National Geographic
King Tut's Mummy to Be Displayed for 1st Time
「ツタンカーメンの呪い」で有名な、あの「ツタンカーメン王」が、変わり果てた姿で一般公開される。とはいっても、死後数千年を経過している。いまさら・・・と言う感じだが。
「初の一般公開」といっても、場所はエジプトの古都ルクソール。日本からは、かなり遠い。気楽に行ける距離ではない。
ツタンカーメンは、エジプト第18王朝の王。「唯一神アトンの信仰」で有名な、イクナアトン大王の後を継いだ。少年王で、しかも早死にしたため、歴史的な存在感は乏しい。だが、死後数千年を経て、「ツタンカーメンの呪い」により、名前が大いに売れた。
1922年に墳墓を発掘したハワード・カーターやカーナヴォン卿らにより、散々に荒らされてしまった。最悪なのは、包帯を解いてしまったことである。おかげで、ミイラの保存状態は悪いらしい。このことは、ミイラの怒りを招いてしまった。
1922年の発掘以来、「発掘関係者が次々と不慮の死を遂げた」というウワサが、世界に広がった。まず、1923年4月6日、52歳のカーナヴォン卿がカイロのホテルで高熱を発し、急死。その後しばらくして、ツタンカーメンの玄室の壁を最後に破った考古学者、アーサー・C・メースも同じホテルで急死した。その後、1929年までの6年間に、発掘関係者13人が原因不明の病死か不慮の事故で亡くなった、という・・・。
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