いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



 いよいよ平成26年(皇紀2674年)が暮れようとしている。一昨年末の総選挙から2年、次世代の党として船出をして4ケ月。そろそろ街に貼るポスターも出来、チラシの準備も出来た、そんな時にふって沸いた総選挙だった。

 党の知名度不足、私自身の準備不足から出馬を見合わせるように、とのご意見は各方面から頂いた。実は悩んだことも事実だ。しかし、悩んだら苦しいほうに行く、悩んだら「原理原則、基本に戻る」と、ずっと信じて生きてきた。

 私は、日本維新の会以来、3ケ月に1回、貴重な国税を財源とした「政党支部交付金」を頂いていた。これは、いつか国政に撃って出ることを前提に交付されているものだ。(使途は極めて厳しいし少額ではあるが…)であれば、総選挙が公示されれば、たとえ負け戦になろうとも、受けてたつのが「原理、原則」であろう。

 さらに、私の背中を押したのは、西村真悟先生、田母神俊雄元航空幕僚長の国を憂うあつい想いだった。これほど著名でありながら、これほどまでに純粋に愚直に国を想う方々がいるんだ、という驚き、深い感動、尊敬の念にうたれたのだった。このお二人と、伊勢神宮に参拝させていただいたことも大きかった。

 古の昔から、営々と継がれてきた遷宮の歴史。武者震いするほどのパワーを感じる内宮。永いわが国の歴史のなかで、総選挙など小さな瞬間にしか過ぎない、そんな大らかな気持ちと、勇気を頂いて帰京したのだった。

 また、党のなかでの私の立ち位置も大きく判断に影響した。次世代の党の前身とも言うべき「たちあがれ日本」時代、私は都内では唯一人、この党名で当選した地方議員だった。

 たちあがれ日本の政治塾である「かけはし塾」では講師を務め、当時の塾生も総選挙に出馬を決意、もしく悩んでいた。一応先輩格として、私が引く訳には絶対にいかない。

 しかし、まったく勝ち目がないと思っていた訳ではなかった。比例重複東京ブロックでの順位が、全員同列1位であれば、惜敗率で勝ち残れるかも…東京で2議席は取れるだろう、そんな淡い期待もあった。

 公示日前日に、比例名簿の発表が党からあった。山田宏幹事長(当時)が1位、以下全員2位という順位だ。いささかの戸惑いはあったが、まだ望みを捨ててはいなかった。2議席であれば、山田氏が1議席、比例同順位の田母神俊雄候補は、東京12区小選挙区で議席を得て、2議席目は惜敗率トップの私が取る、こんな夢を見ていた。

 実際、比例名簿2位の中では田母神候補に次いで2番目の惜敗率は私だったので、まんざら絵空事ではなかったのだが…

 来年は、どうしようか?まだ、党内での扱いも決まっていないのに僭越だが、もう一度民意のタグボートになろうと思っている。残念ながら、わが国の選挙における投票行動は、必ずしも主体的とは思えない。マスコミが「政権交代」と言えば民主党、圧勝といえば自民党、という具合である。

 曽野綾子氏が今朝のサンケイ新聞のコラムで「主体性のない羊にならない」ことを訴えていらした。羊は、たった1頭の判断で、あっちにいったり、こっちにいったりするらしい。屠場に連れて行くにも、なんの心配もせずに、先頭の1頭について行って、屠殺されてしまうのだと。

 多くの有権者を「羊」呼ばわりするつもりは毛頭ないが、有権者の多くは日ごろの生活が忙しく、政治について多くの時間を割くことができないのが実情だろう。であれば、平沼赳夫、西村真悟、田母神俊雄、各氏のような発信力のある方々のサポートをしながら、先頭を走る「羊」集団を作るために尽力しよう、そう勝手に思っているのだ。

 そして、昨日「迷惑ホルダー」を整理していると下記のような嬉しいメールを発見した。投票日前に頂戴したものだ。(一部個人情報を削除して以下転載)

昨深夜、カナダに住む友人(USA&Canadaに約50年在住)から E-mailあり、何事かと思って読んだら衆院選のことであった;

『モントリオールにある日本領事館・100km余り・に行き、投票してきた。比例は次世代の党にしたが自分の投票出来る地方区に残念ながら立候補者がいないので自民党に投票してきた。
東京4区に犬伏秀一氏がいるぞ、住まいは大田区でしょう、頼むぞ。
日本には次世代のようにしっかりした国家観のある党と人材が必要だ、自民党以上に大事だ、必ず投票して下さい』

とのこと。分かり切った仲だがカナダの田舎から一票投じるために100k余り行くとは感謝です。喝!犬伏 そして 次世代の党!今回は当選が少数でもやむを得ない、近い将来を展望して御奮闘を祈ります。(以上、転載)

