いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



やっと5日間の訓練が終わった。今日は最終日、小松から入間(埼玉)、そして所属する府中基地(東京都)へ移動する。行きも、入間~百里(茨城)~小松、という凄いルートで来たが、帰りはもっと感動的だ。

 なんと、陸路、第六航空団のバス(エアバスではない。本当のバス)で帰るというのだ。滑走路には、ヘリやら航空機が一杯留まっているのに…航空自衛隊だよ!

 理由を同行している管理要員の現職自衛官に聞くと、理由は二点。

①輸送機の枠が取れなかった。
②特別機を運行するには予算がない。

 訓練中に見せられたパワーポイントによれば「予備自衛官がいなければ、国は守れない」そうだが、それにしては、あまりにもお粗末な理由だ。

 そういえば、いつだったか、航空観閲式(3年に一度、総理を迎えて実施)に予算を使いすぎたので「訓練に来ないでくれ」という年があった。今年で、予備自衛官制度創設50周年(陸自)になり、秋に行われる中央観閲式では、初めて陸海空の予備自衛官がパレードする。
 
 パレードや、制度整備だけの形式ではなく、我が航空自衛隊も、予備自衛官の運用の仕方について本気で考える時期に来ているのではないだろうか。

 それにしても、台風の豪雨の中、8時間の「移動訓練」疲れた~!
35名の仲間たち、そして、支援してくれた現職自衛官、事務官の皆さん、ありがとう!以上、5日間、日当@8000円 X 5日 = 40,000円


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 今日は、いよいよ小松基地での訓練最終日。VADS(対空火器)の空砲体験射撃である。ただ、午前9時現在「台風コンデイション1(数字が小さくなるほど凄い台風)」が発令されている。通常、こいつが出ると、一切の屋外訓練は中止となり、台風対策に専念することになる。第六航空団司令の決断を待つ。

 10時前、GOサインが団司令から出され、早速、空砲射撃に。一人空砲60発を打つ。通常、この火器は一分間に数千発の弾を撃ち、弾幕を上空にはるものだが、今回は予算の関係(?)で60発。ワンショット30発にスイッチをあわせ、ツウショット(2回打つ)。

 ワンショットは、3秒程度。ツウショットは6秒。弾は60発。この空砲一発なんと4000円也。するってーと、あっという間に24万円撃っちまった訳だ。実弾はさらに高い。ありゃ!

 ちなみに、アフガンゲリラが持っていた、携帯SAMミサイル(通称ステインガー)は、我が空自にもあるが一発7000万円。高いが、こいつで何百億もする戦闘機を落とせば安いとか…

 午後からは、体力検定。再三、訓練担当幹部が「怪我をしないように!無理をしないように!」を繰り返す。自衛隊では事故防止が至上命題だし、まして、あさってから民間人に事故などおこされては大変ということだろう。

 しかし、ついつい本気になる。「オレは自衛隊生徒出身だ。負けるか!」最後の種目1500メートルはきつかったが、まあ、そこそこだ、と思っていた。ところが、なんと、夜の懇親会で「体力優秀賞」が発表され、第2位になってしまった。

 下記の写真を早速、現役自衛官の愚息にメールで送ったら返事が来た。
「他人のを借りて写真を送っちゃだめですよ!」だと。ばかもん!親父も頑張ってるんだ!




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 訓練3日目。今日は日曜日。小松基地所在部隊は休み。通常は6時にけたたましく鳴る起床ラッパも今日はならない。ただ、我々、予備自衛官は訓練のため、8時には集合する。

 今日は、午前中、VADS(バッズ)という対空火器の操作訓練。午後は、小銃の実弾射撃だ。このいずれも民間では絶対に体験できない。そして、我々予備自衛官の有事の主任務になるであろう訓練だ。

 航空自衛隊と言うと「飛行機操縦できるの?」と聞かれるが、空自4万人の隊員でパイロットは一割もいないと思う。戦闘機や輸送機、救難機などは航空自衛隊の任務遂行のツールではあるが、すべてではない。

 多くの隊員が、警戒監視(空の見張り)、高射群(ミサイル部隊)に勤務し、ここ小松のような戦闘機部隊でも、航空機整備、武器、機上電子、輸送、施設など様々な職種がありパイロットではない。

 とくに有事には、航空団やレーダーサイトを敵の空襲から防衛することが重要になると予想されるが、平時には無用の仕事だ。そこで、われ等予備自衛官の出番である。

 今日は、そのうち警備用火器である小銃の実弾射撃を行ない、検定射撃では、10発50点満点の36点で、35名中上位に入った。まだまだいけるじゃん!



