いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



たちあがれ日本改め、太陽の党、さらに改め日本維新の会の犬伏秀一でございます。一身上の都合により、大田区議会における最後の一般質問をさせていただきます。

思い起こしますと、13年前区議会議員に初当選以来、理事者の皆さま、議会事務局の皆さまのお手を煩わせるほどに会派名がかわりご迷惑をおかけいたしました。当選当初は、自由党、途中から、民主党、未来、と合流し、略称「民・自・未」となり、その後その会派が分離し、自由党に戻りました。平成19年の統一地方選挙後には、荒木秀樹議員、奈須りえ議員と会派を組み、「ネ・無・自」となりましたが、これも途中でそれぞれの会派に分かれ、私は「改革110番」と会派名をかえました。

さらに、平成22年6月に「たちあがれ日本」、つい先日「太陽の党」、その数日後に「日本維新の会」と、実に13年間で7つの会派名を名乗ったことになり、われながら驚いております。

この4期13年、はたして私は区議会において、または、大田区において何をしてきたのだろうか、7つの会派を名乗ってきたことを含め、最近しばしば自問自答をしているところでございます。
ふりかえりますと、私の議会、政治活動の原点は「区民の常識」と「区役所・学校の常識」の乖離を埋めることにつきた、と申し上げても過言ではないと思います。

民間でも、それぞれの企業には長い間の歴史があり、それぞれの企業文化がありますが、私が見聞きした公務職場での悪しき慣習は、民間、又は区民一般の理解をはるかに超えるものでありました。

それぞれの問題に対し、議会質問、委員会質問、時にはマスコミやブログを利用するなど、イソップ童話ではありませんが、「北風の突風」によって、様々な問題を解決、改善してきたものと自負しております。しかし、その方法ゆえ、時として、区長、教育長、両副区長、理事者、職員、議員の皆様には不愉快な想いをさせてしまったともあろうかと、この際、深くお詫び申し上げ、お許しを賜れば、と思っております。

そして、この13年間には様々な出会いがあり、様々な事案に遭遇いたしました。それら一つ一つは大変勉強になり、私の原動力となっております。

先ほど述べましたように、私は「太陽の党」の新しい1000枚の名刺を無駄にしてしまいました。ところが、名刺を無駄にしたのは初めてではありませんでした。平成15年5月、2回目の当選直後、私は区議会において「都市整備委員長」として指名される予定でしたし、臨時委員長に渡たされた進行シナリオにも、そのように書かれておりました。すぐ使えるようにと、「都市整備委員長」の肩書のついている名刺を1000枚発注をいたしましたが、それが使えなくなってしまったのです。

臨時委員長から指名された委員長の名前は、私ではなかったのです。委員長指名の前に本会議で行われた議長、副議長選挙において、慣例により就任が予定されていた議員に投票したかったことが原因であろうと思われます。このことに怒った私は、「ふざけるな」とばかり、委員会室を飛び出したのです。すると、外には、先輩である荒木秀樹議員が仁王立ちになって「犬伏君戻れ。耐えるんだ」と諭してくださいました。今思うと、大変ありがたいことでありました。議会では様々な波紋を起こしていた私を、各会派の議員各位には「わんちゃん」と呼んで親しくして頂いたことも感謝であります。

御礼とお詫びはこれくらいにして大田区において積み残した課題について申し上げます。

まずは、中小企業対策について申し上げます。

大田区内業者は無論のこと、我が国の企業の99%が中小企業です。「中小企業対策」といえば「融資制度」に話が行く、「商店街対策」といえば「補助金」になる、そんな古い施策では、激動の時代には対応できません。対症療法ではなく、抜本的な解決法を見出す必要があります。売上増に連なるビジネスサポート機能の充実やベンチャー支援制度等の見直しが必要です。中小企業に対する信用保証制度も改善しなければなりません。保証料を支払いながら、破綻した経営者は、死ぬまで債務を払い続ける現制度は、私を含む志ある中小企業経営者の再挑戦を阻害しています。基礎自治体である大田区だけでは解決できない問題ではありますが、今後ぜひとも再挑戦が可能な制度設計のご検討をお願いするものであります。