 私は、カナダに住んでいる方も、このメールを下さった方、いずれも面識はない。しかし、こうやって応援してくださる方がいることを、心の底から嬉しく感謝している。

 日本も捨てたものじゃない。日本人は決して「羊」ではない。マスコミに替わる政治的タグボートがなかっただけなんだ。そう信じて、未年もがんばっていきたい。

 見も知らぬ多くの「あなた」に御礼を申し上げ、年末のご挨拶としたい。


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 悪夢のような衆議院選挙の開票から一週間が経った。事務所の後片付けに忙殺され、さらに追い打ちは供託金没収回避まで900票弱足らず、300万円は国庫に没収、さらに公費で負担されるポスター代金、ガソリン代、運転手日当、宣伝車レンタル料、看板代などが自費になったことだ。

 とは言え「政治資金を集めるのも政治家の器量」だとすれば、泣き言は言うまい。粛々と昨日支払いをすませた。多くの方々から「次はどうするの」と聞かれるので今回の選挙の総括を行ってみたい。

1,石原慎太郎御大のこと

たちあがれ日本から太陽の党への移行は良かった。その数日後には、日本維新の会に合流。これは、御大が決定したことだったそうだ。はたして、石原新党が50%近い支持率を報じられたことを思うと、この決断もどうだったのだろうか。太陽の党のままのほうが、今更だがよかったのではなかったか。

さらに、日本維新の会からの分党も15分の石原、橋下会談で決定された。そもそも細かい政策面では合わないのは、周囲が認めることだったのだから、当然なのだが、一般の有権者には「コロコロ政党名が変わる」としか映らなかった。保守層には大歓迎されたが、残念ながら大きなうねりにはならなかった。

もうひとつは「石原家」のことだ。杉並区長だった山田宏氏(幹事長)は、なぜ地元杉並区(東京8区)で出馬できなかったか。それは、石原御大の息子、伸晃氏の選挙区だからと言われている。さらに、東京3区にも維新、次世代共に候補者を立てなかった。ここは、やはり息子の宏高氏の地盤だ。

実際、石原御大ご本人が立てないと決めたのか、取り巻きが遠慮したのか定かではない。

東京12区、太田国土交通大臣の選挙区に入った石原伸晃氏は応援演説で「うちは家族の絆が強いのでオヤジは田母神さんの応援には来ないと思います」と述べた。嗚呼!!

2.結党後、あまりにも時間がなかった

8月1日に次世代の党と命名して船出をしてから4ケ月で選挙はきつかった。党名がまったく浸透していなかった。また、「次世代」という命名には最も投票率の高い「中高齢者層」に受けが悪かった。

その点では、結いの党の反対を押し切って「維新」の名前を残した日本維新の会分党後の「維新の会」の判断は、マーケテイングとしては大成功だった。分党協議の際「維新」は双方使用しない、という協定を結ぶべきだった。

大田区でも、次世代の比例票は12,425票、維新が28,803票、いぬぶし個人票は20,108票。次世代の比例票より個人票が多いのだ。また、維新、次世代の票を足すと、前回私が獲得した44,999票に近い票になる。

3.では、今後は…

今回の選挙を支援してくれた大田区議会議員選挙公認内定者が2名いる。当面は、かれらの絶対当選が、私の命題である。ちなみに、大田区職員さんや区議会が恐れている「いぬぶしの区議会議員復活」は、絶対にないから大丈夫!ご安心。

では、次は?これは自分だけで決めるべきことではない。多くの支えてくださった仲間、先輩諸氏、さらには党本部の考え方に添う、としか申し上げられない。ただ、公式の場での発言の機会を奪われた(勝手に区議を辞めた!)立場は、実は辛いのも事実であるが…



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 長いようで短い12日間が終わった。選挙というのは、毎回思うのだが人と人との出会いのドラマである。親しいと思っていた方と対立したり、対抗勢力の汚い妨害にあったりと、時には人間不信になることすらあるのだ。

 そんな時に力になるのは、街角で出会う「がんばって!」「入れてきたよ」という見知らぬ方々の温かい言葉や、まったく見返りのないボランテイアの方々の応援だ。

 朝7時から夜11時過ぎまでの毎日の連続。休みたい、寝たいと何度も思ったが、ボランテイアの方々が外に出ている、街頭で出会う「ステキなあなた」が待っていると思うと、奮起できたのだった。

 開票が終わるまでは、結果はわからないが、実に多くの方々からご声援を頂いたのは実感する選挙だった。前回の比ではない。また、今回の特徴的な出来事として、インターネットを使った生放送番組に毎日出演させて頂いたことがあげられる。

 多い時には6000人を超える方々が視聴されており、双方向のメッセージのやり取りには、大いに励まされたし、精神衛生上も助けられたことは感謝である。もちろん、選挙区にいらっしゃる有権者は、そのうちの数%かもしれないが、多くの方々に選挙の実態や、政治について直接お伝えできたことは、当落に関係なく有意義な時を過ごせたと思っている。

