1 近く5月の連休がやってくると,孫たちもわが家にやって来る。そうするとわが家の庭の草花は殆どむしり取られて,無残な姿になる。チューリップも水仙も矢車草も紫露草もなくなることになりそうである。それらの花々は,満面の笑みを浮かべた女の子の両手のひらに捕まれて,わが家の大き目の花瓶に生けられることになる。
2 わが夫婦が私の郷里にマイホームを所有するようになったのは平成8年のことであるから,丁度20年が経過した。当時長女が高2,次女が中1であった。私は当時姫路市に単身赴任し,平成11年4月から自宅に住むようになった。姫路から土日に帰宅したり,自宅に居住するようになってからは頻繁に,草花の苗木を衝動買いするのが趣味となり,セッセと苗木を買って来たのである。家の庭の草花が増えるので,大いに結構なことなのではあるが,私の熱意と気力は主として苗木を購入するところで尽きてしまい,苗木を自宅の玄関の前まで運ぶと,それで目的を達成したかのごとき思いとなり,「まあ,明日植えればよいだろう。」ということになったのである。
3 苗木を購入するのは概ね土曜日であることが多いので,翌日である日曜日になると,突然私の心は,「忙しい。仕事をしなくては」ということになって,苗木を植える気力が低下し,植え換えていないままの苗木に,ジョロで水を掛けるなどして日を過ごし,結局枯れてしまうという事態がよく繰り返された。
4 妻は,苗木を買って来た人が責任を持って植え換えるべきと,甚だ正当な主張をして,私は何度も苦情を言われた。私を信頼していると何度も苗木を枯らしてしまうという事態となることが判明してからは,3日間程度の間に私が植え換えない場合には,諦めて,妻が自分で植えるようになったのである。仕様のない亭主だと愛想を尽かしたに違いない。
5 ある時妻に,「申し訳ないことをしているので,お詫びの印に家出でもさせていただきましょうか?」と言うと,妻は「是非お願いします。」と答えた。その後私は家出したままで,家出は解除されていない筈なので,私の心はまだ家出中であり,私の心は,わが家の屋根の上で寝ているのではないかと思われる。
6 しかし変な亭主のお陰で,わが家の庭や塀の外の花壇は,結構綺麗な花が咲いているということになる。わが家の塀の外は幅約50センチの細い花壇となっている。私は主としてその花壇に植えるためにセッセと苗木を買って来るのである。今も結構賑やかに草花が咲いている。三色すみれ,ペチュニア(朝鮮あさがお)などが咲いているし,間もなくカーネーションやナデシコ,キキョウなどが咲きそうである。通行人が暫し足を止めてその花を眺めていることもある。今年も例年のように,キキョウやナデシコが窃盗の被害に遭うことになるのだろうか。
7 孫が庭の花を手折ることについては,複雑な思いもないわけではない。しかし折って捨てるのであれば許せないに違いないが,手折って小さな両手を一杯にして,花瓶に生けてくれるという話なのである。そんなことを許してくれる所はそうあるまい。「おじいちゃんの家に行って,花を一杯折って,花瓶に生けてあげよう。」と小さな胸を弾ませて,連休を楽しみに待っているのであれば,それを咎めるのは何とまあ心貧しきことであろうか。「おじいちゃんも手伝ってあげようか?」と言って,私も孫と一緒に,大はしゃぎして庭の花を無茶苦茶沢山折ることにしようと思っているのである。(ムサシ)
11 集団的自衛権行使を認める安全保障関連諸法が,平成27年9月19日に国会の多数で可決成立し,同28年3月29日に施行された。違憲だとする国民の声が甚だ強く,歴代内閣も違憲だとしており,憲法の専門家である憲法学者の圧倒的多数が違憲だとしている法律である。それを国会議員の多数で,「合憲である。」として無理矢理押し切ってしまったということである。甚だ強引な政治の暴走であり,異常事態である。この国は狂ってしまったのであろうか。
12 与党のある国会議員は,「学者の言うとおりにして平和が守れるのか。」という趣旨の発言をしたということである。この言葉を言い換えると,「憲法を守れば,平和が守れるのか」とも,更に言い換えると,「平和を守るために必要であれば,憲法を守らなくてもよい。」と言ったと同じことになるだろう。現憲法では平和を守ることができないので,国会の多数で憲法違反の法律を成立させ,憲法違反であることを承知のうえで,「合憲だ」と言い張っているということであろう。
13 まともな立憲法治国家であれば,いかなる場合であっても憲法は守らなければならない。これは不動の鉄則である。憲法を守ったために平和が守れなかったというのであれば,それは仕方がないことである。しかし「どうすれば平和が守れるのか」という問いに対する正解は容易に見つかるわけではない。
14 集団的自衛権行使を容認すると,日本国本土に対する直接的な攻撃を防止できる可能性は高まるように思えるが,海外で活発に活動するようになるであろう自衛隊が,海外で攻撃されて,わが国が戦争に巻き込まれる危険性は飛躍的に増えるのではないのだろうか。テロ攻撃を受ける不安も,飛躍的に増大するという気がする。
15 かつてドイツにおいて,ヒトラーは憲法に優先する法律を制定し,世界を唖然とさせたことがあるが,現在の日本においても,法的に同じことが起きていることになる。現代国家において,どうしてそんな非常識なことが平然とできるのであろうか。