次に心に残るのは、独居老人・親亡き後の障がい者の方々が安心して暮らせる仕組みづくりについてであります。大田区では、特別養護老人ホームの待機者が1500名を超えています。大田区も民間が建築する、グループホーム、軽費老人ホーム、老人保健施設等への支援を行っていますが、まだまだ足りません。また、親御さんが亡くなった後の障がい者の方々の入所施設もまったく足りません。施設建設だけに頼るのではなく、在宅で安心して暮らせる仕組みづくりの策定が急務であります。

また、入札改革についても道半ばであります。                      
大田区の一部入札について、業界団体内で事前調整、所謂談合が行われたとの情報が、区議在任中の13年間、複数回寄せられました。
大田区予定価格の95%を超える効率の落札や、不落随意契約も後をたちません。昨日の区長の答弁では、必ずしも23区の中では高率ではない旨のお答えがありましたが、全国的に見れば、まだまだ高水準にあります。
区内業者優先、大田区からの受注実績優先の制限付き競争入札では、入札改革はなかなかすすみませんし、業者の価格競争力の増強も望めません。価格、実績、区内などの条件を点数化する総合評価方式の導入など、入札改革の取り組みを今後も行っていただきたいと思いますが、その取組みとご決意をおうかがいいたします。

次に子供たちが日本に誇りを持ち、精神文化を高められる区立学校教育についておうかがいいたします。

戦後の公立小中学校では全国的に「自虐的歴史教育」が横行しています。「日本は悪い国だ!悪い国だ!」と教えられた子供たちが、自国の未来に夢を持てるでしょうか。「あなたらしければいい」という理由の、「わがまま個人主義教育」の結果、「人のために働く、生きる」という、我が国の伝統的精神文化が壊され、家庭が崩壊しています。守るべき伝統文化を学び、祖先を敬い、礼節を守る教育が求められています。

そのような時に、大田区教育委員会が育鵬社の歴史・公民教科書を23区で唯一採択したことはおおいに評価すべき偉業であると、採択に賛成された教育委員各位に謝意と敬意を表するものであります。今後も、子供たちが、日本の歴史に誇りを持って、自らの将来に夢を持てる公教育を大田区からすすめていただきたいと念じてやみませんが、そのお取組みをおうかがいいたします。

最後にイジメ対策についておうかがいいたします。
残念ながら、大田区の区立小中学校においてもイジメが行われております。報道になるほど大きなものは発覚しておりませんが、小さなイジメで悩んでいる子供たちがこの瞬間にもいるのです。イジメ対策を一部の担任教員や生活指導教員に委ねるのではなく、大田区全体として「イジメは絶対許さない」との姿勢を示し、専門的チームを創設すべきと考えますが、取組みへの決意をおうかがいいたします。
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以上で質問は終わりますが、昨年3月11日に発生した東日本大震災の被災地において、私が東京都医療救護班の一員として気仙沼市、陸前高田市で活動した際の感動をお話ししておきたいと思います。

壊滅的で私のような元気いっぱいの者でも心が萎えてしまう悲惨な光景の被災地で、全国の自治体、公立病院などから派遣された公務員の方々が、寝食を忘れて、被災地支援に当たられていました。その勤務時間は、毎日15時間近くにものぼり、誰一人文句も言わず、粛々と職務にあたっていました。もちろん超過勤務手当など臨むべくもありません。

この方々と被災地支援を共に行ったことで、私の公務員に対する想いには些かの変化がありました。それは、「公務員は一人でも少ないほうがいい」という想い、さらには「公立病院も経済原則を導入すべし」というものです。
今回のような大規模災害時に、広域支援をするためには、ある程度の余剰人員が必要であります。それは民間ではなかなか出来ないことでもあります。
 さらに、私の心を躍らせたのは、一ノ関市の宿泊拠点のエレベーターで、見慣れた防災服を着用した若い大田区職員さんと遭遇したことです。普段、議会などで服務規律の乱れに対して糾弾している相手ではない、頼もしい姿がそこにありました。