 最終日の今日は、各陣営が「打ち上げ」を蒲田駅前で行った。自民党は、所属都議、区議が参集して、町会や各種団体の動員で多くの聴衆が集まった。民主党は労働組合の動員、共産党も志位委員長と政党カーが蒲田に来て党員を動員していた。

 わが陣営は、といえば、まったく無償のボランテイアの運動員さんと、見知らぬ方々が立ち止まって聞くという打ち上げだった。まさに、「しがらみのない」手作り選挙だった。

 ある選挙通が「これで受かったら歴史が変わる」とまで言われた。しかし、私はこれでいいと思っている。区議会議員時代からのスタイルである。区内全域で、いったい何回「辻立ち」をしただろうか。何人の見知らぬ善意に出会えただろう。ありがたいことだ。

 政治離れを指摘するマスコミは多い。が、だ。政治離れを促進しているのは、実はマスコミそのものの報道姿勢にあるのではないだろうか。当落予想を何度も行い、世論誘導を行い「有名人」の選挙区だけ報道する。当事者からみれば、そんな姿勢はどうかと思った。

 さらに候補者の姿勢も問題だと思う。各種団体や支持団体を回り、新年会や祭りで頭を下げる政治家に、「なんの恩恵も受けない一般の有権者」は、興味を持つはずがないと思う。

 自民党の候補者は、辻説法や朝立ちは一切しなかったそうだ。街頭演説も3日前から始めたとのこと。企業や各種団体、宗教団体をまわっていたのか、余裕たっぷりである。しかし、私のスタイルではない。

 私は、インターネットは配布物を通じて、生の政治の姿、私自身のドジや、区議会議員時代に歳費を差し押さえされ、ガスまで止められた事実をも公開してきた。政治の基本は政策かもしれないが「有権者の代理人」としての素養は、候補者の全人格、生活観、人生観にも及ぶと思っている。だから、すべてを公開しているのだ。

 ある候補者は、以前「日本振興銀行」の設立に関わった実績を選挙戦で披露していたが、この銀行が破たんして整理回収機構から東京地方裁判所に取締役として50億円の損害賠償請求を提訴され被告人となったことには、前回同様一切触れていない。私は選挙戦では、このことを責めはしなかったが、内閣の要職にあるのなら、せめてアカウンタビリテイ(説明責任)を果たしていただきたかった。 

 万が一、あす当選したら、多くの見知らぬ善意に応える「しがらみのない政治」が、唯一私の「お返し」であるし、これからも「酔っ払って歯を折った」ということまで、説明責任を果たしていきたいと思っている。

 見知らぬあなた、そして、ボランテイアの皆さんに心から御礼申し上げる。

 猫に鰹節!大田区にいぬぶし!


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 昨日も、蒲田駅西口で私の演説中に共産党山本純平候補の宣伝カーが通りかかり「憲法9条を守れ!集団的自衛権反対!」と妨害をしながら立ち去ろうとしたので「こら!共産党うるせいぞ!」とマイクで怒鳴りつけ、聴衆には「共産党はあのように礼儀を守らない集団です」と話し拍手喝采だった。

 党本部も、無礼な共産党に以下のような抗議文、公開討論会を申し入れたが、多分出て来れないだろうと思う。(以下、引用)

日本共産党に対する公開討論会の申し入れ

貴党は十二月二日付「しんぶん赤旗」のホームページにおいて、次世代の党が慰安婦問題を徹底的に追及したことをもって「歴史偽造の急先鋒=日本版ネオナチ」だと批判している。
しかし、「しんぶん赤旗」も日曜版十月五日号において、済州島で慰安婦狩りをしたという吉田清治証言を紹介した過去の記事を取り消している。日本共産党は、二十年以上にわたって慰安婦問題に関する歴史の偽造に加担したことを認め、お詫びを表明している。
そして国会において吉田清治証言の嘘を暴き、歴史の偽造を明らかにしてきたのが、我が次世代の党なのである。
にもかかわらず貴党が、歴史の捏造を批判してきた次世代の党を「日本版ネオナチ」と非難するのは、まったく筋が通らない。
こと慰安婦問題に関して言えば、「歴史偽造の急先鋒」であったのは、日本共産党の方ではないか。
よって、今回の「しんぶん赤旗」の記事に関して、強く抗議すると共に、今回の誤報に関して貴党に対し真摯な説明を求める。具体的には、選挙期間中に、貴党と次世代の党による公開討論会を東京で開催するよう要望する。

 平成二十六年十二月九日
                      次世代の党幹事長 山田 宏
日本共産党中央委員会
書記局長 山下 芳生殿

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