尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

魅惑のノワール「アンダー・ザ・シルバーレイク」

2018年10月30日 22時34分19秒 |  〃  (新作外国映画)
 「アンダー・ザ・シルバーレイク」というロサンゼルスを舞台にしたアメリカのノワール映画を見た。もう素晴らしいとしか言葉がない魅惑的な映画。キャッチコピーが「全世界に未体験の恐怖を突き付け、大ヒットを記録した『イット・フォローズ』のデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督が放つネオノワール・サスペンス!」って言うんだけど、ホラーはあまり見ないので「イット・フォローズ」は見てないし…。だから見る気はなかったけど、映画評を読んで見たいなと思った。

 「恋におちた美女が突然の失踪。彼女の捜索を始めたオタク青年サムは、夢と光が溢れる街L.A.<シルバーレイク>の闇に近づいていくのだが――」。この紹介コピーでは、なんだかよく判らない。街では犬が殺される怪事件が頻発し、店には「犬殺しに注意」という落書きがされた。そんな状況を象徴するように、「ジーザスとドラキュラの花嫁」という怪しげなグループの歌が流行り、富豪が謎の失踪をしている。そんなロスの一角で、サム(アンドリュー・ガーフィールド)はアパートの家賃を滞納している。仕事のないらしいサムは昼間から隣人たちを双眼鏡でのぞき見している。

 犬を連れた美女サラ(ライリー・キーオ)が引っ越してきたのを見たサムは、犬にエサをあげてサラに近づく。まんまと仲良くなれたサラは「また明日」と言い残して、翌朝見たら部屋から消えていた。一体何があったのか。ひそかに部屋に忍び込んで調べ始めたサムは、ロスの裏に潜んでいる闇に囚われていく。怪しげなコミックの作者を訪ねたり、いろんなパーティを渡り歩いてロスの闇を探ってゆくと…。「ジーザスとドラキュラの花嫁」の歌詞には暗号があるという噂を聞き、サムは試行錯誤しながら暗号を解読し、鍵となるグリフィス天文台に出かけてゆくが。

 過去の映画やロック音楽などの引用がいっぱい出てきて、それも面白い。屋外映画会を見ていると、そこは墓地でヒッチコックの墓標がある。そんなこんなの彷徨のすえ、ついに行きついたのは墓地の下にシェルターを構えるカルト教団だった。全体が夢なのか現実なのかよく判らないシーンが多いが、それぞれの映像が実によく決まっている。サムが出会う人々は皆怪しげでうさん臭い。全体がまさにアンダーグラウンドのカルチャーにあふれていて、見ていて飽きない。

 グリフィス天文台の使い方も面白く、これは一種のアンチ「ラ・ラ・ランド」かなと思う。夢を実現する街ではなく、悪夢と迷宮のロスである。思えばロサンゼルスほどノワール映画にふさわしい都市はない。チャンドラーやロス・マクドナルドの小説がロスとその近郊を舞台にしていたように。「シルバーレイク」はロス東方の貯水池だが、今はその周辺がオシャレな地区として有名だという。水不足が悩みのロスでは昔から貯水池がたくさん作られてきた。映画ファンならロマン・ポランスキーの「チャイナタウン」をすぐに思い浮かべるだろう。

 チャンドラーの映画化作品「三つ数えろ」や「ロング・グッドバイ」、あるいはエルロイ原作の「L.A.コンフィデンシャル」。さらにデヴィッド・リンチの「マルホランド・ドライブ」などロスを舞台にしたノワール映画は数多い。リンチはだんだんアート色が濃くなって、長大で訳の分からない映画が多くなった。この映画は通俗とアートの境目を自在に越境している。ポール・トーマス・アンダーソンの怪作「インヒアレント・ヴァイス」に近いかもしれない。カルト映画として語り継がれること確実の映画で、そういうのが大好きな人には絶対に見逃せない。まあ好き好きはあると思うけど。
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