尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

緊迫!シリア情勢

2013年09月01日 01時07分51秒 |  〃  (国際問題)
 シリアのアサド政権化学兵器(毒ガス)を使用したのではないかと問題になっている。アメリカのオバマ政権は、状況証拠が中心だが、シリア政府軍が使用したというほぼ断定する報告書を発表した。一方、アサド政権はそれを否定している。アメリカは以前から「一線を越えたら武力行使もありうる」としていたから、ここで一線を越えたとして「限定的空爆」など武力行使があるのではないかとシリア情勢が緊迫している。米国が武力行使に踏み切るときはイギリスも同調すると見られていたが、英国議会は否決した。一方、フランスは(イラク戦争時と異なり)アメリカに同調すると見られている。

 この問題をどう考えるかだが、非常に難しい。アサド政権が毒ガスを保持していることは事実だが、シリアは化学兵器禁止条約に加盟していないから条約上の問題はない。(なお、外務省資料では、未署名国は世界に6つで、北朝鮮、シリア、アンゴラ、エジプト、ソマリア、南スーダン。署名済みだが批准していないのがイスラエルとミャンマーとある。)しかし、だから使用していいということにはならないのは当然である。だが、政府軍が追いつめられ、もう他に手段がない、これが最後の一線というほどの段階ではないと思われる。政府軍がどうしても毒ガスを使わないといけないような情勢とは思えない

 「政府軍が毒ガスを使用した」として、米軍が武力行使すれば、一番利益があるのは反政府軍側である。ミステリーなら、「動機は反政府側の方に強くある」というところである。もっとも、反政府側が毒ガスを持ってるわけがないではないかと普通ならそうなる。でも毒ガスは「貧者の核兵器」とも言われていて、現に日本の一宗教団体がサリンを作れたわけである。反政府軍も持っているという人もいるらしいし、政府軍内部で工作できれば毒ガスを反政府軍が使用することは絶対に不可能とは思わない。

 米国はシリアの毒ガスがテロ組織に流れたらどうするというが、シリアの反政府組織にはアル・カイダ系が入っているのは紛れもない事実だろう。アサド政権が崩壊するときこそ、毒ガスが拡散する危機だという方が当たっている。シリアの反政府側がまとまっていたならアサド政権が崩壊する可能性もあったが、何度も内部対立を繰り返し、シリア反政府組織の信用性は非常に低くなっている。他のどの国にも増して、シリアの反体制組織はまとまっていない。もし本当にアサド政権側が毒ガスを使用したなら、わざわざ「敵に塩を送る」というようなものだろう。

 ここで、シリアの歴史を振り返っておきたい。イラン(というか事実上パキスタン)からモロッコまで、「西アジア・北アフリカ」というまとめ方を世界地理の学習ではしている。この地域は基本的にはイスラム教が主力で(ユダヤ教のイスラエルの他、キリスト教もどの国にもかなりいる)、民族的にはアラブ人、言語的にはアラビア語が多い。(イランとトルコとイスラエルだけ別。)民族、言語、宗教が同じなら、なんで別の国になっているのか。そう思う人はもちろんいるわけで、「汎アラブ主義」というのが有力になる時期がある。現に1958年、シリアはエジプトと合邦して「アラブ連合」という国を作った。しかし、この「アラブの夢」は3年で終わり、1961年には分離した。

 それぞれの長い歴史的事情があり、同じ国にすぐなれるものではないのである。西アジアで(というか、世界全体で)初めて文明社会が発達したのは、メソポタミアである。今のイラクあたり。続いてエジプト文明も栄える。その両者のはざまにあり交通の場となったのが、今のシリア、レバノン、イスラエルのあたりである。この地域が歴史的な「大シリア」の地域。南部はまあパレスティナと言われるが、大体今のシリア、レバノンのあたりが昔から「シリア」と言われる。アレクサンドロス大王の時代には、メソポタミアとシリアは同じ国だが、その後はシリアはローマ帝国の範囲、メソポタミアはペルシャ帝国と別れる。イスラム帝国時代は同じ、オスマン帝国が支配した時も同じ帝国内だが、オスマン帝国崩壊後にまた別の国となる。

