グローバル経済の迷宮 日本の新属国化③ 米国のための「成長戦略」
名古屋経済大名誉教授 坂本雅子さんに聞く
安倍晋三政権の成長戦略(日本再興戦略)は驚くほど膨大な項目からなります。ところが国民の切実な要求や製造業の空洞化対策とは全く縁がないばかりか、日本企業の要求とも必ずしも一致しません。ほぼすべてが米国の対日要求に端を発したものなのです。
米国は1980年代末からさまざまな「協議」で日本に譲歩を強要し、94年からは毎年、「規制撤廃要望書(年次改革要望書)」を突き付けて、経済の全分野の「改革」を迫りました。鳩山由紀夫内閣が2009年にこれを停止しましたが、安倍内閣は宿題を果たすように、未実現の項目を成長戦略に入れました。
グローバル企業の後ろ盾である米国は、各国政府と投資協定を締結して相手国の国内政策まで支配する「企業の属国」化を追求してきました。日本に対しては、自国は義務を負わない一方的な「要望書」の形でそれを追求したのです。01年以後は「日米投資イニシアチブ」という協議の場まで持ちました。

「働き方改革」は女性差別を固定化するとして開かれた国会前緊急行動=2月28日、衆院第2議員会館前
安定雇用を破壊
安倍成長戦略の三大分野「働き方改革」や医療・福祉「改革」、電力自由化のほとんどの項目は、米国のこの「要望書」の要求です。
例えば、働き方改革で拡大しようとしてきた裁量労働制も、米国が要求してきた「ホワイトカラー・エグゼンプション」(残業代ゼロの働き方)の一種です。米国は06年の「日米投資イニシアチブ」の協議で、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入を日本に要求しました。当時の第1次安倍内閣は、これを導入しようとして断念しています。
安倍成長戦略は労働分野で、他にも多様な正社員の拡大、雇用維持から労働移動支援への転換、労働者派遣業など民間人材ビジネスの活用強化を掲げています。雇用を徹底的に不安定化し、賃金の3~4割以上もピンハネされる派遣労働を拡大し、人材ビジネスに労働者を依存させるもので、すべてが「要望書」の要求実現です。
もともと派遣労働の幅広い解禁は1995~96年の「要望書」での要求に始まります。これを受け日本政府は、小泉純一郎内閣を筆頭に派遣の分野を拡大し続け、不安定雇用が横行する日本にしました。
米国がなぜ、他国の労働者の働き方にまで注文を付けるのか、誰もが不思議に思うところです。米国自身の論拠では、日本の終身雇用などの雇用の安定や労使一体、高賃金は対日投資にとって障害だというのです。多国籍企業の「企業属国」にするには、雇用の安定や労働者の権利、民主主義などをまず破壊し、新興国並みの低賃金、無権利状態にする必要があるのでしょう。
電力の自由化も
安倍成長戦略の目玉である電力の自由化も同じです。米国は94年の最初の「要望書」で電力独占を解体して自由化せよと要求しました。日本政府は要求に従い、何度も段階的な電力改革を行いました。その都度米国は、ここが不十分、次はこれと要求を続け、安倍内閣で完全自由化が実現したのです。
いま大規模太陽光発電(メガソーラー)に、米国のゴールドマン・サックスなど外資が参入し、利益追求の場になっています。いずれ9電力の一角を米国のファンドが買収する日が来るかもしれません。
米国の要求は、こうした公共性や国民生活を保護するために国家が介入してきた分野を、企業のむき出しの利潤追求のために開放せよというものです。
「要望書」は他にも、米国が強い金融などのサービス分野も外資に開放せよと要求しています。米国はこれらの分野を世界で開放させようと世界貿易機関(WTO)でのルール制定に長年、取り組みました。しかし企業本位のグローバル化に反対する運動の高揚もあって合意には至らず、投資協定で実現しているのです。日本の政権だけは要求を進んで受け入れ続け、日本経済の強さを自ら破壊してきました。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年4月19日付掲載
アメリカの要求は貿易赤字の解消だけではない。食品の安全性、国民の保健医療の保障、労働者の権利など、いわゆる非関税障壁の分野である。