16 違憲の法律かどうかで意見が分かれる場面において,多少強引な国会での法律の採決が許されるのは,憲法学者の意見が大きく分かれているというような場合ではあるまいか。一体わが国はまともな立憲主義の法治国家といえるのであろうか。私はこの日本において,健全な常識からは信じられないような,甚だ無責任な政治の暴走が進行していると思うのである。主権者である国民は,このような事態を放置してよいのかということになる。
17 憲法違反であるとされる法律をどうしても成立させたいというのであれば,遵守すべき手順がある。その手順を踏むことの賛否はともかくとして,まず憲法自体を改正すべきことになる。わが憲法を改正するためには,衆参各議院の総議員の各3分の2以上の賛成で国会が憲法改正を発議し,国民投票の過半数の賛成が必要であることになっている(憲法96条1項)。わが憲法の改正はそう簡単にできることではない。勿論私が憲法改正に反対であることも言うまでもない。(ムサシ)
1 今年の4月2日は全国的に好天で,多くの所で桜が満開となった。土曜日でもあり,その日以降は雨や曇りの日が続くという予報であったため,絶好の花見の日になったようである。私もわが家から300メートルの所にあり,桜の名所となっている岡山後楽園の桜並木で花見をするつもりでいた。屋台でタコテン(タコのテンプラ)を買って昼間からカンビールを飲みながらブラブラと花見をするつもりでいたところ,高校時代の悪友から呼び出しが掛かり,花見は止めて,夜3人で飲みに出かけ,久しぶりのカラオケを楽しんできた。私の「月1カラオケ健康法」は,今のところ「年3カラオケ健康法」となっており,まだ努力が足りない状態である。
2 この冬は天候不順で,各種の花の開花時期がおかしい。そして今,いろんな花が満開である。わがやの狭い庭もとても賑やかになっている。水仙やチューリップや真っ赤な花桃や木蓮などが咲いている。薄い青色の背の低い花が庭一面に咲き乱れているが,名前はまだ知らない。今度この花の写真を撮影して拡大し,事務所の額に飾ることにしよう。また私の好きな濃い青色の矢車草が,今年はなぜか庭を席巻している。事務所の花瓶にも矢車草が飾られている。近く美味しいお弁当を買って,事務所の皆で毎年恒例になっている花見に出かけることになっているが,かなり桜が散っているかも知れない。今が春爛漫ということであろうか。
3 5月の連休には,孫たちがわが家にやって来ることになっている。わが夫婦の子は女の子2人で,それぞれ結婚し,孫が2人ずつで全部で4人である。上の子はどちらも男の子で,今年小1入学と来年入学,下はどちらも女の子で,どちらも3歳である。昨年も孫が勢揃いしたが,4人で競争してわが家の庭の花を手折り,大きな花瓶に生けたので,庭の花は殆どなくなってしまった。今年もそのようなことになりそうである。
4 孫たちの年齢が遊び仲間として丁度よいようで,私は4人の孫たちの攻撃対象になる。「オジジをやっつけろ!」と叫びながら全員が棒などのような凶器を持って襲ってくるのである。「何,負けるものか。待て!」などと言って反撃し,追いかけたりするが,結局いつも「まっ!参った。助けてくれ!」と降参して戦いは終わることになる。「ワーイ,勝った,勝った!」と孫たちは大喜びしているが,わが家の客間の障子は破かれて,穴だらけになっている。
5 あれは長女の下の女の子がまだ1歳になる前のことだったと思う。わが夫婦と,2人の子供それぞれの家族が東京の池袋にある次女夫婦の家に集合したことがあった。その帰途,山手線で池袋駅から東京駅に向かう途中,空席がなくて吊り皮を握って,私と長女が並んで立っておしゃべりしていた。長女はダッコ紐のようなもので,女の子を抱いていた。そして私が「アレッ」と思ってふと見ると,長女に抱かれている孫が,よそを向いたままで,私の背広の襟を掴んでいたのである。そっと孫の顔をのぞき込んで,小さな声で名前を呼ぶと,その子は恥ずかしそうにして,手を離した。しかし間もなく,また同じように,よそを向いたままそっと私の背広の襟を掴んだのである。私は,「心がとろける」とはこんな感情のことを言うのかなと,しみじみと思ったのである。
6 孫たちもどんどん大きくなるに違いない。私は密かに,「時よ,止まれ!」と思っているのであるが,私の願いは到底叶う筈もない。(ムサシ)
1 昨年の1月からこの3月までの間に,中学,高校時代からの親しい友人が3人も死亡した。寂しい限りである。
2 私は高校を卒業後郷里を離れてからは,かなりの期間を東京で過ごし,多少の変転を経て裁判官になり,転勤で全国を転々とした。そして平成11年4月に38年振りに郷里に帰り,郷里の裁判所に勤務するようになった。そのころから,東京で会社員として勤務していた高校時代の友人が,盆と正月に帰省する際に2人で飲酒歓談していたが,翌年から高校の親しいクラスメイトに範囲を広げて,帰省する友人を囲む会にして,約10人足らずで飲酒歓談してきた。とても楽しい会であった。
3 その後その会は継続し,10数年が経過した。そして2~3年前から,東京に住む友人が帰省しなくなった。正確なことは書かないが,病気療養中とのことで,東京まで見舞いに行きたいとの手紙も出したが,果たせないでいるうちに,友人が死亡したとの連絡があり,驚いてしまった。仕事の都合で東京での葬儀に出席できず,友人ら3名連名で長文の弔辞を速達便で送ったが,葬儀で読み上げられたとのことであった。
4 この1月に,高校の友人グループの1人が死んだ。その会は今後も年2回継続することになっている。そしてこの3月には,田舎の中学校の友人が死亡た。いずれも葬儀に参列した。死因は,2人はガン,1人は脳梗塞である。
