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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『教皇選挙』、葛藤渦巻く極上「ミステリー」

2025年03月29日 21時49分56秒 |  〃  (新作外国映画)

 面白そうな映画が毎週公開されて、見る方も大変だが頑張って見ている。(お芝居や寄席に行く原資が欠乏してきた。)もちろん『ウィキッド ふたりの魔女』も良かったが僕が書く必要もないだろう。予想以上に面白かったのがエドワード・ベルガー監督『教皇選挙』。地味目ながら、興収ベストテンにも入って驚かされた。登場人物の葛藤の面白さでは、今年のアカデミー賞作品賞候補の中で一番かも。題名通りの映画だが、単にカトリック教会の内情を描くだけではなく、現代世界に通じる問題意識がある。

 米アカデミー賞でピーター・ストローハン脚色賞を受賞した。この人を調べてみると、ジョン・ル・カレ原作の映画化『裏切りのサーカス』の脚本を書いた人。なるほど、どうなるか展開の読めないハラハラが続くのは脚本の手腕か。原作はロバート・ハリス(未訳)で、2016年に出た。ハリスはポランスキー監督の『ゴーストライター』などの著書があるイギリスのミステリー作家である。この映画をWikipediaで調べたらミステリ映画とあって、あれミステリーなのかなと思ったが、原作者を見ても「狭義のミステリー」なのである。英米資本で作られた英語映画で、作家の映画ではなく練り込まれたエンタメだったのである。

(選挙を仕切るローレンス枢機卿)

 ローマ教皇が突然亡くなり、次の教皇選びが始まる。その選挙を「Conclave」(コンクラーベ)と呼び、長く続くことが多いので、日本のマスコミはよく日本だけしか通じないコンクラーベは根比べとダジャレを書くことになるわけだ。現在の第266代教皇フランシスコは5回目で選出された。何で長いのかというと、立候補制度がなく、当選には3分の2を要するからである。2024年の自民党総裁選は立候補者が9人もいたが、過半数を得た者がいないときは上位2人で決選投票を行うという制度なので、その日のうちに決まったわけである。ちなみにコンクラーベとはラテン語で「鍵が掛かった」という意味だそうである。

(アフリカ初か?)(保守派か?)

 最初から登場して選挙を仕切るのが、教皇庁首席枢機卿ローレンスレイフ・ファインズ)である。内閣官房長官みたいな役どころか。有力者とみなされているのは、リベラル派のバチカン教区ベリーニ枢機卿、保守派のヴェネツィア教区テデスコ枢機卿、穏健保守派のモントリオール教区トランブレ枢機卿、初のアフリカ系教皇を狙うナイジェリア教区アデイエミ枢機卿などである。枢機卿(すうききょう、すうきけい)は教皇の最高顧問として120人をメドに任命され、80歳を超えると投票権を失う。今まで日本人も7人在職していて、2人が現任。英語では「Cardinal」で、大リーグ球団セントルイス・カージナルスの由来だそう。

(アフガニスタンから参加)

 枢機卿は公表されているわけだが、映画では突然新枢機卿が登場する。それがコンゴ、イラク、アフガニスタンで宣教してきたベニテス枢機卿で、アフガンにカトリック教会の活動があるの? あまりに危険な布教なので教皇が秘密裏に任命したとのことで、正式な任命書を持参していた。いよいよ投票が始まるが、なかなか当選が決まらない。それどころか、有力者に「秘密」や「スキャンダル」が発覚して先行きが読めない。ミステリーと言っても、殺人のような狭義の犯罪が起きるわけじゃない。だけど、登場人物の謎が謎を呼ぶ展開が続くのである。そして「改革派」と「保守派」の深い分断が存在することも明確になってくる。

(イザベラ・ロッセリーニ)

 ところでカトリック教会では女性司祭を認めず、その事が大きな問題となっていて、女性の権利拡大はなかなか進んでいない。枢機卿ももちろん男だけで、いくら何でも現代の会議とは思えない。しかし、コンクラーベでは女性シスターも大きな役割を果たしている。枢機卿も食べなくてはならず、料理を準備したりする役はシスターたちなのである。シスターの責任者アグネス(イザベラ・ロッセリーニ)は「神は私どもにも目と耳を与えた」と語り、枢機卿たちのふるまいを見ている。まさに「シスターは見た」という感じで重大なセリフがある。総計7分間の出演シーンだが非常に印象深く、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。

(エドワード・ベルガー監督)

 監督のエドワード・ベルガー(1970~)は2022年に『西部戦線異状なし』でアカデミー賞国際長編映画賞を獲得した。第一次大戦を描く有名な小説、映画のリメイクだが、配信だけなので見てない。どういう人だか全然知らないけど、見事な人物造形に驚いた。主演のレイフ・ファインズは『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。この作品で28年ぶりにノミネートされたが受賞は出来なかった。アカデミー賞では他にも編集、美術、衣装デザイン、作曲など計8部門でノミネートされた。会場となるシスティーナ礼拝堂などのセットが素晴らしく、技術部門が高く評価されたのも納得。

 カトリック教会は多くの問題を抱えている。他宗派などとの協調、性的マイノリティや妊娠中絶などへの対応、女性司祭を認めるかなどの他、男児への性暴力などが明るみに出て隠ぺい疑惑が起こっている。そういう中で、何を「保守」して、何を「改革」するべきか。トランプ時代に「多様性」を擁護するとはどういうことか。この映画の真のテーマもそこにあるだろう。なお、教科書などでは「教皇」と呼ぶものの、日本のマスコミは長く「ローマ法王」と表記してきた。2017年に公開された『映画「ローマ法王になる日まで」』までは「法王」だったのである。ようやく「教皇」と表記するようになったかと感慨を覚えた。


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