私は、一身上の事情により、この場を去りますが、いかなる立場になろうとも、皆様と共に、この大田区役所に、そして地方自治の最前線にいたことを誇りに思い戦ってまいります。昨日青年会議所主催の公開討論会に参加いたしましたが、国会議員のお二人、エリートサラリーマンの方、いずれも高尚なご高説をお持ちでしたが、やはりそれは、永田町や霞が関、大手町の視点でありました。問題は常に最前線、現場にあることを私は13年間の経験で教えられました。

みなさん、長い間大変お世話になりました。そして、ありがとうございました。


日本維新の会





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 今日は、青年会議所が主催する公開討論会が開催された。維新の会本部からは「公開討論会には出席しないように」との指示があったが、区議会で「役所の説明責任(アカウンタビリテイ)」を訴え続けていた立場で、自分自身のアカンタビリテイを果たせなくてどうする、との想いで、大阪にある党本部に「申請」をしての出席となった。

 相当以前は、選挙管理委員会が各地域で「立会演説会」を開催し、各候補の違いが鮮明になってよかったのだが、いつんころか、公職選挙法が改正になり、選挙期間中の立会演説会は「違法」となってしまった。

 噂の域を出ないが、一部自民系の地方議員らから「立会演説会は嫌だ」との陳情があり、公選法が改正されたらしい。さもあらん…

 会場は、JR蒲田駅前広場。特に冷え込みの厳しい今夕。仮設テントに毛布1枚で2時間。こいつはなんとも厳しかった。体力の弱いヤツを見つける会か、とのグチも言いたくなるほどだった。(せめて、次回からは大型ストーブを!)

 さて、公開討論会には自民党平氏、民主党藤田氏、みんなの党広瀬氏、共産党山本氏、そして私の5名の参加で始まった。あらかじめ用意されていた○×問題に答えるもの、設問に言葉で答えるものなどがあった。いずれも短時間でなかなか想いをすべて語ることは困難ではあったが、候補予定者間の違いが明確になって、実に意義深く面白かった。

 前職のお二人は、流石に国会議員だっただけあって、一応論点はぶれなかったが、現場感覚ではない「永田町」目線だった。みんなの党の広瀬氏は、いかなる設問でも、専門分野と思われる「経済」に持っていき、論点が常にずれていると感じた。特に、討論になると議論がかみ合わない場面が多々あり、首をかしげる場面が多かった。

 共産党の山本氏は、街頭演説よろしく「大企業の内部留保を吐き出せ」「公務員を減らすな」と訴えた。党の主張としては一番わかりやすかったかもしれない。

 驚いたのは、自民党平氏が「首相の靖国参拝」に賛成。それどころか「首相だけではない。天皇陛下が参拝出来る環境を作るべき」と発言されたことだ。極めて真っ当な意見だが、はたして、自民党で出来るのだろうか。

 2時間の「ミッション」が終わり、会合を二つ回った。1件目の会合では、区議時代からの親しい友人でもある支援者の方が声をかけてきた。「水臭いじゃない。お金足りないなら貸してあげるから来なさい。」と。なんとも、ありがたいお言葉に涙腺が緩む。

 事務所に戻ったのが、午後10時近く。ボランテイアの方々、事務所スタッフは、まだ作業中。本当にありがたい。多くの善意に応えていかなければ、とまたもや涙腺が…

 12月16日まで「禁酒宣言」をしたのだが、2件の会合で「誘惑」に負けちまった。すまんです!


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 我が尊敬する平沼赳夫たちあがれ日本代表は、郵政民営化に反対をし自民党を離れた方だ。したがって、「旧たちあがれ」メンバーは郵政事業にはシンパシーを感じている。が、今日の「事件」には驚いた。

 事務所スタッフが、ゆうちょ銀行に「日本維新の会衆議院東京都第四支部」という口座を開設しようとしたところ、郵便局のスタッフが本社だかに確認して、「申し訳なさそうに」回答してきた内容についてだ。

支部口座を開設するためには、代表である「石原慎太郎さん」の身分証明書(免許証等)と、印鑑、党本部の存在を証明する書類(たぶん、登記事項証明書)に、支部である証明書、これをそろえてくれ、と。

 温厚な事務所の女性スタッフも、これにはかみついたらしいが、郵便局の担当者も「私がお客様の立場だったら怒ります。他の党の方は、あきらめて帰りました」と同情されたそうだ。が、彼の言葉から、スーパー解決方法が見つかったのだ。