5 考えてみると,もう70歳を超えているのだから,いつ何が起きても不思議ではないということであろうか。そうであれば何が起きても悠然と受け止めるという覚悟が必要なのであろう。
6 しかし,3人の友人の死という予定外の事態を受けて種々わが身を反省することになった。私は「健康オタク」を自称しているが,何か改善すべき点はないか。いろいろと考えてみた。そして2点を改善することになった,1点はもう少し痩せようということである。「ちょい太」がよいなどと誤魔化してはいるが,もう10キロ痩せることにした。今80キロは切っているが,70キロを切ることになる。もう1点は飲酒量の減量である。名実ともに飲酒量を「百薬の長」とすることにした。飲酒量は日本酒1合に限定することになった。アルコールの量にすると30グラムまでである。
7 最新の週刊誌(「週刊現代」平成28年4月9日号)に,ガンの治療薬に関する面白い記事が掲載されているので,一読されるようにお勧めしたい。夢のガン治療薬「オプジーボ」がとても効果的であり,順次保険適用の範囲が広がっているというものである。日本では既に皮膚ガン,肺ガンへの保険適用が行われており,肝臓ガンへの適用も間近だろうとされている。これは免疫療法であり,人体に備わっている免疫システムがガン細胞を退治するというものである。人体が保有する「キラーT細胞」がガン細胞を攻撃すると,ガン細胞はその攻撃を弱めるシステムを有しているため,効果が十分でないが,「オプジーボ」を点滴することで,ガン細胞が有する防御システムを破壊するということのようである。
8 この新薬の開発に着手してから15年が経過しており,あらゆるガンに効くとされているようである。かつて人類が結核を克服したように,ガンを克服する日も近いだろうというのであるが,いろいろと期待して待つことにしたい。(ムサシ)
6 私は昭和17年生まれで,先の戦争で私の居住地がアメリカ空軍のB29戦略爆撃機約140機に空襲され,昭和20年6月29日未明,私は雨霰と落とされた焼夷弾で火の海となっている市街地を,母に背負われて逃げ惑って,幸運にも生き延びたという,命の危険を体験した者である。その空襲で当地では約1700人が死亡し,市の大半が焼け野原になり,2万戸を超える民家が焼失したということである。被害は甚だ甚大だったということになる。私は当時2歳半であり,具体的な記憶はなく,後日母から様子を聞いたものである。
7 市内は一晩で焼け野原になり,わが家と親戚の家3軒が全焼し,財産はほぼなくなった。父は民間人として満州に出兵しており,その留守家族7人が一旦は死を覚悟した状況下で,幸いにも全員生き延びた。
8 敗戦後捕虜になっていた父が2年後に生還した。家業は廃止され,父母は近郊で未体験の農業を始め,大変苦労したようである。子供らは農業の手伝いをし,また勉強を頑張って親孝行することが子供らの共通の目標になっていた。私は無謀な戦争が遂行され,国民が人的にも物的にも多大の損害を受けたことに対し,政府や軍の幹部に対し,激しい怒りと憎しみの感情を抱いて成長した。
9 先の戦争では,国民の多くが直接間接の被害を受けていると思われる。そのような体験を有し,戦争に反対する強い思いを抱いている者として,今何をなすべきなのであろうか。戦争をすると,その勝敗にかかわらず,余りにも被害は大きい。勝つ戦争ならしてもよいということには決してならない。戦争は絶対にしてはならないと思うのである。
10 そして,戦争に対してそのような具体的な激しい感情を抱く者であれば,このたびの訴訟では,弁護士として原告代理人になることは当然のこととして,自ら原告になるべきではないのかという思いが強い。おそらくそうすることになるだろう。東京で予定されている訴訟では,原告代理人になることの意思は表明してある。(ムサシ)
1 平成27年9月19日未明,参議院の議場の混乱のなか,集団的自衛権行使を認める安全保障関連諸法が可決成立したとされ,同28年3月29日に施行されることとなっている。違憲だという声が圧倒的に強かった法律であり,歴代内閣も違憲だとしてきた。そして何よりも,憲法の専門家である憲法学者の圧倒的多数が違憲だとしている法律である。このような法律が,国際情勢が変化し、集団的自衛権行使の必要性が強まったという程度の理由で,従来違憲とされてきた内容の法律が,簡単に合憲になってしまうことはあり得ないことである。単に国会議員の多数で,「合憲である。」として無理矢理押し切ってしまったということに過ぎない。
2 山口繁元最高裁長官は、「集団的自衛権行使は違憲である。」とされ、安倍内閣は「法治主義とは何か、立憲主義とは何かを弁(わきま)えていない。」と厳しく批判された。内閣としては,国民に対し,なぜ合憲であるといえるのかについて,もっと丁寧に説明しなければならなかったと思う。そしてその前に,憲法学者の半数以上が合憲であると納得するように,憲法学者を説得するか,憲法学者が合憲だと認める内容に改めるべきではなかったかと思う。安倍総理は,違憲かどうかは「最高裁判所が決めることだ」と主張するが,最終的な判断者はそうであるとしても,明白に違憲であるような内容の法律等については,予め議論し批判し,時に阻止することが必要だということであろう。
3 安保法制の必要性について,賛否いろいろと意見の対立がある。必要説が全く理解できにわけではない。しかし政権担当者は誠実に憲法を遵守し,国民の声に耳を傾けて,謙虚な姿勢で国政を担当し,国民の期待に応えてもらいたいと思う。違憲の疑いが強い法律を,国会の多数で強引に押し切って成立させるようなことがあったはならない。
