いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



 明日から広島市で始まるG8下院議長会議に、各国議長の移動に航空自衛隊の運航する政府専用機が使用されることが、河野洋平衆議院議長の「鶴の一声」で決定された。

 政府専用機は、事前に調査のため1回運航され、危機管理上の理由から空の1機も同時に運航される。東京広島間の燃料代は、片道約465万円。合計で1395万円の燃料代がかかることになる。

 ちなみに民間機をチャーターするとおおよそ1000万円だそうだ。人件費などを含めると政府専用機が相当割高になる。が、私は、G8議長会議の主催国としての相手への儀礼、我が国の威信、さらには危機管理上の理由から政府専用機を利用することには賛成である。

 がだ。なぜ、衆議院が所管する国家行事の燃料代を航空自衛隊が負担しなければいけないのか、それは理解できない。民間機を利用した場合は、衆議院の予算で、政府専用機を使えば防衛省航空自衛隊の予算とは、いささか違うのではないだろうか。

 現在、燃料高騰の影響で、陸海空各自衛隊は燃料節約で訓練もままない状況が続いている。命令であれば空自は運航せざるを得ないだろうが、燃費は持ってよ!でないと、本来目的の訓練ができなくなる。


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 お役人の常識は区民の非常識、言い古された言葉だが真実でもある。そして、とても恐ろしいことは彼等(お役人)の多くが、その『非常識』であることが長いお役人生活の結果わからなくなっていることだ。

 本日の『非常識』は、老人憩いの家のカラオケである。この施設は通称ゆうゆうクラブと呼ばれ、区内21箇所にあり地域の高齢者が、お風呂に入ったり囲碁、将棋をしたり、区営のヘルスセンタ-のようなものである。

 そのプログラムの中でも好評なものがカラオケである。ところが、ある団体の方から『使わせてくれないんだ』と苦情が私のもとへ寄せられた。さっそく調べてみると、以下のような事実がわかった。

①カラオケは区が購入したものではなく、地域の方の寄付であること。修理費は区が負担していること。

②個人が利用する場合には、施設の職員がカラオケ装置を操作する。

③団体利用の場合には、カラオケの使用を認めない。

 さっそく所管の高齢福祉課長を訪ねた。

私:なぜ団体にはカラオケを使わせないのか。

課長:壊すといけないので団体には許可していない。

私:なぜ団体は壊すのか。

課長:壊すこともある。壊されると翌日から使えなくなる。

私:使えなくなったら修理sるえばいい。壊すから使わせないとは、寄付してくれた方の善意に応えていない。

課長:カラオケは本来の、いこいの家の使用目的ではない。修理費は区で負担しなえkればならない。

私:その理論でいけば、課長の机にあるパソコンも、課長が壊すかもしれないから使わせない、ということになるが‥

課長:そんなことは言っていない。今後も、団体使用を認めるつもりはない。

 この後、不毛な哲学的議論が繰り返されるのだったが、改善はされなかった。

 以前、我が古巣、航空自衛隊で同じような『事件』があったのを思い出した。それは、予備自衛官に貸与される(はず)の、予備自衛官徽章が、陸上では貸与され、航空自衛隊では貸与されないことについて、担当官に質問した時のことだ。

 担当官は、いとも簡単に、そして、あたりまえのように『紛失すると困るので貸与していない』‥‥

 普段は民間人として生活している予備自衛官が、私服に着用して予備自衛官である自覚を常に持ってもらおう、という趣旨の徽章である。本末転倒と言おうか、絶句である。今回の事件と発想の原点は同じである。

 民間出身の区長さんは、努々ご存知ないと思うが‥嗚呼!!お役人



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 区役所のエレベ-タ-でご一緒した区管理職から『8月3日以来書いていないですね』と、声をかけられた。ああ、もうそんなになるのか、と大反省である。

 身体が不調だった訳ではないし、断筆の決意をした訳でもない。勿論、区政に興味がうせたのでもない。

 理由はたった一つ!お引越しである。平成13年の同時多発テロ発生以降、賃貸マンションに家族で暮らしていたが、この度、嫁の実家の応援でお引越しをした。結果、月々の負担が3万円も少なくなったのはありがたかった。

 区議会議員が、町会を超えて引っ越すことがどれぐらい大変なことか、平成13年の引越しでで懲りていたので、今回は『同じ町内会限定』で物件を探したところ適当なもの見つかった。

 直線距離にして約500m。引越屋を使うのはもったいない、とばかりはりきって毎日、仕事の合間に荷造りと搬送を行ったため、疲労と爆睡で日記の更新どころではなかった、というのが正直なところである。

 ということで、やっと落ち着き、パソコン環境も整ったので、粛々とまた書いていこうと思う。また、いくつかのことは、バックデ-トで書くことをお許し願いたい。



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 自宅のク-ラ-が壊れた。この猛暑を前にである。本来は地元の電気屋さんで買うべきが、価格差はどうしても量販店に足が向いてしまう。以前、大田区最高幹部が区内量販店でパソコンを値切っていたのを目撃したことがあるが、消費者としてはやむをえないと思う。

 区内のある量販店に出かけた。このお店は以前は別の量販店だったのだが、M&A(企業買収)され、ブランドが変わった。新しい経営会社は、わが国最大級で、その強引さで週刊誌ネタになる会社でもある。