 任意団体(趣味の会等)や、商店の屋号などで口座を作るのはいたって簡単だそうだ。会の規約と代表者の身分証明書があればOK。そこで、「日本維新の会 代表犬伏秀一」という口座はどうか?と聞くと、すぐ作れるという。

 では、作った後、名称を変えるのはどうか?それも簡単だそうだ。なんじゃい。では、「日本維新の会 代表犬伏秀一」の口座をつくっておくれ。そして、「日本維新の会衆議院東京都第四支部 支部長犬伏秀一」と、「変更」する届け出も頂戴ね。簡単じゃん!なってこった。

 ちなみに、同じことを三菱東京UFJ銀行で行ったが、いとも簡単に口座が作れた。う~ん???がんばれ!ゆうちょ銀行




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 公示まで10日を切った日曜日。11月29日からは都知事選挙が始まるので、政治活動(街頭演説・チラシ配り)ができる最後の貴重な日曜日である。ところが、「政見放送」を撮るから東京都本部に集まるか、自分で動画を撮影して送れ、との指示が「本部」から届いた。

 有権者に訴えることができる数少ないツールである政見放送は、素人動画ではもったいない。仕方なく、貴重な日曜日の昼間、赤坂の東京都本部(旧太陽党本部)に出向いた。

 スチール写真撮影では、様々なポーズで撮影してくれたが、どうやら、まだポスターやビラ用の写真撮影をしていない新人候補のためらしい。

 そして、動画撮影である。なんと、9分間ある小選挙区の候補者の放映時間のうち、8分30秒を党本部が使い、候補者本人は30秒で「政見」と述べよとのこと。ビックリしていると、撮影を担当している広告代理店から「さらに短く20秒の動画を撮る」と言われた。

 党本部の動画が長くなった場合は、候補者の動画を20秒にするのだそうだ。はたして、小選挙区の候補者のことを20秒で有権者は、どう判断するのだろう。

 また、選挙期間中5枠分、公費で新聞広告を小選挙区分として掲載できるのだが、通常、各政党本部が「何枠」が召し上げて使い、残りを小選挙区で使うのが一般的である。

 が、わが維新の会は、「全枠」召し上げるとのこと。小選挙区の候補者は、個別の新聞広告を出せないことになった。

 確かに、石原慎太郎代表、橋本徹代表代行の発信力は凄まじい威力だが、小選挙区は公費で行える広報活動ができないというのは、いささか残念である。まあ、自力で勝ちあがれ、ということだろうから泣き言は言わないが…



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 選挙公示前の最後の連休。各陣営とも、大票田であるJR蒲田駅前に集まっている。みんなの党は、午後から渡辺喜美代表、川田龍平議員が応援演説に入る、との情報が入った。当方も、実は石原慎太郎代表が入る可能性があったのだが、ある事情で中止になってしまった。(残念!)

 日本維新に衣替えをした宣伝カーで、初デビューの街頭演説である。応援には、民主党を離党して、東京維新の会を設立した都議会議員が参加してくれたが、なんとも複雑な想いである。

 夕方からは、旧たちあがれ日本党本部において、選対会議が開催され、当選対からも事務局長が参加した。終了後、事務局長が作成した、要旨を見て唖然としてしまった。「俺たちは素人じゃない」と。

 様々な注釈と規制が話されたようだ。指示系統も錯綜している。戦術の基本は命令、指示系統の明確化である。ところが、「戦争中」だと言うのに、様々な「指揮官」を名乗る「知らない人々」から連絡が来る。

 戦闘は「現場」にあり。大きな作戦実施要領を定めたら、現場指揮官に任せることが肝要である。特に、日本維新の会には、東京都本部(旧たちあがれ、太陽本部)という、師団本部が存在するのに、これを有効活用せず、大阪から指示が来る体制は、わかってはいたが、どうも非効率的と思われてしかたない。

 特に驚いたのは「あらゆる団体主催の公開討論会には出席するな」という指示である。公開討論会こそ、他党との違い、候補者の能力を開陳出来る場ではないか。当方の選対事務局長は「こちらは新人ではない。区議4期やっている」と、食い下がったそうだが「地方議員は新人」と、一蹴されたとのこと。

 なんってこった!