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 昨日は、移動で終わってしまったので、本格的訓練は今日からだ。今回訓練に参加した予備自衛官は35名。定年退官したベテランから、最近除隊した若人まで年齢も幅広い。職業も社長、看護士、ガードマン、議員(?)とバラエテイに富んでいる。しかし、誰しも、制服に着替えた瞬間から、タイムマシーンに乗り「あの頃」に戻る。

 今日は、午前中、防衛教養、防空概論などの座学。午後は、教練(気をつけ!まわれ右!という、あれ)、射撃予習などみっちりだった。

 夕食後は、外来宿舎6階にある浴場へ。行って、またまた驚いた。きれいだ!へたなホテルより、いい風呂だ。そして、わが国唯一の「戦闘機が見える展望風呂」なのだ。入り口には「潮騒の湯」という豪華看板まである。

 ちなみに、男子一般隊員用の風呂は「百万石」、女子隊員向きが「式部の湯」いずれも、豪華露天風呂付だ。さらには、外来宿舎の各階にはシャワー室も完備。私が過ごした時代とは隔世の感がある。

 当時の隊員浴場は、セメント打ちっぱなしで、正に「浴場」だった。ただ、風呂に入るための場所。それが、いまや、旅館顔負けの施設にまで厚遇になった。

 私が、もし会計検査院の検査官だったら、あの豪華看板は認めないだろうな…などと思いながら、良い風呂を堪能した。


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以前書いたように、本日より5日間、航空自衛隊小松基地で実施される、予備自衛官招集訓練に参加する。

 予備自衛官とは、わが国有事に常備自衛官(現職)だけでは対応できないことが想定されるため、自衛官OB(最近は陸のみ民間人も可)から採用された非常勤の国家公務員である。年間5日間の訓練が義務付けられており、現在、陸上46000名、海上1100名、航空800名(いずれも定員ベース、充足率80%)体制となっている。

 さらに、陸上自衛隊のみ、即応予備自衛官という制度があり、こちらは有事のみならず平時の災害派遣などにも招集され、訓練は年間30日間、給与年額50万円と厚遇だが、訓練は相当厳しい。

 今日は、8時までに東京府中基地に集合。所属部隊長である、防空指揮群司令に申告をし、身体検査に衛生隊に向かう。今回、府中地区からの参加は3名、いつのまにか最先任(参加者中最も階級が上で階級内での序列が最上)になってしまった。まあ、3名のうちでだが、年月の流れを感じる。


 その後、マイクロバスで埼玉県入間基地に向かい、ここで昼食。そして、空輸ターミナルに行き、認識票を受け取り、輸送機に搭乗する。この認識票は、万一墜落した場合に、誰の遺体か識別するためのもので、もらう度に寒気がする。

 入間基地から小松へ向かうのかと思えば、防衛庁は凄い経路をとる。なんと、茨城県にある百里基地に向かうという。まったく反対方向だ。百里で20分ほど「トイレ休憩」を取り、一路小松基地へ。

 結局、小松に到着したのは出頭してから8時間後の16時だった。ホテルと見間違うような外来宿舎に到着。
隣の食堂の壁には「カファテリア日本海」の文字が…
よっしゃ、今晩の夕食はカニか?と期待していたら、カレーライスだった。ショック!

 夜は、初めて会った仲間と隊員クラブ(基地内で唯一飲める居酒屋)へ。
おえ~!焼き鳥まずい~!コロッケまずい~!それでも杯はすすみウイ!

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 選挙は、本当に多くの人々の善意に支えられて行われている。特に、大きな支持基盤も、金もない私は、完全にボランテイアの厚意によって選挙を戦った。陣営によっては、学生アルバイトや、割烹着の奥さん連に日当を払っているところもあるようだが、有償で「お願いしま~す」をやらせると、運動員買収となる可能性がある。実際、知人で逮捕された例もある。

 特に、昨年の統一地方選挙は、会社廃業直後ということもあり、完全に貧乏選挙を余儀なくされた。電話部隊の女性陣などは、文字通り「手弁当」で応援してくださった。

 ドライバー、事務所係、すべて手弁当どころか、持ち出しまでして応援をしていただき、なんと感謝していいかわからない。と、その一員だった方から、昨日自宅に請求書が届いた。なんと、選挙の日当いくらいくらを払え、というのだ。(実際には具体的な業務が書いてあるが、プライバシー保護のため日当とする)

 この方には、最初に当選した選挙から手伝っていただいており、信頼もしていたのだが、昨年4月の選挙後「4万円」の請求書が届いた。ビックリして後援会幹部に相談したところ「放置」ということになり、今日までほうっておいた。昨日の請求書には「7万円」と増額されていた。

