尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「天才作家の妻ー40年目の真実ー」

2019年02月17日 22時43分49秒 |  〃  (新作外国映画)
 主演女優のグレン・クローズ(Glenn Close、1947~)がアカデミー賞主演女優賞最有力と言われている「天才作家の妻-40年目の真実」を見た。(先に発表されるゴールデングローブ賞では、ドラマ部門主演女優賞を獲得している。)仰々しい日本語題名だけど、原題はただの〝The Wife”。アメリカ人の作家夫婦の話でずっと英語で進行するが、スウェーデン、イギリス、アメリカの合作で、監督もスウェーデンのビョルン・ルンゲ(1961~)という人。一本も日本公開がなく、全然知らない。ノーベル賞の舞台裏を描く観光映画的な趣も強い。

 冒頭でノーベル財団から電話があり、ジョセフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)が今年のノーベル文学賞に選ばれたと伝える。ジョセフは妻のジョーン・キャッスルマングレン・クローズ)とベッドの上で手を取り合って喜ぶ。90年代のクリントン時代という設定である。いくら何でも、あんなに無邪気にノーベル賞を喜ぶ作家がいるのかなと思うけど、まあいるのかもしれない。その後、ストックホルムの授賞式に夫婦と息子で出かける。(長女は出産間近で一緒に行けない。)そしてストックホルムでの儀式の模様。なんだかノーベル賞とスウェーデンの宣伝映画である。

 主演俳優だけで主に記憶される映画がある。アカデミー賞の主演俳優賞の映画には結構そういう映画が多い。「天才作家の妻」も主演女優賞以外の賞には全くノミネートされていない。まあ僕も作品賞や脚色賞にふさわしいとは思わなかった。作品的には「ウェルメイド」な出来になる。ただ妻役のグレン・クローズと、彼女の人生を通して「テクスチュアル・ハラスメント」(テクハラ)を考える意味がある。テクハラというのは、「女にはこんな論理的な文章は書けない」などとみなされて女性学者の論文が評価されないといったハラスメントのこと。

 この映画では夫妻を追うジャーナリストが登場して、「ノーベル賞作家の作品は実は妻が書いていたのではないか」という衝撃的な追及を行う。何もストックホルムまで出かけて授賞式間近の妻や息子に聞きまわらくてもいいんじゃないかと思う。しかし、まあそこがフィクションなわけで、ノーベル賞ウィークに事態が動かないと映画にならない。そこで映画は過去にさかのぼる。実はジョセフは若き大学教授で、妻子がいたのに作家を目指す学生のジョーンと愛し合うようになった。作家を目指す二人の前に、出版業界の壁は厚い。出版社で働くジョーンは、才能ある若いユダヤ系作家はうちにいないのかとつぶやく上司に、「一人知ってます」と声を挙げてしまう。

 50年代末から60年代初期という設定で、確かに女性作家の活躍はほとんどなかった時代だ。戦後のアメリカ文学ではソール・ベロー、サリンジャー、マラマッドなどユダヤ系作家が活躍していた。50年代末にはフィリップ・ロスがデビュー作「さようならコロンバス」でピュリッツァー賞を受賞した。出版社の目論見は「第二のロスを探せ」ということだろう。そこで夫が書き、妻が読んで不満を抱きリライトした。それが出版にこぎつけ評価された。その後の作品は判らないけど、少なくともデビュー作に関しては「野心的だが評価されていない若いカップル」の戦略としては、よく判る。

 だが「略奪愛」の夫はその後も「浮気」を繰り返した(らしい)。そのことに耐え続け、夫を愛しながらも「創作の秘密」には口を閉ざし続けた妻のジョーン。その複雑な人生行路を冬のストックホルムで演じたグレン・クローズはまさに圧巻。7回目のアカデミー賞ノミネートである。グレン・クローズは80年代の印象が強い。舞台やテレビで活躍して、82年の「ガープの世界」で映画初出演。主人公の強烈な母親を演じてアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。その後、「再会の町」「ナチュラル」で3年連続助演女優賞ノミネート。87年の「危険な情事」、89年の「危険な関係」で主演女優賞ノミネート。その後は2011年の「アルバート氏の人生」で主演女優賞にノミネートされている。
 (グレン・クローズ)
 2017年に日本で多くの医科大学での女性差別が明るみに出た。女子(及び過年度受験生等)の点数を一律に低くする措置が行われていた。また「女子はコミュニケーション能力が高い」というフシギな説明もされた。面接で男子は不利になるから女子には一律に低い点を付けるということだと思うが、こんな理解しがたい差別的な選抜が行われていたのである。こういうのを見ると「テクハラ」は現代日本で非常に重大な問題だと判る。この映画は娯楽映画として作られていて、「夫婦の秘密」としてミステリー的に描く。しかし、妻の名前で出版できたかどうかという、アメリカ出版界、さらに社会一般の差別的なまなざしこそ真に告発するべきものだろう。
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