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 さきの統一選挙前から使っている「たちあがれ日本」の街宣車。今日でおわかれだ。急ごしらえで、「太陽の党」のカラーコピーを貼って数日使ったら「日本維新の会」に合流。あわてて、またまたカラーコピーで「日本維新の会」に貼り替えた。

 選挙が公示されれば堂々と「いぬぶし秀一」と懸けるのだが、いまは書けない。11月29日から都知事選挙が開始され、政治活動が禁止されるので、街宣車で政治活動が出来るのは、あと6日間だ。


 6日間のために「日本維新の会」と看板を変えるのは、費用の点でも問題が、と躊躇していると、日頃から親しくさせて頂いている看板屋さんの社長が「すぐやってやる」と、1時間余りで衣替えをして下さった。

 「たちあがれ」の看板と名前には、大いに未練があったが、戦いの場で「違う制服」を着用するわけにはいかない。ご好意に甘えて急きょお願いをした。


 ちなみに、最近数日の名刺の変遷の画像もお楽しみいただきたい。なにやら、情報によれば、第三極のドタバタの象徴として、私の名刺のことが、日刊「赤旗」社会面に掲載されたそうだ。取材にも来ないで、ブログから記事を書くとは、流石である。



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 ほんの数日のことなのに、1ケ月以上も待ったような長い時間に感じられた。11月13日「太陽の党」結党記者会見の日、同党の「国政支部長」として、写真撮影などを行った。

 ところが、4日後の17日、なんと太陽の党は、解党。維新と合流することになった。支部長は……どうなった??何しろ、合流のドタバタで情報も流れてこない。

 18日日曜日、旧「太陽の党」事務局より「明日13時半に発表するが、最終意思確認したい」旨の電話連絡があった。ふう~

 ところが、発表の2時間ほど前に党幹部から電話があった。「みんなの党と調整するので、今日は発表できない」と。えええええ!確かに、わが東京4区には、みんなの党の広瀬氏が、支部長さんとして活動をされている。

 第三極として調整をするということだろう。13時半の発表後知人、支援者から「どうなっている?」と、電話の嵐だ。さらには、元衆議院議員の宇佐美登氏が維新での支部長就任を狙っているとの情報が入り、いささか心が揺らぐ。

 そして、今日、14時から大阪と東京で新たな発表があるとの情報が入る。旧太陽の党本部から届いた名簿には、間違いなく東京4区、犬伏秀一とあった。

 さあ、いよいよ戦いのスタートラインに立った。事務所には多くのボランテイア、支援者、報道が訪問。大忙しの1日となった。

 選対本部長には、永井敬臣前大田区議会議長が就任して下さり、選対アドバイザーには、元石原慎太郎代議士(当時)秘書、事務局長には元地元代議士秘書さんと、すばらしい陣容となった。

 日本再生の礎となるべく、時間がないが訴えて行こう。みなさん、ご心配をおかけしました。
 



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 いよいよ戦いの日まで1ケ月となった。先週までは「よそのお祭のお手伝い」のような感覚だったが、突如「自分の神輿」を作らねばならぬ立場になり、時間とお金の戦いが始まった。

 ポスター、配布物、事務所の確保、人の手配、区議会とは何もかも「スケ-ル」が違うので戸惑いも多いが、反面、多くの善意が結集してくれることが、本当にありがたいことだ。

 ところが、午後からにわかに、この動きにストップがかかった。ある新聞社の電話取材を受けていると、記者さんが「どうやら合流の合意ができたようですね」と、太陽の党と日本維新の会が「合流」するとの情報をくれた。

 記者さんの電話を一時保留にして、事務所スタッフに大声で「さっきの名刺止めて」と叫んだ。ほんの数分前に「太陽の党」のロゴ入り名刺1000枚を発注したばかりだったのだ。危うく無駄にするところだ。

 党本部に状況を確認しても、報道以上のことは一切わからない。銀行口座の名義変更、選挙管理委員会への届け出、区議会の会派名変更など、様々な手続きを「太陽の党」で行っていたさ中への激震だ。

 夕方に近づくに従って、報道各社が「合流合意」を流し始める。ふう~、名刺、ポスターも刷れない戦い1ケ月前って…とため息すら出てしまう。

 明日、正式に「合流」が発表されるらしい。「小異」は捨て「大同」しよう、との石原共同代表の想いを尊重せねばなるまい。

 時間がない!!!!!