 もちろん、この方に有償で、選挙がらみのお仕事を依頼したこともない。その旨告げると「誰のおかげで、議員になれたんだ」「逃げるのか」「ただより高いものはないんだ」と、信じられない言葉を浴びせられた。そして、「明日午前10時までに振り込め。そうでないと引き落としができないものがある」と。

 事後買収(選挙終了後に金品を払うこと)になる旨話して電話を切ったが、なんとも後味の悪い結末だった。

 「次の選挙手伝わないぞ!」この捨て台詞が、一番の脅し文句だ‥悲しいな、Yさん。

 
 

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わがマンションの光ファイバーが、16Mから100Mになり、なおかつ料金が2980円になる、というお知らせがポストに入っていた。工事日は昨日。よし、100M体験とばかり、送られてきた新モデムをつなぐが、うまくいかない。

 おかしいな‥ただつなぎかえるだけなのに、と再三色々なことを試したがダメ。サポートセンターは延々と「ただ今、混み合っております」の繰り返し。きっと、何か変なことしたんだろう、と自らのIT知識のなさを悔いて就寝した。

 翌日、30分待ってつながったサポートセンターは「同じマンションから同様のお問い合わせが何件か入っています。お調べしていますので、しばらくお待ちください。」と言ったきり、電話もこないし、つながらない。

 夕方5時になり、すでに不通状態40時間。有線ブロードネットワークスのHPから、本社機構に電話をかけまくり、やっと出たのが「総務人事」だった。えい、この際、同じ会社だ、とばかり、クレームをつける。必ず電話させる、と言われまた、待つこと1時間。「お調べしています」という電話があったきり。

 またまた必死の持久戦の末、つながったサポートセンターの女子社員に「責任者と話させて欲しい」と頼むが、なかなか出てこない。ほとんどヤクザさんのように言って、やっと責任者S氏登場。

 その言葉にはあきれてしまった。

私:30時間以上もネットが止まったプロバイダーはないだろう。
S:過去に、1週間という例があります。
私:今日中に復旧してくれ。
S:明日、午前中には手配してあります。
私:なぜ今日できないんだ。
S:ほかにも同様の事例があり順番です。
私:では、このマンションの契約者18世帯に「故障してます」という連絡をしてくれ。
S:そのようなサービはしておりません。その分は、価格で還元しています。
私:安かろう、悪かろう、ということか。
S:そのように理解されるなら、そうかもしれません。

 開き直りとも思えるこの対応にはあきれてしまった。この会社、以前は、東電などの電柱に勝手に線を張り、有線放送を流していた大阪有線放送の関係会社だ。流石、企業倫理もリッパだ。

 普段、何気なく使っているネットだが、3日も使えないとなると不自由きわまりない。今後、有線ブロ-ドネットに加入される方、くれぐれも忍耐を忘れずに!

 ふざけるな!早くつなげ~

 


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 金曜日に、控え室にいると、女性議員が「駐車場のガードマンに、ネエちゃん、こっちに駐車しろ」って言われた、と入ってきた。苦情なのか、「ネエちゃん」と呼ばれたことの喜び(失礼!)なのか判らなかったが、また、かのガードマンだ。

 先日、ふざけるな、と注意したばかりの会社だ。いくらで受注しているのか、開示請求してみたが、安い!年間1900万円余りで、駐車場警備(常時3名以上)、庁舎内警備(常時1名)を受けている。これじゃ、大した給与が払えないだろうな。しかし、前回も言ったが、問題のある人間はいつも同じ二人だ。

 いまどき、いくらでも優秀な人間はいる。いまさら「接遇教育」でもないだろう。接遇のできないガードマンは、工事現場にでも配置転換にすべきである。それが、民間の厳しさだろう。

 さっそく、総務を通じて、ガードマン会社を控え室に呼んだ。すると、来たのは、いつも明るい笑顔と、敬礼で挨拶してくれる方だった。あちゃ~、彼が来たんじゃ、文句言えない。事情を説明して再教育を依頼した。

 ついでに言いたいのは、大田区のマイクロバスの運転手。彼は、労働組合系の人材派遣会社から来ている日雇いで、日給2万円。ところが、道は知らない、運転は急ブレーキ、急ハンドル。挨拶しない、愛想なし。気がきかない。

 どうやら、大型ダンプを運転していたらしいが、お客を乗せるからには、上述した点は、絶対条件だ。先日も、視察で、このバスを使ったが、降車して視察中に「彼が気を利かして、Uターンをして乗りやすく帰りやすくするか」という賭けには、聞いた議員全員が「そんなことは絶対しない!」と、賭けが成立しなかった。