4 全国各地の弁護士会は,安保法制違憲訴訟を提起する方向で動いており,各種団体との連携もなされている。私が所属する弁護士会所属の弁護士も,数回の準備会を経て,この3月8日に訴訟提起を目指して団体を発足させ,記者会見が行われた。
5 私は,違憲の可能性が強い安保法制が強引に議決された経過をみて,わが国の政治に強い危機感を抱いており,強く失望したということになる。主権者である国民は,しっかりと政治を監視しなければならない。私は一国民として,また一弁護士として,この事態の中で,自らどのように考えてどのように行動するのかを真剣に考えることにした。そして後日,自らを恥じたり,後悔したり反省することのないように,自覚して対処したいと思っているのである。(ムサシ)
1 今年の正月は,元日から晴れて風もなく,穏やかな日が数日続いた。今年はよい年になるのではあるまいかという期待を抱かせるような天気で,何となく嬉しい気分であった。
2 ところが期待に反していろいろなことが起きた。新年早々に,高校時代からの50年余に及ぶ親交のあった友人が急死し,通夜に参列した。血液のガンだったそうで,発症から約2か月で帰らぬ人になってしまった。
3 それから間もなく,妻の父が老衰で亡くなった。妻の実家である千葉市から引き取って,私の郷里で老人施設の世話になっていた。昨年6月には満百歳の誕生日を迎え,その施設の第1号の超百歳の長寿者として,その施設からも当地の市長からも祝福され,総理大臣の表彰も受けた。長女である妻とその妹夫婦とともに地元の新聞に写真入りで報道された。妻が元気な父と暫くニコニコと会話して間もなく後に,穏やかに息を引き取ったのである。通夜と葬儀が行われた。
4 その後暖冬の筈が急変して,何十年に一度という強烈な寒波にも襲われた。この調子だと今年は余りよい年にはならないのだろうかと不安な気持ちになりかけていたところ,昨年11月に審理不尽のままで強引に終結されていた民事合議事件が再開されることになり,また面倒な遺産分割調停が事務所にとって嬉しい形で成立し,事務所で臨時の懇親会を開催して祝杯を挙げようかという気分になっている。
5 やはりよいこともあれば,そうでないこともあって,光陰矢のごとく時は流れて行くということなのかも知れない。好きな歌人である石川啄木の短歌に,「なんとなく 今年はよいこと あるごとし 元日の朝 晴れて風なし」というのがある。今年が是非よい年になってほしいというのが,誰しもの切実な願いであることは間違いないところである。(ムサシ)
1 脳の活性化や記憶力増進に関する本は順次沢山出版されており,私は安価で手軽な本は案外沢山衝動買いして読んでいる。簡単で参考になる努力項目は即座に採用して,トレーニング一覧表に書き加え,○印をつける対象になる。
2 脳の活性化に運動が大切であることは以前から指摘されている。1日1万歩目標が通説であるが,最近は8000歩説もあり,私も8000歩を確保することにしている。毎日万歩計を携帯しているが,最近は携帯電話にその機能が搭載されている。
3 最近は,近距離については自転車ではなく,できるだけ歩くことにしている。そして夕方事務員が帰宅した時点で万歩計をチェックし,5000歩以下となっている場合には,事務所の周辺の道路を長目に一区画,約1100メートルを歩くことにした。約2000歩である。
4 私は,基本的に歩くことが好きではないので,敢えて「自分は歩くことが大好きだ」と自分に言い聞かせて,自分を騙すという作戦 を採用している。案外効果があり,最近は歩くことが余り苦痛ではなくなっている。
5 ただ歩くだけというのも勿体ない。そこで「ながら族」になることにした。私は歩きながらイアホンで聞けるCD装置を持っているので,CDを聞きながら歩くことにした。カラオケの歌詞約10曲分や,カラオケ曲に採用されていないアカペラ曲(伴奏なしで歌う曲)数曲(自分で吹き込んだもの)など,10数曲を聴きながら完璧に記憶することにした。いずれクラシック音楽や文学作品や,英会話や英語のニュースなどを聴きながら歩くことになりそうである。
6 最近読んだ本では,顎(あご)を使う効果が強調されていた。脳の活性化という意味で,手と足を動かす効果が50パーセント,顎の運動効果が50パーセントで,ほぼ対等だというのである。よく噛むことが大切だということである。食事について,そのことを意識してシッカリ噛むということであれば,それは納得できることであるが,それ以外にどのような工夫ができるというのであろうか。固い煎餅などを食べるというのであろうか。そこで1日3回,食事の後で,ガムを噛むことにした。ガムを噛んだかどうか,トレーニング一覧表に記載する欄を作った。
7 私はスポーツは得意で,これまで色々とやってきたが,最近は散歩,水泳,自転車をベースにすることにした。これまで犬の散歩やテニスの壁打ち,ハイキング,ゴルフの打ちっ放しなど,人知れず運動量を確保する努力をしてきたが,犬も死んだし,膝や眼などに種々の障害も出てきた。しかし「呆けてたまるか」という思いも強いし,そのための研究と工夫をし,現代医学の最先端の知識を活用しようと思っており,これまで頭髪が黒いままでいることや血糖値が正常値であることなどで医師を驚かせてきたように,脳の活力でも医師を驚かせることにした。そして密かに新たな野望を抱いて生きることにしたのである。(ムサシ)
