尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

やっぱりすごい「チェルノブイリの祈り」

2015年12月18日 23時41分49秒 | 〃 (外国文学)
 スベトラーナ・アレクシエービッチチェルノブイリの祈り」(岩波現代文庫)を読んだ。判りますか?今年のノーベル文学賞受賞者の、いまのところ日本語で読めるただ一つの本。(報道されている通り、版権切れとなっていた何冊かの本は、来年に岩波現代文庫で刊行されるとのことだが。)「チェルノブイリ」とは、もちろん1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故のことを指す。チェルノブイリはウクライナ北端にあったが、被害はむしろ北方のベラルーシに多かった。

 これはやっぱりすごい本だった。というか、あまりにも凄まじい状況に言葉を失うような本である。だから、ここではあまり長く書かずに、とにかく読んでみましょうと言うことにしたい。著者は「ノンフィクション作家」として初の受賞と言われるが、普通の意味での「ノンフィクション」ではない。自分の見たこと、考えたことを書くのではなく、多くの人々の声を聴き、再構成して、「語り」の集成として提出するのである。しかし、これは紛れもない「文学」である。かつて読んだことがないような「多声的」(ポリフォニック)な世界であり、「チェルノブイリ交響曲」というか、「受難曲」になっていると思う。

 読みにくいということはない。ほとんどは現地に住む人々の体験であり、難しいことはないんだけど、ではスラスラ読めるかというと、多くの人は読み留まるところがある本だと思う。本の厚さに比べれば、思ったより読み通すのに日数がかかったなと振り返る本だと思う。いやあ、ここまで大変な中身があると、そうそう簡単には読めないですよ。そして、その体験の多くは「ベラルーシ」と「ソ連」に関わる。

 著者は「ソ連崩壊」に関する本をいくつも書いているが、今では若い人は「ソ連」(ソヴィエト社会主義共和国連邦)を知らないわけである。この本を読むと、多くの人は原発事故を「西側工作員の破壊工作」と信じた。ホントかよと思うけど、この本にはそういう証言がかなり出てくる。当局の宣伝というより、とにかくそういう発想を受け入れる人々をソ連は育てていたということなのである。そして、消防士たちは「愛国的情熱」で、何の防備もせず(与えられず)に原発事故に向かい合った。素手で黒鉛を処理したり。だから、すぐに死んでしまった。これは「英雄的な犠牲」ではなくて、「殺人事件」であると思う。だけど、人々の多くは怒りではなく、愛国的献身で事故に対したのである。

 さらに「ベラルーシ」(著者の祖国)では、これはウクライナの事故で、ベラルーシでは安全だというような宣伝がなされたらしい。この本は事故後10年たって1997年に刊行されたが、ベラルーシではまともな情報がなされていないように書かれている。ベラルーシは1994年以来、ルカシェンコ大統領の独裁的統治が続いていて、「ヨーロッパの北朝鮮」などと呼ばれる国だから、恐らくその後もきちんした情報は開示されていないのではないだろうか。「フクシマ」もひどかったけど、あるいは「ボパール」(インドの化学工場事故)などひどい「事故」は世界にたくさんあるが、チェルノブイリは度外れている。

 スベトラーナ・アレクシエービッチ(1948~)は、1984年に「戦争は女の顔をしていない」という第二次世界大戦(「大祖国戦争」)に従軍した女性の証言をまとめ、舞台や映画になって評判を取った。1985年の「ボタン穴から見た戦争」は同じく第二次大戦中に子どもだった人の証言。この最初の2冊が来年刊行される本。1991年にはアフガン戦争の帰還兵の証言「亜鉛の少年たち」(邦訳名「アフガン帰還兵の証言」)、1994年には「死に魅入られた人びと―ソ連崩壊と自殺者の記録」という副題通りの本が出た。この2冊の本は邦訳もあるが、今は書店では入手できない。そして1997年に本書「チェルノブイリの祈り」。最後に2013年に新作「セカンドハンドの時代」があり、来年岩波書店から刊行されるとのこと。松本妙子氏の訳はとても読みやすい。「アレクシエービッチ」と「ヴィッチ」にしないのは訳者の考え。

 読んでいて思ったのだが、日本で書かれた多くのドキュメント的作品、例えば荒畑寒村「谷中村滅亡史」を思い出したのである。広島、長崎を描く多くの文学、例えば長崎の林京子、あるいは水俣を舞台にした石牟礼道子なども、ノーベル賞級の作家と言っていいのではないか。
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