 オリンピックには、魔物が潜んでいる、とは良く言われる。お役所には、民間人から「気働き」を剥奪する、魔物が潜んでいるのだろうか。


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 我が、犬伏家は、徳島県で長らく藍染め職人をしていたらしく、お墓は徳島市内にある。代々、街の振興に尽力した功績で職人でありながら苗字を名乗ることを殿様から許されていた、と聞いたことがある。

 ところが、徳島には誰もいないので、千葉の市川に父の長兄(叔父)が墓を建て、徳島から分骨をしてきたのが昭和30年代。その墓に、私の父だけがフルボデイの骨壷に入って、昭和42年から平成6年まで居候をしていた。私も、その間は年3~4回は墓参に行っていたが、平成6年に父の27回忌を期に墓を別に建てて以来、疎遠になっていた。

 平成14年の会社廃業の際も、さすがに信用金庫も墓は差し押さえなかったし、売れ(そもそも転売できない)とも言ってこなかったので、いまだに、父の墓は健在で、毎月墓まいりにいっている。相模原の高台にある父のお墓と向き合う時間が、私は好きだ。

 そこで気になったのが、以前お世話になった、市川のお墓だ。この墓を建てた叔父は、平成13年に逝去。叔母は痴呆がすすんでいると聞く。従兄弟は、市川に住んでいて、国立大学を卒業し、有名進学校の教員だ。まさか、お盆には行っているだろう、と思いつつ、一人出かけた。

 市川市立霊園の一番広い墓地のエリアにある「犬伏家」の墓は、無残な姿だった。草ぼうぼう。3本ある常緑樹は伸び放題で墓石の字すら読めない。予期していた光景ではあったが、一瞬呆然とした。

 気を取り直して、上着を脱ぎ、持参したハサミで「ニワカ庭師」に。3時間かけて、見違えるようになったお墓を見て、さっきの呆然とした気持ちは爽快な気分へと変わった。墓誌にある戒名をすべて写した。今後、我が家の仏壇で供養するためだ。

 叔父は、東大を卒業して上場企業の役員を務めた。その長男は上記の教員、次男は慶応、長女は東京女子大、次女は日本女子大、と、それなりの教育一家だった。しかし、悲しいことに何か重要な教育を忘れていなかっただろうか。

 大丈夫、ご先祖さんたち、俺が生きてる間は草抜いてあげるから!



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 自宅に一通の封書がきた。大田NPO活動団体交流会と議員の懇談会に出席して欲しい、とのお誘いである。区議になってからというもの、自宅や役所宛に、やたら「招待状」が届く。なかには、勝手に有料の券を送りつけ、振込用紙を同封してくるような輩までいるので、取捨選択が大変である。

 どうやら、まともな(失礼!)会のようなので、出かけた。社会福祉協議会の会議室には、ところ狭しと、11名の議員と16のNPO団体の代表が集まっていた。参加者名簿によると、議員は9名のはずだが、2名どうやら当日参加したらしい。いずれも、我が会派だ。

 議員の一部の悪いクセに「出れるかどうかわからない時は、出席通知を出さずに、当日行ってしまう」というのがある。主催者としても断れないが、準備をする立場としては大変困る。会長さんが、最後の〆の言葉で「出欠のFAXを送ってこない団体が多いです。NPO以前に、まともな社会常識を持ちましょう」と苦言を呈されていた。我々も心したい言葉だった。

 参加区議の所属会派別人数と出席率(出席数/所属議員数)は、以下のとおり。

自民党大田区民連合  出席 1名  5.6%
大田区議会公明党   出席 2名 16.6%
日本共産党大田区議団 出席 3名 37.5%
民主・自由・未来   出席 4名 57.1%
ネット・無所属連合  出席 1名 33.3%

 自民党が、18名を擁する最大与党でありながら、1名の参加というのは寂しい限りだ。

 各NPOから、活動の報告、活動にあたっての障害などが発表された。NPOとひとくくりでは語れない、大から小まで、活動内容も様々な団体があることは驚きだった。

 役所に対する苦情で面白かったものを二つ。

①NPOの本部事務所が他区にあったため、大田区内の活動拠点が「社会教育団体」として認めてもらえない。

②区の施設の借用時間が、午後1時~5時など4時間程度のものが多い。あまった時間を他団体とシェアすると怒られる

 二点とも、常日ごろ申し上げている「お役人の論理」に基づくもので、いずれも後刻、担当課長から「出来ない理由」を詳細に説明を受けた。
だから、その体質を変えろって言ってんだろうが!わかんねえなぁ~
ミッションなどという難しい言葉を並べなくていいから、あたり前に出来ることは、いい訳なしにやってよ!

 この会の司会者から、最後に一言、えらく気に入った。

「お客さん区民はやめて、主体的に関わっていこう」

 こんなNPOや区民と、本当の共働を作り上げられる大田区であって欲しい、と望む。



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