 第一次世界大戦後、イギリスは戦時中に約束したアラブの独立を認めず、「国際連盟の委任統治」という名前の事実上の植民地にした。(日本がドイツから引き継いだミクロネシア諸島も同じ。)そこでは、メソポタミアとパレスティナをイギリスが、シリア、レバノンをフランスが支配した。今回フランスが武力行使に積極的なのは、このような歴史的な経緯もあると思われる。(簡単に言えば、フランスからは「シリアはわが支配圏」であり、イギリスは自分の圏外であるという意識があるのではないか。)その後、独立交渉が続き、第二次世界大戦後に正式に独立した。

 エジプトとの「破談」後、シリアではバアス党の影響が強まる。1963年に政権を握り、1970年にハーフィズ・アル・アサドが政権に就く。2000年に死亡した後は、次男のバシャール・アル・アサドが政権を継いだ。(長男が後継とされていたが、94年に交通事故死したため、ロンドンで歯科医をしていた次男が呼び戻された。)バアス党というが、「アラブ社会主義復興党」という。社会主義とアラブナショナリズムの党である。イスラエルにゴラン高原を占領されていることもあり、ソ連の援助を受け、世界の反体制派をかくまったりもしてきた。だから、アメリカはもともとシリアを「テロ支援国家」に近い国と見なしてきた。アサド政権と長年対立してきたのは、ムスリム同胞団である。反体制派が西欧的市民社会派であるわけではない。

 アサド政権はシリアの少数派のイスラム教アラウィ派の出身者が中心。アラウィ派はシーア派に近いこともあり、イランはシリアを支持してきた。イラクの旧フセイン政権もバアス党だが、歴史的ないきさつがあり、この隣同士のバアス党政権は犬猿の仲だった。アメリカは歴史的な対立事情から、アラブの世俗的社会主義政権を敵視することが多いが、そういう政権が倒れるとイスラム政権が取って替わることになる。保守的な王政、親米軍事政権、イスラム政権、社会主義的独裁政権などがイスラム諸国には複雑に敵対関係を作り出しているので、僕にはどの政権のかたちがよりいいかは決められない。ただ、アサド政権はある程度複雑な社会事情を反映して、いわば「安定した独裁」を続けてきた側面があり、今アサド政権が崩壊することは、イスラエルも含めて危険な側面が大きいと思われている。(なお、アサド政権下のシリアを理解するには最適の本がある。国枝昌樹「シリア」(平凡社新書」で、著者は2006年から2010年にかけて在シリア大使も務めた人物。現在のシリア情勢とアサド政権を考えるなら、まずは読むべき本。)

 このアサド政権にはっきり反対を示してきたのが、湾岸の小国カタールで小国ながら原油、天然ガスを産出する経済力で、衛星放送「アル・ジャジーラ」を運営したり、ワールドカップ誘致に成功するなど強い影響力を持っている。またトルコも反アサド勢力にはっきりと肩入れしている。武力行使にも参加する可能性が高い。状況緊迫化のまさにその時、安倍総理はカタールを訪問中で、だいぶ影響されたのか、「アサド政権の退陣を求める」と踏み込んだ発言をしている。このまま、安保理決議なく米国が武力行使した場合、小渕政権時のコソボ空爆の「理解する」(=アメリカのやることだから反対はできないけど、「強く支持する」わけではないという意味がある)を超えた対応になるのではないか。その意味はどう理解すべきか、また武力行使そのものをどうか考えるべきかと言う大問題があるが、時間もないので今回はやめる。また世界的には小問題だが、同時期に重なる2020年五輪開催都市決定にどう影響するのかという問題もあるけど、これも書かない。背景事情の説明だけで、まずは精一杯。
(追加)中で触れた『シリア』という新書本について、自分で「シリア情勢の混迷を読む」という記事を書いていた。2012年10月27日付。そのことを全く忘れているんだからしょうがない。こっちの方がシリア情勢解説が詳しい。
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