尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『すべてうまくいきますように』、「尊厳死」を考えるフランス映画

2023年02月13日 22時39分21秒 |  〃  (新作外国映画)
 フランス映画のフランソワ・オゾン監督『すべてうまくいきますように』は、とても良く出来た映画だった。なめらかに進行して、判りにくいところがない。いや、人間の人生には不可解なことが多く、映画を見ていて疑問も多いのだが、見てると何となく判ってくる。説明過多ではなく、観客が次第次第にそうだったのかと感じられるように作られている。そのストーリー展開そのものは納得できるんだけど、この映画の肝心の主題である「尊厳死」に対する疑問は尽きない。

 フランソワ・オゾン(1967~)は20世紀末から活躍していて、初期作品では『まぼろし』『8人の女たち』『スイミング・プール』などが評判になった。その後も順調に映画を作り続けていて、フランス映画界では中堅から巨匠になりつつある。ここでは『婚約者の友人』や『グレース・オブ・ゴッド』(ベルリン映画祭銀熊賞)を書いている。ゲイを公表していて、性的マイノリティをめぐる映画も多い。ここでは書かなかったが、前作『Summer of 85』も同性の友人と出会う「ひと夏」を鮮烈に描いていた。

 全然知らなかったのだが、今名を挙げた『まぼろし』『スイミング・プール』の脚本を手掛けたエマニュエル・ベルンハイム(1955~2017)という小説家がいた。2017年に亡くなっているが、彼女が書いた小説、というか実話のようだが、それを監督自身が脚色して映画化したのが『すべてうまくいきますように』なのである。冒頭で父親アンドレ(84歳)が倒れて病院に担ぎ込まれる。脳卒中だが一命を取り留めた。しかし、体の自由が効かなくなった父は、エマニュエルに対し「すべてを終わらせたい」と言い出す。これは死にたい、安楽死や尊厳死を指すものだとエマニュエルや妹のパスカルには了解できた。
(原作者エマニュエル・ベルンハイム)
 父がいれば母がいるはずだが、どうなっているのか。と思う頃に、長く闘病中の彫刻家である母のクロードが登場する。父は実業家・アート・コレクターで、これは原作者の実際の境遇のようである。経済的には裕福だが、夫婦の関係はずっと悪かった。その理由はやがて判ってくるが、結局父親の面倒を見るのは二人の娘、特に子どもがなく自由業のエマニュエルが中心になるしかない。エマニュエルを演じるのは、かつての大アイドル女優、ソフィー・マルソーで、実に自然で見事。母親が『まぼろし』などに主演したシャーロット・ランプリングという懐かしいキャスティングになっている。
(エマニュエルと母クロード)
 父は頑固と娘たちは繰り返し言っている。時々挿入される娘たちの子ども時代の映像を見れば、確かに頑固というか、身勝手である。自分が病気になったからといって、娘たちを煩わせて「尊厳死」を望むなんて…というのが大方の日本人の反応ではないか。エマニュエルがネットで検索すると、フランスでは不可能だが、スイスへ行けば可能だという。2022年に映画監督ジャン=リュック・ゴダールが自ら死を選んだという衝撃的なニュースも報じられた。
(最後に娘夫婦と外食)
 1万ユーロ(現時点では140万円ぐらい)必要と言われているから、経済的に困窮していてはできない。映画の中でも父は「貧しい者はどうするんだ」と問い、娘は「死ぬのを待つだけ」と答えている。1万ユーロは高いか安いか。高いけど、まあ人生の最後に出して出せない金額じゃない人も多いだろう。だけど、お金の問題ではなく、矛盾も多い。頭がクリアーな状態で判断しないといけないが、本人が正常な判断力を持っているなら死ぬのを選ぶだろうか。この映画のように、面倒を見てくれる娘がいて経済的問題もない。何故死なないといけないのか。

 それは病気で弱った自分を認められないからだろう。しかし、人生の最後の数年間を家族や医療施設のお世話になりながら、弱者、障害者として生きてはダメなのだろうか。確かに「生活の質」(QOL)は落ちるだろう。絵を見に行くこともままならない。だけど音楽を聞くことは可能だ。アンドレは最後にもう一度「ヴォルテール」に行きたいという。実在する有名レストランである。そこで美味しそうに食べている。死ぬ必要がどこにあるかと僕は思ったが、そこで「オシマイにする」決断をするのがヨーロッパの生き方なのか。弱った自分を受け入れて周りに頼るのを肯定してもいいではないか
(昔のソフィーマルソー)
 そんなことを思ったのだが、フランスでも「違法」スレスレの行為のようで、実際に娘二人が警察に呼ばれるシーンがある。またスイスまでは「救急車」で行くが、(これは公的な救急車ではなく、「介護タクシー」のようなものだろう)、運転手の一人がムスリムなので途中で拒むシーンもある。愛する娘にそんな負担を掛けてまでやることか。だけど、それが本人の意思なら尊重するというのも、フランス的には正しいのだろう。ソフィー・マルソーは昔「スクリーン」誌の表紙を飾ったぐらい日本でも人気があった。『ラ・ブーム』『ラ・ブーム2』のデジタル版は最近リバイバル上映された。見事に年齢を重ねていることに感心した。
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