1 このブログの「毛利甚八さんを悼む」という追悼文を読んで,種々の感慨が湧いてきて,私も少し書きたいと思うようになった。漫画「家栽の人」は私の愛読書であり,何度も繰り返して読んだ。テレビでも「家栽の人」がドラマ化されて放送され,俳優片岡鶴太郎が主人公の桑田判事を演じた。これらは全てビデオに録画した。
2 私が鳥取地家裁米子支部に勤務していた平成5年ころ,毛利さんが私を訪ねて下さったことがある。毛利さんは検察関係の取材で鳥取地検米子支部長にお会いしたとのことであった。私は格別取材を受けたわけではないが,楽しくお話しした。そのとき毛利さんは色紙を書いて下さり,わが家の家宝として額に入れて,客間に飾ってある。
3 私は裁判官のころも弁護士になってからも,離婚調停などの家事事件や少年の非行事件などを多く担当してきた。そして弁護士になってからは,「家栽の人」の漫画をコピーしてお母さんに渡して,「これを読んでいただけませんか。」と言ったことが何度もある。もっともその事件の状況に応じた内容のものを選んでいることはいうまでもない。
4 私が好きな「家栽の人」の漫画に「ホウセンカ」(「家栽の人」第4巻CASE7)がある。母が自分を捨てて家出したと誤解して,母を恨んでいたある少年が非行に走り,その鑑別所の心理テストに,「私はホウセンカが好きです。」と書いているのを目ざとく桑田判事が見つけたことがきっかけとなって調査した結果,少年が3歳のときにお母さんと一緒に種を撒いたことから,今でも家の庭にホウセンカが沢山咲いていることが判明した。「ホウセンカが好きです。」と少年が書いたのは,少年が今も母を恋しく思っているためではないかと見抜いた桑田判事が,審判の日に審判廷の隣室に母を待機させていたことから,母を「絶対覚えてねえ」と言い張る少年が,隣室に母が待機しており,希望すれば会うことができると知って大泣きし,母への誤解も解けて更生するという話である。この話は何人ものお母さんにコピーを配布した。
5 また私は以前このブログに,「家栽の人」がテレビで放送された「スイセン」を取り上げて,「水仙の 香(か)に君がいる 暖かさ」という俳句を巡る一文を書いたことがある。ある裁判所長が転勤されることになり,夫婦裁判官であった私たちがご挨拶に伺ったところ,所長の奥さんから,丁度所長官舎の広い庭に咲き誇っていた日本水仙を一抱えも切って下さったときのささやかな会話を書いたもの(2008年(平成20年)2月1日「水仙のこと」)である。所長を少し慌てさせてしまったという笑い話であるが,このたび久しぶりに読み返して,毛利さんを忍んだ次第である。
6 毛利さんが書かれた本で,まだ読んでいないものも多いので,少しずつ読むことにした。それにしても若過ぎるご逝去であり,甚だ残念な思いが強い。心からご冥福を祈りたいと思うのである。(ムサシ)
1 「肩凝りよ、さようなら」となる筋膜体操は、慣れると簡単な体操ではあるが、案外時間がかかり、完全に実行すると1日3セット(1セットは5種目で5分)で15分を要するので、その実行は容易ではない。休日であれば、朝、昼、夜に各1セット実行することは比較的容易なことではあるが、それでも継続するにはそれなりの決意を要する。そして仕事のある週日は、筋膜体操の完全実施は事実上不可能ですらあり、それゆえに、少しでもやろうということではなく、全く実行しないという結果になり勝ちのようである。まして重症の肩凝り患者は、おそらく仕事と子育てに奮闘しているお母さんではないかと思われるので、筋膜体操をする時間など到底確保できる筈がないということになるのであろう。しかしそれでは余りにももったいないし、また筋膜体操は肩凝り防止以外にも、血行促進など健康効果も期待できるので、挑戦する意義は大きいと思う。
2 そこで私が考え実行している継続実行の秘策を書くことにした。それは纏めて多くの筋膜体操をする考えは捨てて、ちょっとした暇を見つけて1種目1分間だけ行なうことを繰り返すという方法である。1日15回を目指すので、今何回目まで済んでいるという具合に数えることにすると、いつのまにか実行できるというのが実感である。
(1)まず無理をせず、頑張らないことにし、細かく工夫することが大切である。余り頑張ると長期的な継続は無理である。
(2)一応完遂を目指すが、全部できなくてもよく、できるだけをやるのだと考える。
(3)最初は1日何種目でもよく、少しでもよいから実験的にやってみる。
(4)次に、1日1セット(5種目5分)を実行する体勢を作り、継続する。
(5)朝起床前に布団の中で、C型体操を1分行なう。これは甚だ簡単にできる。
(6)起床後、私は毎朝腰の回転など数種類の柔軟体操をしているので、その中に筋膜体操を1種目(1分)だけ組み込むことにした。
(7)勤務先では、午前と午後のトイレに行く機会に、密かに2回に1回程度の割合で 1種目だけ行なう。案外階段の踊り場で行なうのが よい。但し無理はしない。
(8)昼休みには、密かに階段の踊り場で2種目程度を行なう。条件が許せば1セット(5分)行なうことも検討する。
(9)帰宅前の時点で、1セットないし2セット終了を目指す。但し無理はしない。
(10)着床前に、残りを完遂する。それが無理なら完遂しなくてもよいことにする。
(11)できれば、トレーニング表かノートに、AからEまでの欄を作成し、毎日1つの欄に丸印を3個ずつ記入できるように努力する。この表の作成は継続する意欲を高める効果があるので、本気で挑戦する人は是非ノートなどを用意すべきである。
