尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ドント・ルック・アップ」、巨大彗星接近のブラックコメディ

2021年12月17日 22時50分07秒 |  〃  (新作外国映画)
 「ドント・ルック・アップ」という映画を見て、とても面白かった。でも、ほとんどの人は名前も知らないと思う。これもNetflixで12月24日から配信される映画である。その前に一部映画館で上映している。それはイオン系、テアトル系とUPLINK。大体いつも同じである。こういう特別上映は新聞、テレビ、雑誌などの既存マスメディアではほとんど宣伝されない。まだ配信前だからSNSでも話題にならない。気付いたときには上映が終わってるが、その時には配信で見れば良いということなんだろう。

 同じようなNetflix配信映画の「パワー・オブ・ザ・ドッグ」と「Hand of God -神の手が触れた日-」を劇場で見て、大変面白かったので記事を書いた。ところで、濱口竜介監督「ドライブ・マイ・カー」がアメリカのゴールデングローブ賞の外国語映画賞にノミネートされたので、他部門も調べてみた。先の2作品も大きく評価され、特に「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は作品、監督、主演男優、脚本など主要部門にノミネートされていた。(またテレビドラマ部門の作品賞に「イカゲーム」がノミネートされたことも話題になった。でも投票権者にアフリカ系が一人もいないと判明して、授賞式は地上波テレビで放送されないらしい。)

 話を「ドント・ルック・アップ」に戻すと、この映画も作品賞(コメディ・ミュージカル部門)、主演男優主演女優脚本部門でノミネートされている。主演はレオナルド・ディカプリオジェニファー・ローレンスのアカデミー賞受賞俳優。重要な脇役で、女性大統領にメリル・ストリープ、テレビ司会者にケイト・ブランシェットとこれもオスカー女優。大統領の息子で補佐官がジョナ・ヒル、ジェニファー・ローレンスとラスト近くで恋人になるティモシー・シャラメとアカデミー賞ノミネート俳優。さらに歌手役でアリアナ・グランデが出て劇中で歌っている。監督・脚本はアダム・マッケイで、「マネー・ショート」「バイス」などでアカデミー賞ノミネート。「マネー・ショート」ではアカデミー脚本賞を獲得したという超豪華スタッフ・キャストである。

 これだけの豪華キャストなんだから、大宣伝して劇場公開してもヒットするに違いない。と思うけど、こういうブラックコメディが今の日本社会で受けるかどうかには疑問もある。ミシガン大学の天文学教室。大学院生のケイト・ディビアスキー(ジェニファー・ローレンス)が天体観測をしている。と今まで知られぬ謎の天体を発見。数日間分を観測すると、次第に大きくなっている。地球に接近している未知の彗星らしい。指導教授のランダル・ミンディ博士(レオナルド・ディカプリオ)に報告して、二人で軌道を計算すると…。何回計算し直しても、地球に向かってきているではないか。数キロもある大彗星だから、このままでは太平洋に衝突して大津波を起こして、かつて恐竜が滅んだように全人類も滅亡である。
(ミンディ博士とケイト)
 もしかして、この一大事に地球人で一番最初に気付いてしまったのか。この衝撃的真実を国家上層部にどう伝えるべきか。NASAに連絡し、ホワイトハウスにも伝えようとする。それで何とか軍用機が派遣され、ワシントンに赴くが。ホワイトハウスでは、ジャニー・オルレアン大統領(メリル・ストリープ)の誕生日を祝ったり、最高裁判事任命問題が大もめにもめていて、全然会ってもくれない。やっと会って説明しても、全く危機感は伝わらず、息子の補佐官はヘラヘラしている。たかがミシガン大学の教授の計算が正しいのか。NASAでも確認したと同席した博士が保証するけど、マジメに受け取られない。

 それではということで、二人は「国家機密」をマスコミでバクロしようと考え、ケイトの恋人のツテで朝のワイドショー番組に出演できることになった。ところが司会者のブリー(ケイト・ブランシェット)たちは最高裁判事候補のスキャンダルや歌手のライリー・ビーナ(アリアナ・グランデ)が恋人のDJチェロ(スコット・メスカディ)と破局したというニュースの方が優先。スタジオにはビーナが来ていて、直撃するとホントはまだ未練…。というところでチェロとつながって、涙の復縁に。なんてことばかりやってて、いつ彗星をやるんだ。ラスト近くにようやく出演するが、ジョーク扱いにケイトは切れて出て行ってしまう。ミンディ博士はそれでも危機感を説明するが、本気にされず視聴者には全く届かない。
(テレビに出た二人)
 このあたりで風刺の行く先が見えてくる。コロナ禍前に書かれた脚本だから、コロナは入ってない。むしろ地球温暖化など科学者の警告を無視してパリ協定を脱退するようなトランプ政権がチラチラする。自己の政治信条と正反対に、この嫌みな大統領を楽しげにやってるメリル・ストリープがさすがに好演。ところが一転して、彗星の危機を直視すると緊急記者会見が始まるのは、最高裁判事問題で支持率が下がって中間選挙が危ないからである。そしてNASAが核兵器を搭載したロケットを打ち上げて、彗星の軌道を変える計画が実行すると発表する。そして打ち上げ日、成功したかと皆が喜んでいると、なぜかロケットが戻ってくる。

 マッドサイエンティストっぽいスマホ会社のCEOが出て来て、今や何でもAIで診断できるという。そういうスマホを開発している。彼が診断したところ、この彗星にはレアメタルがいっぱい。もっと近づいたところをドローンで破砕して、バラバラになった彗星をアメリカが独占してしまおう。そんなトンデモ計画を大統領に進言する。いよいよ彗星が近づいて、「ルック・アップ」(上を見よ)とミンディ博士がYouTubeに投稿する。アリアナ・グランデもここで「ルック・アップ」の歌を熱唱する。一方で「危機をあおるな」「分断するな」と大統領支持派は「ドント・ルック・アップ」運動を展開する。アメリカに除け者にされた中国、ロシア、インドが組んで独自の核爆破ロケットを打ち上げようとして失敗。人類の最後の期待はドローン計画に掛かることになるが。

 最後の最後まで目が離せない風刺の凄みが見事。日本では政治を描くとしても、「新聞記者」のように深刻になってしまう。こんなおバカな風刺は難しいかもしれない。保守派のみならず、リベラル派でもマジメ志向が強く、特に「触れてはならない領域」が多い。この映画で描かれるアメリカ政治は非常にバカバカしいが、それにも増してテレビもとんでもない。だがそれも視聴者の動向が背景にあるし、SNSが人々を分断してしまう。「科学」をバカにした結果、人類が危機に陥る。メッセージは明確だが、それよりも何でも茶化してしまおうという風刺精神こそこの映画の真骨頂だ。その意味で、アメリカ社会には健全で勇気があるとも思う。スタンリー・キューブリックの「博士の奇妙な愛情」みたいなブラックジョークの映画の収穫。
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