尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「天国でまた会おう」「炎の色」-ピエール・ルメートルを読む

2019年02月23日 23時16分26秒 | 〃 (ミステリー)
 セザール賞5部門受賞というフランス映画「天国でまた会おう」がもうすぐ公開される。公開前に原作を読んでおきたい。持ってるんだから。原作はフランスでゴンクール賞を受賞したピエール・ルメートル天国でまた会おう」(ハヤカワ文庫)である。誰だっていうかもしれないが、以前に傑作ミステリー「その女アレックス」(文春文庫)について書いた人である。この小説は2014年に翻訳されて大評判になった。買ったまま読んでない文庫が多いので、この際全部読んでみよう。

 「その女アレックス」(2011)は、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの第2作だった。その後に翻訳された「悲しみのイレーヌ」(2006)、「傷だらけのカミーユ」(2012)を今回読んだ。案外読みやすかったし、内容も面白かったけれど、この展開は何だろうと思う。「その女アレックス」は独立性が高いが、他の2作は関連性が高い。「悲しみのイレーヌ」は有名ミステリーの模倣犯を追うと思って読むと、途中で予測不能の展開になる。「傷だらけのカミーユ」も冒頭からアレレと思い続けることになる。真相はなるほどと思うが、こんな発想があるだろうか。

 単発ミステリーの「死のドレスを花婿に」(2009)は「その女アレックス」以前に翻訳されていたが、誰も注目しなかった。今は文春文庫に収録されているが、確かにこれを最初に読んで評価するのは難しい。そしてある意味、ルメートルの特徴を表している気もする。日本では最近「イヤミス」という言葉があるけれど、この本は典型的なイヤミス。読んでて実に嫌な気持ちになる。ここまで許しがたい設定をどうすれば思いつけるのかという感じ。実はヴェルーヴェン警部シリーズも、かなりイヤミス。残虐で読めないという人もいるだろう。しかし「イヤミス」たる由縁は残虐描写ではない。人間に潜む嫌らしさの面をこれでもかと描く作風にある。

 そのピエール・ルメートル(1951~)が2013年に発表した「天国でまた会おう」(Au revoir là-haut、平岡敬訳、2015年)は何とゴンクール賞を取ってしまった。ゴンクール賞は日本で言えば「純文学」の賞だから、ミステリー出身作家としては異例。「天国でまた会おう」は普通に言えばミステリーじゃやないけれど、波乱万丈のストーリイで登場人物の人生行路をジェットコースター的に描く大エンターテインメントである。ゴンクール賞としては異例だろうが、本人はデュマのような小説を目指しているらしい。19世紀の大小説は確かに波乱万丈である。

 第一次世界大戦の勃発から100年を目前に発表され、その意味でも注目された。第一次大戦の末期、もう休戦も近いと言われている段階で起きたある戦闘。その戦いに関わった二人の兵士と一人の上官。アルベール・マイヤールは上官アンリ・ドルネー=プラデルの不正に気付いてしまう。危うく生き埋めになりかかるが、兵士のエドゥアール・ペリクールに助けられる。しかし、その時砲弾がさく裂し、エドゥアールは顔の下半分を失ってしまう。アルベールはエドゥアールに恩義を感じ必死に看病するが、心を閉ざしたエドゥアールは修復手術も拒否し、自分は死んだことにして欲しいと頼む。死んだことになった弟の死体を姉のマドレーヌが掘り出しにやってきたが…。 

 そこから始まる人間関係と家族の思いが、戦後の1920年になって大規模な詐欺事件に発展する。あまりにも大胆、あまりにも壮大な発想の小説だが、人間の性格付けは決まっている。悪人は悪人で、善玉側もかなり突飛である。その意味で、この小説もある意味で「イヤミス」に近い。冒険小説、風俗小説とも言えるが、ジャンルミックスのエンタメ小説。すごく面白いけど、けっこう引っかかるシーンも多い。ゴンクール賞受賞小説って何か読んでるかなと調べたら、マルグリット・デュラスの「愛人」(ラマン)だけだった。

 2018年に続編「炎の色」(Couleurs de l'incendie)が発表され、年末には翻訳も刊行された。時代は1927年から1933年で、エドゥアールの姉マドレーヌが主人公になる。不幸な結婚を解消し子どもと生きていたが、大実業家の父の葬儀の日に悲劇が起きる。実業界、政界、マスコミなどの世界を縦横に語りながら、マドレーヌと子どものポールの運命のジェットコースターが物語られる。ミステリーではないけれど、ストーリイに一喜一憂するのが楽しみの小説なので、ここではとても書けない。壮絶なる復讐物語と言えるけれど、ここでも「イヤミス」的要素がある。人間観察に悪意があって、そこが面白い。両作とも非常に面白い。これは三部作で構想されているということで、次も待ち遠しい。19世紀的な大小説の復権を目指すピエール・ルメートルに注目。(「監禁面接」という長編だけまだ読んでない。)
 (ピエール・ルメートル)
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