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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

韓国映画『あしたの少女』、女子高生の悲劇と現代社会

2023年09月25日 22時03分23秒 |  〃  (新作外国映画)
 韓国映画『あしたの少女』が公開されているけど、小さな上映なので知らない人も多いだろう。韓国映画をよくやってるシネマート新宿の上映はすぐに少なくなってしまった。そんな時に柏のキネマ旬報シアターで始まったので、そこで見ることにした。2015年に公開された『私の少女』で注目された女性監督チョン・ジュリの8年ぶり2作目の長編映画である。その映画は女優ペ・ドゥナが警察官をやっていたが、今回もまた警察官役で出ている。しかし、ペ・ドゥナは主役ではない。(彼女は是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』でも警察官だったが、すべて組織の外れ者である。)

 冒頭でダンスする少女を長々と映し出す。まるで日本の青春映画のような出だしだが、そこは韓国南西部の全州(チョンジュ、全羅北道の道庁所在地)である。冒頭の少女キム・ソヒキム・シウン)が友人と食堂に行き、友だちは全州グルメを紹介する配信を始める。もうスマホで全世界とつながっている世界にわれわれは生きている。その後ソヒは高校の担任教師から、大手携帯電話会社の(系列の)コールセンターの「実習」を勧められる。「大手」の会社が来て良かったなと担任は大喜びで勧める。僕も最初は「インターンシップ」かなと思ったが、実は違ったのである。
(書類を見るキム・ソヒ)
 コールセンターの役割は解約を求める客を何とか引き留めることで、若い女性たちがそれぞれに成績を競わされている。客はそこにたどり着くまで、あちこちたらい回しされていて、電話口では散々に罵倒する。その毒を浴びながら、客の求める解約を止めるためマニュアルに沿って対応せざるを得ない。その競争に勝ち抜いたとしても、「成果給」は実習生には支給されない。会社のやり口に疲れたチーム長は、ある日車の中で遺書を残して自殺する。その遺書を口外しないという書類にサインしないとボーナスは出ないと言われる。最後までサインしなかったソヒも、直接上司が何人も来て迫られればサインするしかない。
(ソヒは湖で自殺する)
 仲間どうしで競わされ精神的に追いつめられたソヒは、ついに自殺にまで至る。これはフィクションではなく、2017年に実際に起きた事件を基にしているという。映画は内容的に2部に分かれていて、ソヒの苦悩を描く前半が終わると、その事件をペ・ドゥナが警官として担当する後半が始まる。捜査を止めるように上司から求められながら、事件の真相を求めて家族や友人、さらには会社や学校まで訪ね回る。その結果判明するのは、事件は明白な「犯罪」とは言えないが、関係者は皆競争させられていて、自分たちは仕方なく「上」の求めでやっていたと言い張る姿である。

 学校は「就職率」で予算が増減されると言い、もっと上の教育庁に行くとやはり各地の教育庁ごとに競わされているんだと言う。ソヒの高校は全州でも中の下ぐらいの成績らしい。生徒はほとんど高卒で就職し、その行き先で学校も評価される。大手系列のコールセンターは中では良い方だというが、実は約束された給与は成績率に左右される部分が多く、実際は大きく引かれてしまう。「離職率の高さ」も異常で、700人以上新規で入って、700人以上辞めているらしい。求人票には「離職人数」が明記されているので、それをきちんと理解する指導を行っていないのだろうか。
(チョン・ジュリ監督)
 映画の内容がどうのという前に、この映画は他人事には思えなかった。高卒で勤め始めてすぐに遅くまで残業を強いられることは日本でも多いと思う。それでもまだ日本は、生徒の就職率で学校予算が増減され、それによって教員給与も変わっていくなんてことにはなってない。だが日本の学校や会社でも同じように「競争」させられることは変わらない。

 それに何でもウェブ上で出来そうに見えて、実は解約みたいなことは電話しないとダメなことも多い。その電話番号もなかなか判らない。ネットで調べると、どこかに小さく書いてある。そこに掛けても、なかなかつながらない。そういうことは僕もこの間何回も経験した。(母親の携帯電話やカードの解約が難しいのである。)多分全世界共通の事態ではないかと思うが、この韓国で起きた悲劇は止められたはずなのである。われわれが住む世界はどこで間違ってしまったのか。沈鬱なトーンが全編を覆うが、考えさせられることが多い映画だ。
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