、1位通過の東京に決定戦の票が集中することになった。(イスタンブールは決定戦で10票上積みしたが、東京は18票を上積みした。なお、スペイン人委員が投票できるようになったためだろうが、決定戦は2票多い。)2000年シドニー五輪決定の時は、イスタンブール、ベルリンが落ちた後、3回目は北京40、シドニー37、マンチェスター11だった。それが決戦で、シドニー45、北京43と引っくり返った。こういうこともなかにはあるわけだが、今回は2位決定戦なんかがあった以上、それは無理というもんだろう。

 イスタンブールは途中まで優位と言われつつ、最後に失速した。ソチやリオの工事遅れなどが響いたとも、反政府デモやドーピング問題が響いたとも言われるが、それらも大きいだろうが最後にシリア情勢緊迫化が影響したのは間違いないと思う。トルコもシリア反政府側に完全にコミットしている以上、やむを得ない部分がある。エジプトの政情混乱も続き、イスラム世界でのエルドアン首相の名声もかなり怪しくなってきた。最近は毎回立候補しているイスタンブールだが、次回はどうなんだろうか。それは南アフリカのケープタウンも同様。次回は1996年のアトランタ以来開催のない北米(というかアメリカ合衆国)が最有力だと思うけど、西欧のどこか(パリ?)も有力と言われている。それはともかく、五輪というものがどうあるべきか。また東京と日本は今後どういう影響が考えられるかなどを次回以後に。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« (改)宮崎駿監督の「風立ちぬ」 | トップ | 2020年東京五輪問題② »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

社会(世の中の出来事)」カテゴリの最新記事