 ところがだ、いつも行っている川崎店と店内の様子が違うのだ。まず、客引きの大音響とメ-カ-派遣店員だけが『元気』で、店員がやる気の無い『あの店』とは、明らかに店員の『質』が違うのだ。

 みんな明るいし、嫌味がない。『あの店』では、あまり愛想がないので、目の前でライバル店に電話をかけたこともあるほどだったのにだ。そこで、感じの良いお兄さんに聞いてみた。

私『川崎店とは、明らかに感じが違うのだがなぜ?』

店員『この店は、つい最近まで●●ムセンの店舗でした。私達全員が、そこの社員からの移籍なんです。●●デンキは大変ですよ。店長もノルマで‥』

 なるほど、違う会社だったのか。感じがよくて雰囲気が良いと『競争に勝てない』で買収されてしまうのかな。恐るべし企業文化!はたして、大田区役所の企業文化は誰が作る??

 しかし、国産大手メ-カ-エアコン44800円(設置費込み)は安すぎ!



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 今日、明日は青少年対策委員会主催の『少年野球大会・女子ソフトボ-ル大会』が多摩川河川敷で開催される。小学校PTA時代から青少年対策委員を勤めている関係で、朝からお手伝いに。

 開会式、驚いたのは、優勝旗、淳優勝旗返還で、各チ-ムの代表が大会長の前に出るのだが、小学生、中学生共に『気をつけ』『礼』が出来ないのだ。見かねた実行委員の一人が、『気をつけ』『礼』と声をかけて、なんとか格好をつけたが『礼』は、ペコリのオジギになってしまう。『礼』と『オジギ』の違いを教えられない教育とはなんだ。

 公立学校では『気をつけ』『礼』は、軍隊式だと言って指導しない教員が多い。『たちましょう』『おじぎをしましょう』とやる。わが国古来の、形から入る教育は、もはやない。嗚呼、情けない!

 さて、1回戦が終わると、なにやら本部テントが賑やかになった。どうやら中学生のあるチ-ムから4名の熱中症患者が発生したらしい。午前10時の気温は35度。程なく救急車が到着。病院に搬送されたが、彼等の共通項は驚くことに『朝食を食べてこなかった』ことなのだ。

 朝早い集合で、朝食の支度も大変だろう。が、真夏の太陽の下頑張る息子のために、なんとしても朝食を食べさせてから出して欲しかった。勿論、それだけが原因ではないだろうが、要因の1つであろう。

 そういえば、全国学力検査でも『朝食を食べる』『早寝早起き』など、基本的な生活習慣の整っている子供の成績が高かったと聞く。つまり、基本は『躾』である。あなたらしければいい、などという『日教組的教育』では、まともな教育は出来ない。教育の第一歩は『強制』であり『矯正』であることを、親も地域も教員も忘れてはならない。




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 昭和42年8月1日早朝、虎ノ門病院で私の父は42歳の生涯を閉じた。末期の胃癌、肺癌、肝臓癌で手の施しようがない状態で息を引き取った。その最期の夜、病院前で道路工事が行われていた。主治医の先生が、現場監督に『末期の患者がいる。少し遠慮してくれ』と懇願してくれたのが印象深かった。

 前日の夜、伯父が買ってきてくれた好物の金つばアイスをほうばる姿が父に会った最後になった。『今夜は大丈夫』との医師の言葉に、居候をしていた市川市の伯父の家に戻ったのだ。ところが、早朝に逝ってしまった。タクシ-で駆けつけた時には、すでに息はなかった。

 上場企業の役員をしていた伯父の計らいで、確か都内の大きな式場(多分、青山斎場だと思う)に運ばれた父の棺の前で一晩中泣いた。3歳の時に母と離婚した父と『父子家庭』生活7年。父子というよりも、仲間のような生活だった。

 父は私を一度も『子供扱い』したことはなかった。褒められた記憶はあるが、怒られた記憶はまったくない。母がいない寂しさすら感じさせない父だった。楽しい思い出しかない。

 当時の小学校は給食がなかった。毎朝出勤前の父は、手作りの弁当を作ってくれた。ある日の弁当に、甘く煮た『糸こんにゃく』が入っていた。美味しかったので全部食べた。帰宅すると父が『今日の糸こんにゃく、美味しかったろう?あれ実は、玉ねぎを細く切って煮たんだ。』と笑う。玉ねぎが大嫌い(今でも!)の私のために細工したのだ。そんな子煩悩な父だった。

 あの父がいたから、父子家庭でも元気に学校に通えたと思う。伯父の家に居候した頃も、実母の再婚先に養子になった時も、そして、その後の人生の荒波の中でも、いつも父の笑顔が励ましだった。

 10年ほど前に私の手に届いた父の日記。昭和31年12月2日にこんな記載がある。

『百里を往く者は九十九里を以って半ばとなす』依って以って、あわてず、たゆまず人生のゴ-ルを全うして下さい。坊や泣かないで何時でもにっこり、頑張って!!(原文ママ)

 私の誕生日の日記だ。この父があったから、今の私がある。すばらしい父康秀、ありがとう!冥福を祈る。



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