(12)荷物がなければ、歩きながらでも、A,B、Cの3種目は実行可能であるので、人影のない道路や夜道は稼ぎ時として活用できる。
(13)種々実験して、実行可能で自分に適したシステムを徐々に作り上げるのがよい。
(14)自分用のシステムが完成し、毎日実行していると、自然に生活習慣として定着してくるので、甚だ自然に簡単に実行できることになる。
(15)かくして、「肩凝りよ、さようなら」が現実のものとなる。毎日数回歯磨きや歯すすぎをするのと同じように、筋膜体操が特別な行為ではなく、ごく自然な生活習慣となっているという感覚が大切であろうか。(ムサシ)
1 先頃「肩凝りよ、さようなら」という一文をこのブログに投稿した。ところが筋膜体操自体は簡単な内容ではあるが、案外時間を要するため継続して実行することは予想外に困難であることが判明した。そこで私はかなりきめ細かい工夫をして、筋膜体操が継続できるようになり、「肩凝りよ、さようなら」という実感を抱くようになっている。
2 ところが、折角私が苦労してNHKの「ためしてガッテン」を文章化した資料を配付したのに、わが事務所の事務員を始めとして余り実践できていないことが分かってきた。確かに簡単な運動ではあるが、それを継続して実践するにはかなりの決意と粘りと工夫と時間(1日15分)が必要である。勤務している人には、休日はともかくとして、週日の実践はかなり無理だということである。
3 そこで私が結構工夫した継続法の秘策を書くことにした。このままでは多くの人が肩凝りからさよならできず、折角の肩凝り防止の名案が生かされないことになってしまう心配があるからである。筋膜体操の内容のほかに、継続するための方策が必要だということである。
4 理解して頂くためには筋膜体操の概略を書く必要があると思われる。
筋膜体操は4種類に分類できるが、それを5つの型の体操と考えるのが便利である。
(1)斜め腕伸ばし腹筋リリース法(A型とB型と名付ける)
A型;①椅子に座り、②右腕を右やや後方45度右下にピンと伸ばし、③あごを引き、④左手で右肩を押さえて肩が上がらないようにし,⑤ 首を左に倒し、⑥首を回して左耳を左肩の前に出し,⑦30秒停止する。⑧同じことを反対の肩でも行なう。⑧合計1分を要する。
B型;A型の⑤に続いて、⑥首を回し,鼻を左肩に近づけ,⑦30秒停止する。 ⑧同じことを反対の肩で行なう。⑨合計1分を要する。
(2)平泳ぎ風筋膜リリース法(C型)
肩胛骨(けんこうこつ)を前後運動させる。
①平泳ぎをするように両腕を前に伸ばし、②背中は丸めずピンとしたままで、③ひじを肩の高さのまま,両側に引いて胸を張り、④腕は直角に曲がったままで30秒停止し、⑤その姿勢のまま,ひじを肩の高さより下げず、ひじより先を上に曲げて,手のひらを前に向け、⑥約30秒停止する。⑦合計1分を要する。
(3)S字筋膜リリース法(D型)
①椅子から立ち、②右手を頭の後に,手のひらで頭を軽く押さえ、③左手を背中の真中に,手の甲で背中にさわり、④ひじはそれぞれ直角になるようにし、⑤両腕を,更に20センチ奧に移動させ、⑥右足を左足の前に移動させ(足をクロスさせる)、⑦体を左に倒し、⑧30秒停止し、⑨反対側も同じ。⑩合計1分を要する。
(4)バレリーナ風筋膜リリース法(E型)
①立って、②右手を上に伸ばし,手のひらは手前に向け、③左手は下に伸ばし,手のひらは後ろに向け、④右足は軽く1歩前に出し、⑤軽く体を左にひねり、⑥約30秒停止し、⑦反対側も同じ。⑧合計1分を要する。
5 1日に3セットを目標とし、2週間で顕著な効果が出るが、ズっと続けることが大切である。所要時間は、1種目1分、1セット5分、3セットで15分である。(ムサシ)
1 平成27年9月初旬ころ、NHKの「ためしてガッテン」で、最新の研究成果に基づく肩凝り対処法が放送された。もしかすると肩凝りの悩みに終止符を打つ「肩凝りよ、さようなら」という画期的な対処法となるかも知れないというのである。
2 従来は、肩凝り対策は凝っている肩周辺の筋肉を揉みほぐすことであったが、それは一時的な対処法に過ぎず、またすぐに肩懲りが再発することになり、根本的な対処法ではなかったということになる。
3 その放送によると、肩凝り対策のポイントは筋膜を伸ばすことであり、筋膜とは筋肉を包んでいる膜のことである。筋膜に堅い「シワ」(少し盛り上がっている)ができると、筋肉を揉んでほぐしても,筋膜のシワに引っ張れれて,また筋肉が収縮するので,それが肩凝りの原因であり、筋膜のシワの原因は姿勢が悪いことであるという。
4 「筋膜伸ばし法」は4種目ある。テレビ放送を見た時に、私は直ちに日常生活に組み込むことにしようと考えたが、一度放送を見ただけでは覚え切れなかった。そこで再放送を録画して、パソコンで文章化したのである。そして妻や事務員などに配布したところ、とても好評であった。そこで私はお節介人間に変身して、あちこちで配布することになったのである。先日は4か月に1回定期検診に出かけている歯科医院の受付の女性に尋ねると「是非下さい。」ということであったので贈呈した。
5 4種目の筋膜体操を1セット行なうと約5分を要するが、1日3セットを2週間続けると顕著な効果を実感できるということである。しかしこの実行は、時間に追われて生活している人にとっては案外容易ではなく、固い決心と工夫と粘りが必要である。
