尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『アンデス、ふたりぼっち』、ペルーの「ポツンと一軒家」

2022年08月18日 20時51分26秒 |  〃  (新作外国映画)
 ペルーの『アンデス、ふたりぼっち』という映画が公開されている。南米の中でもブラジルやアルゼンチン、チリなどの映画は時々あるけど、ペルーは珍しい。しかし、ここでは書いてないけど、2021年には『名もなき歌』という映画があった。ペルー映画祭も行われたし、最近はちょっと活気があるようだ。『アンデス、ふたりぼっち』という映画は、アンデス山脈の5千mを越える高地に暮らす老夫婦の暮らしをじっくり見つめた映画で、思わずペルーの「ポツンと一軒家」かと思った。あまり詳しく知らずに見に行ったので、ドキュメンタリー映画かと思ってしまったのである。

 見ているうちに、これは劇映画だと判ってくる。ドキュメンタリーならもっと仕掛けがあるはずで、この淡々とした非情さは劇映画にしか出来ないと判るのである。きっと風景が素晴らしいだろうと期待したのだが、確かに素晴らしいと言えるかもしれないが、そこで現に暮らしていくには過酷すぎる。もうほとんど雲中の生活で、晴れることがほとんどない。いつもどんよりしていて、時には雷が鳴って雷雨となる。標高が高いから怖いなと思う。そんな中で、ウォルカパクシという二人が暮らしている。男子がいるということだが、家を捨てて町に住んでいる。86分の映画に、この二人の人間しか出てこないのである。
(ウォルカとパクシ)
 人間以外なら動物が出てくる。リャマ羊たちである。作物が出来るところではないから、生計は羊を飼って立ててきたのだろう。家は石造だが、屋根は茅葺きにしている。雨が漏れてきて、修理をしなくてはならない。老夫婦だけで大変だが、子どもはもう戻ってこない、自分たちは見捨てられたと覚悟している。しかし、電話もテレビもないような家で、インターネットどころか多分郵便配達も来ない。町へ出ても貧しい暮らしだろう息子からしたら、連絡する手段さえないのではないか。

 町まで行くのも遠いようで、なかなか行けない。マッチが切れかけて、買いに行こうとするがウォルカ老人は途中で倒れてしまう。夜になっても帰ってこないから、パクシが探しに来てようやく助け出す。このウォルカを演じるのは監督の実の祖父(ビセンテ・カタコラ)だという。妻のパクシは友人から推薦されたローサ・ニーナという映画も見たことがないシロウト。このキャストにホンモノらしさの秘密がある。マッチを買えなかったから、火を絶やさないように注意していたら、逆に火が強くなりすぎて火事になってしまう。その前には、キツネに襲われて羊たちが全滅する。不運がうち続く暮らしである。
(オスカル・カタコラ監督)
 この映画はペルー初の全編アイマラ語の映画だという。アイマラ語はボリビアとペルーでは公用語に指定されているというが、話者約200万という先住民の言語だ。アメリカ大陸の先住民は、ベーリング海を渡ったモンゴロイドだとされている。言語は判らないけど、風貌は日本人とも似ている。監督のオスカル・カタコラは1987年生まれの若い人で、この映画が第一回作品。しかし、何と2021年11月26日に第2作撮影中に死亡してしまったという。デビュー作にして遺作になったのである。
(リャマ)
 監督は小津安二郎や黒澤明の日本映画に大きな影響を受けたという。だからといって、人物をじっくり見つめると何でも小津だと評するのもどうかと思う。この映画は構図も凝っていて、ほとんど動かないカメラで撮られている。しかし、人物同士のドラマはないから、ドキュメンタリー・タッチという感じがする。実際、ここまで厳しい生活だと、世界を知る歓びより、見ていて苦しい暮らしをする大変さが先立ってしまう。なお、リャマが飼われているが、ラクダ科だという。グアナコから家畜化され、主に荷物運搬用に使うらしい。映画でもリャマに荷を積んで買い出しに行く。同じラクダ科のアルパカは毛を利用する家畜で、そこが違っている。ラクダ科だけどコブはない。このリャマの運命にも注目。

 面白いのかどうか判定が難しいが、こういう世界があるという知識もあって良いか。ペルーには首都リマ以外の地域を拠点とするシネ・レヒオナル(地域映画)があるという。この映画はその代表格らしく、米アカデミー賞のペルー代表に選ばれた。
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