尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

佐藤究「テスカトリポカ」を読む

2022年01月09日 21時04分28秒 | 〃 (ミステリー)
 ミステリー系で次に読んだのが佐藤究(きわむ)「テスカトリポカ」(角川書店)。2021年に第165回直木賞、第34回山本周五郎賞を受賞した作品である。直木賞受賞前に評判を聞いて買ったものの、何しろ500頁を越える大作だから年を越すまで放っておいた。作者はよく知らなかったが、2016年に「QJKJQ」で江戸川乱歩賞を受賞した人だった。昔は乱歩賞受賞作は全部読んでたんだけど、最近は読んでないから知らなかった。それ以前は純文学を書いていて、佐藤憲胤(のりかず)名義で書かれた「サージウスの死神」で、2005年の群像新人文学賞優秀作に入選していた。その後なかなか成功せずにミステリーを書いたということらしい。

 何しろとんでもない作品で、好き嫌いは分かれるだろうが、作品世界の壮大さは誰しも否定できないはずだ。題名が覚えられないが、「テトラポット?」「テストポテチ?」「テスラ?」とかつい言ってしまう。やっと覚えた頃には、最初の方に出て来た人物を忘れかけてしまう。困った小説だが、この題名は古代メキシコアステカ帝国の最高神の名前なのである。作品空間はメキシコに始まって、ペルー、日本、メキシコに戻って、リベリア(アフリカ中西部)、インドネシア、そして日本に戻ってくる。特に重要なのは、メキシコインドネシア日本の川崎市である。時間的にはアステカ神話から、何と2024年までに及んでいる。刊行(2021年2月)の半年後の2021年8月に重大事が発生することになっている。

 メキシコとアメリカの国境地帯は麻薬カルテルが支配する暴力地帯となっていると言われる。そのことは時々悲惨なニュースが報じられるし、映画などにも出て来る。ミステリーではドン・ウィンズロウ犬の力」のシリーズが知られている。その地域で暮らしていた娘が兄が殺されて脱出する。いろいろと逃れて日本に来る。日本で働くが、ヤクザと結ばれて子どもが生まれる。しかし、父親は暴力が激しく、母親も薬物中毒になる。子どもはちゃんと学校へも通えずネグレクトされて育つ。そしてこの少年コシモはどんどん背だけが成長していく。この少年が主人公なのかなと思う頃に、話はまたメキシコに戻ってしまう。

 今度は麻薬カルテルを支配する4兄弟の話だが、敵対勢力に襲撃されて一人だけが生き残る。兄弟はネイティブの祖母に教えられたアステカの神々を信じていた。生き残りのバルミロは敵には北へ逃げたと思わせ、実際は南へ逃げて南米、アフリカを経てインドネシアに行き着く。そこでコブラ焼き(毒蛇のコブラを焼いて食べさせる)の店を開きながら、じっくりと時期を待っていた。そこで日本を逃れてきた心臓外科医末永と知り合う。今は腎臓移植のコーディネートをしている。事情あって闇医者になっているが、いずれは心臓外科に関わる仕事をしたいと思っている。
(佐藤究)
 この二人が出会うところから、悪魔的な大プロジェクトが始まるのである。インドネシアの過激イスラム勢力、中国マフィア、それに日本のヤクザ、闇医者が関わって、恐るべき闇の心臓移植が計画される。そこへ向けて、バルミロや末永も日本へやって来る。バルミロは川崎の自動車解体工場に、怪物的な部下を養成する。コシモはどうなったんだと思う頃、再登場したコシモはバルミロを父と仰ぐようになるが…。様々な人物が多々登場し、今は主要人物しか書いていない。バルミロがアステカ神話に基づく名前を日本人にも付けてしまい、小説でもそれで表記されるから人物一覧を付けて欲しかったと思う。

 あまりにも壮絶、壮大、残虐な血の描写、死のイメージが連続する小説で、体質的に読めない人もいるだろう。しかし、コシモを通して「暴力」を越える世界を遠望していると読むべきだろう。明らかに面白い世界レベルのノワール小説だと思うが、アステカ神話を背景にしたために説明的描写が多くなってしまった。神話的壮大さがある反面、説明で物語が進行してしまう弱さも感じる。コーエン兄弟の映画「ノー・カントリー」の原作、コーマック・マッカーシー血と暴力の国」はずっと短い分量で同じような世界観を示しているとも言える。しかし、長いといってもドン・ウィンズロウ「犬の力」ほどではない。メキシコからアフリカ、インドネシア、日本と広がっていく物語は世界レベルの傑作だと思う。まあ、あまり好きにはなれないなと思ってしまったが。
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