6 そこで、いきなり欲張って頑張ることは継続の妨げになると考えて、無理をしないことにした。起床後外出までに2種目だけを行なうことは案外容易である。そして昼休みに、事務所で弁当を食べる昼食時の休憩時間内に、トイレに行くことにし、ついでに階段のドアから階段部分に入って1種目、夕方事務員が帰宅した後に1セットと1種目、夜帰宅後に1セットという具合である。
7 最近はこのシステムがほぼ完成したので、3セットが容易に実行できるようになった。荷物がなければ、歩きながらでも実行できる種目が2種目ある。私は余り肩凝り人間ではないが、それでも効果を実感できるような気がしている。そして、もう30年以上継続している「わがトレーニング計画表」に、筋膜体操の欄としてAからDまでの4つの欄が作成され、毎日一つの欄に3個ずつの○印が記載されている。
8 筋膜体操の4種目の内容をこのブログに掲載しようかと暫く迷っていたが、偶然新聞広告で、ある週刊誌(「週刊ポスト」平成27年10月16日23日合併号)に詳しく掲載されていることを知り、掲載はしないことにした。近く雑誌「ためしてガッテン」に掲載されるだろう。最近は私のレジュメと週刊誌のコピーがセットで配布されている。
9 人通りの少ない夜道は筋膜体操の稼ぎ場所になる。先日夜8時ころ、コンビニに夕食の弁当を買いに出かけた際に、信号待ちで筋膜体操をしていたところ、親しい弁護士に見つかって「何やってんの?」と聞かれたので、翌日彼の弁護士会のボックスに、これらの資料が届けられたという事態になった。私のカバンの中には、常時この資料が2人分程度潜んでいるが、なんとまあお節介人間なことかと、妻は呆れているようである。しかし実は、私自身が自分に呆れているという次第なのである。(ムサシ)
1 先頃妻が、ある医師から聞いた話である。わが健康論も大きく影響を受けることになった。その医師は生野菜を沢山食べることの重要性を強調したという。しかしそうはいっても、生野菜を多く摂取するのはなかなか容易なことではない。
2 煮た野菜も多く食べることが大切であるが、野菜を煮ると熱により栄養分が分解されたり、水に溶けてかなり失われる。また低温殺菌されている野菜ジュースなどでも、その加熱によりかなり栄養分が分解されるらしい。これは活用できる有益な情報だろう。。
3 そこで色々と考えてみた。私は5年ほど前からゴーヤジュースを飲んできたが、前述した情報を参考にして、その内容を大幅に改善した。ゴーヤは縦割りし、種などを除去し、約7センチに切断する。リンゴ4分の1個、バナナ2分の1本。それに飲むヨーグルトと豆乳を各150CCを1回分の基本としてきた。最近それに冷凍ブルーベリー1掴み、キューイ2分の1個を加えることにしていた。これをジュースにして飲むのである。とても美味しくて楽しみになっていた。
4 最近は、これに生野菜を加えることになったのである。野菜の種類は、キャベツ、レタス、ピーマン、アスパラガス、ホウレンソウ、春菊、ニンジン、ブロッコリー、ブロッコリースプラウト(芽)などから、約3種類程度を買っておいて、これを加えてジュースにする。コップ2杯位になる。そしてオリーブオイル(エクストラバージン)大匙1杯(約15CC)を加えて1日1回、朝食として全部飲む。それなりに美味しい。野菜を使い切ると、別の種類を買ってくる。
5 この準備として、果物ほか野菜以外の材料は週末に翌週1週間分を購入し、小さく裁断してビニールの小袋に分けて冷凍しておくと便利である。なかなかの優れた健康食品のように思える。
6 更にこれからは、レタスを沢山挟んだハムサンドや野菜サラダを手作りし、意図的に沢山食べることにした。
7 最近のアメリカでの研究によると、週3回以上野菜果物ジュースを飲むと、週1回未満の人に比べて認知症になる確率が4分の1以下に減るそうである。脳細胞を減少させ、認知症の原因となる蛋白質の老廃物であるアミロイドベータを減らす効果があるというのである。
8 私は5年位前に、健康雑誌でブームになっていたことを知ってゴーヤジュースを飲み始め、急に血糖値が下がって正常値になり、その後も正常値を維持している。ゴーヤの苦み成分であるチャランチンがインシュリンと同じ作用をして、血液中の血糖を筋肉に取り込むというのである。血糖値の数値であるヘモグロビンA1Cの値は現在5・6である。6・2までが正常値なので結構低い。新作のジュースが糖尿病と認知症予防の両方の対策になるというのであるから、甚だ愉快である。健康によいという実感もある。
9 私は多くの友人などにゴーヤジュースを勧めてきたが、ゴーヤと聞いただけで恐れをなすのか、ゴーヤジュースのお陰で血糖値が正常値になったという報告を誰からも聞いていない。おそらく本気になっていないのであろう。生野菜をたくさん加えた新ゴーヤジュースがとても美味しいことやその効用を過大に宣伝して、わが国の糖尿病患者と認知症患者を減らしてやろうかと、密かに夢想している昨今である。(ムサシ)
1 先日、集団的自衛権行使を認める安全保障関連諸法が可決成立した。違憲だという声が強かった法律である。最終的な正確な数字は確認できていないが、途中段階で違憲とする憲法学者が211人だとか、憲法学者の95パーセント以上などと報道された。また私が国会の公聴会やNHKの日曜討論その他の機会に個別的に合憲とする憲法学者や国際法学者の氏名をメモしたところ8人が確認できたが、合憲説の学者はもっと多いということであろう。