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 今日は区議会保健福祉委員会である。いつもと変わらない、所管事務報告が担当課長から延々と続く。そして、私と共産党が「しつこく」質問を繰り返し、たまに民主党が入ってくる、13年間繰り返してきた光景だ。

 ところが、今日は、その光景が最後になるかもしれないという気持ちからか、些か複雑な委員会であった。

 太陽の党が結党され、来たるべき戦いに向けて準備をすすめているのだが、なんと、私自身が「その渦中」の人になったのだ。たちあがれ日本という、実に自分の意見を自由に言え、5人の国会議員との距離が近い、大好きな政党が、発展的解消をされ、衣替えをした。

 もちろん、私は異議なく新党に参加をしたのだが、予期もせず大変ことになっているのだ。まるで、映画を見ているような「他人事」のような、不思議な感覚でもある。妻はと言えば、「ここで逃げたら卑怯者」と、容認をしてくれた。

 さあ、であれば絶対勝たねばならぬ。大阪の人々との調整など仔細は書けぬが、ご推測いただきたい。

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ブログの読者の皆様

私は、10歳の時に父子家庭だった父を癌で亡くし、伯父の家で暮らし始めました。そして、独力で高校に進学するため、航空自衛隊生徒(防衛省の高校相当の制度)として入校をいたしました。その後、米国に渡り皿洗いをしながら大学に通いました。昭和52年米国貧乏留学から帰国し、羽田空港(国際空港でした)から京浜バスに乗り、降り立ったのが糀谷でした。その日から6畳一間のアパートを借り、大田区での暮らしが始まったのです。その後、区内で起業をし、家族も増え、多くの方々の善意に支えられ暮らしてまいりました。しかし、企業を経営していると様々な場面で「お役所」と接触があり、「フツー」の感覚が通じないことに苛立っておりました。

そんなとき、区議会議員立候補のお話があり、平成11年初当選をさせていただきました。それから、4期13年間、毎日が「お役所の非常識」「学校の非常識」との戦いでした。たった一人で「民間の常識」を訴え続けましたが、多くの区民の方々、一部の心ある職員、教員の応援により、数々の改革を成し遂げてきたと自負しています。

南米アンデスの古い伝説に、ハチ鳥「クリキンデイ」というお話があります。

ある時、森が燃えていました
森の生きものたちは、われ先にと逃げていきました
でもクリキンデイという名のハチ鳥だけは、いったりきたり
くちばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは、火の上に落としていきます
動物たちはそれを見て「そんなことをしていったい何になるんだ」
といって笑います
キリキンデイはこう答えました
「私は私に出来ることをやっているだけ」
(I`m only doing what I can do!)

私は、東大や早稲田などの一流大学卒業ではありません。働きながら米国の大学を中退し、やはり働きながら放送大学教養学部を卒業、さらに放送大学大学院にすすみ、良き師に恵まれて、地方自治を研究し修士号を取得しました。

また、一流企業出身のエリートでもありませんし、二代目でもありません。月末の資金繰りに苦労する中小企業経営者出身です。

だからこそ、わかることがあります。だからこそ、訴えられることがあります。だからこそ、変えることができます。

報道等でご存知のように、石原慎太郎前都知事と平沼赳夫たちあがれ日本代表が、この国を憂い新たな決意をされました。私も、このことに深く共鳴をし、ご一緒に戦う決心をいたしました。たった一匹の大田区の野良犬クリキンデイは、これからは多くの志ある仲間と共に、この国の官僚機構に「水」をかけ続けてまいります。

そして、航空自衛隊生徒入校の際行った「自衛官の服務の宣誓」の最後の部分を忘れず戦ってまいります。(現在は、航空自衛隊予備自衛官です)どうか、変わらぬご声援を伏してお願い申し上げます。

『私は(中略)強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負
託にこたえることを誓います。』(自衛隊法施行規則第39条)
                              




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