尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

神吉拓郎「洋食セーヌ軒」

2016年02月25日 23時24分57秒 | 本 (日本文学)
 神吉拓郎(かんき・たくろう、1928~1994)という作家がいた。1984年1月に「私生活」という作品で直木賞を受けた。僕は10年ぐらい前に直木賞作品を系統的に読もうかと思って探したことがあるけど、もう新刊文庫からは消えていた。図書館に行ったり古書を買ったりするほどでもないかと思って、一度も読んだことがない作家である。その神吉拓郎の「洋食セーヌ軒」(1987年)という作品が光文社文庫に入った。なんだか面白そうな感触がある。読んでみたら、やっぱり絶品の極上本だった。書かずに終わるのももったいないので、簡単に紹介。

 「食」にまつわる小説は、今はいっぱいある。一種のブームと言ってもいい。映像化されることも多い。だけど、この作品が書かれたのは、30年ほども前。バブル時代に近いけど、そういう豪華な食ではなく、人生のさまざまな時点で親しみを持ったカキフライ天ぷらうなぎ、あるいは中華街の小さな店や鮎を食べさせる宿なんかである。そして、それにまつわる人生の記憶。1928年生まれというから、「国民学校」(1941年から小学校の事をこう言った)の思い出がよく出てくる。そんな世代の話。

 それにしても、実に美味しそう。そして、名文。解説にもあるが、冒頭が素晴らしい。17の短編が収められているが、最初の話「それにしても、見事な虹鱒だった」から、もう話に捕らわれてしまう。「洋食セーヌ軒」という標題になっている短編は「駅前の眺めは、以前とはかなり変わっていた。」と始まる。昔住んでいた町である。そこにある「セーヌ軒」のカキフライが美味かったと思い出し、久しぶりに行こうかと思う。果たして、そもそもまだあるのか…。中央線沿いにある「欅の木」、羽田近くの天ぷら屋、懐石料理のようにできたてのデザートを届ける小さな店「プチ・シモーヌ」とは…。

 思い出の逸品もあれば、本格派の料理もある。素材が上質だったり、凝ったつくりだったり。でも、すべて上品なもので、いわゆる「B級グルメ」的な食べ物でも、語りで上品になっている。出てくる人間関係も割合さらっとしていて、後腐れしない。そこが程よく味わえる極上感のもとだろう。多分、若い時に読んでも、そんなに面白くなかったかもしれない。どうも、年取ってから読んだ方が面白いかもしれない。そう思うと、年取るのも案外悪くないではないかという短編集である。

 神吉拓郎は、永六輔、野坂昭如などと三木鶏郎のトリローグループにいた人で、俳人、ラグビーファン、食通として知られたという。僕は名前ぐらいは知っていたが、同時代には全く読まなかった。食にまつわる本もまだあるようである。これは珍しい本を発掘してくれたものだと感謝。スラスラ読めて、人生を感じて、美味しそう。お得な本だと思う。
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映画「俳優 亀岡拓次」

2016年02月25日 21時18分59秒 | 映画 (新作日本映画)
 いつも脇役しか回ってこない「最強の脇役」亀岡拓次という俳優の生活と夢を描く映画「俳優 亀岡拓次」。ロードショーは明日までなので、やっと見て来た。亀岡拓次役は安田顕という実際に脇役が多かった俳優で、ずいぶん舞台、テレビ、映画に出ていたようだけど、僕は知らなかった。昨年公開された北野武監督「龍三と七人の子分たち」にも出ていて、僕も見ているが認識していなかった。

 映画のほとんどは、映画のロケ、あるいは舞台劇の場面、それもリハーサルばかり。それが終わると亀岡は飲みに行く。家の近所(調布)でも行きつけがあるし、ロケに行けばそこでも飲む。そして、諏訪のロケで行った飲み屋では、魅力的な女将、というか家に戻って父を手伝っているだけの女性(麻生久美子)になんだか惹かれてしまったよう。「安曇」(あづみ)っていう名前も長野らしい。でも俳優だと言えず、つい「ボーリング場に球を売りに来た」とか言っちゃう。重いでしょと言われて、いやカタログだけとかなんとか。なんだかいい気持ちになって、独り者の夢がふくらむ。

 映画は街中のアクション映画とか、時代劇とか、いろいろ。大した役ではなく、やってるうちに役が変わってしまったり。でも、チョイ役でも頑張っている。現場に奇跡を呼ぶとか言われている。舞台は出ないんだけど、オファーが来たからやることにして、劇団陽光座に出かける。座長は松村夏子。これが三田佳子がやってて、演出兼主演で亀岡を指導する。亀岡は映画向きだと言われてしまうけど。一方、時代劇を撮る大御所の古藤監督は山崎努。飲み過ぎて臨んでお堀に落ちたりしつつも、良かったよと言われる。三田佳子や山崎努の出番は少ないけど、儲け役を悠々と演じている。

 一方、憧れの巨匠、スペインのアラン・スペッソ(もちろんフィクション)が来日していて、亀岡の出た映画が良かったとオーディションに呼ばれる。そこらへんはファンタジックな感じの作り。麻生久美子へのほのかな憧れは、やっぱりという展開だけど、また逢いに行く熱心さはきっとどこかで生きるのかな。それとも、やっぱりどこでも飲みに行くというのは、良くないのかも。「バックステージ」もの(舞台裏)映画の一種だけど、そういう話は大体実は恋愛映画だったりする。でも、この映画はそうなりそうもない実生活を中心に描く。そこが変わっているし、ちょっと長いかもしれない。

 監督は横浜聡子(1978~)で、2008年の「ウルトラミラクルラブストーリー」以来の長編映画で、この監督は僕はそれしか見ていない。なかなか面白い脚本を書いたなあと思ったら、オリジナルじゃなくて原作があった。戌井昭人(いぬい・あきと)の2011年の小説で、最近毎回のように芥川賞にノミネートされている作家である。劇作家でもあり、俳優でもある。この映画にも出ているということだけど、何の役だか知らない。横浜監督は長編は「ジャーマン+雨」があり、その他短編をいくつか撮っている。この映画はまずは題材の面白さがあり、脇役俳優という存在を意識させられるという意味で、面白かった。音楽は大友良英が担当。
コメント (1)
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