2 山口繁元最高裁長官は、「集団的自衛権行使は違憲である。」とされ、安倍内閣は「法治主義とは何か、立憲主義とは何かをわきまえていない。」と厳しく批判された。歴代内閣も違憲だとしてきた内容を、国際情勢が変化し、必要性が強まったという理由で、国会の多数で押し切ったということになる。
3 これらの法律の成立により、今後直接わが国を攻撃することは、これまでよりも困難になるということは理解できるが、自衛隊の海外での活動が活発化することになるようであるので、海外で自衛隊が攻撃される形で戦争に巻き込まれる危険性が増えるのではないかと心配である。
4 私が所属する弁護士会が主催する憲法講演会が平成27年7月末ころ開催された。「戦争法案に反対する市民集会とパレード」と題されており、ある全国紙の論説委員による「日本は戦争をするのかー集団的自衛権と自衛隊」という演題の講演がなされた。その後で約1700人が駅までの約800メートルをデモ行進した。わが夫婦も参加した。当地で行われたデモとしては史上最大規模だということである。
5 また9月中旬には山口二郎法政大学教授の講演会とデモ行進が行われた。私は所要のため、講演会だけに参加した。
6 そして9月中旬には元裁判官75名が法案に反対する意見書を参議院議長に送付したが、わが夫婦もその中に入っている。
7 憲法学者の圧倒的多数が違憲だとしている法案をいくら説明されても理解するのは困難だと考えるのが通常の人の感覚ではあるまいか。憲法学者が指摘しているように、どうしてもこの法律を成立させたいということであれば、憲法違反とならないように、順序としてまず憲法改正をなすべきであったということになるのであろう。国民の立場で思うことは、憲法をしっかり守る政治を行なってほしいということである。私は、各種の問題の意見や結論がどのようであるにせよ、政治家の方々は主権者である国民の声によく耳を傾けて、何が何でも数の力で押し切るということではなく、謙虚な姿勢で政治に取り組んでほしいと思うのである。
8 今後どのような展開になるかは判然としないが、来年7月に予定されている参議院選挙ないし場合によっては平成30年12月に予定されている衆議院選挙が前倒しされて、来年衆参同日選挙になるかも知れないが、国民は一体どのような判断をするのであろうか。期待と不安が相半ばというところであろうか。(ムサシ)
(本稿は裁判官ネットワークの意見ではなく、執筆者の個人的な意見である。)
1 先日、正常眼圧緑内障の手術を受けた。両眼の予定であったが、とりあえず左眼だけで退院し、しばらく様子をみることになった。経過は順調である。このような話を書くことにどの程度の意味があるかはよく分からないが、参考になったという人もおられるかも知れないので、意を決して書くことにした。
2 本来の緑内障は「青そこひ」とも言われ、失明に至る恐ろしい病気である。眼の中に溜まる涙(房水)の生産量よりも排出量が少ないと眼圧が高くなり、眼底にある視神経の束を押し下げて、緑色に光りだすというのである。そして視神経の伝達機能に支障を生じて失明に至るそうで、痛みも強いとのことである。
3 私の眼圧は正常であるので、痛みもないし、緑色に光っているわけでもない。日本人は強度近視の人が多いせいか、正常眼圧緑内障の人が多いのだそうで、この場合の視神経を害する理由はよく分からないそうである。強度近視の結果眼球が長く変形して、視神経が伸びるとか、蛋白質の老廃物であるアミロイドベータが視神経内に溜まる結果だという説もあるようである。
4 眼圧は大気圧より少し高いので、大気圧との差を眼圧の値としているそうで、正常値は10~20mmHg(ミリ水銀柱)ということである。
5 私の正常眼圧緑内障歴は20年余り前の平成5年に遡る。当時裁判官であった私は、勤務先でパソコンに向かって判決を書いていたところ、画面を横に光の線が走ったのである。驚いてその日の夕方、勤務時間後に勤務先近くの眼科医院で診察を受けると、網膜に小さい傷ができており、その傷から網膜の下に体液が染み込んで、網膜を押し上げるので、網膜剥離になるとのことで、光視症と診断された。そして数日後レーザーでその傷部分を焼き付けて事なきを得た。光視症は完治した。
6 眼科医は、ついでに視野検査をしてみましょうかということで、生まれて初めて視野検査を受けた。そして極く少しだけ、両眼の鼻に近い部分の視野が欠けているとのことであり、眼圧は両眼とも16で正常値であった。このような視野狭窄の初期状態で発見されるのは、甚だ稀れであるとの説明を受けた。私には全く視野が欠けているという認識はなかったが、その時から、涙の生産量を減らす目薬と光に対する感度を高める2種類の飲み薬の使用が始まり、既に20年を越える正常眼圧緑内障との戦いが続いてきたのである。視野狭窄の進行は甚だ遅々たるもので、最近まで仕事にも格別の支障はなく、今でも車を運転しているし、1年前まではテニス大会にも参加していたということになる。なぜ手術することになったかについては、次回に書くことにする。
7 正常眼圧緑内障は痛みもなく、視野狭窄の進行も遅いので、その発見が遅れることが多いそうである。特に両眼で視野をカバーするため、視野に異変を生じたかどうかは案外分かりにくいそうで、片目が失明する寸前まで気付かなかったという人も多いということである。そのような事態を防止するためには、時々(月に1度)片目で見て異常の有無を確かめることを習慣にするのがよいようである。また金網のような物を視ると、視野の異変に気付き安いそうである。そして40歳を過ぎたら、年に1度眼科医院に出かけることも、教養の中に組み入れることをお勧めしたい。(ムサシ))