名古屋経済大名誉教授 坂本雅子さんに聞く
安倍晋三政権の成長戦略(日本再興戦略)は驚くほど膨大な項目からなります。ところが国民の切実な要求や製造業の空洞化対策とは全く縁がないばかりか、日本企業の要求とも必ずしも一致しません。ほぼすべてが米国の対日要求に端を発したものなのです。
米国は1980年代末からさまざまな「協議」で日本に譲歩を強要し、94年からは毎年、「規制撤廃要望書(年次改革要望書)」を突き付けて、経済の全分野の「改革」を迫りました。鳩山由紀夫内閣が2009年にこれを停止しましたが、安倍内閣は宿題を果たすように、未実現の項目を成長戦略に入れました。
グローバル企業の後ろ盾である米国は、各国政府と投資協定を締結して相手国の国内政策まで支配する「企業の属国」化を追求してきました。日本に対しては、自国は義務を負わない一方的な「要望書」の形でそれを追求したのです。01年以後は「日米投資イニシアチブ」という協議の場まで持ちました。

「働き方改革」は女性差別を固定化するとして開かれた国会前緊急行動=2月28日、衆院第2議員会館前
安定雇用を破壊
安倍成長戦略の三大分野「働き方改革」や医療・福祉「改革」、電力自由化のほとんどの項目は、米国のこの「要望書」の要求です。
例えば、働き方改革で拡大しようとしてきた裁量労働制も、米国が要求してきた「ホワイトカラー・エグゼンプション」(残業代ゼロの働き方)の一種です。米国は06年の「日米投資イニシアチブ」の協議で、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入を日本に要求しました。当時の第1次安倍内閣は、これを導入しようとして断念しています。
安倍成長戦略は労働分野で、他にも多様な正社員の拡大、雇用維持から労働移動支援への転換、労働者派遣業など民間人材ビジネスの活用強化を掲げています。雇用を徹底的に不安定化し、賃金の3~4割以上もピンハネされる派遣労働を拡大し、人材ビジネスに労働者を依存させるもので、すべてが「要望書」の要求実現です。
もともと派遣労働の幅広い解禁は1995~96年の「要望書」での要求に始まります。これを受け日本政府は、小泉純一郎内閣を筆頭に派遣の分野を拡大し続け、不安定雇用が横行する日本にしました。
米国がなぜ、他国の労働者の働き方にまで注文を付けるのか、誰もが不思議に思うところです。米国自身の論拠では、日本の終身雇用などの雇用の安定や労使一体、高賃金は対日投資にとって障害だというのです。多国籍企業の「企業属国」にするには、雇用の安定や労働者の権利、民主主義などをまず破壊し、新興国並みの低賃金、無権利状態にする必要があるのでしょう。
電力の自由化も
安倍成長戦略の目玉である電力の自由化も同じです。米国は94年の最初の「要望書」で電力独占を解体して自由化せよと要求しました。日本政府は要求に従い、何度も段階的な電力改革を行いました。その都度米国は、ここが不十分、次はこれと要求を続け、安倍内閣で完全自由化が実現したのです。
いま大規模太陽光発電(メガソーラー)に、米国のゴールドマン・サックスなど外資が参入し、利益追求の場になっています。いずれ9電力の一角を米国のファンドが買収する日が来るかもしれません。
米国の要求は、こうした公共性や国民生活を保護するために国家が介入してきた分野を、企業のむき出しの利潤追求のために開放せよというものです。
「要望書」は他にも、米国が強い金融などのサービス分野も外資に開放せよと要求しています。米国はこれらの分野を世界で開放させようと世界貿易機関(WTO)でのルール制定に長年、取り組みました。しかし企業本位のグローバル化に反対する運動の高揚もあって合意には至らず、投資協定で実現しているのです。日本の政権だけは要求を進んで受け入れ続け、日本経済の強さを自ら破壊してきました。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年4月19日付掲載
アメリカの要求は貿易赤字の解消だけではない。食品の安全性、国民の保健医療の保障、労働者の権利など、いわゆる非関税障壁の分野である。